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序章 いざ舞踏会へ 3

 「本当に良いのか? 私のエスコートで」


 帝国貴族学院に向かう豪奢な馬車の中で、レオンが心配そうに尋ねた。


「ええ、レオン叔父様。叔父様も学院を卒業されているのだから、お分かりでしょう? 在校生も全員参加が義務付けられている卒業記念舞踏会で、淑女がパートナーも無しに一人で出席できるわけがないではありませんか」


 ロザリアは、そう言って苦笑する。


「それは当然分かっている。だが……仮にも婚約者がいるというのに」

「だって殿下は、義務で娶るわたくしとは、これから先どんなに嫌でもずっと一緒にいなければいけないのだから、一生に一度の卒業の時くらい、自分の望む相手と出席したいと仰るのですもの」


 彫像のように美しく整ったレオンの顔が怒りで歪み、冷気のようなオーラが迸る。平素は冷静沈着であまり感情を表に出さない、どこか老成した青年にしては珍しく、帝国で最も強大な神聖力までもが漏れ出していた。


「ロゼ、君はそんなことを言われて……」


 ロザリアは慌てて、向かいに座る叔父の固く握りしめられた拳を両手で包み込み、落ち着かせるように力を籠めた。そうして、その抜けるように白い肌をわずかに赤らめ、はにかむように微笑む。


「叔父様、わたくしは大丈夫ですから。むしろわたくしは、叔父様に来て頂けて嬉しいんです。こんなことでも無ければ、叔父様にパートナーになって頂けることなんてありませんもの」


 大好きな叔父に心からの笑みを向け、自分が握り締めた大きな手に目を落とす。その左手首には、昔自分が贈った護符のブレスレットが変わらずあった。幼い頃の手作りの品を、約束通り未だにきちんと着けてくれている律義さが嬉しい。


『新しい護符……作ってみようかしら。今なら、もっと良いものが作れるでしょうし……』

 ほんの少しの緊張を誤魔化すように、そんなことを思いながら護符を撫で、ついでだからと力を注ぐ。




 卒業記念舞踏会の会場となる学院の大ホール、その大扉の前でロザリアは、レオンの左腕に手を添え小さく深呼吸をする。


 ああ言われて今回はとエスコートを拒否されたが、皇子の本当の意図は分かっている。容姿に秀でた皇族の血を引き、見目はそれなりに麗しいものの、努力が苦手で怠惰な上に享楽的な皇子ジュリアスは、お世辞にも優秀とは言えない。


 耳に快い言葉を連ねて阿る者を重用し、物事の裏を考えることなく、表層的なものに惑わされる。国の行く末を背負う者として将来が危ぶまれ、最初のうちは見るに見かねてついつい苦言を呈していた。


 そんな性分の皇子に疎まれるのは、至極当然の結果だった。一応は皇帝の命令による婚約者であるにも関わらず、露骨にロザリアを厭って公然と忌避し、侮蔑の言葉を投げかけてくる。


 何を言われても淑女の嗜みとして受け流し、微笑と平静な態度を崩さないように心がけていたが、それが更に癇に障るらしく、血も涙もない冷酷な女だの、権勢欲に憑りつかれた心根の醜い女だのと声高に罵られてもいた。


 そうして学院での日々が過ぎ、今年になって入学してきた子女たちの中に、シャロンと言う一代貴族の男爵家令嬢がいた。


 一見して庇護欲をそそるような可愛らしい容姿のシャロンは、どういう伝手か皇子の取り巻きと一緒のところを見かけるようになったかと思うと、少しずつ皇子との距離を詰め、気づいた時には常に傍らに侍るようになっていた。


 普段は楚々として気弱そうに見えるシャロンだが、皇子の陰に隠れて、自分を鬼のような形相で睨みつけてくるのを見かけたことがある。かなり離れてはいたが、見間違いではない。一瞬で表情を取り繕ったが、あれが彼女の本性なのだと思う。


『……あの方の本性がどうだろうと、殿下が何をお考えだろうと、わたくしには関係ない……。わたくしにだって、希みや思惑はあるのです。もうこれ以上、殿下に振り回される気はございません』


 きっと顔を上げ、扉の向こうを見通すように真っすぐに見つめ、ロザリアは我と我が身に気合をいれた。


『ずっと大切にしてきた子供の頃からの夢を叶えるためには、手段なんて選ばないって決めたのですもの。ここまで、本当に長かったけれど、今日こそが正念場……気を引き締めなくては!』

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