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激しい剣戟の音。
砂埃が舞い、ピリピリとした空気が肌を刺すようだ。振るわれるたびに鈍色の剣に光が反射する。
刃を潰してあるとはいえ当たると痛そうだ。私の骨くらいは簡単に折れてしまうだろう。
手合わせをしている殿下は真剣そのものでこちらに気づく様子はない。
殿下の漆黒の髪が汗で顔に張り付き、肩で荒く息をしている。
状況は殿下の劣勢に見えるが、闘志は失われることなく眼光鋭く上官らしき人物を捉えていた。
今日はリックからのお誘いで殿下の訓練を覗き見している。
「是非とも格好良い殿下をこっそり見てあげてください」と手紙をもらったのだ。
元々、見てみたいと思っていたので渡に船だと思い、一も二もなく即座に返事をした。
殿下からは死角になっている場所にベンチを置いてもらい、ハンカチを握りしめ食い入るように試合の行方を見守る。
「う、わわわ。あれは殿下痛いのではっ? 痛いのではっ⁉︎ そんな! お願い、当たって! あ、あれを避けますの⁉︎ あっ駄目ですわ、駄目ですわ! ぁぁあああ、いけませむご!」
「お嬢様、お静かに。訓練の妨げになります」
殿下の訓練用の剣が弾き飛ばされて叫ぶ私の喧しい口をマリアが押さえこむ。
「あっはは! いやぁ、楽しんでいただけているようでよかったですー。まあ、負けちゃいましたけど」
口を塞ぐ手をひっぺがしてリックに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。
「リック様! 負けたからって格好悪い訳ではありませんわ! コテンパンにされてもなお立ち上がることが大切なのです! 【ラピス】の騎士フェルナンド様も何度も死の淵に立たされて尚も諦めぬ不屈の精神により『剣は折れても私の心は折れぬ!』とステゴロで敵にむぐっ」
「お嬢様、二度は言いませんよ」
「んぐーーーーーーっ!」
鼻と口を押さえられ息ができない。腕を引き剥がそうともがいても全く緩む気配もない。この細腕でなぜこんな力が強いのか謎だ。
流石にそろそろ限界だとマリアの腕を叩くとパッと手を離された。
どうにか解放してもらい大きく息を吸い込んで呼吸を整えてから、はたと気づく。
目を瞬いて小首を傾げてリックを見る。
「……あ、あら? それで私たち今何の話をしてましたかしら?」
「あ、もしかして殿下の存在忘れられてます?」
「そうだったわね! すっかり忘れていたわ」
「忘れてたのか……」
目の前にボロボロの殿下が立っていて、目を丸くする。
「私たちもう見つかってしまいましたのね」
「まあ、あれだけ騒げば見つかりますよー」
ケラケラと笑い、リックが水を渡しながら殿下にも腰掛けるよう促す。
人1人分あけて横に腰を下ろした殿下の顔は随分と暗い。
これは励まさなくては! と体ごと殿下に向ける。
「殿下、辛気臭いお顔をなさらないで。中々小気味良い負け方で、見ていてとてもハラハラする良いエンターテイメントでございましたわ! ええ、それはもう素晴らしい負けっぷりでございました! それに弱いからこそ強くなれるのです。諦めずに立ち向かっていく殿下は大変ご立派でしたわ。私、手に汗を握って全力で応援しましたもの!」
「……辛気臭い……負けた……弱い……」
「おおっ、傷口に塩を擦り込んでいくスタイルですね! レフィーリア様、さすがです! 殿下、まだ傷は浅いですよ!」
なにやら小声でブツブツ呟く殿下の背をさすりながらリックが私を称賛する。
「殿下、立ち直れるかなぁ」「かわいそう、殿下」「俺なら泣いてる」
離れたところから騎士たちがなぜか殿下に同情するような目をチラチラ向けながら何か小声で話しているがこちらまで声は届かない。
「いいところ見せたかったのに残念でしたねー。殿下」
「リック、何で連れてきたんだ……団長との模擬戦で勝てたことないのは知ってるだろう」
視線を落としながらいじけたようにぶつくさ文句を言う。
「まあっ、いいところなんて見ても見なくても何も変わりませんわよ。それに騎士団長に勝てなくても普通ではありませんの? 殿下は本来守られる側の人間ですもの。弱くても何も悪いことはないですわ」
「傷口抉るスタイルかー。あー、殿下息してます?」
「…………辛うじて」
なぜか更に肩を落としてしまった殿下を見て頬に手を当てて首を傾げる。
「なぜそこまで落ち込まれるのかよくわかりませんが」
「いや、その、自分で言うのもなんだが折角なら戦いに勝ったところを見て格好良いと思ってもらいたくてだな……」
「勝ったところ、でございますか。ですが、そんなところ見なくても殿下を殿下たらしめるものは損なわれたりしませんわ。
殿下は真剣に剣を振るってました。果敢に挑んで一太刀でも浴びせようと諦めずに向かってましたわ。それは格好良いところではありませんの? 私は殿下の素晴らしい一面を見せていただいたと思っていたのですけど」
殿下にとっては違ったのね。人の考え方なんてそれぞれだもの。仕方ないわ。
殿下は深い藍色の目を瞠って、口を開いたり閉じたりを繰り返す。
そして一度瞼を閉じて俯いた後、ゆっくりと顔を上げた。
藍色の瞳に強い光が灯っていた。
私の両肩にそっと手を添えると殿下が躊躇いがちに口を開いた。
「レフィーリア嬢」
「はい」
「その、だ、抱きしめても良いだろうか」
「え、嫌ですわ。殿下、汗や土埃で汚れてますもの」
「ぶはっ! あっはははははは! そ、即答じゃないですかっ……! 殿下、さすがにいきなりそれはないでしょ! ポ、ポンコツ過ぎ……! ははははっ! あーっ、腹痛いっ……! い、息っ、息できなっ……!」
殿下はこの世の終わりかと言わんばかりの表情で固まったまま動かない。
それを見てリックはひーひー言いながら笑い転げてる。
どうしたものかとマリアに助けを求めて視線を向けたが我関せずとこちらを見ることもない。
微動だにしない姿を見てマリアの手を借りるのは早々に諦めることにした。