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10/22

10-ライオネルside-

 夜の帷も降りた頃、執務室は重苦しい空気に包まれていた。



 孤児院でこっそりレフィーリアの様子を見に行ってから、ライオネルは一言も話さなかった。

 早く切り上げるつもりだったが、引き上げようと合図するリックを手で制してずるずると帰城を先延ばしにした。

 最終的にはリックに無理矢理馬車に詰め込まれたが。


 執務室についてからも口を開くことなく、どこを見るでもなくぼんやりとしていた。幾度も溜息をついて漫然と時間だけが過ぎる。


 執務机に肘をつき、指を組み合わせると、そこに額を乗せて深く長いため息をつく。


 しばしの静寂の後、徐に顔を上げると真顔で正面を真っ直ぐ見据える。



「え、かわいすぎない?」


「殿下……」


 斜め前に控えていたリックがどこか悲愴めいた声を絞り出す。


「いや、待ってくれ。だって見ただろう? 本当にあれが素? 暴力的なかわいさに私の寿命が縮んだ気がする。もしかして新手の刺客か? こんなに苦しいなんて、このまま息の根を止められそうだ。……うっ、胸が痛い」


「殿下…………」


 早口で捲し立てて胸を押さえて机に突っ伏したライオネルを酷く残念なものを見るような目でリックが見下ろす。


 だが、どうしようもないのだ。

 彼女の柔らかな笑顔を見た瞬間にこれが恋か、とストンと腑に落ちた。

 あのちょっと失礼な発言にかき乱された感情も彼女が気になっていたから余計に流せなかったのだろう。

 うん、そうだ。きっとそうに違いない。


 この胸の内をリックが聞いていたら「普通に不敬でしたよー」と言いそうな気がしたが考えないことにした。


「ああっ、ほっといたら別の者に取られるだろう。急ぎ外堀を埋めよう!」


「ちょっ、落ち着いてください、殿下! いきなりなんでこんな馬鹿になるんです!?」


「リック、わからないとはお前の目は節穴か? あの屈託ない笑顔、汚れるのも厭わず子供達と全力で遊んでいる姿、芝生に寝転んだ時の無邪気な顔。女神のような慈愛に満ちた微笑みに可憐な声……彼女に惚れない男がいるのか? いや、いない!」


「ああ、恋は盲目か……」


 頭が痛い、とこめかみを押さえる姿をきつく睨みつける。


「何を言う! 婚約者候補に恋をして何が悪い。必ず彼女と婚約してみせよう。決して逃しはしない」


「本気になった殿下から逃げられる令嬢なんていないでしょうに。あんまり強引だと嫌われますよー」


「無理強いはしない。惚れてもらうだけだ」


「うっわ。すっごい自信ですね。さすが権力も血筋も美貌も武力もある男は違いますね。怖い」


 引き攣った顔で後退るのを「まあ待て」と引き留める。


「王家から正式な打診をされれば彼女が否ということは決して出来ない。だが、打診する前に別のものと婚約されては堪らん。他国の王族に見染められる可能性も無きにしも非ずだ」


「あー、はいはい。そうですねー」


 投げやりな相槌に剣呑な目を向けると誤魔化すように「そういえば」とリックがつぶやく。


「孤児院にいる時は本当に優しいお姉さんって感じでしたし、特にぶっ飛んだ発言もしてませんでしたよね。

やっぱり殿下の前でだけ演技をしているのでは?」


「ならやはり婚約辞退するつもりか? それとも私の気を引こうとしているのか。ーーああ、わからんな」


 緩く頭を振りかぶり目を伏せる。

 ともすれば、嫌な方へと考えてしまいそうになるが、そこにからかうような脳天気な声がかかる。


「まあ、今考えても仕方ないでしょう。今度のレフィーリア様とのデートで殿下に惚れて貰えばいいじゃないですか。自信おありなんでしょう?」


「ふっ、そうだな。私の手腕を見せてやろう」


「わー。この年になって初めての恋をした自信過剰な殿下の手腕楽しみですー」


 拍手しながら棒読みで馬鹿にしてくる小憎たらしい顔に向かって、全力で背中当てのクッションを投げつけた。

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