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「ひぃぃぃっ! すみませんっ、すみません!! 」
「謝れば済むと思っているその心根が気に食わんのだ!」
「思ってないですぅぅぅ!!」
見送るという殿下と共に回廊を歩いていると泣きそうな青年の声が響いた。
私たちの少し先に、自身の背より高く積み上げられた本を両手で抱えた文官らしき青年の後ろ姿が見える。
その向こうにはみ出た贅肉をたぷたぷさせた貴族男性が喚いていた。
「なんだ?」
「私が見て参ります。殿下とレフィーリア様はこちらでお待ちください」
リックがすぐさま彼の元へ向かおうとするのを引き止める。
「いえ、私も行くわ。困っているみたいだもの。心配だわ」
「ですが……」
「お願いよ。決して貴方より前には出ないと約束するわ!」
指を組んでリックに懇願すると彼は微かに頬を赤らめた。
そうでなければ困る。どれだけ練習でこのシーンのやり直しをさせられたことか!
「わ、わかりました。騎士の近くにいてくださいね。殿下……は大人しく待っていてはくれないですよね」
「当たり前だろう。私は王子ではあるが騎士だ。レフィーリア嬢が行くなら私も行く」
ライオネル殿下の大きな手でそっと私の手を包み込まれた。
「何があっても守るので安心してほしい」
「ありがとうございます。とても頼もしいですわ」
少し照れた様にはにかみながらライオネル殿下を見上げると手を包む力が強くなった。
ふむ、私史上最高の可愛さを表現できた気がするわ。背後でマリアの満足そうな気配を感じる。
リックが喚き立てる声の主に近づく。
「何をしているのです?」
「見てわからないか! この者が私にぶつかって来たのだ!」
どこか不自然な頭髪にでっぷりとしたお腹。ひと目見てお金がかかっているとわかる装飾品。少なくとも男爵ではありえない上から目線。それだというのに滲み出る善良感。
こちらのおじ様は協力してくれている侯爵家傘下の伯爵だ。
「沢山の本を一度に持っていこうとするからこの様なことになるのだ! 手間だろうが複数回に分けて安全に運ばんか! その一冊の本だけでどれだけの価値があると思っている! おまえでは弁償もできないだろうが! ああっ泣くな泣くな! 私の様な善良な貴族相手だからこの程度の叱責で済んでいるのだぞ!?」
ど正論。
事件を起こしてそれで悪役が罰せられては困るので誰が聞いても納得のいく理由だ。
「伯爵のおっしゃる通りですわ。伯爵、お怪我は?」
「おおっ、レフィーリア嬢か。大事ない、大事ないぞ。この脂肪が全てを守ってくれたからな。はっはっは」
見てみろ、とぽんぽんお腹を叩く。
「それにしても随分他人行儀ではないか。いつものようにおじ様と呼んでくれぬのか?」
「ふふっ、もうおじ様ったら。私少しは心配しましたのよ?」
「そうかそうか、心配かけたな。……おっと、ライオネル殿下ではありませんか! 挨拶が遅れて申し訳ありません。騒がせてしまいましたな」
「いや、気にするな。伯爵は正しいことを仰っていた」
「いやいや、大人気ない姿を見せてしまいましたな。私はこれで失礼いたします。
レフィーリア嬢も気をつけて帰るのだぞ。シェルゼン侯によろしく伝えてくれ」
「ええ、おじ様もお気をつけて」
伯爵を見送り、涙目で震える青年ーー果物屋さんの息子アルト君に向き直る。
「貴方も主人の元へ急ぎたかったのでしょうけど、それで怪我をしたりどなたかにぶつかってしまってはいけないわ。どこへ運ぶ予定でしたの?」
「も、申し訳ございませんでした。こちらの本はシェルゼン侯爵閣下の執務室へ運んでいる途中でした……」
「まあ、お父様の所だったのね。いいわ、運ぶのを手伝ってあげるわ」
うちから連れてきた護衛騎士2人の内、片方に目配せをして本を半分運ぶよう指示する。
「もう泣かないの。貴方お父様のところで働き始めたばかりかしら? 」
本は半分に減ったが両手が塞がったままのため目元を拭ってあげる。
「は、はい……あの、お、お嬢様にこのようなことをしていただくわけには……!」
「ふふっ、それもそうね。なら早く泣き止んでちょうだいな。お父様もきっと待ってるわ」
「は、はい! その、ありがとうございましたっ!」
微笑みかけるとアルト君は泣いていた時よりも更に顔を赤くして俯く。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。失礼いたします!」
ライオネル殿下に深く頭を下げてお父様の執務室へと向かう後ろ姿に小さく手を振って見送る。