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第七章 日常との決別 5

 「今、宰相が説明したように、ここしばらく前から帝国全土に魔獣の出現が増え、このような事態がいずれ起きうることは懸念されてきた。そうして一昨日、この平穏であるべき皇宮で、忌むべき事態が発生してしまった。今回、これを長年の間に準備し、皇宮ひいては聖樹を穢そうとしたのは、闇の民であった」


 皇帝が重々しい声で、ブランシュ公爵の説明を端的に述べ、広場全体を見回した。広場は沈鬱な空気が支配し、誰もが押し黙っている。


「この闇の民の首魁を退け、皇宮の平穏を取り戻したのは、誰あろう英雄の名を継ぐ者である! 初代皇帝から数え、建国以来3人目の英雄が、今この時代に神より遣わされていたのだ! そして、穢された皇宮と聖樹を浄化し、全てを癒したのは聖女である! 聖女の出現が知らされたのは二年前だ。隠してはいなかったが、未だ学院を卒業していない未成年の少女であるがゆえに、皇宮としては公表を避けてきた。だが、今回の事案による民心の動揺を鑑み、広く告知させることにした!」


 そこまで言って、皇帝は左に半身を向け、露台袖に待機していた二人へ手を差し伸べる。


「ここに皇帝と教皇猊下の名において証明しよう! 彼らが今代の英雄と聖女である!!」


 ここから先は、もう後戻りはできない。レオンも、ロザリアも。あれからずっと握られていた手を強く握り返して、ロザリアは顔を引き締め、レオンのエスコートに従って、露台へと足を踏み出した。


「先の合同葬儀で聖女の奇跡を見た者も多かろう。なので、先に聖女から紹介する。彼女はロザリア・ブランシュ、宰相である四大公爵家筆頭ブランシュ公爵の一人娘で未だ貴族学院の二年生だが、優秀な才媛で“帝国の白薔薇”と称される令嬢だ。三歳の披露目で初めてまみえた際、密かに私にかけられていた薬物による洗脳を浄化で解き、七歳で公爵領にある聖樹の穢れを広大な森ごと浄化し癒した。そのように元々強い神聖力を有していたが、十五歳での教皇猊下への謁見で、正式に聖女と認定されるに至った」


 露台の中央に並ぶや先に紹介され、ロザリアは意外に思いながらも、淑女としての優雅な礼を披露する。姿勢を戻した途端に、皇帝がとんでもないことを言い出した。


「このような可憐な美姫で、優秀な才媛、それも聖女と聞いて、私は欲を出してしまった。世継ぎとして指名するには余りにも心もとない、皇子ジュリアスの妃に向かえられれば、臣下の者たちも皇子を次期皇帝として認めてくれるのではないかと。そうして私は公爵家が断固として拒否する中、勅命を出し、無理やりロザリア嬢を皇子の婚約者に据えた。だが、先日の貴族院卒業舞踏会で多くの貴族諸兄が見聞きしたように、ジュリアスには世継ぎとなる資格は無いことが証明され、同時に婚約も立ち消えとなった。ロザリア嬢には大変な迷惑をかけた。この場で、正式に詫びたいと思う。申し訳なかった」


 いきなり深々と頭を下げられて面食らう。ここでその話題を出した意図が掴めず、思わず傍らのレオンを見上げた。レオンはいつもの優しい笑みを浮かべて、ロザリアの手を取り皇帝の間近へと導く。

 その意図を解して、ロザリアは皇帝に触れて言った。


「陛下、お顔をお上げ下さいませ。済んだことでございます。もう、わたくしは何とも思ってはおりません」

「ありがとう、聖女ロザリア。寛大な御心に感謝する」


 そう言って皇帝は、ロザリアの手を取って恭しく口付ける。姿勢を戻し、上げた顔には意味ありげな笑みが浮かんでいた。

 不可思議に思いつつも、表情には出さず淑女の笑みを返す。


「それでは、次に英雄の紹介を。レオン──」


 促されてレオンが隣に並ぶや、皇帝はその背に手を置いて親しげな様子を見せる。距離を開けて見守っていたロザリアは、今度は何を言い出すのだろうと内心はらはらしていた。


「皆に紹介しよう、彼はレオン・アーカンシェル、本来の第一皇子だ!」


 露台下の貴族席が一斉にどよめいた。その紹介があり得ないことを、世襲の貴族たちは皆知っている。

 皇帝は悪戯が成功したような笑みを浮かべ、レオンは苦笑交じりに目を背けていた。


「貴族諸君、驚かせてすまない。他の者たちには意味が分からないだろうが、彼は間違いなく私の実の息子で、先代ブランシュ公爵の養子として育てられてきた。英雄の二つ名は、正統なる初代皇帝の血筋にしか与えられない。レオンが英雄であることは、教皇猊下が証明されている。彼の神聖力は私を遥かに超え帝国随一、騎士としても帝国最強と謡われて、現在は教皇猊下をお護りする聖騎士団長の任に就いている」


 そう説明した後、皇帝は顔を厳しく引き締めた。


「諸君は、私の皇太子時代、身籠っていた妃が不義の罪を着せられて、先代皇帝の命により堕胎させられ幽閉された事件を覚えているだろうか。あれは冤罪であった!」


 再び、貴族席がどよめく。また帝国中に公布された事件であったこともあり、二十年以上も前のことだが見聞きした者も多いようで、民衆も戸惑うように騒めいていた。


「あの御代、晩年になって乱行を繰り返し国を乱したために、忠臣たちの手によって先帝は退位に追い込まれ蟄居となった。何故、父帝はそのような暴君に成り果てたのか! それまでの父は尊敬に値する名君であったと言うのに……全て、闇の使徒の陰謀である! 先帝を篭絡し愛妾に納まった呪術師が洗脳し、あのように堕落させたのだ。そうして操られた先帝により、皇太子妃は冤罪をかけられ、私の子は堕胎させられた──」


 沈痛な面持ちで広場を見回し、更に皇帝は声を張り上げる。


「──だが! 堕胎されたはずの子は生きていた!! 堕胎を命じられた医師が刑吏の目を欺き、自らの顔を焼いてまでして皇宮を脱し、赤子を連れて密かに大聖堂へと逃げ込んだのだ! そうして赤子は秘密裏に教皇猊下の下へ運ばれ、庇護を受けることになった。猊下の尽力により、先代ブランシュ公爵の子として護られて育ち、無事に成長した。それが、ここにいるレオンだ!!」


 喝采に近い声が広場中から上がる。貴族席では感嘆の声を上げる者、感涙に咽ぶ者、陰謀を企てた輩への怒りの声を上げる者、様々であった。

 最後の赤子が生きていた下りは完全な捏造であったが、誰も疑う者はいない。


 皇帝とレオンの関係は、魂の系譜では親子だが血脈の上では異母兄弟と言う、本来はあり得ない複雑なものである。

 そんなことを説明しても、信じる者などいないだろう。


 間を省いて単純な親子関係に仕立て上げれば、誰もが受け入れやすい。英雄の名を冠した帝国最大の神聖力を有する第一皇子。

 いずれは皇統を継ぐ存在となることすら、誰もが当然のように思うことだろう。


「不義の子ならば、皇統の証である神聖力を有するはずも、初代皇帝と同じ英雄の名を授けられることもあり得ない! このレオンが私の子であることは神が証明されたのだ! そして、レオンの母である皇太子妃が無実であることも!! 妃は今、長年の幽閉で誰のことも分からないほどに心を病んでいる……だが、レオンに会ってレオンにだけは反応した。わたくしの坊や、と──」


 涙声になって訴える皇帝に、貴族席の婦人たちが目元をハンカチで抑えている。


「──今、妃の身は私の本宮に移し、手厚く養生させている。いずれ正気に戻るのを待って、私は妃を皇后に迎えるつもりだ! 諸君には、そのことを心に留め置いてもらいたい!」


 レオンの身分の確定と、かつての皇太子妃の名誉回復、そして復権。それらをこの場で決定事項として一気に公表してのけた皇帝に、ロザリアは内心で驚いていた。

 聖卓会議で話し合い、公表が決められていたのはレオンの出自についてまでだったはずだ。


 あの場では、シャルローズ妃に関する議題は全く出ていない。皇帝の妃への贖罪意識と、蘇った愛情の深さを強く感じさせた。

 だが、これで妃が回復し立后となれば、レオンは皇后所生の第一皇子と言うことになり、誰もその地位を脅かすことはできなくなるだろう。


『やっぱり、お父様の台本かしら……あの時、陛下のご相談に連れて行かれてらしたものね』


 ちらりと皇帝の向こうに立っている父レナートを見やると、相変わらずの不敵な笑みが浮かんでいた。

なんか話が硬くて字面が重い……

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