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序章 いざ聖地へ 1

 帝都から馬車で三日ほどの地にある聖樹の下にある聖堂。そこに古来より常設されている転移陣を使って、聖地最寄りの聖樹の聖堂へと転移したのが二日と半日ほど前──

 一行は、ようやくにして聖地を遠目にできる辺りまで辿り着いていた。


「また……パレードですの?」

「五百年ぶりの聖女出現だ。その聖女が初めて聖地入りするわけだからね……」


 それを言うなら英雄も五百年ぶりの出現なのだが、元々聖騎士団長として聖地で暮らしていたレオンにとっては、立場は変われども帰還でしかない。

 また見世物になるのかと皇宮広場での披露目を思い出し、ロザリアの口からついつい溜め息が漏れ出てしまう。


 英雄と聖女の聖地入りを華々しく喧伝したい神聖教会側と、聖女崇拝の権化たる教皇の強い意志が働いたらしい。

 パレードは既に決定事項として伝えられ、当事者であるはずのロザリアに拒否権はないようだった。


 高く聳える山と山の合間、谷合に流れる川に沿って整備された聖地への道。千年以上をかけて人々が整えてきた巡礼の道は、大型馬車が余裕をもって行き交えるほどの道幅の、石畳で舗装された立派なものだった。

 幾つかの山の合間を通り過ぎ、最後の尾根を抜けたところで密集していた木々が途切れ、前方の視野が一気に開ける。


 ここからは聖地の入り口まで一刻ほど。一行は、皇宮を出発した時のように隊列を組み直すため、道路沿いの開けた場所で一旦停まる。短時間だが、休憩も兼ねるらしい。

 そうして馬車から降ろされたロザリアは、遠目ではあるものの初めて聖地の全容を目にした。


「あれが……聖地でございますか?」


 高い城壁とも見まがう白っぽい岩壁が聖地をぐるりと取り囲んでいると言われているが、ここからでは円柱状の岩山にしか見えない。

 当然ながら山のように頂上が高くなっているわけではなく、構造を考えると巨大な王冠のようでもある。


 岩壁の正面にはやはり巨大な門が設けられ、巡礼路がそこに繋がっていた。その門は関所の役割を果たし、帝国から派遣された兵士が門衛をしている。

 門は聖人のための正門と、聖職者や巡礼者、商人や内部で働く者たちなどの利用する通用門とに分かたれていた。


 ややしばらくして再出発の準備は整い、ロザリアは帝都でと同じく、レオンに抱き上げられて雷獣の背に乗った。

 横乗りになった身をレオンに預け、顔だけを前方の聖地へと向けながら、ここまでの道程を思い出す。


『気を付けなくちゃ……』


 正確には、帝都を出発して初めての夜、野営地近くの泉でレオンに宣言されてからのことを──

 本当にレオンは容赦なかった。あれから既に片手に余るほど、唇を塞がれてしまっている。


 ミカエルを始めとして最初は呆気に取られていた聖騎士や近衛騎士たちも、事情を知るやすぐに慣れてしまった。

 三度目くらいには既に生温かい目にはなっているものの、何事も無かったかのような対応をされるようになってしまっている。


 それでもロザリアにしてみれば恥ずかしくてたまらない。人前での口付けなどに慣れられるわけがなかった。

 だが、十年に及ぶ習慣は簡単には払拭できず、どんなに気を付けていても、無意識に出てしまうのだからどうしようもなかった。


 恥ずかしいのはもちろんだが、何より口付けされたくて、わざと間違えて呼んでいるように思われるのではないかと思うと居たたまれない。

 実際にミカエルにはそう揶揄われている。真っ赤になって涙目で必死に否定して以来、さすがに可哀想に思ったのか言わなくなったが。


 冷静になって振り返るに、今まで見たこともないもの、経験したことのないことに遭遇した時が多かったように思う。

 感動したことを大好きな人と分かち合いたいと思うあまり、夢中でまずレオンを呼んでしまうのだった。うっかり、慣れ親しんだ呼び名で──


 そんなことを考えているうちに、隊列は聖地の門前町へと近づいていた。聖地に向かう道路に面して、巡礼者のための宿や食堂、雑貨屋や食料を扱う店などが立ち並び、そこで働く者たちの家がその後ろに広がっている。

 時期問わず来訪者は数多く、当然ながら商売をする住民も多い。


 教皇の伝達は行き届いているらしく、町に差し掛かる手前から、人々の熱狂が伝わってきていた。町から溢れた人が道沿いに並んでいる。

 神聖教会のお膝元だけあって、帝都以上の反応だった。半分は熱狂し、半分は泣きながら跪いて拝んでくる。


 ほとんどの視線が自分に向けられており、その圧力にたじろいだロザリアは、思わずレオンの腕を強く掴んでいた。


「巡礼に来るほどの敬虔な信者たちだからね。いつも猊下の行列ってだけでも大騒ぎなのに、今回は“聖女”が同行しているんだ。この騒ぎは当然だろうな」


 真っすぐ前を見たまま、道の両側に集まっている民衆に目だけをちらりと向けて、レオンは事もなげに言う。


「これは、この先ずっと聖地の奥に入るまで続くはずだから。まぁ、覚悟しとくと良いよ」

「そうなのですね……」


 思わず溜め息が出てしまった。英雄を支える聖女としての使命は十二分に自分の中に根付いている。だから、英雄がレオンである以上、自分が聖女であると言う事実は純粋に喜ばしい。

 だが、全くの他人、それも大勢の者たちに聖女として崇め奉られると言うのは、未だにどこか違和感を覚えてしまう。


『本当にわたくしは、叔父様のことしか見ていない……と言うより見る気がないのだわ…………あ!』


 内心とはいえ、つい以前の呼び名で考えてしまい、ロザリアは慌てて気を引き締める。こんな衆目の中で唇を塞がれてはたまらない。

 婚約の儀式の時とは違うのだから。

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