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第一章 解放への道 5

 「何を勿体つけておるのだ、ルージュ公爵令嬢! 早く皆に真実を教えてやれ!」


 皇子がじりじりとした様子で声を張り上げた。


「其方は、ロザリアの仕業だと言っていた! そうだな!?」


 責めるような喚き声に、ヴァネッサはふいっとロザリアから目を離すと、深々と、本当に深々と溜め息を吐いた。

 そして、あからさまに鬱陶しそうな表情で、呆れたように応える。


「何を仰っているのだか。わたくしは、ロザリア様の仕業などと一言も申しておりませんわ」


 冷たく突き放すような返答に、皇子は唾を飛ばしそうな勢いで喚く。


「嘘を吐くなっ! あの場には他にも多くの者がいたのだ。誤魔化せると思うな! あの場にいた者、前に出よ!!」


 卒業生や在校生を勢いよく見回して怒鳴るように命じられ、その中の一人の令息がおずおずと申し出た後、それに呼応するように数人が前へ出てきた。

 周囲が息を呑んで見守る中、真面目そうな令息は目線を上に向け、思い出し思い出しと言った様子で訥々と語った。


「あの日……私は女性の悲鳴が聞こえたので、何事かと階段へ向かいました。殿下に取り縋って誰かに突き落とされたと泣き叫んでいるシャロン嬢の周りに、騒ぎを聞きつけて大勢が集まってきていて……確かに、その中にルージュ公爵令嬢もいらっしゃいました。ですが……殿下が言われたようなことは仰ってないはずです」

「ええ……わたくしも聞いておりました。ヴァネッサ様は確か――」


 頷きながら、近くにいた令嬢が口を挟んでくる。


「――尊い御方へのあまりにも礼を欠いた行いに、お怒りを買ってしまったのかも知れませんわね、と……」

「そうです、そんなお言葉でした。それを聞かれて、ロザリア様のお名前を出されたのは皇子殿下です。その……ロザリア様の仕業に違いないと」


 一瞬引き攣った表情を浮かべた皇子は、顔を真っ赤にさせて激昂した。


「同じことではないか! 最初にロザリアが怪しいと言い出したのは、ルージュ公爵令嬢なのだから」

「いいえ! 冗談ではありませんわ、殿下。そのような不当な言いがかりをお付けになるのでしたら、わたくしも黙ってはおられません」


 ヴァネッサは、その美貌に相応しい苛烈な目で王子を見据え、とうとうとシャロンが王子の威を借りて、今までロザリアにしてきた無礼について並べ立てた。


 実のところ、初めて耳にする内容の方が多かった。元々が鷹揚な性格のロザリアは、自分に直接的な――極端に言えば、物理的な被害が及ばない限りはさして気に留めることもない。


 学年も違う、行動範囲も違う、そんな相手が何をしているかなどに、全くもって興味はなかった。

 だが、今ヴァネッサが論った内容は、事実だとすれば相当に質が悪い。


 自分への攻撃ならばどうとも思わないが、もし懇意にしている友人たちにその矛先が向いていたとしたら、ロザリアとて放っては置けなかったかも知れなかった。

 ヴァネッサの尚も続く糾弾を聞きながら、小さく息を吐く。


「この神聖なる帝国で、誰よりも尊い女性をそのように貶めてきたのです。報いを受けるのは当然ではありませんか」

「だから、シャロンを突き落としても当然だと言いたいのか!?」

「何を言ってらっしゃるの? 報いとは、神罰のことに決まっているではありませんか。神の愛し子を蔑ろにして、神のお怒りを買わないと本気で思っていらっしゃるのですか?」

「其方こそ、何を世迷いごとを言っている? 何が神だ。神聖帝国だからと、神の名を出せば誤魔化せると思っているのか!? 私がシャロンを寵愛することに嫉妬し、ただの女であるロザリアが醜い心様で突き落としたに決まっている!!」


 そう叫んだ瞬間、騒めいていたホールは一瞬にして水を打ったように静まり返った。貴族たちはしばし呆然とし、次いで誰もが険しい顔で皇子を見据えた。


 その急に冷え切った空気に、意味が判らずあたふたと周りを見回しているのは、世襲を許されていない、一代貴族である下級貴族に連なる者ばかりである。


 勝ち誇ったように皇子に寄り添っていた一代貴族である男爵の娘シャロンも、いきなり豹変した場の雰囲気が見るからに理解できていない。

 だが、このままではさすがに不味いとは思ったようで、慌てたように皇子の腕を引く。


「あの……今まで言えずにいたのですが、あの時……私、本当は見たんです。階段の上で誰かに押されて、驚いて振り返って……」

「なんだと!? なんで今まで言わなかったのだ。ロザリアか? ロザリアなんだな!?」


 シャロンは俯き怯えたような素振りで、良く見なければ分からないほどに小さく頷く。


「ほら、見ろ! 突き落とされた本人の証言だ、もう言い逃れは出来まい! この悪女め!!」

『あらあら……ずいぶんと強かですこと。自分では明言せずに、全て殿下のお口から言わせるなんて……。明言していない限り、どうとでも言い訳できますものね』


 半ば感心しながらも、ロザリアは淑女の微笑みを絶やさない。勢い込んで罵倒する皇子から、庇うようにレオンが一歩前に出る。

 ほぼ同時くらいに、ヴァネッサが軽蔑を露わに言い放った。


「殿下には、ほとほと呆れますわね」

「なんだと!?」

「まさか、ご自分の婚約者の予定も把握していらっしゃらないんですの? それもプライベートならともかく、公務の一環として行われている后妃教育の日程ですら?」

「は……? 何……后妃教育? それが何だと言うのだ!」

「あの日、ロザリア様は午前の講義が終わり次第、皇室からのお迎えの馬車に乗って、后妃教育のために皇宮に向かわれました。当然、そちらの男爵令嬢が階段から転がり落ちた午後には、学院にはいらっしゃいませんでしたわ」

「な……そんな馬鹿な!」

「わたくし、馬車に乗られる直前にロザリア様と直接お話ししていますもの、間違いございませんわ」

「なっ……なっ」


 目を白黒させた王子は、縋るようにシャロンを見る。

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