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「リアちゃんかい。久しぶりだねぇ」
「リアちゃんじゃねぇか、相変わらずべっぴんさんだな」
「リア姉ちゃん、見てみて! これー!」
お忍びで街に出ると馴染みの店から次から次に声がかかる。
そう。これも全て仕込みだ。
我が侯爵家の潤沢な資金を使い、役者を日雇いや定期雇用をしている。彼らは完璧令嬢形成に一役買い、私は彼らの生活の助けにもなる。
相互扶助はなんと素晴らしいことでしょう!
王都の石畳を足取り軽くコツコツと鳴らし、周りの声に応えながら目当ての屋台へと近づく。
「こんにちは、おば様! お久しぶりね。元気そうでよかったわ。最近困ってることはない? ご主人やアルト君は元気なの?」
果物屋のおば様にさも古い付き合いかのように声をかけるが、今日のために先週一度顔を合わせただけだ。
おば様は憂鬱そうに深いため息をつき肩を落とす。
「実はね、うちの子が変な女に捕まっちまって家の手伝いをしてくれなくなってねぇ。ほんと参っちまうよ。外で稼いでお金入れてくれるんだけどねぇ、親としては心配だよ」
「まあ、そんな……! あのアルト君が!?」
まあ、その変な女は私のことなのですが。
おば様の息子アルト君は只今、我が家の王宮舞台セットで絶賛マリアのスパルタ演技指導を受けている頃だ。
今度の殿下とのお茶会で見事な演技を披露してもらうためにも今は手を抜けないため、泊まり込みで頑張ってもらっている。
役目が終わったら早急にお返しするので安心してもらいたい。
「私が説得してみるわ。若い時って親よりも他人の言うことの方がすんなり聞けることってあるもの」
「いいのかい?」
「もちろん。おば様にはいつも助けてもらってるもの。力になれるかわからないけど、出来るだけのことはやってみるわ」
「助かるよ、リアちゃん。ほら、これ持ってきな。家族でお食べ」
「嬉しい! いつもありがとう!」
笑顔で受け取るがこの果物は既に侯爵家が支払い済みだ。仲の良いアピールはお金がかかる。
少し離れた場所にいる護衛に紙袋を渡して次の舞台を目指す。
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数日かけて街の人、孤児院、母校などを訪ねて王宮へのアピールを終えた私は、ライオネル殿下と2人だけのお茶会に招かれていた。殿下とはあの日以来の対面となる。
マリアを連れてガゼボで待つ殿下の元へと案内されていた。
丁度見頃を迎えた薔薇やムスカリ、クレマチスなど様々な花を横目に足を進める。
少し先にアーチ型のガゼボが見えた。殿下はもうお待ちのようで、私に気付くとゆったりとした足取りで近づいて来る。
「レフィーリア嬢、先日ぶりだな。貴女の美しさに庭園に咲き誇る薔薇も霞んでしまうようだ」
「ライオネル殿下。本日はお招きありがとうございます。目が霞むだなんて、まだお若いのに老眼でしょうか? 心配です」
しん、と音が止んだ。
「んんっ!」
殿下の侍従の咳払いで時が動き出したようにどこかぎこちなく手を差し出される。
「…………とりあえず座らないか?」
ガゼボまでエスコートされ、殿下は私の向かいに腰を下ろす。
美味しそうなお菓子や紅茶の香りが漂う。まだ食べてはいけないのかしら、と殿下を見やる。
「貴女のために用意したんだ。好きなだけ食べるといい」
「まあ! 嬉しいですわ」
マリアに視線を向けると心得たと私好みのお菓子を取り分けてくれる。
口にクッキーを運び咀嚼するとふわっとバターの香りが広がり、ほろほろと崩れていく。ほのかな甘みは紅茶によく合いそうだ。
「これは……! とても美味しゅうございます! 何個でも食べれますわ!」
「気に入ってくれたようでよかった。
ああ、そうだ。私の侍従も紹介しておこう。今後何かと関わることが多くなるだろうからな」
そういうと側に控えていた銀髪の男性が殿下によく似た柔らかな笑みを浮かべて腰を折る。
「殿下の侍従をしておりますリック・レントと申します。殿下も私も美しい女性に慣れておりませんので失礼をしてしまうかもしれませんがどうぞ広いお心で許していただけると幸いです」
整ったお顔に合わせたような甘やかな声だが、紫紺の瞳は探るように私を見据える。
「ふふっ、お上手ね。リック様ね。レフィーリア・シェルゼンですわ。よろしくお願いいたします。
そうだわ。殿下、私の専属侍女のマリアも紹介いたします」
「レフィーリア様の専属侍女マリア・クレセントと申します」
お綺麗な顔の2人に対して頬を染めることなくいつもと変わらぬトーンで無表情に必要最低限だけを告げる。
殿下相手にも愛想がないとは恐れ入る。