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第五章 平穏の綻び 9


 「何かあったのかの? 聖女様のご様子がおかしいようじゃが」


 後から到着した教皇が馬車から降りて来るや、レオンの腕の中で震え続けているロザリアを見て、顔色を変えて心配げに尋ねる。

 ロザリアが恐怖に竦んでしまったために、レオンたちは一旦、結界の外へと引き上げて来ていた。


「濃すぎる呪力のため、中は大量の死体が転がっていました。聖女と言えど、ロザリアはただの貴族令嬢です。身内の死すら経験したこともないのに、いきなりあの現状は……」

「なんと……」


 レオンが硬い表情で告げた内容に、教皇は結界を見やって強く眉を顰め、聖騎士たちは中を覗き込んで顔色を変えている。

 

「猊下、ここはロザリアには無理です。馬車で休ませたいのですが」

「わっ、わたくしっ……だっ、大丈夫です、から……」

「大丈夫なわけないだろう? まだ、こんなにも震えていると言うのに」


 必死に返してみたものの、レオンは一言の下に否定する。歯の根すら合っていないロザリアでは、確かに説得力はない。

 自分を抱き締めている腕の力が一瞬強められた後、おもむろに抱き上げられて、有無を言わさず馬車に放り込まれた。


「セシル! ロゼに付いていてくれ。ブランは私と来い!」


 セシリアは教皇が頷くのを待って指示に従い、人化して馬車に一緒に乗り込んで来て、ロザリアの隣に座った。

 ブランから心配げな視線を向けられたが、それも一瞬のこと。レオンに従って教皇や聖騎士たちと共に中へ入って行った。


「こっちじゃない方が良かったかしら……」


 寒さに震えるように両腕を掴んで縮こまっているロザリアに、セシリアはしばし思案する様子を見せる。

 やがて再び人化を解いたかと思うと、先ほどよりもぴったりと寄り添ってきた。


「この方が宜しいでしょう? お好きにして下さって構いませんよ」


 優しい金色の滑らかな毛に覆われた獣が、身を摺り寄せてくる。ロザリアは無意識のうちに、その太い首にしがみ付いていた。

 人としてのセシリアには、クラスメイト以上の踏み込んだ態度を取ったことはなかった。


 だが、獣姿のせいか、心の垣根が緩んでしまったようだ。


「……怖かっ……わ……たくし……ただ怖くて……動けなくな……て……」


 ロザリアの強く閉じられた瞼から、大粒の涙が次から次へと溢れては伝い落ちる。しばらくは止まりそうもない。



 

 一方、ロザリアを残して結界の中へと入って行った一行は、生気の全く失せた宮殿内を進んでいき、やがてブランの示した一室へと辿り着いた。

 この宮殿の主が住むべき、最も豪華な部屋へ──


 そこでは、贅の凝らされた広い居間の中央に置かれたソファに、まるで玉座であるかのごとく、女王然として一人座っている女性が待ち構えていた。

  

「なんじゃ、聖女はおらんのか? せっかく盛大に歓迎してやろうと思うておったのに」


 耳障りな甲高い声で黒髪の女が高笑いしたかと思うと、一気に怒気を帯びた無表情に近い顔に変わる。 


「どこにおるのじゃ? さっさと連れて参れ。先ほどの馴染みのない弱った女の身体では、思うように動けなんだが、この場でこの身体ならば、そうそう負けはせぬわ」


 この身体──とは皇妃の肉体である。後ろに控えているのは、異国から連れて来たと言う従者たちらしく、誰もが黒髪だった。

 それ以外の、この国の臣民であった侍従や侍女たちは皆、部屋の方々で冷たい躯となって転がっている。

 

「聖女など、妾がこの手で引き裂いてやろうぞ。いや……それよりも、あの若く美しい身体を妾の憑代にするのも悪うないのう」


 表情の消えていた顔に、嗜虐的な笑みを浮かべて、女は更に続けた。


「この身体でせっかく誑し込んだ皇帝も、聖女のせいで正気に戻されてしもうたしの。今度は、あの聖女に取り憑いて、もう一度皇帝を誑し込むのも愉しそうじゃ」

「その浅ましい口を閉じろ」


 底冷えのするような低い声で返したレオンが、押し潰すような威圧と怒気を纏って、剣を抜き放った。


「先ほども身を呈して聖女を庇っておったし、其の方、聖女の騎士と言うわけか。随分と聖女に入れあげておるようじゃのう。構わぬぞ、聖女の身体を手に入れたら、一番に相手してやっても──」

「口を閉じろと言っている」


 一見冷静そうに見えるレオンの身から、地鳴りが聞こえそうなほどに次々と漏れ出してくる神気が、とぐろを巻くようにうねり始める。

 やがて、そのうねりは手にしている抜き身の剣に纏いつき、刀身を目を灼く程に眩く白く光らせ始めた。


「ほう? 其の方、聖騎士であったか。なかなかの手練れじゃったが、聖騎士ごときが妾に刃向えると、本気で思うておるのかの」


 皇妃に取り憑いた女が、酷薄な笑みを弧を描く唇に乗せる。

                    

「可愛ゆいのう……それなりの年じゃろうが、まだまだ青いのう」


 上から目線で小馬鹿にしたように言いながら、さっさとかかって来いと言わんばかりに、指先をくいっと動かした。

 あからさまに舐めてかかっている女に、一切手加減のないレオンの鋭い剣閃が飛ぶ。


「なっ……!?」


 神気を纏った剣閃が、皇妃に取り憑いた女の左半身を吹き飛ばしていた。

 生霊のような霊体を半分失い、女の力も大半が失われたようだった。

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