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第一章 神の御座す地 9

 「それにしても、お前たち、いつの間にそう言う関係になったんだ? サロンに集まった時には、全然そんな素振りなんて無かったのにさ。あの披露目で、いきなり婚約式なんて始められて呆気に取られちまったくらいだ」

「ああ……だろうな」

 

 恋愛沙汰にはとことん疎かった朴念仁をからかってやるつもりで言ったが、レオンは目を逸らして苦笑混じりに呟いた。

 

「お前、リアに会ったの二年ぶりくらいだったよな。あの年頃の女の子は化けるからな……随分と変わってて驚いただろ」

「そうだな……随分と大人っぽくなってて、びっくりするほど綺麗になってた」

「しかも、あの時は盛装だったもんな。ただでさえ帝国の白薔薇と讃えられる美貌だ、思わず見惚れちまったんじゃないのか?」

「まぁな……」


 僅かだが、はにかんだような笑みを浮かべている。それを意外に思いながらも、からかい半分で続けた。


「お前は昔っから、女心に疎かったからなぁ……リアがずーっと、お前に切ない恋心を向けてたこと気づいてなかったろ? あんなに誰が見ても恋する乙女丸出しだったのにさぁ」

「皆、知ってたのか?」

「当たり前だろ。気づいてなかったのは、お前ぐらいだ。あの子が必死にお前に向ける目なんて、見てる方が切なくなるくらいだったぞ」

「…………」

「まぁ、でも、良かったよ。あの子の恋が報われてさ。ヴィーも半泣きで喜んでた。あいつもずっと見て来たからなぁ……リアが一途にお前を想ってるのを」


 しみじみ言うのを、レオンは何も言わずに聞いている。先ほどから視線が全く合わない。それが不思議だった。


「それで? お前がリアの気持ちに気づいたのは、結局のところ、いつだったんだ?」

「……いや、私は全く気づいていなかった」

 

 レオンはグラスの酒を一口飲んでから、至極気まずそうに、婚約に至るまでの経緯を白状し始めた。全く予想していなかった内容で、呆れるやら驚かされるやら、さしものミカエルも、しばし呆然としてしまうくらいだった。


 ──ロザリアに寝耳に水の告白をされ、唯一無二の存在として愛情を向けていながらも、恋愛対象としては見たことがなかったと馬鹿正直に返事をしてしまった。

 まるで、それへの仕返しのように八つも年下の少女に唇を奪われ、宣戦布告をされたこと。


 ロザリアから、夫となる可能性のあった男二人との結婚を、初夜を含めて想像してみることを要求され、その感想を求められて拒否したまでは良かった。

 だが、次善案として、レオン自身とで同じことを想像するよう課題を出されてしまい、再度唇を奪われたこと。


 その課題にうっかり真面目に取り組んでしまった結果、ロザリアを女性として見ることが出来る自分に気づいてしまった。

 つまりは、それまでの叔父姪としての関係を大きく飛び超えて、一度もそう言った情欲を抱いたことなど無かったにも関わらず、抱くことのできる相手だと頭で認識してしまったと言うこと。


 そんな意識変化のあったタイミングで、父親であるブランシュ公爵からロザリアとの婚約を求められた。

 驚きはしたものの、まずは必要に迫られることではあったし、何より結婚の対象と思うことができるようになっていた。

 更には、そう思える唯一無二の存在であることが大きく、多少は悩んだものの結局は承諾するに至る。


 当のロザリアには、恋愛や結婚の対象として認識できるようにはなったが、未だ恋愛感情までは持てていないことをきちんと伝えてあり、納得してもらっているとのこと。

 そして、その流れの果てが、教皇が祭祀を行い皇帝を立会い者とする、帝国で最も格式の高い婚約式と相成ったと言うわけだった。


 途中で散々突っ込みを入れまくりながらも、ようやくにして口の重いレオンから、長い時間をかけて婚約までの経緯を詳細に語らせることができた。

 ミカエルは、疲れ果てた気分で残った酒を呷り、ダンッとテーブルに叩き付けるように杯を置いて、深々と溜め息を吐く。


「なんかさぁ、お前……リアに翻弄されてんな」

「……否めない。他の女性ならあり得ないが、私はロゼには勝てないよ」

「ちょおっと意味合いは違うが、惚れた弱みも過ぎるってもんだろ」

「まぁ……ロゼになら仕方がない」


 そう言って微笑んでいる悪友にして親友の幼馴染は、なんだかんだと幸せそうだった。結局のところは、本人が意図していなかったとはいえ、最も望んでいたものを手に入れて満足しているようにしか見えない。


「んで? あの罰はなんなんだよ? 最初見た時は、何が起こったのかと唖然としちまったぜ。堅物のお前がぶっ壊れたのかと思った」

「何と言われても困るが……罰としか言いようがないな」


 そう珍しくどこか愉しげに笑ったレオンが、そこに至る経緯を話し出した。


「元はと言えば、お前が原因だ」

「俺? なんの話だよ」

「お前がロゼに、叔父様と呼ぶことで周囲に政略結婚と思われて、他の女性の付け入る隙ができるとかなんとか、余計なことを吹き込んだせいだ」

「別に間違ってないだろ? それと口付けがどう繋がるんだよ」

「最初の野営の夜、お前に言われたからと言うわけじゃないんだが……ロゼを誘って少し遠出をしたんだ」


 自分が逢引きでもして来いと発破をかけた覚えはある。もともと連れ出す気でいたとのことだが、まさか本当に逢引きに出掛けたとは思わなかった。

 教皇の帝都への旅に何度か同行するうち、レオンは精霊のいる泉を発見し、いつかロザリアに見せたいと思っていたと言う。


 そこへ行く途中、聖獣の背に揺られながら、ロザリアがレオンの名を呼ぶことに慣れるため、練習をしたいと言い出したのが事の発端。

 確かに、そこへ結びつく原因は、ミカエルである。ロザリアを脅したことは間違いない。政略と見做されれば、愛人志願者が湧いて出るぞと──


「ロゼがあまりにも必死だったから、私もつい了承してしまったが……まさか、あれほどの苦行だとは思いもしなかった……」

「苦行って、お前……いくらなんでも、それはリアに失礼だろ」

「いや……苦行以外の何ものでもなかった……」

「名前呼ぶ練習……だよな?」


 意味が分からず、少し酔い始めているらしい友の顔を、怪訝な思いで見つめた。その時のことを思い出しているのか、レオンの顔は少し赤い。

 酒のせいかも知れないが、どちらにしても珍しいことではあった。


「二人乗りの体勢で密着したまま、何度も何度も自分の名を呼び続けられる……本人はひたすら真剣だっただけなんだろうが……間近から上目づかいに切なげな目で見上げられ、何度も何度も、やたらと想いの篭った口調で! 泉に着くまでの間、ずっと……居たたまれなくて、途中から直視できなくなった……」

「ああ……それは、まぁ……」


 あまりの悲痛な面持ちに、その状態を想像してみた。年の離れた妹ヴァネッサの親友ロザリアは、自分にとってはもともと従妹か、あまり交流のない妹と言った程度の認識しかなかったのだが──確かに、もの凄い破壊力だった。


 帝国の白薔薇と讃えられた美貌の持ち主で、正式な婚約を済ませた唯一愛情を持てる女性。そんな相手に密着されて、上目遣いで切なげに名を呼び続けられる。

 若く身体健全な男にとっては、確かに苦行かも知れない。衝動にかられて、気安く押し倒して良い相手ではないのだから尚のこと。


「うん……確かに、苦行だな……」

「……分かってもらえて何よりだ」


 苦笑しながら、ミカエルは考え込んだ。一生変わらないのではと思っていたレオンの朴念仁さが、ここに来て好転する兆しが見えたのである。

 最近では、可愛い妹分とまで思えるようになってきていたロザリアのためにも、少々誘導してみようかと思った。


「なぁ、お前さ……その時の気持ちの変遷を順番に思い出してみないか?」

「気持ちの変遷?」

「ああ。出発して、リアが実際に名前を呼び始めるまでは、今まで通りだったんだよな? そこまでは何を考えてた?」

「何って……しばらく精霊の森に行ってなかったから、あの泉を見たら喜ぶだろうなとか……七歳で初めて精霊を見た時みたいな、輝くような笑顔が見られるかなとか?」

「至極、健全だな……」

「当たり前だろ?」


 憮然として言い返されたが、決して当たり前ではない。政略ではないはずの婚約者との深夜の逢引きなのだから。

 内心で呆れながらも、ミカエルはおくびにも出さずに淡々と先を促した。


「で? リアに練習したいとおねだりされて、その時の心境は?」

「まぁ、そこまで心配なら安心させてやりたいと思ったし、名前を呼ぶことに慣れさせる必要は確かにあると思ってたから……子供の頃にダンスの練習相手を頼まれた時のような? 最初の頃はよく足を踏まれたが、すぐに上達して──」

「……その話は良い」


 似たような記憶はミカエルにもある。なかなかうまく出来ないヴァネッサに癇癪を起こされ、八つ当たりに閉口したことまで思い出し、慌てて頭から締め出した。


「じゃあ……そこで、最初にリアに名前で呼ばれた時、どう思った?」


 その質問をした途端、レオンの表情があからさまに変わった。明らかに動揺している。


「結構な衝撃だったみたいだな。どう感じた?」

「……いきなり、心臓が跳ね上がったような気がした……」

「ふぅん? それまでも名前では呼んでたのに、何でその時はそうなったんだ?」

「ロゼが、その……あんまり必死な目で見上げてくるから……名前を呼ぶ声も、それまでとは違って聞こえて……やたらと気持ちが籠っているように感じたんだ。息が詰まって、目を逸らしたいのに逸らせなかった」

「へぇ……それから?」

「ロゼの目があまりにも切なげに見えて、魅入られたように目が離せないでいるうちに、また呼ばれて……何度も何度も……どんどん鼓動が早まってくるし、密着してるのに音が聞こえるんじゃないかと焦った……」


 なんだろうか。まるで学院入学前後の思春期の少年の、悩み相談でも受けているような気がしてきて、ミカエルは内心で深々と溜め息をつく。


 どう話を持っていこうかと考えているうちに、レオンは一人で話を進めてしまった。


「泉まで大した距離じゃなかったのに、あの時は本当に長く感じたよ。何とか耐えられて、心の底からほっとした」


 そう屈託なく笑っている。慌てて口を挟もうとしたが、更に話を続けられてしまった。


「なのに……泉に着いて精霊を見た途端、また叔父様と呼び掛けられてね……」

「お、おう……」

「ロゼにしたら、精霊に夢中になって、頭から飛んでしまったんだろうけどね……」


 そこまで言って、やれやれと言わんばかりに溜め息を漏らしている。


「それまで、何をしても何をされても、ロゼのことだけは可愛いとか、微笑ましいとしか思えなかったんだが……あの時はさすがに、小憎らしいと思ってしまった」

「そりゃあなぁ……」

「それでつい……衝動的に口を塞いでしまったんだ」

「物理的に塞いでどうする……」


 思わず突っ込みを入れてしまった。

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