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第二章 聖女の初恋 10

 しばらくして、二人の少女に助けを求められたブランシュ公爵夫人が、娘の部屋へ駆け付けてきた。


「リア? リア、一体どうしたの」


 ソファに伏して泣きじゃくっている娘を抱き起こし、その小さな身体を抱き締めて、母は優しく問いかける。ロザリアはその胸にしがみついて、延々と泣き続けた。

 一向に泣き止まない様子に慰めるのは諦めたらしく、母は黙って抱き締めた娘の頭を撫で続けていた。


 かなり長いことそうした時間が続き、やがて泣き声が小さくなった頃、母はもう一度最初と同じ問いを娘にかけた。


「どうしたの、リア? 何があったの? お母様に話してみて」

「……わ、た…くし……叔父…さ……」


 頭の中がぐちゃぐちゃで、言葉がまともに綴れない。それでも母は根気強く尋ね、急かすことなくロザリアの応えを待ってくれた。


 長いこと待って、ようやくにして娘の悲嘆の理由を理解したらしい母は、赤ん坊にするようにロザリアの身体を揺すり、優しく背を叩きながら声をかける。


「リアは、レオンが大好きなのね。大丈夫よ……レオンは、本当の叔父じゃあないから」

「え……?」


 思わず顔を上げて、泣き濡れた目で母の顔を見たロザリアは、続く言葉を待った。


「レオンは、あなたのお祖父様の本当の子供じゃないのよ。縁戚から引き取って、養子にした子なの」

「……養…子……?」

「そう。だから、あなたの本当の叔父じゃあないの。リアが大きくなってもレオンが好きで、レオンもリアをお嫁さんにしたいって思ってくれたら、二人は結婚できるのよ」

「…………」


 嬉しいとか安心するよりも先に、ロザリアの頭には、あの時のレオンの絶叫する姿がありありと浮かんでいた。

 母親のことを聞かされて、絶望して闇に堕ちかけていた姿が──


「……叔父様…は、そのこと……」


 顔を悲痛に歪める娘に、母は頭を撫でさすって優しく答える。


「心配しなくても大丈夫よ。レオンは元々、自分が養子だってことは知ってるから」

「……そう…なんですか……?」

「ええ、まだここに居た時からね。リアは本当に優しい子ね……。自分のことより、レオンのことを先に考えてあげられるなんて」


 愛おしげに撫でられて、ロザリアはやっと安心できた。心を支配していた哀しみが消え去り、母に甘えるようにしがみつく。

 更に撫でてくれる手を心地よく思いながら、先ほどの母の言葉を噛み締める。


『わたくしは、大人になっても叔父様のこと、絶対好きでいるわ。だから……叔父様がわたくしをお嫁さんにしたいって、思ってくれれば良いのね……』


 漠然としていた将来の夢が、少しだけ具体的になった気がした。

 希望を取り戻した明るい心に呼応するように、ずっと隣に寄り添っていたブランがクゥンと嬉しそうに鳴いていた。




 「叔父様、わたくし……ずっと叔父様のことをお慕いしておりました。初めて会った時から、ずっと……。わたくしの初恋なのです」


 七歳のあの日に出会って以来、十五になるまでずっと一緒に暮らしてきた。

 ずっと傍で守ってくれていて、自分のために生きるとまで誓ってくれたレオンに、ロザリアが自分の想いを言葉にして伝えたのは初めてだった。


 やっとの思いで恋心を口にしたものの、いつまで待っても返答はもらえない。ふと気づくと、ずっと背中を撫でてくれていた手も止まっている。

 訝しく思って顔を上げると、ロザリアの目に映ったのは、明らかに狼狽したレオンの表情だった。


「叔父…様……?」


 戸惑いながらも声をかけると、レオンははっとしたように我に返って、ロザリアから離れて正面に向き直り、そのまま頭を抱えてしまった。


「……叔父様?」


 レオンは答えない。しばらくの間、俯いていたかと思うと、ようやくにして向けてきた顔にはありありと困惑の色が浮かんでいた。


「すまない……ロゼ。私はそんな風に君を見たことが無くて、その……」


 愕然とした。愕然とはしたが──心のどこかで、そうではないかと思わないでもなかった。ロザリアは苦い思いで、小さく息を吐く。


「そう……ですわね。そんな気がしていましたわ。わたくしは、叔父様にとって対象外なのかもしれないと……」

「対象とか、そう言ったことではなくて──」


 どう答えて良いものか必死に模索している様子で、レオンはまるで子供のように辿々しく、自分の心の裡を言葉にしていく。


「──私は、もともと……感情というものが薄かった……ように思う。何に対しても冷めていて……何にも執着することなく……自分がどうしたいのか、どう…なりたいのかも良く分からずに……ただ、公爵領で漫然と生きていた……」


 レオンが心の裡を吐露するのは珍しい。何を感じ、何を考えて生きていたのか。生きてきたのか。初めて聞かされる想いに、ロザリアはじっと聞き入っていた。


「……あれほど色彩豊かな地で……なのに、私の目には色など全く感じられなかった……。普通の人間にはあるはずの“家族”と言う存在……形式上は父上や兄上も家族なのだろうが、そんな風に感じたことはなかった。自分が養子だと言うことは物心ついた頃から知っていたから……。だから、自分には価値なんてないと思っていた──」


 それは、ロザリアには想像もつかない孤独だった。


「──貰われるだけの価値くらいは最低限はあったのだろうが……それだけだ。養子に出した側には、もちろん私に価値などなかっただろうし……ずっと、そう思って生きていた……。ロゼ、君に会うまでは……」


 苦痛に歪む顔に僅かに笑みを浮かべ、レオンは身を起こし、ソファに寄りかかるようにして天井を仰ぐ。視線を上に向けたまま、訥々と話を続けた。

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