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第四章 教皇の来訪 10

 教皇がサロンに張っていると言った結界は、安全のためだけではなかったようだ。

 外部からの干渉を遮断することで、会話が外に漏れないようにする効果もあるらしい。


「これからする話は、私以外には誰も知らないことでございまする。聖女様の祖父君である先代ブランシュ公爵には、一部知らせておりますがな」

「お祖父様に……」

「まずは、レオンの出生について、聖女様はどこまでご存じですかな?」


 つい最近の、告白の流れからレオン自身に聞かされたこと、それを受けて母を問い質して知ったことをロザリアは率直に答えた。


「では、レオンの父が先帝であることはご存じなのですな。忌まわしい話ですが、その経緯も」

「……はい」


 目を伏せたまま頷き、重い気分で手にしたティーカップを弄ぶ。


「昨日、ここで公爵夫妻を交えて話した内容のうち、先帝の所業のうちでも最たる大罪について話したことを覚えておられますかな?」

「正当な皇嗣であった御子を堕胎……葬らせたこと、でございますね」

「はい」


 教皇の顔が厳しく引き締まる。それを見やって、ロザリアも居住まいを正した。


「臨月を控えていた当時の皇太子妃は、密通の罪が確定されるや、皇宮の外れにある塔に連れて行かれました。古い時代からある、罪を犯した皇族を閉じ込めるための場所ですな──」




 先帝の命により、直ちに堕胎のため刑吏と共に医師が遣わされた。

 泣きながら必死に無実を訴える妃を、刑吏たちが抑え込んで無理やり開かせた口に、沈痛な表情の医師が堕胎薬を流し込む。


 派遣された医師は皇太子宮の典医の一人で、妃の懐妊を診断し主治医となった。

 当初から皇太子や妃の懐妊を喜ぶ様や、出産を心待ちにする様を最も間近でつぶさに見てきた者である。

 堕胎を命じられて拒否したが、当然ながら許されなかった。


 胎内で子を死なせ、人為的に陣痛を起こさせて排出させる劇薬。妃は丸一日苦しんで、強制的に死産をさせられた──はずだった。

 だが、産み落とされた嬰児は、瀕死状態ながらも生きていた。


 産声すら上げることなく、ぐったりとした赤子。その背に聖印を認めて、医師は驚愕する。

 赤子にまだ息があることに気づいた刑吏が縊り殺そうとするのを、死に物狂いで止めたが叶わなかった。


 死の間際、赤子の聖印から強烈な光が迸った。取り囲んだ刑吏たちがとっさに腕で目を覆って身を縮める中、医師だけが目を大きく見開いて、その様を凝視していた。


 小さな体から抜け出した光の塊は、しばらくその上をくるくると回っていたが、やがて彗星のように長く尾を引きながら南へ飛び去っていった。


 呆然と光の去った方向を見つめていた医師は、やがてその場に崩れ落ち、頭を抱えて泣きながら神へ赦しを請うた。


 その後、我が子を喪った妃は精神に異常を来たし、聖印の刻まれた赤子の遺体は人目を避けて焼却処分されたと言う。

 医師は密かに皇宮を抜け出し、帝都の大聖堂へと駆け込んだ。贖罪のためだった。


 立ち会った刑吏たちが失踪したり、不慮の死を遂げたりする中、医師は教会に保護される形で秘密裏に聖地へと送られた。

 そうして教皇に目通りが許されて、自らの罪を懺悔するに至る。




「──それから一年も経たぬうちに、先代のブランシュ公爵が密かに聖地を訪ねて参りました。銀髪の赤子を伴って……」


 レオンであろう。だが、堕胎された赤子の話の流れで、何故そこにレオンが出てくるのか。

 考え込んでいたロザリアは、はたと思い出した。


「帝都の南方にある子爵領……まさか?」

「受胎後しばらくの赤子は全くの無垢。ただの肉塊に過ぎず、まだ人とは言えぬ存在でしかありませぬ。流れることなく三月ほど経って、腹の中で安定した後にようやく、神は魂を授けられる。それは誰しも同じなのでございますがな……」


 教皇が含んだ笑みを浮かべる。


「皇太子妃の腹にいた赤子に与えられたのは、神が特別に授けた魂だったのでございますよ。これから混沌を迎える世に蔓延るであろう、闇を切り払う英雄の──」


 レオンが十五歳の謁見式で、教皇に与えられた二つ名「英雄」。そんな魂が失われて良いわけがない。

 神の采配──教皇が口にしていた言葉が蘇る。ロザリアはそっと息を吐いた。


「その特別な魂が宿っていた身が弑され、寄る辺を失った。そんな時に、ちょうど魂を授けるべき時期にあり、初代皇帝の血が受け継がれた器が存在したのですからな。それで神は、その魂を器のある南へと導かれたのですよ」


 その魂にとっては、実際に子を産みだした母体は仮腹ということになるのだろうか。そんな考えがふと浮かぶ。


 腹の子を呪って死んでいった子爵夫人ではなく、子を守ろうと必死に抵抗し、願い叶わず我が子が喪われたことで狂ってしまった皇太子妃が、レオンにとっての本当の意味での母ならば──とロザリアは思った。


「懐妊したことを喜び、大きくなるお腹を優しく撫でながら、少しずつ成長していく赤子に愛しい思いで声をかけ続ける──」

「聖女様……?」

「……願望が見せた夢などではなかったのですわ……叔父様」


 ロザリアの頬を涙が一筋伝い落ちた。

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