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序章 いざ聖地へ 2

 教皇の帰還、五百年ぶりに出現した英雄と聖女の聖地入り──大勢の聖騎士に護られた騎馬と馬車の長い行列が、平時は固く閉ざされている正門の門扉を大きく開け放った中へと吸い込まれていく。

 その行列を見送った観衆は、大扉が再び閉ざされた後、感極まって興奮する者、ひたすら感泣する者、言葉を失って立ち尽くす者と様々だった。


「……まるで創生神話の再現のようだ」

「何を言う! 初代の英雄と聖女様は神話ではなく実在した方々だ。それを言うなら建国史の再現だろう」

「いや、お二人は実在の人物だが、間違いなく聖人なのだから、神話で問題ないじゃないか」

「どっちだって良いだろう、そんなの」

「そうよ! 大事なのは、私たちがたった今、五百年ぶりの歴史的瞬間に立ち会ったってことじゃない」

「全くだ! 孫子の代まで、いや、子々孫々まで語り継がせなくては!」


 似たような会話が方々で声高に、興奮した口調で語られる。


「この時期に巡礼に来て良かった。まさしく神のお導きだ」

「全く……教皇様を馬車の窓越しにお見上げするだけでも、なかなか叶うことではないのに、よもや聖獣の背に乗られた英雄様と聖女様を、こんなにも間近で拝見させて頂けるとは……」

「本当に……聖女様の清らかなお美しさと言ったら……心が洗われるようでしたわ」

「英雄様の聖女様へ向けられる愛情深いお振舞いと言ったら……」

「そうそう。そのお顔を見上げられる聖女様も、本当に信頼と愛情の籠られた目を向けていらして……」

「どなたか、イコンにして下さらないかしら。どんなにお高くても構いませんわ」

「そのようなものがあれば、私だって」


 そう騒ぐ巡礼者から離れたところでは、早速に絵師らが素描から下絵を描き始めていた。

 当のモデルたちの預かり知らぬところで、イコン風や物語の挿絵風に仕立て上げられた絵が門前町で売り出されたのは、翌日のことである。

 素描に近い絵に関しては、当日の内に流通していた。




 道沿いに鈴なりになった群衆の中を通り抜け、ようやくにして聖地の正門近くまで来たロザリアは、呆気に取られて大きく開け放たれた門扉を見上げていた。

 皇宮の正門も大きいが比ぶべくもない。両側に迫る白い岩壁の狭間に造られた門は、神聖教会の象徴色の一方である青紫の金属で作られている。


「なんて大きな門でしょう……あのような色の金属があるのですね。初めて見ました……入口からして、神聖教会の色を纏っているなんて」


 感動のあまり目をきらきらさせて、歴史ある建造物に見とれる。


「白い岩壁に青紫の門……威風堂々としていて、とても美しいです。まるで、礼装姿の叔父様のよう……」


 頬を染めてうっとりと溜め息混じりに呟く。最後の方はほぼ独り言だったが、密着しているレオンに聞こえないわけがない。

 小さな苦笑と共に頬に手を添わされ、上を向かされて、やっとロザリアは失言に気づいた。


「あっ……!!」


 顔を近づけられて慌てて押し留めながら、焦って周りを見回すと、門前町よりも多くの人が取り囲む正門近くでは、今までよりも更に多くの視線が集中していた。


「まっ、待って……お願い、レッ、レオン様っ! 今だけは勘弁して下さいませっ……気を付けますから、ここでは……後生でございますっ!!」


 必死に胸を押し返して言い募ると、レオンは少々わざとらしい溜め息を吐く。


「仕方ない……今回だけは大目に見るとしよう。だが、次は容赦しないよ」

「はっ、はい! ありがとうございます」


 ほっとして力が抜ける。レオンは苦笑交じりに微笑み、抑えていたロザリアの頬を優しく撫でた後で、まっすぐ前を見た。


「いよいよ聖地入りだ、ロゼの初めての」

「……はい」


 その言葉に気を引き締め直し、ロザリアもまたまっすぐ前を見やる。聖地を護る数百の聖騎士が門扉の左右に整列し、その後ろに門衛の兵士たちが並んでいた。


「教皇猊下と英雄たる聖騎士団長閣下のご帰還、並びに聖女様のご来訪である! 剣を捧げよ!!」


 聖騎士の指揮官らしき者が声を張り上げ、整列していた聖騎士が一斉に抜き放った剣を顔前で掲げる。

 一糸乱れぬ動きは、近衛騎士のそれよりも練度が高いように思えた。


 聖騎士団長であるレオンの薫陶の賜物か思うと、少し誇らしい。ロザリアは居並ぶ聖騎士たちに笑みを向け、なるべく一人一人と目を合わせるようにして通り過ぎた。

 そうして行列は正門を潜り、聖地の中へと踏み入る。


 居並んでいた聖騎士たちは行列に従うように中へと同行し、最後尾が門内に入った所で、重々しい音を立てて門扉が閉められていく。

 門が閉じられれば暗くなるかと思っていたが、城壁のような白い岩壁が途切れるまでかなりの距離があるにも関わらず、狭間の通路はかなり明るい。


 その広い通路の左右にも、検問を済ませた巡礼者や商人の一行や用を済ませて聖地を後にする者たちが、馬車を岩壁沿いに止めて降り立ち、かなりの数が居並んでいる。

 変わらず多数の人目を一身に集めながらも、ロザリアは不思議な思いで周囲を見回していた。


「これは……この岩壁は、本当に自然のものなのでございますか? 真っ白で……あ! でも公爵領や皇宮の聖樹の地も、ここと同じような白い岩でしたわ……これは、やはり神の御業なのでしょうか」


 そして、高い岩壁の狭間であるにも関わらず明るいのは、上方の岩壁の表面に硝子質の石が含まれているようで、上から差し込む陽の光を反射させて下を照らしているからだった。


「まるで、鏡のよう……でも、夜はどうなるのでしょう? この通路も暗くなりますわよね?」

「日が落ちると同時に通用門は閉じられる。翌朝、日の出と共にまた門が開くので、それまで出入りはできなくなるから、暗くても問題ないんだよ」


 幼子のように目を輝かせて、あれこれと問うロザリアに、レオンは笑いを堪えたような顔で答えてくれている。


「それにしても綺麗……叔父様、聖地を囲む岩壁の上の方の内側は、全てあのように輝く石が含まれているのですか?」


 きちんと答えてくれるのに気を良くして、更に満面の笑みを浮かべて問いかけると、ふいに沈黙が訪れた。

 不思議に思って見上げてみると、レオンはまるでミカエルのように、どこか意地の悪い笑みを浮かべて自分を見下ろしている。


「次は容赦しない約束だったな」

「え……?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。また頬を抑えられて、やっと思い至る。


「あっ……! もっ、申し訳ありません……あっ、あの、ここでは、そのっ……」

「約束は約束だ──」


 慌てふためいて再度の容赦を願う間もなく、そのまま唇が塞がれる。行列を見守る周囲の人々から一斉に驚愕の声が上がった。

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