第二章 聖天の霹靂 4
精霊の加護を得て禁域への出入りが正式に許可された近衛騎士たちには、聖騎士が利用する施設をほぼ全て使用できる許可が下りている。
ただ、食事は聖宮内の大食堂で交代で済ませることになったが、聖騎士宿舎の空きが足りなかったため、宿泊先は会堂がそのまま充てられることになった。
だが、ミカエルだけは部下たちとは別扱いになっている。教皇の厚意で正殿内の一室を与えられ、食事もロザリアたち同様、教皇との同席が認められることになった。
そして教皇は今、聖地閉鎖の顛末について高位聖職者たちへの報告などで会合を開いているため、ここにはいない。
ロザリアたちはいつ連絡が来ても良いよう、軽食を急ぎめで済ませるに留めた。果たして、食べ終わるや否やで、その知らせは訪れた。
捕らえたシャングリラ王国一行の押収した所持品の検分が、一通り終わったという知らせである。
三人は即座に聖獣二人と扉前で警固に当たっていた近衛騎士たちを従え、足早に正殿を出た。伝令に来た聖騎士の案内で、会堂に程近い聖騎士団練兵場へと向かう。
既に宵闇に包まれた静寂な聖地の中で、そこだけが異様な雰囲気に包まれていた。
運動場の一角に、四隅に灯火台が立てられている。その中に十数名の赤茶の髪の従者と思われる年若い青年たちと、三名ほどの侍女らしき若い娘たち、そして王女が拘束されて地面に座らされていた。
全員が後ろ手に手枷を嵌められ、猿轡を嚙まされている。
侍女たちは真っ青な顔で目に涙を溜め、忙しなく周りを見回しているが、従者の青年たちは顔色は悪いものの、諦めたように項垂れておとなしい。
その中には、会堂前で王女が騒ぎ立てていた時に伴っていた、少し年嵩の従者たち数名は含まれていなかった。
王女だけが往生際悪く、唸り声を上げながら何度も立ち上がろうとしては、聖騎士に肩を抑えられて座り込まされている。
そんなところへ、近衛騎士の警護を受けたロザリアとレオンの一行が到着した。それを認めるや、王女は更に勢いよく立ち上がって駆け寄って来ようとする。
ミカエルに目で合図された近衛騎士が一人、素早く近づくや、王女の背を圧して地面に叩き付けるように這いつくばらせた。聖騎士たちの遠慮がちな対応とは違って、まるで容赦がない。
それも当然ではあった。いずれ皇統を継ぐであろう第一皇子に害を為した張本人なのだから、近衛騎士としては当然ともいえる対処である。
属国といえども王家の姫である。それも、会堂前での様子しか知らないロザリアでも察しがつくほど、相当に甘やかされ我がまま放題に育った、自分が最上と勘違いしている部類の無知な人間であった。
闇の使徒に利用されるとそうなるのか、それだからこそ利用されるのか。
恐らくは、高貴な自分が謂れのない罪を着せられ、理不尽な扱いを受けているとでも思って勝手に腹を立てているのだろう。
地面に抑えつけられながらも、王女は眉を逆立てて、もの凄い形相で睨み付けてくる。
「さて──」
そんな非難の籠った態度を全く無視して、ミカエルが王女の前に進み出、冷たい目で見下ろす。
「一等属国シャングリラ王国第三王女カルラ。貴様は、宗主国たるアーカンシェル神聖帝国の第一皇子殿下に対し、散々不敬を働いてきた。その上、悪辣な薬を殿下に使用した罪で捕らわれている。それを理解しているか?」
抑えつけていた騎士が猿轡を外した途端、王女はいきり立って罵倒し始めた。
「こんなことして、ただで済むと思ってるの!? 公爵家が何よ! 近衛騎士風情が! 私は王女なのよ!? 不敬はお前じゃないの!」
ふいに場の空気が凍った。空気がもの凄く重い。ミカエルが、冷気が迸るような威圧をかけながら剣を抜き、王女の首を掠めるように地面に突き刺した。
その細い首に一筋の線が走り、血が滲みだす。
「ひっ……!!」
さすがに、これには王女も口を噤んだ。王女の顔は土気色に変わり、大きく見開かれた目は恐怖で彩られ、がくがくと震え出している。
「ただで済まないと未だに思っているとは、ほとほと呆れる。属国の王女の首など、この場で刎ねて送り返しても、王が文句を言えるはずもないだろう? こちらには、正当な理由があるのだからな。しかも私は皇子殿下の近衛の責任者として、殿下に害を為す者への対処を、皇帝陛下から直接一任されている」
そこまで言って、ミカエルは王女から目を離し、その後ろに一まとめに座らされている若い男女に目を向けた。
「お前たちは闇の使徒だな?」
王女や侍女三人は震えながらも、意味が分からないといった体で小首を傾げている。だが、従者の男たちの中には、びくりと僅かに身を跳ねさせた者もおり、皆同様に口を引き結んで目を逸らしている。
皇妃の宮殿にいた闇の使徒たちと違って、老獪さに欠ける上、覚悟も足りない。そんな風にロザリアは、ミカエルの背後から、じっと観察していた。
「王女の身体検査で、強烈な効果のある媚薬の香を隠し持っていたのは判明している。また、宿の捜索で押収したお前たちの所持品から、多数多種類の麻薬、媚薬、しびれ薬、毒薬などが発見されている。成分も分析済みだ。皇妃の宮殿で押収された中にあった薬と、同じ材料同じ製法で作られたものばかりだった」
従者たちは目を伏せたまま押し黙っている。だが、王女だけは相変わらず往生際が悪いようで、首元近くに突き刺さったままの剣を気にしながらも反論し始めた。
「な、何を言ってるの……? そんなもの、わたくしは知らないわ。わたくしたちは観光を兼ねて、聖地の巡礼に来ただけなのに……」
何も言わずに目だけを向けたミカエルに、話を聞く気があると踏んだのか、王女は強気を取り戻したように更に言い募る。
「言いがかりよ。闇とか毒とか、皇妃がどうとか……わたくしに何の関りがあるって言うの? レオ……お、皇子殿下とのこともそう──」
王女は、ふいにロザリアに目を向けたと思うと、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「聖地に来てからずっと、殿下はわたくしに良くして下さっていたわ。とても親切で、気を配って下さって……わたくしに好意をお持ちなのは分っていたわ。でも、お互いの立場を気にされて、何も言って下さらないから……だから、わたくし、殿下がご自分のお気持ちに正直になって下さるようにと思って、あの媚薬を使ったのよ!」
言うにことかいてと呆気に取らされる。ロザリアは、とんでもない言い訳をし始めた王女の往生際の悪さに、思わず目を瞠った。
その様子に調子づいたのか、王女は更に勢い込んで続ける。
「殿下はすぐ、わたくしへの気持ちに正直になって下さったわ。想いあまってわたくし、はしたなくもつい抱きついてしまったけれど、嬉しそうにわたくしの身体に触れてきて……」
「面白い脚色ではあるが、そこまでにしてもらおうか」
相変わらず冷たい目、冷たい口調でミカエルが遮る。
「殿下のあの状態を見ても、同じことが言えるのか?」
そう言って王女の前から脇に身をずらす。立ち塞がるように警護していた近衛騎士たちが、その言葉を聞いて脇に下がった。
王女とレオンの間に遮るものは何もない。王女の目には、レオンの全身が見えているはずだった。
「な……!」
王女が絶句したのを見澄まし、ミカエルが嘲るように言う。
「殿下が自ら足に短剣を刺されたのは、さすがに覚えているだろう? 媚薬に抗われるために、そうされたのだからな。お前の目の前でのことだ。殿下は聖女様の浄化を求めて正殿まで逃げて来られた。途中、混濁する意識を保たれるために、何度も腕を突き刺しながらな」
その言葉通りにレオンは、腕と足部分が夥しい量の血に染まった衣服のまま立っている。それを見ては、さすがの王女も二の句が継げないようだった。
これ以上、王女の与太話などに付き合ってはいられない。ロザリアは内心で安堵しつつ、従者たちの様子に目を光らせていた。
「もし、これで殿下が失血死でもされていたら、お前の首などとうに刎ねられていたぞ。殿下を癒して下さった聖女様に感謝するんだな」
そう吐き捨てて、ミカエルは近づいてくる者たちに目を向けた。聖騎士と近衛騎士に引きずられるようにして、王女の従者のうち年嵩だった者五名ほどが引き立てられてくる。
その後ろに二名の神官らしき者が付いてきているが、ロザリアが目にしたことのない神官服だった。顔付きも、他の神官たちのような柔和さはない。
「あの方たちは……?」
「異端審問官だ」
思わず呟いた独り言に、レオンが低い声で応えた。




