第六章 皇宮の大掃除 9
聖樹を無事に蘇らせて本宮に戻ると、エントランスで父レナートが待ち構えていた。
「お父様?」
「リア!!」
ロザリアを認めて駆け寄ってくるや、娘の両腕を掴んで、おろおろした様子で顔を覗き込んでくる。
「お前は何ともなかったのか? 怪我などしていないだろうな? まさか、お前が内宮を訪ねた時に、このような事態が起こるとは──」
偶然巻き込まれたわけではない。むしろ当事者と言っても差し支えなかった。ロザリアは、何と言って良いか分からず苦笑するしかない。
「──朝早くにルージュ公爵から連絡を受けて、慌てて出仕して来たのだ。レオンが付いているから余程のことがない限りは大丈夫だとは思っていたが、どれだけ心配したことか……」
辣腕宰相と恐れられるブランシュ公爵の、娘を溺愛する父親としての顔に、周りは呆気に取られている。
「お父様、わたくしは何ともありませんわ。昨日は、皇宮全体に浄化と癒しをかけたので、倒れたりもしましたが……」
「倒れただと!?」
蒼くなって更に顔を覗き込まれ、余計なことを言ってしまったと思っていると、後ろから呆れたような声がかかった。
「森を出る時に騎士を遣いに走らせたにしては、随分と早い到着だと思ったがそういうことか。まぁ、良い。重要な相談があるのだ。親馬鹿はその辺にして、一緒に来てくれ」
そう言って皇帝は、ロザリアからレナートを引きはがし、強引に中へと連れて行った。それを見送って、自分にも相談が必要であることを思い出し、ロザリアは教皇に向き直る。
「猊下、少し……お時間を頂けませんか? わたくしも大事なご相談がありますの」
「構いませぬよ。聖女様のご相談ともなれば、何を置いても最優先でございますから」
そうにこにこと答える好々爺に礼を言って、共に本宮へと足を踏み入れた。教皇の警護として当然ではあったが、レオンがそのまま付いてくる。
どうしようかと思ったが、教皇に音声を遮断する結界をかけてもらえば良いかと思い直した。
「この度のことで、わたくし……痛感致しました。自分の認識がどれだけ甘かったか、どれだけ周りに甘えていたかを……」
教皇に用意された部屋の居間部分にあるソファで、ロザリアは侍従が用意していったお茶を一口飲んでから、そう切り出した、
もちろん、教皇に頼んで二人の周囲にだけ結界を張ってもらったので、ソファの後ろに立っているレオンには話は聞こえない。
「昨日、あの女呪術師の呪法で、叔父が自らの胸を刺し貫いた時……わたくしは自分を呪いたくなるほどに後悔致しました。聖女としての覚悟も何もできておらず、見も知らぬ者たちの死に怯えて、護るべき人を護ることもせずに見送ってしまったことを──」
正面に座る教皇の背後にちらりと目を向けて、ロザリアは厳しい顔で続ける。
「猊下は、聖女であるわたくしのために、神が英雄と聖獣を付けられたように仰いましたが、本当は逆でございますよね? 英雄の使命は闇を祓ってこの世を救うことで、聖女の守護などではありませんもの。聖女として生まれたわたくしの使命は、闇を祓う英雄を護って、この世を光で満たすこと……」
「神がそう仰せられたのですかな?」
「わたくしの誓願に応えて、神は『闇を祓え、共に世を光で満たせ』と仰せられ、神力をお与え下さいました」
「ふむ……」
教皇は白く長い髭を撫で下しながら、しばし考え込む様子を見せた。
「神は、共にと仰せられた……であれば、聖女様の認識も違っておりますな」
「え……?」
「どちらが先ということではなく、互いが互いのためにあるのですよ。英雄の覇道を支えるために聖女があり、聖女が護るべきものを聖女ごと護るのが英雄ということです。もともと英雄と聖女とは補完し合う存在なのですからな」
「そう……なのでございますか?」
「さようでございまする。初代皇帝から数えて、レオンは三人目の英雄で、貴女様は三人目の聖女。先の二組は、そうやって事を成し遂げました」
およそ千年前に闇と戦って退け、神聖帝国を打ち建てた初代皇帝と最初の聖女。五百年前に闇の再侵攻を阻み、帝国を護ったと言う二人目の英雄と聖女。
その事績は帝国史の中で讃えられているが、帝国の臣民として習う程度の一般的なことしか知らない。
まだまだ猶予はあると、后妃教育を優先された結果、聖女としての教育や修行は学院を卒業してからと後回しにされてきた。
猶予などは無かったのに──
昨日今日で、ロザリアはそのことを痛感していた。聖女が何のために存在しているのか、何を為さねばならないのか。そのために何が必要で、どんな知識や準備がいるのか。
何も知らない。何一つ身についていない。
敵の首魁と思われるあの女呪術師が力を失っていると思われる今しか、猶予はないのだと思われた。だから──
「学院の卒業を待っていては、きっと間に合いません。わたくしは、すぐにでも聖女としての修練を積む必要があると思うのです。叔父は二年、聖地で過ごして……英雄として必要な力を身に着けたのでございましょう?」
「そうですな……。レオンが聖騎士になったのは、ただただ貴女のため。それから、必死に鍛錬を続けて参りました。全ては、聖女となった貴女を護るために」
聖騎士になった経緯は知っていた。ロザリアが十五になって教皇に謁見し、聖女と二つ名を告げられたことを知って、レオンはすぐに神聖教会に移籍し、聖地へと旅立って行った。聖女であるロザリアを護るために必要だから、と。
今度は、自分の番だとロザリアは決意していた。
「猊下、聖地へお戻りになられる時に、わたくしを一緒にお連れ下さいませ」
内宮は朝からずっと慌ただしかった。昨日の騒ぎが使用人を通じて広まっている上に、騎士たちが物々しく出入りしている。
騎士団の多くが駆り出され、皇妃の宮殿の検分や、遺体の運び出しなどを行っていた。
一つの宮殿に勤めていた侍従や侍女、下働きの者など全てが一時に死亡したという事態は、すぐに皇宮中に広まり、人々を不安に陥れた。
ここ十数年の間に大陸の外れなどで魔獣の出現が次第に頻繁になり、長い帝国史上で何度かあった世が荒れる前兆と取り沙汰されてきてはいたが、それでも帝都は平穏だった。
ましてや帝国最大の聖樹を擁する皇宮は、聖地に並んで最も平穏な地のはずだった。その皇宮の、しかも内宮で禍々しい事態が起きたのだから、不穏な空気が流れるのは当然と言えた。
先のことと、どこか悠長に構えていた人々の危機感が、一気に差し迫ったものとなっていった。
三人の公爵が到着するのを待って、直ちに聖卓会議が開かれた。聖卓会議では、四大公爵家当主の間では元々共有されていたレオンの出自に関して、更に神が采配を行ったことを教皇が詳らかにした。
初めて知る事実に驚愕を顕わにするのは、後から到着した三人のみ。ブランシュ公爵は、事前に皇帝から相談を受けた際に聞いていた。
その持ちかけられた相談。それは、レオンの出自を少々弄って公表すると言うものだった。
いずれ、名実共に聖樹の正式な守護者とするために──
寝落ちしちゃいました……(T_T)
この章だけ長くなっちゃったので、そのうち整理したい……




