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第一章 神の御座す地 7

 「まぁ……」

 

 教皇が案内係として寄越した年配の神官に引率され、ミカエルを始めとする近衛騎士たちは、聖地の森の一画へと足を踏み入れた。

 グレースや聖獣たちを従えて同行したロザリアは、森の様子に感嘆の声を上げた。


 森の中でも精霊が多く集まると言われている一画には、帝都を出て最初の停泊地で訪れた泉よりも、かなり大きな泉があった。

 泉の周りは丈の短い草や野花に覆われた平坦な地が広がり、その周囲を鬱蒼とした樹木が取り囲んでいる。


 まるで緑の壁にも見えるが、切り取られたかのような空は青く、天頂にある陽に照らされて森の中とは思えぬほど明るい。

 その明るいが閉ざされたような空間には清浄な気が満ち満ち、様々な精霊が無数に飛び交っている。真の聖地とは比ぶべくもないが、神聖な力が感じられた。


「精霊の森のよう……」


 例の泉でもそんな感想を漏らしたが、あの時の比ではない。思わず笑みを浮かべて、清浄な気を吸い込む。


「へぇ……ブランシュ家の精霊の森って、こんななのか?」


 呆気に取られて声を失っている近衛騎士たちの先頭で、黙って周囲を見回していたミカエルが、ロザリアの隣へ来て興味深げに聞く。


「そうですわね。精霊の森は聖地よりもずっと広いのですが、精霊がいるのは聖樹の結界と、古い時代から設置されている領主の結界の中だけです。結界自体がかなり広範囲なので、この空間よりも精霊の居場所は広いのですけれどね。もちろん聖樹の周りには、この泉のように精霊が密集しておりましたわ。ですから、良く似ていると思います」

「ふうん……うちの聖樹の周辺とは全然違うな」

「どんな感じなのですか?」


 そう言えば、ルージュ公爵家の聖樹の森がどうなのか、今まで聞いたことがない。ヴァネッサが帝都から出たことがないせいだった。

 ミカエルは腕を組んで渋い顔をしたかと思うと、辟易したように言う。


「暑い! とにかく暑い……うちの領地の聖樹ってさ、森じゃなくて岩場に囲まれてんだけど、その中がさぁ……火山がある訳でもないのに温泉が湧いてるんだよ。火傷するくらい高温のな。そのせいか知らんが、うちには火と土の精霊しかいない」

「そうなのですか? ミカエル兄様も精霊は見えていらっしゃったのですね」

「神聖力があれば誰でも見えるらしいぞ。なのに、あいつらが見えてるってことは、ここは相当特殊な場所なんだろうな」


 精霊を子供のように目で追って感動している近衛騎士たちを見やって、ミカエルは苦笑した。ロザリアは目線で促して、精霊が集まっている泉へと足を向ける。

 ミカエルがすぐに従い、近衛騎士たちが慌てたように付いてきた。


「それにしても、聖地の中枢に入る資格が、まさか精霊の加護を受けられることだとはなぁ……。いや、ほんと助かったよ。リア、感謝してる」


 急に礼を言われ、ロザリアはその顔を見上げる。真顔で、とても真剣な目で見下ろされていて、少々驚かされた。

 ミカエルは、結界を閉じている案内役の神官をちらりと振り返って言った。


「あの神官、かなり高位の神官みたいだしな……リアが猊下に頼んでくれたんだろ? 勅命を受けてレオンの護衛で来たってのに、禁域に入れてもらえないなんてさ……ほんと、どうしようかと思ったよ」

「ええ……禁域であろうと、当人が英雄であろうと、あの方には護衛は絶対必要ですもの」

「ああ、そうだな」

「ですから、近衛の皆様には必ず精霊の加護を受けて頂かないと……」


 そう顔を引き締めながら泉に近づくと、精霊たちがロザリアに気づいて一斉に寄ってきた。人の姿かたちに近い大精霊や、子供のような精霊、虫のように小さな精霊、形が認識できないくらいの小さな光にしか見えない精霊。

 大小様々な精霊たちが歓喜を露わにして、ロザリアに纏わりつく。


「さすが……半端ないな。加護は全部、リアに行っちまいそうだ」

 

 引き攣った顔で呟くミカエルに、大精霊が数体纏わりついて笑う。


──何言ってるの? 神の愛し子に、精霊の加護なんて

──そうよ、必要ないわ

──神のご加護を持って生まれているんだから


 代わる代わるの精霊たちの挨拶を受けていたロザリアは、にっこりと笑って願いを口にした。


「あのね、この騎士たちに、貴方たちの加護を与えてあげてほしいの。この人たちは、わたくしの大切な英雄を護衛してくれる人たち。だから、精霊の加護が必要なの」


──良いわよ、貴女のお願いだもの

──英雄を護るなら、たくさん加護が必要だね


「ええ、お願い。特に、その方には一番必要なのだけど……言うまでも無かったかしら」


 既に様々な元素の大精霊に纏わり付かれているミカエルを見やって、ロザリアは苦笑するしかない。


──この者の本質ならば、私の火の精気が一番馴染みそうだ

──確かに火が強そうだけど、でも、火以外でも構わないわよね?

──そうそう、いっぱいあっても困るものじゃないし

──いろんな加護があった方が良いに決まってるわ


 そう口々に言っているのは、それぞれ火、風、土、そして正反対の性質のはずの水の大精霊までいる。

 彼らは寄ってたかって、まるで押し付けるようにミカエルに、ほとんど強引に加護を授けていく。


 最後に全員で周りを囲んで満足げに見下ろしてから、ロザリアに挨拶するように微かに触れて、それぞれ離れて行った。

 やはり神聖力が強い者には親しみやすいのか、ミカエルは、ずいぶんと精霊たちに気に入られたらしい。


「さすがミカエル兄様、予想の上を行く人気ぶりでしたわね」


 くすくす笑いながら、ロザリアは泉を囲む手頃な岩に足を向けた。そのまま腰を降ろそうとしたのを留めたミカエルが、身に付けていたマントを外し、さっと岩の上に敷いてくれる。

 やんちゃだった少年時代とは違い、さすがに適齢期真っ只中の青年らしく、女性への気配りは細かい。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 それぞれ自分と合いそうな精霊を求めて散らばって行った騎士たちを眺めながら、ロザリアはミカエルの様子を窺った。

 ミカエルもまた、部下たちの様子を見ていたかと思うと、小さく溜め息を吐き、ロザリアを見下ろしてきた。


「さっきから視線が気になって仕方ないんだけど……何かあったか? まーさか、俺に見惚れてたーなんて、リアに限ってあり得ないしな」

「そっ、それは無いですわ」

「分かってるって。んで? 何?」


 どう話して良いものかと悩みつつ、もじもじしながらロザリアは、ずっと気になっていたことを口にしてみる。


「あの……叔父…いえ、レオン様のことなのですが……最近、なんだかご様子が変と言いますか……レオン様らしくないと思うのです」

「ふん……どう言うところが?」

「……わ、わたくしに対する態度…です」


 いくらか頬を赤らめて目を伏せているのをじっと見下ろしながら、ミカエルは眉を寄せて小首を傾げた。


「そんなに変かぁ? ずっとあんなだろ。十五になって帝都に戻ってきた時から、リアに対する態度は周りが砂吐くくらい甘々だったぜ?」

「た、確かに大切にして頂いていたとは思いますし……わたくしのことを特別扱いして下さっていたのも分かっております。で、でも、その……あのようなことは……」

「口付けとかか?」 


 一気に顔に血が昇る。頬が火を噴いたように熱い。自分が真っ赤になっていることがはっきり自覚できてしまい、ロザリアは恥ずかしくてたまらず顔を背ける。

 だが、自分からは見えないレオンの一面を、一番良く知っているのはミカエルのはずだった。


 ミカエルが禁域に入れる資格を得た以上、これから先、レオンのいない場でじっくり話をできる機会など恐らくもうない。

 だから今、聞いておかなければと気持ちを固める。


「わ、わたくし……ずっと叔父様に恋してきました。初めてお会いした七歳の頃から、ずっと……」

「うん……」

「あの卒業記念舞踏会の夜に皆様が帰られた後、わたくし……二年ぶりにお会いしたことで、我慢が出来なくなってしまって……長年の想いをお伝えしたのです」

「……あいつの反応が目に浮かぶな」

「ええ……とても驚かれて、そんな風にわたくしを見たことがなかったと困らせてしまいました」

「だろうな……」

「ですのに──」


 ロザリアはがばっと顔を上げて、思い余っていたことを訴えた。


「──そうお困りになっていたのは、つい最近で……まだ二十日も経っておりません。父が申し出た婚約を受け入れられたことも意外でございましたが……それについてはお考えをご本人に伺いましたので宜しいのです。ですが……帝都を出て最初の野営の時から、叔父様はどことなく変なのです!」

「うーん、そうかぁ?」

「だっ、だって……罰で口付けだなんて……おかしいでしょう、普通?」


 必死に訴えてみたが、ミカエルの態度は変わらない。からからと笑って、肩を竦めて言う。


「普通はそんなこと考えもしないだろうが……レオンはちょっとズレたところがあるからなぁ。まぁ、嫌ならリアが気を付ければ良い話だし? 大体、この話始めてから既に二回は叔父様って呼んじまってるしな」

「えっ!?」


 全く気付いていなかった。だが、肝心な問題はそこではない。少々狼狽えながらも、何とか気持ちを立て直し、ロザリアは更に訴えた。


「その罰……なのですが、聖地に入ってから、その……罰が罰でなくなってきたと言いますか……」

「うん? リアが喜んでるって話?」

「ちっ、違いますっ!! お、叔父様の方ですっ!」

「ほら、また呼び名間違えてるし」

「う……」


 話が進まない。


「今は大目に見て下さいませっ……わたくし、いっぱいいっぱいで、そこまで気が回りません……」

「まぁ、良いけど」

「……それで、その……罰で口付けされた後、わたくしへの罰ではなく、自分の褒美に感じてきたなんて仰るのです」

「そりゃあ、男にしたらご褒美だろ? 間違ってない。こーんな帝国一の美少女に公然と口付けできるなんてさぁ」

「そっ、そう言うことを申し上げているのではありませんっ! 叔父様ですよ? あの叔父様がそんな……」

「冗談だって。言いたいことは分かるよ、あの朴念仁だもんな」


 何だか異常に疲れてしまった。ヴァネッサの言う食えない性格と言うのは、こう言うところなのだろうか。

 すっかり翻弄されてしまっているロザリアは、少々むくれながら何とか本題を切り出した。


「……叔父様がそう言い出した少し前から、わたくしも何となく、それまでとは叔父様のご様子が違って来ているように感じていたのです。でも……何がきっかけなのかが分からなくて。婚約を承諾された理由は納得できましたが、まだわたくしへの恋愛感情はないご様子でした。でも……そんなに経っていないのに、あの時からまたお気持ちが変わられたような気がして……短い時間に急に変わられた理由を、兄様がご存じないか伺いたかったのです」

「その変わったとリアが感じたのは、いつだ?」

「聖地に入ったくらい……でしょうか」

「あー、そのきっかけ、俺かも」

「え?」


 ミカエルは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべていた。

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