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第七章 日常との決別 10

 帝都を取り囲む城壁、その八方に設けられた門の一つである南門を通り抜け、しばらく進んだところで行列が一旦停まった。

 そこでロザリアは雷獣から降ろされ、レオンに手を取られて皇室の紋章の付いた馬車へと向かう。


 大型の馬車の内部は広く、美しい装飾が施され、座席もゆったりとしていた。聖獣たちが出発当初から乗り込んでおり、侍女のなりをしたセシリアとアリステアは座席に、ブランは人化せずに床に座っている。


 上席側にレオンとロザリアが並んで座った後で、侍従姿の一人の男が乗り込んで来た。全く見覚えがない。

 男は、侍女姿の二人を奥に押しやるようにして、向かいに座った。


 呆気に取られて、ついまじまじと見てしまった。一見したところ、二十代半ばくらいだろうか。

 レオンが華奢に見えるほどに、大柄で筋骨隆々としている。そして、瞳は金色であるものの、その髪は白銀だった──


「彼は雷獣だよ」


 怪訝な顔をしていたロザリアに、レオンが苦笑しながら言う。驚いて目を丸くしていると、まるで初対面の者を紹介するかのように続けた。


「名はエクレイル、私の守護獣……と言うことになるのかな。昨日、正式に私が主となった」

「そうでしたか。先ほどは、わたくしまで乗せてくれてありがとう」

「いえ、聖女様は我が主の番いとなる方ですから、当然のことです」

「つ、番い……?」


 即物的な言葉に動揺しているうちに馬車が動き出し、急な揺れでバランスを崩したロザリアは、レオンの腕に引き寄せられる。

 気づけば、その胸に縋りつくような格好になってしまい、変に意識して顔が赤くなっていた。


「主よ、何か間違っていましたか?」

「番いと言う言葉は普通、人間には使わない。特に、女性に言うのは失礼だ」

「そうなのですか? では、なんと?」

「……今は婚約者だが、将来の話であれば妻、いや妃、か?」


 疑問に対して淡々と答えているだけなのだろうが、このタイミングで、この体勢のままではやめてほしい。

 顔の熱さがなかなか引かないのを感じながら、ロザリアは切に思った。


 何とか平静に戻った後で、エクレイルの人化について聞いてみた。エクレイルは、レオンが聖樹の次期守護者であると知ってから、当然の如くどこへでも付き従うつもりでいたらしい。


 そのためには、自分より若いはずの三人の聖獣たちに教えを乞うことも全く厭わず、当面必要な知識の習得や、人化などを熱心に習ったとのことだった。




 一行の目的地は、帝都から一番近い場所にある聖樹、正確にはその傍に建てられた聖堂である。

 聖樹ではあるものの、皇室や四大公爵家が管理している特別な大樹ではなく、大陸の方々にあるさほど大きくはない樹で、聖堂を建てて神聖教会が管理している。


 各地の聖堂には、それぞれ転移陣が設置されている。古い時代には帝都の大聖堂と聖地の本聖堂にもあって、聖地から帝都へ直接転移することができていた。

 公爵領の城にある転移陣と同じように、神聖力を持つ者が力を注ぐことで発動する。


 だが、五百年前の闇の使徒の侵攻時、洗脳された者が発動させたことにより、帝都へ敵の侵入を許す事態が起きたため急ぎ撤去されることになった。

 以降、各地の聖堂の転移陣は残されているが、聖地と帝都には防衛のため敷設が禁じられている。


 だから、聖地と帝都を行き来するためには、最寄りの聖堂を利用するしかない。その帝都に一番近い聖堂は、馬車で三日ほどかかる場所にある。

 聖地に最も近い聖堂からも、聖地へはやはり三日ほどかかる。単騎の早馬ならば転移陣を利用すればもっと早いが。


 馬車での移動は不便と言えば不便だが、全行程を転移陣を使わずに移動するなら優に二か月はかかることを思えば、十分に便利ではあった。




 馬車に揺られるうち、若干寝不足だったロザリアは、いつしか寝入ってしまった。帝都を出発して二時間ほど。

 眠りが浅くなりかけて微睡みながら、優しく頭を撫でられる心地良い感覚に浸っていた。


 ふいに馬車が大きく揺れて、その振動で目が覚めた。覚醒した途端、自分が座席に横になり、レオンの膝枕で眠っていたことに気づいて、慌てて起き上がる。


「もっ、申し訳ございません。わたくし……」


 淑女にあるまじき不調法に狼狽えるロザリアに、レオンは笑いながら、乱れた髪を指先で整えてくれた。


「夜更かししたんだから仕方ないよ。ロゼが小さい頃は良く一緒に寝てたんだし、今更だろう?」

「子供扱いしないで下さいませ。まだ成人こそしておりませんけれど、わたくし、もう子供ではございませんわ」

「……そうだな」


 顔に落ちた一筋の髪を掬い取って耳にかけ、そのままロザリアの頬をそっと撫でながら、レオンは真顔で呟く。

 レオンの態度は昔から変わらない。そう思ってきた。だが、どことなく以前とは違う。最近、そう感じることが増えてきた。


 やはり、あれから──ロザリアが、レオンに“課題”を突き付けてから、少しずつ、本当に気づかないくらいに少しずつ変化が起きている気がする。

 自分がレオンの愛情を一身に受けていることは、十年前の幼い頃から変わらない。だが、今は女性扱いされている──そう思う。


『嬉しい……』


 そう心から思った。頬に触れている大きな手に華奢な手を嵩ね、頬ずりしながら上目で見上げると、レオンは少し頬を赤らめ、慌てたように目を逸らした。

 そんな態度がとても新鮮で、更に嬉しくなった。


 同乗しているのが人間の従者なら淑女として気も使うが、他は聖獣ばかりなので全く気にならない。

 ロザリアは、この時とばかりに“婚約者”として甘えては、その反応を純粋に喜んでいた。




 昼食は皇宮が用意した軽食を馬車の中で摂ったが、夕方近くになって早めに、野営の準備をするため開けた場所に停車した。

 幾つも建てられた天幕の中でも割り当てられたものは、広々として見た目も綺麗な、思ったよりも居心地の良さそうなものだった。


 貴人用の最上質な天幕と馬車を中心に、騎士たちが交代で休むための軍用の簡易天幕が幾つも回りを取り囲み、更にその周りを火を囲んだ見張り番の騎士たちと馬が取り囲む。


 夕食は教皇の天幕に招かれ、ロザリアはレオンと共に聖獣たちを護衛代わりに連れて尋ねた。

 野営での食事などは初めてだったが、屋敷で出されるような美食とは程遠い野趣に溢れたものであるものの、決して不味くはなかった。


 帝都や公爵領でピクニックをしたことはあったが、野営自体が初めての経験で、ロザリアにとってはなかなかに興味深く、どこかわくわくしている自分がいた。


 聖獣たちは食事の必要はないので、四隅に散らばって待機している。三人だけで食事を終え、セシリアたちが食後のお茶を用意し始めたのを横目に、ロザリアは良い機会だと簡易テーブルを囲む他の二人を見回した。


「実は父から託された、大事なお話があるのです。少し、お時間は宜しいでしょうか」

「もちろんでございますとも」


 当然ながら教皇は即了承し、レオンも真顔になって頷いている。


「後は……そうですわね、必要があれば聖騎士団への伝達は叔父……いえ、レオン様にお任せ致しますが、近衛騎士隊副隊長のミカエル兄様には是非加わって頂きたいので、呼んで頂けますか?」

「ミカエルを?」

「ええ。ルージュ公爵家の齎した情報もいくつか含まれておりますし、帝国騎士団や何よりルージュ家がどう動くかを把握しておきたいのです」


 伝令代わりにアリステアが天幕を出て行く。それを見送って、ロザリアはブランに持たせていた巻紙を受け取り、テーブルの上に広げた。


「地図……?」

「はい。見ながらお話しした方がお分かりになりやすいかと」


 そうレオンに答えていると、アリステアに伴われてミカエルが中へと入ってくる。


「残念だけど、食後のお茶を楽しむ……なんて楽しげな雰囲気ではなさそうですね」


 ちらりと中の様子を素早く見回して、ミカエルはいつものように、どこか軽い調子で肩を竦めて見せた。

 

「ミカエル兄様、まずは席に着いて下さいませ。それと、猊下。お手数ですが、声が外へ漏れないよう結界を張って頂けますでしょうか」

「聖女様の御心のままに」


 遮音の結界が張られ、四人が向き合って席に着くや、ロザリアはそれぞれの顔を見回して告げる。


「宰相配下の諜報部門と、ルージュ家やブリュイエ家がそれぞれの家門のルートを使って得た情報について、父が纏めたものを掻い摘んでお話しさせて頂きたいのです」

「それは……闇の使徒に関わる情報ですかな」

「はい。現時点で判明していることを、ここにいる皆様には共有するべきだと思いまして」


 厳しい顔でそれぞれが頷くのを待って、ロザリアはほとんどが帝国の版図である、大陸と周辺の島々の地図に目を向けた。

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