第一章 神の御座す地 11
長いこと話し込んだ後でロザリアがミカエルと共に泉へと戻ってみると、騎士たちの三分の二ほどは、精霊と親しく交流出来ているようだった。
残りの十名ほどは、見るからに表情が暗い。加護を受けるどころか、精霊たちに忌避されているように見えた。
「んっと……どういう状況だ?」
「精霊に避けられている方々がいるようですけれど……」
眉を顰めて見回しているミカエルに、ロザリアは困惑しながら応え、騎士たちの様子を窺った。
ほとんどの者には複数の精霊が寄ったり離れたりと、楽しそうに戯れかける様子を見せている。だが、すっかり表情の暗くなった騎士たちには、全く寄りつこうともしない。更には、その騎士たちが近寄ろうとすると、波が引くかのように遠ざかっていく。
「聖女様! あの……どういうことなのでしょう?」
二人が近づくと、精霊に避けられている騎士たちが、救いを求めるような目を向けて来た。そう言われても分からない。
彼らに、精霊に嫌われる要素は特に見受けられなかった。
「ミカエル兄様、兄様に加護を授けた大精霊に聞いてみて下さいませんか?」
「ああ……分かった」
ミカエルの呼びかけで、先ほど纏わりついていた大精霊たちが、とても嬉しそうに飛んできて再び纏わり付く。
「なぁ、なんであいつらは精霊に嫌がられてるんだ? 精霊に嫌われるような奴らじゃないと思うんだが……むしろ、俺とは対照的なくらい清廉潔白な奴ばかりなのに」
──そうねぇ、確かに貴方とは違うわね
そう言って、風の大精霊がくすくすと笑う。
──神に仕えられるくらい清らかな心の持ち主たちだな、其方と違って
火の大精霊がからからと笑う。
──でも、あのままじゃ、私も傍には寄りたくないわね
顔を少ししかめて、水の大精霊が首を振った。
──少しだけど嫌な臭いがするからね、仕方ないさ。ここの精霊は特に敏感なんだ
土の大精霊もまた、僅かに顔をしかめて言った。
「嫌な臭い? なんのことだ?」
「……闇の臭い、でしょうか?」
大精霊たちの言いようからは、穢れている訳ではないらしい。臭いが移っていると言う程度のように聞こえた。
ロザリアはしばし考え込んで、小首を傾げながらミカエルに問う。
「……兄様。あの騎士たち、もしかして……内宮や皇宮広場で捕えた闇の使徒たちに接触しているのではありませんか?」
「ああ、確かに! 闇の連中の護送や異端審問に立ち会ったメンツだ」
「やっぱり……」
「それを言うなら、俺もそうだけど」
「神聖力の強い兄様に、その程度で影響がある訳がございませんでしょう?」
ロザリアは苦笑しながら、大精霊たちに問い掛けた。
「ここで、浄化の力を使っても大丈夫かしら?」
──もちろん大丈夫よ
──この地で、神の愛し子の力を拒むなど有り得ようか
──むしろ、こちらからお願いしたいくらいだわ
──うん、私たちにとって、あまり気分の良い臭いじゃないからね
「そうね、汚れはさっさと落とした方が良いものね。じゃあ、浄化してしまいましょう」
にっこりと笑みを浮かべたロザリアは、精霊に忌避されている騎士たちを呼び寄せた。そのまま、さっさと浄化をかける。
相手がぽかんとしているのも構わずに、即効で済ませ、再び笑みを浮かべて言った。
「さぁ、後はご自分次第ですわ。頑張って下さいませ」
浄化を受けた騎士たちは、互いに顔を見合わせて頷き合った後で、意を決したように再び精霊たちが群れている辺りへと向かって行った。
今度は精霊たちが逃げないのを見届けて、ロザリアはほっと息を吐く。
「さて……猊下のお話では、神聖力を持たない者が精霊の加護を受けるのには、じっくりと交流する必要があるようなのです。精霊と親しくなるには、それ相応の時間が必要と言うことですわ」
「そうなのか? 俺の時は一瞬って感じだったのに」
「ですから……四大公爵家の直系で、次期当主となる兄様と比べないで下さいませ」
ロザリアの呆れ混じりの指摘に、ミカエルは苦笑を浮かべながら、部下たちの様子に目を走らせる。
「確かに、時間かかりそうだな……。このまま、待っててもしょうがないし、あいつら置いて一旦会堂に戻るか?」
「そうですわね。当初の予定ではわたくし、午前中に近衛騎士の皆様をここへ連れてくる算段をして、午後は聖地内の施設を案内してもらうことになっていたのですけれど……」
「初っ端から躓いてたもんなぁ」
「とっ、とりあえず! 会堂に戻って予定を立て直したいと思います」
からかうように言われて、ロザリアは慌てて被せ気味に言った。近衛騎士たちには、夕食までには加護を受けられるよう努力するように、ミカエルから指示してもらい、引率してきた神官に監督を頼む。
ロザリアはミカエルと共に、グレースと聖獣たち、森の入り口前で待機していた聖騎士たちを連れて、とりあえず元来た道へと戻ることにした。
一行は森から禁域を囲む回廊に入り、会堂の方へ向かう。しばらく歩いて会堂に近づくと、何やら騒がしい。
「何だ?」
エスコートしていたミカエルが、警戒を露わにしてロザリアの前に出る。その後ろから、騒ぎの元となっている会堂の入り口辺りを見やると、本聖堂の方から来たらしい十数人の供を引き連れた若い女性の姿がみえた。
それに会堂警固の聖騎士たちが相対し、侵入を阻もうとするように立ち塞がっている。
女は掴みかからんばかりの剣幕で詰め寄り、甲高い声で罵倒しているようだった。
「何なのよ! わたくしを誰だと思ってるのっ? 元々、この会堂の貴賓室はわたくしが宿泊していたのよ! もう通行止めは解除されたんだから、戻って何が悪いのよ。聖騎士風情がこのわたくしに、そんな態度を取って許されるとでも思ってるの!?」
「何と言われようとも、この会堂は三日前から関係者以外の立ち入りを禁止され、今も解除はされておらず、その予定もありません。ここは聖地です。世俗の権威とは無縁の地なのですから、そのように言われても通す訳にはいきません」
そんなやり取りに、ロザリアは思わずミカエルと目を見合わせた。会堂の宿泊施設は本来、皇室からの使節団のためにある。そのうち貴賓室は当然ながら、皇帝の名代たる者に充てられる。
今は、近衛騎士たちの滞在場所に充てられており、貴賓室を使っているのは次期公爵家当主であるミカエルのはずだった。
女の身なりは確かに悪くはないが、帝都で流行しているようなドレスではない。大陸の東南方面にある国々の民族衣装を取り入れたものに思えた。
大体にして帝国の貴族に連なる者が、国教である神聖教会の総本山となる聖地で、あのような不遜な態度を取る訳がない。異教徒とまではいかずとも、あまり信仰心のない異国の者なのだろう。
何故そのような者が貴賓室に泊まっていたのか疑問に思わないでもないが、ロザリアはミカエルに再びエスコートされて、会堂の入口へと足を進めた。
それに気づいた聖騎士たちが、豹変したように力づくで女や供の従者たちを脇に押しやる。
「ちょっと、何するのよっ! この無礼者っ!!」
「聖女様です、控えて下さい!」
聖騎士は語気鋭く窘めてから、最敬礼で聖女を迎えた。ロザリアの警護に付いてた聖騎士たちは、一応の警戒を見せて周囲を囲んでいる。
そのまま扉へ向かおうとしていると、脇へ追いやられていた女が自分を値踏みするように睨んでいるのが目に入った。
「あれが聖女ですって? ふん、何よ。ただの小娘じゃない」
この場に居合わせた聖騎士全ての殺気だった視線が一斉に注がれ、年嵩の従者が慌てた様子で主人を押し留めている。
ロザリアにしてみれば、聖女扱いされるのは本意ではないとはいえ、さすがに聖地でその態度はどうかと思う。
どう見ても二十代前半で、明らかに成人している者にしては、あまりにも分別のない振る舞いだった。呆れが先に立って、怒る気にもなれない。
そんな程度の低い者に構う気などさらさらなく、ロザリアは自分を気にしているミカエルを促し、会堂の扉へと向かう。
囲んでいた聖騎士二人が先に立って扉を開けに行く。それに続くように足を進めていると、背後でまた女が警固の聖騎士たちと揉め始めた。
間違って途中投稿したままになってました……切れてた分を追記しました。




