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第二章 聖女の初恋 6

 帝都への帰還のために、城の者たちは貴賤問わず準備に忙しい。元々帝都に住んでいる現公爵夫妻とロザリアたちの分だけではなく、これから貴族学院に入るために移住するレオンや、教皇への謁見に付き添うために同伴する、先代公爵の分までも旅支度が必要だからだ。


 そういう慌ただしい中では、まだまだ子供の域に入れられているレオンと、もともと幼いロザリアには居場所があまりない。

 作業の邪魔にならないよう、サロンかテラス、後は図書室くらいが避難場所で、今日は弁当を持たされて外に出され、それならばと昼前から森へ来ていた。


 森へ来るのはあれ以来で、レオンに手を引かれて歩きながら、精霊や小動物たちが倒れていた辺りを心配になって見回した。

 だが、森の様子は以前と全く変わりない。むしろ、前より生き生きしているようにさえ見えて不思議だった。


 レオンは東屋に着くと、エスコートするようにロザリアをベンチに座らせ、当然のように並んで座る。本来ならテーブルを挟んで向かいに座るものだろうが、あれ以来、城の食事室でもサロンでも、どこでもレオンはぴったりと並んで座るようになった。


 そうして隣に座って間近から、にこにこと柔らかい笑みを浮かべながら見下ろしてくる。この世のものではない、かけ離れた美しさを誇る精霊たちの中にあってさえ、際立って美しいと思える少年である。

 そんな相手に最上の笑みを至近距離から向けられるのは、幼いとはいえ女の域に足を踏み入れ始めた身にとって、もちろん嬉しくはあるのだが中々の試練で少々辛い。


 我ながらぎこちないと思える笑みを何とか返した後、ついつい緊張してしまって俯いてしまったロザリアに、精霊たちが代わる代わる寄ってきては耳元でそっと囁いていく。


「ねぇ、どうして渡さないの?」

「せっかく作ったのに」

「レオンには必要なものなのに」


 早く早くと急かされて、ロザリアは意を決して、膝の上で握り締めた両手にギュッと力を入れた。目を伏せたまま、おずおずと申し出る。


「叔父様、わたくし……叔父様に渡したいものがあるんです……」


 元々、今日こそは渡さなければと心に決めていた。最初に渡そうと思った時には、全く意識していなかった。

 だと言うのに、あの寝台での共寝以降、レオンへの気持ちを自覚し運命の相手と心に定めてしまったせいか、初めての贈り物と言うこともあって変に緊張するようになってしまったのである。


 レオンに会う度にドレスの隠しポケットに入れた贈り物を渡そうと試みたのだが、意識すれば意識するほど言い出せない。

 そんなことが続いていたが、精霊たちの後押しもあって、ようやく口に出すことができた。


「渡したいもの?」

「はい……」


 レオンの瞳の色と同じ青紫のリボンを結んだ、真っ白なレースの小さな包みをそっと差し出す。受け取って中身を検めたレオンは目を瞠った。


「これは……」


 手にしたブレスレットを持ち上げて、光にかざすようにしばし眺めてから、ロザリアへと目を向けて首を傾げる。


「護符?」

「はい……精霊たちに勧められて。素材集めも手伝ってもらって……」

「ロザリアが自分で作ったのか?」

「は、はい……前に助けてもらったお礼がしたくて、その……他にもいろいろと、叔父様にはお世話になりましたし……。でも、何が良いか分からなくて……そうしたら、精霊たちが護符が良いって。叔父様を護るために必要だからって……」


 驚いたような顔で問われて、何かおかしかったのかと気後れしてしまい、ロザリアは言い訳のようにぼそぼそと言葉を並べた。


「……出来るだけ強力なものが良いって、たくさん材料を集めてくれて……その中から、叔父様に合いそうなのを自分で選んで……作り方は、お祖父様に教えてもらって……。その……初めてだったので、上手にできているか……」


 唐突に抱き締められた。


「ありがとう、嬉しいよ。とても嬉しい……」


 そっと体を離して頬を紅潮させ、はにかむように浮かべた笑みは、年相応な少年らしい顔だった。


「ありがとう、ロザリア。一生、大切にするよ」


 少々大袈裟ではないかと思いはしたものの、祖父の言葉が不意に蘇った。


──レオンにな、産んですぐに死んだ母親の話を伝えたのだ


 そうしてレオンはあの時、絶望のあまりに闇に取り込まれかけたのだ。詳しい事情は教えてもらえなかったが、おそらく子供ならば無条件で与えられるはずの愛情を与えられる機会もなく、こういったことに飢えていたのではないかと思う。

 祖父はロザリアには優しいが、レオンとは師弟関係のようで、あまり愛情面での細かい配慮ができていたとは思えない。


「ありがとう……」


 これからは、自分がずっと愛情を与えるのだと強く心に決めていると、もう一度礼を言って破顔の笑みを浮かべた美少年が、ロザリアの額に口付けた。

 その瞬間、考えていたことが全て吹き飛んでしまった。


「お、叔父様……」


 真っ赤になって狼狽える幼くも乙女な心に気づいた様子もなく、レオンは手にしたブレスレットにも口付けて、極上の笑みを浮かべたまま懇願する。


「ロザリアが付けて。一生外さないから」


 何も考えられないまま受け取らされ、差し出された左手首に巻き付ける。

 震える指先に四苦八苦しながら、ロザリアが何とかかんとか留め具を留めることができたのは、ややしばらく経ってからのことだった。

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