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第七章 日常との決別 1

 聖卓会議終了後、皇帝の命令で、外宮の官僚たちは慌ただしく動き始めた。帝国に属する全ての貴族家へ通知が送られ、帝都全域への触れがなされ、帝国本土の主要都市へと知らせが飛ぶ。


 二日後に帝都の大聖堂で、教皇の祭祀により、闇に倒され犠牲になった者たちの合同葬儀と追悼式を行うこと。

 そして、英雄と聖女の出現を教皇と皇帝の名の下に公表し、正式な披露目を行うこと。その二点が帝国中に急ぎ公布された。




 「まさか、帝都どころか皇宮の真ん中で、あんなことが起こるなんてね……」


 大聖堂での葬儀が行われる直前、四大公爵家の一族に与えられた控えの間で、ヴァネッサが珍しく沈痛な顔で呟く。それに頷いて、レベッカが重々しく言う。


「ええ……闇の使徒が現れたってだけでも大問題なのに、それがあろうことか皇宮の聖樹を狙って、二十年以上もの時をかけて策略が練られていたなんて」

「もう家中がピリピリしてるわ。完全に臨戦態勢ね」

「それは我が家も同じことよ」


 帝国の騎士団や兵団を率い、軍事の要となるルージュ公爵家ならばそうだろう。神聖教会と共に呪術や呪具を長年研究し、封じる方法などを考案してきたヴィオレ家もまた同様。

 当然、政治の要であるブランシュ家も、外交と経済の面から他国の動向を監視しているブリュイエ家も警戒を強めていた。


「まだ少し猶予があると思っていたけど、甘かったわね」

「ええ、本当に……」


 二人の令嬢も、あの日のロザリアと同じことを思っているようだ。


「リア、貴女……午後にお披露目をして、明日にはもう聖地に向かうのでしょう?」

「ええ……」

「卒業してからの予定だったのに。しばらく会えなくなりそうね」

「……ええ」


 ここへ戻れるのはいつになるのか。貴族令嬢として風にも当てられぬように育ってきた自分が、英雄を護れる真の聖女となるために、その修練にどのくらい時間が必要なのか。今は見当も付かない。


 その準備が間に合うかどうかすらも分からなかった。それでもやらなければならない。それが順調に済んだとしても、その後は帝国全土を回る日々が待っている。

 闇を祓い、世を光で満たすまで──


「……手紙くらい書きなさいよ。わたくしのこと、忘れたら許さないんだから」


 きつめの目で睨むようにヴァネッサが言う。


「ヴィーこそ、わたくしのこと忘れないでね……」

「当たり前でしょ! 何言ってるのよ」


 こみ上げてくるのを必死で抑えていたところを、バンと勢いよく背を叩かれて、堪えていた涙がぽとりと零れ落ちた。


「リア……!」

「ヴィー、リアを泣かせちゃ駄目でしょう? この子、ずっと我慢してたのに……」


 一度決壊してしまうと、もう止まらなかった。次から次へと涙が溢れてくる。レベッカがぎゅっと抱き締めて頭を撫でてくれる。横から、ヴァネッサも泣きそうな顔で、ロザリアの背を撫でてくれた。


 決意は固いが不安が無くなるわけではない。自分は本当に間に合うのか。自分の力が足りなくて、またあんなことが起きるのではないか。

 そんな恐れが絶えず湧き上がる。


 そんな弱音を受け止めて、強く前を見て歩けるよう発破をかけてくれる存在。何でも相談できて、的確なアドバイスをしてくれる存在。

 三歳で出会ってから、ずっと側にいてくれた二人から離れ、これからは一人で立っていかなくてはならない。


 策略や人心掌握に長けたレナートや、処世術に長けたアナマリアの薫陶を受け、外見に反してかなり強靭な精神に育ってはいるが、実体験の少ない十七歳の身では、まだまだ自分の心を完全にコントロールすることなどできるはずもなかった。


 葬儀の時間が近づいてきた頃、ようやく何とか泣き止みかけていたところへ、教皇に付いていたレオンが部屋に入ってきた。


「ロゼ?」


 レベッカに縋りついて二人がかりで慰められているロザリアを認め、レオンが焦りの色を浮かべる。


「どうしたんだ、そんなに泣いて? 何かあったのか?」


 涙は止まったものの、酷い顔になっている自覚はある。そんな顔をレオンに見せたくはなかった。

 返事もなく、更にレベッカに強くしがみつくロザリアの姿に、レオンはおろおろと二人の令嬢を見る。


「もう! レオン兄様は、乙女心に疎すぎよ。泣きじゃくった後の顔なんか、恋する相手に見せられるわけないじゃない」

「ヴィー、貴女もデリカシーなさすぎ……」


 腰に手を当ててレオンを責め立てるヴァネッサに、レベッカが呆れたように突っ込む。


「とりあえず兄様、あちらを向いていて下さいな」


 指示に従いレオンが背を向けるのを待って、レベッカはハンカチでロザリアの目元を拭う。


「癒しをかけるわね。規格外の貴女と違って大したことはできないけど、目元の腫れを引かせるくらいはできるから」

「……ありがとう、姉様」


 目元に温かい光が当たる感覚がした後、重くなっていた瞼が軽くなった。すぐに壁際に控えていた侍女が呼ばれ、さっと化粧が直され乱れた髪を整えられた。


「お待たせ致しました、叔父様……」


 少し声が掠れてしまっている。


「喉も傷めてしまったようね」

 

 そう言ってレベッカは喉も癒してくれた。軽く咳をして声を確かめ、改めてレオンに声をかける。


「叔父様は葬礼を行う猊下に付き従われるのでしょう? そろそろ儀式が始まる時間ですが、何かございましたか?」

「あ、ああ……」


 ヴァネッサに責められたせいか、気後れしたようにレオンが近づいてくる。


「猊下が、ロゼも一緒に入場するようにと」

「わたくしも……?」


 筆頭公爵家の令嬢として、ただ参列するだけのつもりでいたロザリアは、突然の番狂わせに目を瞠る。

 どこか茶目っ気のある笑みを浮かべて、愉しげにささいな悪戯をしかけてくる教皇を思い出し、また何か画策しているのではと半目になってしまった。


「あの時の浄化で遺体に穢れは残っていないが、死者の魂が迷わずに神の元へ行けるよう、ロゼの……聖女の神力で送ってほしいと仰せられてね」


 意外とまともな理由だったことに申し訳ない思いが募る。


「分かりました。でも……随分と急なお話ですのね」

「ああ、まぁ………想定していたより参列者が多いと騎士団長から報告があってね。脅威を感じているのか、相当数の民衆が集まって、大聖堂前の広場を埋め尽くしているらしい。それを聞かれた猊下が、せっかくだから午後の披露目の前に、聖女の力を見せ付けようと言い出されてね……」


 苦笑気味に本音の方を聞かされて、やはりと思うロザリアの脳裏に、教皇の悪戯っぽい笑みが浮かんだ。

遅れたついでに、五章を整理して、二つに分けました。

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