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週に一度のライオネル殿下との約束の日。
お互い平民の服に着替えて街に出かけることになった。
出店や小物店などを覗きつつ、街の中心にある噴水広場へと向かう予定だ。
いつもお忍びで街に出るときに着ている平民の服を着せられたが、メイクや髪のセットが完璧すぎてどうにも平民には見えない。
「マーリーアー。これじゃ男爵令嬢ぐらいには見えてしまうわよ」
「日々磨き上げられている侯爵令嬢が平民の服を着た程度で街に馴染めるとでもお思いですか? 普段のお忍びでも貴族だと周囲にはモロバレでしたが、お気づきではなかったようですね」
「うぐっ」
「あまりに貴族然とした服装では浮くので、気休め程度に服装だけでも平民に合わせようというだけでございます。わざわざ平民になりきらなくても結構ですよ」
「もっと優しい言葉をかけて頂戴っ。このままでは泣いてしまうわ!」
「この程度で泣くなら、お嬢様の失言癖はとっくに治っているはずです」
「本当に容赦ないわね! だから陰で毒舌人形って呼ばれるのよ!」
「何の捻りもない称号ですね。お嬢様がお考えになられたのですか?」
「私じゃないわ。メイドのアニスよ!」
「そうですか。アニスが」
マリアが含みを持たせるようにゆったりとした口調でアニスの名を呼ぶ。
普段通り淡々としているはずなのになぜか背筋がぞわぞわした。
ああ、ごめんなさい。アニス。
貴女の冥福を祈っているわ。
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侯爵邸まで迎えに来てくれる殿下を自室で待っていると程なくして扉をノックされた。
階段を降りていると殿下が玄関からこちらを見上げているのに気づいた。
一段降りる度、高い位置で一つに結い上げたプラチナブロンドの柔らかな髪がふわりと揺れる。
「レフィーリア嬢、平民の服を着ても貴女の美しさも気高さも損なわれることはないのだな。つい見惚れてしまった」
最後の一段を降りる時、殿下が差し出した手に自分の手を添える。
「ふふっ、ありがとうございます。でもそれなら変装としては失敗ですわね。ですが、殿下はそもそも隠す気があるのかと疑うレベルの出来ですわ。女性が群がってきますわよ?」
「いや、君のような美しい女性が隣にいて私に声をかけられる者はそうそういないだろう」
「まあ、お上手ですこと。ではお互いに周りを牽制しなくてはいけませんわね。
殿下、どんなに美しい方がいてもついていかないでくださいませね?」
「ぐっ!」
「で、殿下!?」
懇願するように上目遣いで見上げた途端、殿下が突然胸を押さえて荒い息をついた。
目を見開いて、慌ててその背に手を当てる。
「す、すまない。少々動悸がしてな」
「まあ、まだお若いのに動悸が!? 大丈夫ですの?」
「ポンコツ殿下ー」
ポンコツ殿下?
首を傾げて発言者に目を向けるとリック様がニヤニヤと殿下を眺めている。
自分の主だと言うのに一切心配をしている素振りすらみられない。その態度からおそらく持病などの類ではないのだろうと推察する。
少しして殿下は落ち着きを取り戻したのかいつもの穏やかな笑みを貼り付け姿勢を正した。
「も、問題ない」
「殿下、ご体調が優れないのでしたら本日は……」
「大丈夫だ! っ、すまない。声を荒げてしまったな。体調が悪いわけではない。心配してくれてありがとう」
「いえ、ご無理はなさらないでくださいね」
「ああ。楽しみにしていたのだ。さあ、行こうか。レフィーリア嬢、手を」
照れたように目元を赤くした殿下に手を引かれ、馬車に乗り込むとその後にマリアとリックも続いた。