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第二章 聖女の初恋 9

 どのくらい、そうしていたか。長いようにも短いようにも感じる間、二人はずっと見つめ合っていた。やがて、聖樹が発した波動が収まった時──


「え……?」


 聖樹の陰からのっそりと、少し体格差のある二頭の獣が現れた。白銀の毛並みに青紫の眼、レオンを思わせる美しくしなやかな豹のような獣だった。だが、多分違う。

 ロザリアはそう思い、立ち上がったレオンを見上げた。


「叔父様、あれは……」

「ああ、聖樹を護る聖獣だ」


 やはり──どう見ても普通の獣ではない。神聖な気を発する二頭は、ゆっくりと二人に近づいてくる。二頭の体はひと回りほど大きさが違う。

 そして二頭だけでは無かった。後ろから、毛玉のような小さな子供がよたよたと付いて来ていた。


「やっと生まれたんだな……」


 小さな幼獣の姿に、レオンが目を瞠る。その呟きに応えるように、番いの聖獣は嬉しげにレオンに頭を擦り付けた。


 ひとしきり頭を撫で回された後、二頭は満足したのか、ついっとロザリアに顔を向けてきた。そうして、二頭ともがロザリアにも頭を差し出す。

 戸惑っていると、レオンが笑いながら言った。


「ロゼ、撫でて欲しがってるんだ。今まで、私以外には懐かなかったのにな。父上や兄上には近づこうともしなかったのに。やっぱり、ロゼは特別なんだな」

「わたくしが撫でても良いんですか? 怒らない?」


 本当は触ってみたくて堪らなかった。レオンが撫で回しているのが、とても羨ましかった。

 ロザリアはおずおずと手を伸ばし、ビロードのような美しい毛に覆われた頭をそっと撫でる。驚くほど、滑らかな手触りだった。気づいたら、夢中になって撫で続けていた。


 そんな交流がしばらく続いた後、二頭が近づいて来ていた子供を振り返る。番いの二頭はしばし顔を見合わせていたかと思うと、次いで体の大きい方の聖獣が子供の首元を咥え、ロザリアに差し出してきた。


「……?」


 意味が分からずに躊躇していると、ぐいっと子供を押し付けられた。子供の方も撫でろと言っているのだろうか。

 とりあえず受け取って抱き上げてはみたものの、どうしていいか分からない。戸惑って見上げると、レオンもまた困惑しているようだった。


「本気か……?」


 その問いに聖獣が頷く。


「叔父様……?」

「ああ……うん。その子をロゼに任せるって言いたいらしい……」

「は……? え……? ええっ……!?」


 戸惑いを顕に意味を為さない声を発していると、不意に聖樹が葉ずれの音を立てた。


──其方の守護獣として育てよ。其方にはいずれ必要となる──


 そんな言葉が直接、ロザリアの頭の中に響いた。後で確かめたが、レオンも同じ言葉を聞いていた。聖樹の声ではなかったらしい。




 丸一ヶ月の長い休暇を領地で過ごし、ロザリアは両親や祖父、叔父、そしてブランと名付けた聖獣の子と共に帝都へと戻った。


 帰宅して早々、ブランシュ家のサロンには、帝都にいる四大公爵家の嫡流の者たちが全て集められた。レオンの帰還と、聖獣の子であるブランの披露目のためだった。


 レオンが十年ぶりに再会したミカエルに絡まれているのを横目に、ロザリアはブランを連れ、レベッカとヴァネッサと共にそっとサロンを抜け出した。


「レベッカ姉様、ヴィー、聞いて!」


 幼馴染みの姉代わりと親友を自室に連れ込み、ロザリアは興奮気味に訴えた。どんな風にレオンと出会ったか、公爵領でどんな風に過ごしたか。

 レオンがどうした、レオンがこう言ったと滔々と話し続ける。


 最初は呆れていた二人も、ロザリアが経験してきた特異な事象に、いつしか真剣に聞き入っていた。

 一ヶ月間の思い出を全て語り尽くした後、ロザリアは、侍女が用意してくれたジュースを飲んでひと息吐いた。


 そうして、頬を染めて徐に宣言する──


「わたくし、大きくなったらレオン叔父様と結婚するの!」


 一瞬、静寂が訪れた。少々長い静寂だった。思うような反応を返してもらえず、ロザリアが二人の顔を交互に見つめると、二人は互いに顔を見合わせ、揃って大きく溜め息を吐いた。


「姉様? ヴィー?」


 小首を傾げるロザリアに、一方は残念そうな目を向け、一方は気の毒そうな目を向ける。戸惑っていると、残念な子を見る目を向けていたヴァネッサが、腰に手を当てて言った。


「リアったら……何言ってるの? レオン兄様と結婚なんてできるわけないじゃない」

「え……?」


 いきなりの否定に、ロザリアはぽかんと口を開けた。気の毒そうに見ていたレベッカが、ロザリアの肩を撫でながら言いにくそうに言う。


「あのね、リア……叔父と姪はね、結婚できないの」

「え……?」


 大きく目を見開き、ロザリアはやっとの思いで疑問を口にする。


「……どうして……?」

「どうしてって……決まりだからよ。親子や兄妹が結婚できないのと同じ」

「……嘘……」


 それだけ言うのがやっとだった。ショックのあまり頭の中が真っ白になった気がした。

 そんな主を心配げに見ていたブランに手を舐められた途端、我に返ったロザリアの、大きく見開いていた目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「え、リア? ちょっと……」


 そんな姿に呆気に取られた様子のヴァネッサが慌てふためき、いつもは子供の割に落ち着いているレベッカが、珍しくおろおろとし始める。


 止まらない涙が次々とこぼれ落ちていくうちに、ロザリアはしゃくり上げ、遂には泣きじゃくり始めてしまった。

 少女たちは何とか慰めようとしていたが、泣き声は酷くなるばかり。


 結局、どうしようもなくなったのだろう。ブランが敵意を見せて威嚇し始めたのを期に、二人は慌てた様子で部屋を出て行った。

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