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第一章 解放への道 4

 「ねぇ、レベッカ姉様……貴女はあの方の力、感じられまして?」

「ないわね、只の一度も」


 常々疑問に思ってきたことを小声で尋ねると、レベッカはにべもなく返してきた。視線の先には、顔を歪めて自分を糾弾し続ける仮の婚約者がいる。


「そうですわよねぇ……。聖印があるはずなのに、どうしてなのかしら」


 聖印は母親の胎内にいる時に神から授かるものと言われている。唯一の例外は、聖職者の中から後天的に授けられる教皇のみ。

 同時に複数人が存在することはない。天寿を全うした直後に、新たな教皇が神によって選ばれるのである。


 一方の世俗では、聖印を持つ者の誕生は聖卓会議で報告され、三歳の誕生日に皇帝と四大公爵家の直系を集めて正式な披露目を行う。

 そして、その者の本質を見抜く目を持つ神の代理人たる教皇へ、十五歳になって初めて謁見するのが通例であった。


 だが、ジュリアス皇子の生母である異国出身の皇妃は、異教徒であることを理由に教皇への謁見を強く拒んだ。

 それ故、皇妃に対する臣下からの印象は悪く、唯一の皇子でありながら、帝国民の中でのジュリアスの人気も低い。


「教皇猊下がどのようにご覧になっていらっしゃるのか、とても興味深いわね」


 嘲りを宿した目で皇子を見据えながら、レベッカは冷やかな笑みを浮かべた。


「今! この場で! 私は、このロザリアの所業を告発し、皇子である私の妃には相応しくない女だと証明しよう! ここに集う者たちが、私には何ら非のない上での婚約破棄だと言うことの証人だ!!」

「ジュリアスッ!!」


 高らかな皇子の宣言に、皇帝が阻止するように声を上げる。だが、その剣幕にも皇子は動じない。いや、皇帝の動揺など気づいてさえいないのかも知れなかった。


「皆、よく聞くが良い!!」


 会場中の注目を集めて気を良くしたらしい皇子は、芝居がかった仕草で両手を高く掲げて胸を張り、次いでロザリアを指差した。


「その聖女気取りは怖しいことに、学院の階段からここにいるシャロンを突き落としたのだ!!」

「はぁ……わたくしが、でございますか?」


 全く身に覚えのないことを論われて、小首を傾げるしかない。そんなロザリアの肩を抱いて護るように引き寄せ、レオンが冷たい怒りを湛えた目を王子に向ける。


「ロゼがそんな浅ましいことをする訳がないだろう。聖女を愚弄する気か!」


 帝国の守護者とも言えるレオンの恫喝に、皇子が怯えたように後ずさる。次いで、周りのそこかしこから批判的な言葉が上がった。


「いくら何でも、あんまりですわ……」

「ええ、ロザリア様がそんなことを為さる訳がございませんでしょうに」

「皇子殿下と言えど、さすがにそのご発言は如何なものか……」

「男爵令嬢の被害妄想ではないのか?」

「誰か、その場を見ていた者がいるとでも?」

「よもや勝手な憶測で糾弾されているのでは……」


 観衆から期待していた反応が得られなかったばかりか、どんどん自分に不利になっていく場の空気に追い詰められたのだろう。

 皇子は、眉を吊り上げて焦ったように周りを見回していたが、不意に一人の令嬢に目を止め、勝ち誇ったように呼びかけた。


「ルージュ公爵令嬢!! 其方はあの場に居合わせていただろう。こちらへ来て、あの日見たことを包み隠さず証言するが良い! さぁ――」


 名指されたルージュ公爵令嬢ヴァネッサと皇子を交互に見遣って、貴族たちが戸惑いの色を浮かべる。さすがに四大公爵家の一員たる令嬢が証人となると、皇子の言い掛かりと簡単に片付けることはできない。


「――この無礼者たちに教えてやってくれ! 私が嘘など言っていないことを!」


 辺りがしんと静まる中、呼び付けられたヴァネッサは仕方なさげに前へと出て来た。その口がどう開くのか、周囲の視線が集まる。黙ったまま小さく溜息を吐くのを、皇子が苛立たしげに急かした。


「ルージュ公爵令嬢、其方も言っていたはずだ。シャロンが階段から突き落とされた時、ロザリアの仕業だと!」


 家名や当人たちの印象もあって、ロザリアは帝国の白薔薇、ヴァネッサは帝国の紅薔薇と並び称され、同学年ということもあり、貴族たちの間では常に比較されていた。

 華やかな容姿のヴァネッサは、苛烈とも言えるほどに物言いもはっきりしており、おっとりとして物静かなロザリアとは、まるで紅蓮の炎と静謐な水鏡のように対照的だった。


 そんなヴァネッサが証人として指名されたため、これまでは無分別な皇子の言いがかりと決めつけていたような貴族たちも、さすがに動揺の色を見せ始めている。


「まさか、本当に……?」

「……あのロザリア様が?」


 場の空気が変わってきたことに後押しされたらしく、皇子はにやりと獰猛な笑みを浮かべる。

 

 それを横目に、ヴァネッサは女王然と辺りを睥睨し、最後にロザリアと目を合わせた。その真っ赤に彩られた唇の端がゆっくりと持ち上がる。皇子と同じ獰猛な笑みが浮かんでいた。


『まぁ……素敵な笑顔ですこと』


 思わずロザリアの聖女と讃えられた微笑みが引き攣った。幼い頃から事あるごとに振り回されてきた思い出が蘇り、内心で溜め息を吐く。

 傍に立つレオンも、背後のレベッカも全く同じ表情を浮かべていた。


 そんな三人とは対照的に、ヴァネッサ・ルージュ公爵令嬢は不敵な笑みを浮かべたまま、ロザリアをじっと見つめている。それはそれは、とても愉しそうに――

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