第四章 教皇の来訪 5
朝食の時間よりもまだまだ早い時間に、公爵家一族と教皇、そして人化した三人の聖獣がサロンに集まっていた。
明け方、ロザリアの悲鳴を聞きつけてレオンが駆け付けた後、ややしばらく経ってから両親や使用人たちも集まってきた。
レオンは執事に自分の若い頃の服を一式持ってくるよう命じた後で、公爵夫妻に手短に事情を説明し、使いを立てて教皇に連絡を取ったのだった。
夜明け前に起床し、既に聖地への遥拝を済ませていた教皇は、きっちりと法衣を纏った隙のない姿で現れた。
教皇は、レオンにそっくりな少年を見て目を丸くする。
「まさか、もう人化出来るようになったと? 昨日の今日じゃが」
「はい。甘えた未熟者と侮っておりましたが、思いの外、優秀な個体であったようです」
驚き混じりの問いに、アリステアとセシリアが代わる代わる淡々と説明していく。
「猊下のご命令の後、私たちはブランを演武場に連れて行き、逃げられないよう結界を張って、まずは近距離の転移を教えました」
「最初は数歩先くらいの距離から始めたのですが……その最初の段階こそ時間はかかったものの、一度成功した後は、簡単に距離を伸ばしていったのです」
「日が暮れるまでには、演武場の端から端まで時間をかけずに転移できるようになっていましたし……一事が万事そんな様子でした」
「ええ、人化も同じです。体の形を変えることが出来るまでには、かなりの時間がかかりましたが、それが出来た後はすぐに人の姿を取ることができておりました。人化後の発声についても同様です」
「ほう……やはり神が選びたもうた者であると言うことかの」
興味深げに教皇は、全く同じ動作で頷く聖獣二人から、ロザリアと並んで座っているブランに目を戻す。
白いシャツに黒いズボン、青紫のチュニックを身に着けている姿は、まさしく高位貴族の令息であった。
ただし、べったりと貼り付かれたロザリアが、苦笑しながらその頭を撫でていなければ、だが。
「して? 何故に其方は、その姿なのじゃ? 十五の謁見式で、初めて相まみえた時のレオンそのままじゃが」
「だって……ロザリアはレオンのことが大好きなんだ。人の形になるなら、レオンの姿になった方が、ロザリアも嬉しいに決まってるもの」
言われたロザリアは白い頬を染め、気恥ずかしい思いに駆られながら、ちらりと教皇の隣に座す本物のレオンの様子を窺う。
当のレオンは心底嫌そうに顔を顰めながら、少年時代の自分にそっくりなブランを睨むように見ている。
『まぁ、確かに……ご自分に化けられるのは、叔父様だってお嫌ですわよね……。さすがに気持ち悪いでしょうし』
そう思ってレオンの表情を窺っていたが──何か違う気がした。その表情の意味が気になっているうちに、アリステアとセシリアの説明が続いて、ロザリアの思考は逸れた。
「昨夜は予想外に順調に訓練が進み、流暢に人語を発することができるようになったのが深夜になりかけた頃でしたので、訓練は一旦終了して休ませようかと二人で話し合っておりましたところ──」
「急にブランが、どこかへ転移して行ったのです。まだ結界を解いていなかったと言うのに」
「はい、さすがにあれは驚きました。私たち二人分の結界を重ね掛けしていたのですから」
「なんと……!」
聞いていた者は皆、驚きに目を瞠って、少年姿でロザリアに頭を擦りつけているブランを見やる。
見た目は間違いなく人間そのものなのに、まだ慣れていないからか、仕草は全く愛玩動物のそれだった。
「あれ、結界って言うの? ロザリアが僕を呼んだから飛んで行こうと思ったのに、邪魔するものがあったから、頭に来て突き破っちゃった」
外見にそぐわず、中身は相当に幼い。昨夜、ブランを呼んだだろうかと思い返し、確かに眠りに落ちる前に、早く戻ってほしいと願った記憶があった。
「……ブランとわたくしの心って、繋がっているの?」
ふと浮かんだ疑問がそのまま口から出た。
「そうだよ、僕はロザリアの守護獣なんだから。大きくなって力が強くなったから、ロザリアが呼べば、どこに居たって聞こえるし、すぐに飛んで行くよ」
嬉しそうに、得意げに、ブランが天真爛漫な笑顔で答える。中身は違うとはいえ、初めて恋を自覚した頃のレオンの姿形そのままなのだ。
当の本人ではあり得なかった純真過ぎる笑顔に、ロザリアは腰が砕けそうになった。
『いけないわ……。せっかくブランが頑張っているのに、また甘やかしてしまいそう……』
蕩けきった顔で、無意識のうちにブランの頭を撫ですさる。そんな様子を、レオンが苦々しげに見ていた。
「宜しいですか? 実は、重大な報告があるのです」
顔を引き締めてアリステアが再び口を開き、隣でセシリアも頷いている。何事かと、一同の視線を集めて、二人は切り出した。
「訓練中にブランから、今までのことをいろいろと聞き出したのですが……」
「ここに連れて来られてからずっと、ブランは拙いながらも屋敷に結界を張っていたようなのです」
「そうなの……?」
驚いて思わずロザリアが尋ねると、ブランはこくんと頷いた。
「あれが結界だっていうのは知らなかったけど、父さん母さんから離れる前に、住処を護る方法だって教えてもらったんだ。そうすれば、悪いものが入ってきたらすぐ分かるからって」
「悪いもの?」
「うん……黒い靄みたいなの」
その言葉に、ロザリアははっとしてレオンを見た。レオンは強く眉を顰め、同じように険しい表情の教皇と顔を見合わせている。




