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第三章 束の間の日常 5

 重苦しい余韻を残して終えた、母との二人きりのお茶会──


 母が去った後、一人で続き部屋の寝室に向かい、ロザリアは重い気分でソファに身を預けた。

 昼寝をしていたブランがのっそりと身を起こし、膝にすり寄ってくる。


 普通の獣ならば三年もあれば成獣になるのだろうが、あれから十年になると言うのに、未だに幼獣のままである。

 さすがに初めて見た時のような生まれたての頼りない姿ではないものの、まだまだロザリアが抱えられる程度の大きさでしかなかった。


 そのブランを膝に抱え上げて抱き締め、縋るように柔らかい毛並みに顔を押し付ける。

 

「ブラン……叔父様の気持ちを慰められるかと思って、お母様にお話を聞いたけど……あんなこと、とても叔父様にはお話しできないわ……」


 愛情深い両親に大切に育てられてきたロザリアは、自分の考えが甘かったことを思い知らされた。

 親が子を愛するのは当然だと、そんな思い込みがあった。


 レオンは出自を聞かされて、見も知らぬ母親が腹の子を呪っていたと思い、深い絶望に捉われてしまったのだと言った。

 だが、願望を夢に見たのかもしれないと言っていた、腹の子を慈しむ母親の姿の方こそ、ロザリアには真実なのではないかと思っていた。


 レオンの心が救われる一助になればと思い、わざわざ母を問い質したのだったが、現実は残酷だった。

 そんな落ち込んだ気持ちを慰めるように、ブランが頭を擦りつけてくる。その頭を撫で続けているうちに、大分気分は浮上してきた。


「そうよね……わたくしが落ち込んでたって仕方ないわよね……」


 同調するような思念が伝わってくる。そんなブランに癒されながら、ロザリアは今後のことを考えた。


 あの舞踏会の直後、正式な聖卓会議を開くために皇宮へと資格者たちは移動したが、心労のあまり皇帝は到着するなり倒れてしまった。

 そのまま寝込んでしまったがために、未だに聖卓会議は開かれていない。


 本来の予定されていた日程ならば、教皇は聖地に戻るため発つ頃だったが、聖卓会議を経ずに帰るわけにもいかず、しばらく帝都に留まることになっている。

 当然、供奉の聖騎士団も同様で、任務に戻った聖騎士団長のレオンも皇宮から動けない。


 教皇のブランシュ公爵家への滞在が実現するかはまだ分からないが、両親の了解は取ってあり、返答次第でいつでも対応できるよう準備はされているはずだった。


「叔父様……」


 ブランの背を片手で撫でながら、そっと唇に指先で触れる。あの時、大胆にも自分から口付けた。

 レオンの唇の感触を思い出し、思わず頬を赤らめる。ふと、あの後の会話が思い出された。




「……お嫌でしたか?」

「嫌…だとは思わなかった、多分……。正直、驚きはしたが……初めてだったし」


 あからさまに戸惑いながらのレオンの返答に、ロザリアもまた戸惑った。


「え……叔父様は口付けをしたことが無かったのですか?」

「誰とするんだ?」

「叔父様は、とても女性に人気がおありですし……その、どなたかとお付き合いされたこととか」

「一度もないよ」


 きっぱりと否定されて、心底ほっとした。


「では……今まで女性に触れたことはないのですね?」


 安心して念押しのつもりでの問いだったが、レオンは気まずそうに僅かに目を逸す。そんな態度を見咎めて、思わず強く追及してしまった。


「……あるのですか? 誰ともお付き合いしたことがないのに?」

「口付けはなかったが……そういう経験はある……」


 言いにくそうに、もの凄く言いにくそうに、ロザリアの責める眼差しに応えてレオンは口を開いた。


「……学院を卒業してすぐ、私は騎士団に入ったが……その、ああいう所では、年若い見習いに対して洗礼があるのだ。上司や先輩たちから……」

「……洗礼?」

「入団直後、訓練も始まらないうちに先輩らの引率で、有無を言わさず連れて行かれるのが恒例になっている……」


 よく分からず、更に問う。


「どちらへですの?」

「……娼館だ。私の場合は筆頭公爵家の子弟ということもあって、いわゆる高級娼館だったが、副団長に有無を言わさず連れて行かれて……そこで、その……強制的に経験させられた」


 その言葉の意味を把握するのに、ややしばらく時間を要した。理解が及ぶにつれて、ロザリアの抜けるように白い肌が朱に染まっていく。


 そうして、レオンが居心地悪そうにしているのに気づき、慌てて話を切り上げて、逃げるようにサロンを後にしたのだった。




「どこかの令嬢がお相手でなかっただけ、マシなのかしら……」


 少々複雑ではあったが、納得できないわけではない。世襲貴族は家門の存続や血の継承を重要視している。

 後継を得るためには必要な行為なのだから、結婚前に貴族の子弟が手ほどきを受けることは必然ではあった。


 だが、納得はできても心がざわつくのはどうしようもない。

 もし、その相手が一般女性、しかも恋人だったならと思うと、心臓が焼け付くように痛む気がした。


「わたくし、やっぱりもっと積極的に行動しなくては……。聖地に戻られたら、またしばらくお会いできなくなってしまうもの。帝都にいらっしゃる間に、せめて女性として意識して頂きたいし……」


 まずはレオンにとっての、恋愛の対象内に入らなければ話にならない。

 そう決意を新たにし、父に倣って外堀から埋めていくべきか、本人の意識改革が先かなど、つらつらと考え始めた。


 いつの間にか、腕の中のブランはまた寝入ってしまっていた。

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