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「おおっ、これはこれはなんとも言えぬ味わいですねー。癖になる。殿下、これどうぞ。多分お好きですよ」
「んっ、美味いな」
「こちらもなかなか美味にございます」
焼鳥に魚の塩焼き、クレープにつくねにリンゴ飴。護衛に持たせて様々な屋台で買い漁り、食べ歩きしながら次の屋台へと進んでいく。
「まあまあまあっ、どれも美味しいですわ。平民の屋台料理なんて口にできるか不安でしたがなかなかいけますわね」
「はっはっは! お貴族様方の口にあったようで何よりだ。どうだ。一本食うか?」
「頂くわ。ありがとう、店主」
「おうよ。噴水広場に向かうのかい?」
「ええ。そうよ」
「そいつぁいいねぇ。デートにピッタリだ。貴族の兄ちゃん、頑張って口説き落とせよー」
「っ! あ、ああ。全力を尽くそう」
屋台の店主の軽口に付き合ってあげるなんて殿下もお優しいわね。
それに貴族だとわかっていながら謙ることもないとは豪胆な店主だわ。
渡された牛肉の串焼きを口いっぱいに頬張り、咀嚼する。
一口大の牛肉をタレにつけて焼いただけなのになぜこんなにも美味しいのか。
普段食べているお肉より固く筋張っているがこれはこれで美味しい。
「レフィーリア嬢、そろそろ目的地だ」
「むぐっ、むっむっ」
「だ、大丈夫かっ?」
硬いお肉をうまく飲み込めず悪戦苦闘していると、マリアが果実ジュースを差し出した。柑橘系のさっぱりとした味わいでお肉を流し込む。
マリアにお礼を言い、殿下に向き直る。
「すみません。ええと、それで噴水広場が目的地でしたわよね? 何がありますの?」
「ははっ、着いてからのお楽しみだ」
そのままやけに上機嫌な殿下に手を引かれて歩みを進めると、少し先に噴水広場が見えた。
遠目からでも大変賑わっているのがわかる。
どうやら広場の中心にある噴水を囲むように舞台が組み上げてあるようだ。
「劇、でしょうか?」
「そうだ。今日から5日間だけ隣国で人気の劇団が『ラピスラズリの恋人』の公演をするんだ」
「まあっ、『ラピス』の⁉︎ 素敵! 私とても好きなのです! 不朽の名作ですわよね!」
両手をぱんっと合わせて小さく飛び跳ねる。
何を隠そう、私は『ラピスラズリの恋人』の大ファンなのだ。
今から40年程前に史実を元に大幅に脚色された長編小説で、この国の令嬢なら幼い頃に読了しているべき一冊である。
姫と騎士の恋物語で戦と政略により何度も引き離されそうになるが最後はハッピーエンドを掴み取る王道恋愛小説だ。
ちなみに一巻で完結はしているが、あまりの人気に別の人物にスポットを当てた番外編、その後の物語などを描いた続刊が二冊出ている。
令嬢同士のお茶会ではこの上中下巻を読んでようやく『ラピス』について語る資格を得るくらいに愛読されている。
ここまで言ってわかるように令嬢には大変な人気だが、男性、とりわけ若い子息達にはあまり人気はない。
それというのもこの小説に出てくる騎士フェルナンド様があまりにも人気がありすぎて令嬢方の初恋を奪うからだ。
かく言う私もフェルナンド様が理想の男性だったりする。
なので、この劇を見れるのは大変嬉しいのだがーー
「でも、今まで浮いた話もなかった殿下がこのような素敵なプランを考えつくはずありませんわ。リック様の入れ知恵でございましょう?」
「あはは。殿下、バレてますよー」
「うっ。だがリックではない。情報提供者はマリアだ」
「えっ! マリア?」
驚きに目を見開き、ぐりんと首を後ろに回すとマリアは涼しい顔で澄ましている。
「交流にお役立ていただければとお嬢様のお好きなものをお伝えしただけでございます」
「いやぁ、本当にマリアさんには助けられました。殿下じゃレフィーリア様を楽しませるのはなかなか難易度高いですし、今後もよろしくお願いしますね」
「王子殿下のお役に立てたならば何よりです」
マリアったら着々と地盤を固めてるわね。従者同士で円満な関係を築くためか、侯爵家が危うくなったら乗り換えるつもりなのか。
マリアのことだから後者の考えの方があり得そうだわ。