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「マリア、貴女の台本通りになったわ! 陛下の言動をあそこまで読めるなんてさすがだわ!」
邸に戻るなり、専属侍女のマリアに一目散に駆け寄る。体当たりするかのような勢いの私をさっと避けられてしまい、そのままの勢いで自室のソファーに沈んだ。
淡いグリーンの感情の見えない瞳を私に向け、「おかえりなさいませ。お嬢様」と見本のように頭をさげる彼女の肩で切り揃えた薄墨色の硬質な髪がサラリと動いた。
「貴女が傾国の美女だったらこの国を思い通りにできたわよ! 美女じゃなくて残念だったわね! あ、でも落ち込まなくてもいいわ。貴女もそれなりに綺麗よ!」
話す勢いのままソファーから立ち上がる私を支えるようにマリアが背中に手を添える。そのまま部屋着に着替えさせるため背後に回りドレスのボタンを外していく。
「私は侍女でございます。そのような大それたことは望みません。自分の容姿についても把握しております。お気遣いいただかなくとも結構です。それよりもこれからが本番でございます。本日は舞台の幕が上がっただけでございますので気を緩めませんよう」
大きく表情を変えることなく淡々と話すマリアに大きく頷く。
「ええ、そのつもりよ。お父様の寿命は縮んだかもしれないけど、私の……いえ、私たちの光り輝く未来のためにがんばるわ!」
「その意気でございます。さて、早速次の台本ですが」
私の決意表明もサラッと流され、着替え終えた私の前に法律の本かと思うような厚みの紙の束を机に置かれて思わずうんざりした顔を向けてしまう。
「ねえ、マリア。今回は随分と大作ね。貴女物書きになった方が性に合ってるのではなくて?」
「私を解雇されてお嬢様が真っ当な令嬢として振る舞える自信がおありでしたらお暇頂きますが?」
それは無理だ。
普段の夜会やお茶会も全てマリアの台本があってどうにかやり過ごせている。
マリアのいないシェルゼン侯爵家など、半年もせずに不敬罪と名誉毀損で訴えられて破産することだろう。
私の渋い顔を見てマリアの口角が微かに上がる。
私の侍女も不敬では?
「ご理解いただけているようで何よりです。では、こちらを明日の朝までに栞が挟んであるところまで覚えてください」
「わかったわ……でも台本通りとはいえライオネル殿下とは挨拶以外まともに会話もできなかったわ。ほとんど陛下とお父様がお話ししていたもの。後はお若いお二人で、と言われて庭園にでも向かうものかと思っていたわ」
「完璧令嬢との見合いだと思って軽い気持ちで臨んだら失言令嬢だったのです。一旦引いて作戦会議でもされたのかと」
「その完璧令嬢もマリアが作ってる役柄だけれどね。よく演じられてるなと自分でも感心するわ」
「お嬢様は見た目は完璧でございますので表面さえ取り繕えばどうとでもなります」
緩く波打ったプラチナブロンドに指を絡めてソファーにだらしなく背を預ける。
「王子殿下の第一印象はいかがでしたか?」
マリアに問われて目の前に座った王子殿下の姿を思い出す。
騎士団に所属していて、今は副団長を務めていると聞いている。そのためか、服の上からでも分かるくらい上の2人の王子よりやや筋肉質だった。柔和な表情の割に眼光が鋭いのはやはり騎士でもあるからだろうか。
あの艶やかな黒髪と藍色の瞳を思い出し、うっとりと瞳を細める。
「内面はまだわからないけど、見た目はブレスレットと同じ色で好きよ」
「…………もしや、大事にしまっていらっしゃるラピスラズリのブレスレットのことでございますか?」
「ええ。あのブレスレットよ。貴女も姿絵を見たことあるでしょう? 実際にお会いしてみると瞳の色が本当にそっくりだったわ。とっても素敵」
「では、このまま台本通りに進めましょう。恐らく明日からの外出は王家の影に見張られていると思った方がよろしいかと」
「わかっているわ。完璧令嬢に恥じない演技を見せてあげるわ」
「期待しております」
だらけた姿勢のまま台本を読み始める私に全く期待など込められていない冷めた目を向けられた。