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第五章 平穏の綻び 1

 神聖教会の紋章を掲げた教皇専用の壮麗な馬車は、ブランシュ公爵邸を出てから一度も止められることなく、皇宮の大正門をくぐり、広大な敷地を突き進む。


 内宮を目指して外宮を真っすぐに通り抜け、やがて内外宮を隔てる一見瀟洒だが頑丈な鉄柵に設けられた内門に至った。


 内門もまた皇帝の帰還を出迎える時と同じように大きく開け放たれ、門の両側に整列する警備兵の最敬礼を受けながら、速度を全く落とすことなく本宮へと向かう。


 馬車の中では、上席に聖女であるロザリアが座し、まるで従者であるかの如く教皇と聖騎士団長のレオンが並んで向き合っている。

 上席に関しては、当然のごとく必死に固辞したのだが、教皇の意志は固く受け入れられることはなかった。


 既に諦めの境地に達してしまったロザリアは、今まで近づいたことさえない内宮の様子に、興味深い思いで目を向けていた。

 政治の表舞台とも言える外宮に対し、内宮は皇族の私的な場である。巡らされた鉄柵の内と外では、建物の印象が全く違った。


 正殿となる中央宮や政庁官庁の立ち並ぶ外宮は、壮大で豪奢な建物が威容を誇り、見る者に威圧感を与える。

 だが、皇帝の住居である本宮や皇后宮皇太子宮のある内宮は瀟洒な様式が多く、優しく落ち着いた印象に感じられた。


 一見したところ、内宮の建物の方が年代的にはかなり古い。時代が降るに従って、帝国外部への威圧が必要とされて、外宮はあのような様式になったのかもしれない。


 そんなことをつらつらと考えながら、ロザリアはふと車内に目を戻した。無意識のうちに、まずはレオンに目が吸い寄せられてしまうのは、恋する乙女として仕方がない。

 

 当のレオンは、常になくぼうっとした様子で自分を見ていたらしく、ややしばらくかかって目が合ったことに気づいた様子を見せた後、気まずげに目を逸らした。

 その隣では、教皇が面白おかしそうに、にやにやと笑っている。思えば、今朝からずっと教皇はこんな調子だった。


「猊下、どうかなさいましたか?」


 見咎めて問うと、にこにことした笑みに切り変えて、髭を撫でながら心底愉しそうに応える。


「いえいえ、大したことではござりませぬ。ただ、若さと言うものの眩しさ尊さを、年寄りが高みから楽しく見物しておるだけでございますよ」


 ロザリアは意味が分からず小首を傾げ、レオンは目を逸らしたまま、どこか苦々し気に口を噤んでいた。




 本宮へと到達し、その車寄せでようやく馬車は停止した。供奉の聖騎士たちが馬から降り、警固の布陣を取る中、副団長が馬車の扉を開ける。

 先に降り立つやレオンは、どこかぼうっとしていた顔を一気に引き締めた。


 聖杖を手にした教皇も、副団長の手を借りて降り立った途端に強く眉を顰める。険しい顔のままのレオンに手を差し伸べられ、その手を取って馬車から身を乗り出したロザリアは、ざわりと背に悪寒が走るのを感じた。


「え……?」


 神樹に次ぐ聖樹を擁し、聖地に次いで清浄であるはずの皇宮に、何やら悍ましい気配を感じてしまい、ロザリアは驚いてレオンと目を見合わせた。

 レオンは小さく頷くと、警戒を顕わにした目を油断なく周囲に配っている。


『なに、これ……? 気づいているのは叔父様と猊下だけ? 他の誰も気づかないの? こんなに重苦しい穢れが、そこかしこに蔓延っているのに……?』


 周りを囲む聖騎士たちも出迎えの侍従や侍女たちも、誰一人として気にした様子はない。三人だけが警戒を強めていた。

 聖杖を握る手に力を籠め、ロザリアを庇うように前に立つ教皇。そしてロザリアの背に腕を回し、その身を自身の身体で護ろうとするレオン。


「ブランを呼びます」


 レオンの腕の中でロザリアは、それだけ告げると、目を閉じて思念を飛ばした。


「──呼んだ?」

 

 間を置くことなく現れた少年の姿に、本宮の者たちは驚愕を顕わにする。公爵邸に滞在していた間に見知っている聖騎士たちは驚きはしないものの、聖獣を召還した理由が分からないらしく、不審げに顔を見合わせていた。


「うわ、なんだ、ここ……?」


 ロザリアのすぐ傍で、ブランが思い切り顔を顰める。


「ブラン、これが何なのか、どうしてこんなことになっているのか分かる?」

「ん──」


 周囲をゆっくりと見回し、次いで空を仰ぐ。


「──ちょっと待ってて」


 上を見上げたまま、ブランの身体が一瞬光って聖獣の姿へと変化した。そして、そのまま壁を蹴るように跳び上がり、本宮の屋根に降り立って周囲を見回している。


 本宮の者たちが蒼褪めて絶句しているが、構う余裕はない。ロザリアはレオンや教皇と共に、黙ってブランの様子を見守った。

 やがて身軽に飛び降りてきたブランは、人に戻ってロザリアを見上げる。


「この柵で囲われた中にね……吹けば飛んじゃいそうなくらい凄く弱いんだけど……もの凄くたくさんの小さな黒い靄が集まって、塊りみたいになってるのが三つもあった」

「そんなに……?」

「どこだ!?」


 呆気に取られるロザリアの言葉に被せるように、レオンが性急に鋭い口調で問い質す。


「怖いよ、レオン……」

「良いから、早く答えろ!」

「ここと、あっちの方にあるあの少し小さい建物、それからあっち……ずっと向こうにある細長いのだよ」


 ブランが指さした方角には、微かに尖塔のようなものが見えた。レオンは強く眉を顰め、口早に教皇へ報告する。


「本宮の他は、皇妃の宮殿、そして前皇太子妃が幽閉されている塔と思われます」


 更にブランが衝撃的なことを付け加えた。


「それでね……その三つのちょうど真ん中くらいに、うちのよりずっと大きな聖樹があるみたいなんだ。結界で外からは見えないけどね」

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