第五章 平穏の綻び 12
取り憑いていた女が去っても、未だ戦闘は続いていた。半数ほどの従者は倒されて伏しているが、かなりの手練れが揃っていたようで、聖騎士の方は死者こそいないものの、大半が負傷してしまっていた。
従者たちは生身の人間で、何かが取り憑いてるわけでも、操られているわけでもないらしい。明確な強い意志の元に、敵の重要人物が揃っているこの場を死地と定めて、それぞれが少しでも戦力を削ろうと奮闘しているように見えた。
「死なせてはいけませんわ。あの呪術師の情報を得なくては」
「……そうだな」
今までのロザリアならばあり得ない理由づけに、一瞬レオンは不思議そうに見つめてきたが、すぐに切り替えたようだった。
いつもより鈍い動きで立ち上がり、床に転がる剣を拾い上げた。
「叔父様、ご無理は……」
「大丈夫だ。確かに血を失い過ぎて通常通りとはいかないが、まぁ、このくらいなら……鍛え方が違うからな」
にっと笑って、レオンは周囲で戦っている従者たちをざっと見回す。
「あれとあれ、だな。他は不要だ」
その視線を追うと、従者の中でも一人だけ年嵩な者と、戦闘の指示を出している者を示している。だが、もう一人、少し他の者と動きの違う者がいた。
「叔父様、あの者も残して下さいませ」
ロザリアの視線を追って、レオンは小さく頷く。
「……確かに」
そう納得の色を見せて剣を正眼に構えた瞬間、どんっと音がしたかと錯覚するくらいの勢いで、レオンの身体から神力が噴き出した。
金と銀の光が入り交じる純白の気を全身に纏って駆け出し、不要と断じた手近の者から一刀のもとに切り捨てていく。
目の前での命のやり取りには、やはり簡単には慣れることはできない。だが、それでも目を逸らさずにいられるくらいには、ロザリアの肚は据わっていた。
直接、神に誓いを立てたのだから──
聖騎士たちが攻めあぐねていたのが嘘のように、三人だけを残し、あっという間に従者たちは崩れ落ちていった。
だが、残った三人はやはりそれなりで、一瞬で事態を把握したらしく、それぞれがすぐに動いている。
『ブラン!』
ロザリアの思念を受けたブランが、薬を煽ろうとした年嵩の者の上に転移し、四つ足で四肢を抑え込む。指揮を取っていた者は、レオンが無力化した。
最後の一人、呪術師と思われる青年が呪具を掲げて叫ぶ。
「闇よ! 光の使徒どもを呑み込め!!」
呪具から漆黒の靄が噴き出した。
「させませんわ」
ロザリアの声と共に、キーンと金属的な音が鳴り響き、術者を神気の檻が囲う。溢れ出した靄は一瞬で消滅し、呪具に罅が走ったと思うと次の瞬間には砕け散った。
檻を一気に縮めて、術者の自由を完全に奪う。
聖騎士たちが伏している従者たちを確かめ、息の根のある者に止めを刺し、この場で生き残っている敵方の者は拘束した三人と、皇妃だけになった。
それを確認して、ロザリアは部屋にいる者へまとめて癒しをかけた。
「おお~っ……ありがとうございます、聖女様!」
感極まった様子で膝まづく聖騎士たちに苦笑を返し、ロザリアは指示する。
「あの者たちを拘束して下さいませ。決して死なせないように」
「畏まりました」
最敬礼をして命令遂行に向かうのを見送り、思わず溜め息を吐いているところに、神力を消して平常通りの佇まいとなったレオンが戻ってくる。
万全の拘束をされて目の前に転がされていく三人を見やり、ロザリアは憂慮を口にした。
「素直に教えて下さると良いのですけれど」
「なに、異端審問官の手にかかれば造作もないさ」
事もなげなレオンの一言に、転がっていた三人の身体がびくりと大きく揺らぎ、目に見えて顔が青くなっていく。
それに気づいて、ロザリアの顔が引きつった。
『異端審問官とは、何なのでございましょう……? 聞かない方が……いえ、聞いてはいけないような……』
何となく背筋に悪寒が走った気がして、ロザリアは慌てて他に意識を向けた。
「こ、皇妃殿下は……」
「昏倒したままでござりますよ」
床に横たわる皇妃の傍らで、教皇が屈み込んでいる。その顔を覗き込み、ちらりと全身を見回し、ある一点で目を止めた。
「さすがに女性の身に触れるわけには参りませんな。聖女様、いや、ブランの方が良いか。この者が胸元に隠している呪具を取り上げよ」
命じられたブランが人化して、皇妃の胸元からペンダント状の物を引きずり出す。
「呪具……でございますの?」
「シャルローズ妃の人形と同じ、取り憑くための目印でしょうな」
「うん、そうだね……あれと同じ髪の毛が入ってるみたいだ」
手の中のペンダントをブランが弄っていたかと思うと、ぱかりと蓋が開いて、やはり中に小さく丸めた黒髪が収められているのが見えた。
「ところで、ブランはどうして中に何が入っているか分かったの? 人形の時もそうだったけれど」
神聖力には様々な効能があり、与えられた者により、やはりそれぞれ違う。神の代理人たる教皇は、それぞれの力の内容を識る能力を与えられていると言われるが、聖獣にもそれぞれ能力があるようだ。
「それは、聖獣も獣でございますからな……鼻は利きますでしょう」
特殊な能力ではなかったらしい。教皇の答えに、ロザリアはなんとなく釈然としないものを感じて、ブランに問い質す。
「え……臭い、なの?」
「そうだけど?」
少々脱力しつつも、ならば取り憑くための目印になる物を見つけることは、そう難しくはないかもしれない。そう思った。
「その臭いって、離れていてもわかるもの? どのぐらいの距離なら大丈夫?」
「うーん、どうだろ? このくらいの建物なら全体がわかるかな……。能力使えば、もう少し広範囲で感じられると思うけど」
「そうなのね。浄化をかけてしまったら、分からなくなる?」
「いや、そう言うのとは違うから」
それは重畳。少し展望が明るくなった気がする。




