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本を運ばせた護衛とは馬車置き場で合流することになっている。
移動のため声をかけようとライオネル殿下に顔を向けると、その前からずっと見られていたのか殿下の瞳と目が合った。
「レフィーリア嬢はお優しいのだな。貴女のそういうところはとても好ましく思う。下位のものや平民に対する態度にその者の人間性は表れるものだ。レフィーリア嬢、貴女を尊敬する」
「殿下……」
藍色の瞳を真っ直ぐ向けられ、心の底から感心した声に達成感から胸がいっぱいになる。
演技している罪悪感?
そんなものは一切ない。私が努力して得た評価に違いはないのだから。
「まだまだ貴女がどんな方なのか読めないな。会うたびに違う顔を見せてくれる。
レフィーリア嬢、また会ってもらえるだろうか? もっと貴女を知りたいと思う」
いつもの王族らしい笑みとは違う年相応の砕けた笑みに戸惑いから一瞬言葉が詰まる。
「っ! ええ、喜んで」
慌てて取り繕った笑顔はいつもと同じに見えただろうか?
マリアに確認したくても後ろにいるため表情は見えてはいないだろう。確認できないもどかしさなのかよくわからないが胸がモヤモヤしている。
「殿下、断られなくてよかったですね」
「うるさいぞ」
「もう、リック様ったら。ライオネル殿下のお誘いを断る女性などいませんわ。穏やかでお優しくてお強くて、凛々しくてこんなに素敵な方なんですもの」
「ちょっとちょっと! 殿下、聞きました? 思ったより高評価なのでは? ちょっ、あ、痛っ! 暴力はやめてくださいよ〜」
へらへらした態度で軽口を叩くリックにライオネル殿下が肘打ちで抗議を示す。
照れているのか少し目元が赤い。それならもう一つおまけに褒めておこうか。
「ライオネル殿下の藍色の瞳はラピスラズリのようでとても美しくて見つめられると逸らすのに苦労しますし、黒檀のような御髪が殿下の理知的な雰囲気と誠実さを表しています。節くれだった指の一本一本に、手を握った時の剣だこに、貴方様の誰かを守りたいという優しい気持ちが伝わってくるのです。こんな素敵な方のお誘いを断る令嬢などそうそういませんわ。そうでしょう? マリア」
「仰る通りかと」
一息に捲し立てる私にマリアは心底呆れた視線を向けてきた。
リックや護衛達にいたってはなんとも居た堪れない感じで殿下に生暖かい視線を向けている。
なぜだろう?
「……っ……兄上たちと違って地味な色合いだと理解している。む、無理に褒めなくてもいい」
目元どころか顔から首筋まで赤くして必死に片手で顔を半分隠す殿下に一歩近づき下からそっと見上げる。
「ふふっ、照れていらっしゃるのですか? 私の嘘偽りのない本心でございます。きちんと受け取ってくださいませ」
顔を隠している手に触れて目を合わせる。
「ねえ、殿下。是非今度訓練されてるところを見学させてくださいませ。私、お弁当を作ってきますので一緒に食べましょう?」
「……あ、ああ。楽しみに、している」
歯切れ悪くも、全く嫌そうには見えないことに安堵した。
そんな私たちにいくつも突き刺さる視線については考えないことにした。
リックが周囲に聞こえぬようマリアのそばに寄って半笑いで頬をかく。
「いやー熱烈な愛の告白に聞こえましたね。本人に自覚はなさそうでしたけど、殿下のあの反応見る限りまるっきり真に受けてますよ」
「お嬢様は初恋もまだでいらっしゃるので、ご自身の発言がどのように聞こえたかなどご理解されていないでしょう」
「あー、それはまた……殿下も苦労しそうですね」
苦笑を浮かべるリックに、無表情のまま軽く頷き返す。
「そうですね。もしお嬢様と婚約されるなら覚悟なさった方がよろしいかと」
「ご忠告感謝します」
お互いの主人の微笑ましい姿にいい揶揄い材料ができたとほくそ笑みながら見守る侍女と侍従であった。