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王宮の一室。
侯爵令嬢である私、レフィーリア・シェルゼンは第3王子のライオネル殿下とお見合いをしていた。
「お父様、台本がございませんわ。好きにお話してよろしいの? 」
「あ、ああ……今日は殿下と親交を深めるにおまえ自身の言葉で話しなさい」
「まあっ、そういうことですのね! 私の人となりを知っていただき、どれだけ馬鹿げた相手に婚約を打診しているのか理解していただく必要がありますものね」
ぽんっと手を打って正面に目を向けると両陛下から妙な圧を感じた。ライオネル殿下は私の発言にも変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべている。
私もそれに応えるように笑みを返すとライオネル殿下の紺色の瞳が僅かに細まった。
黒檀のような艶のある髪の隙間に見えた深い藍色の瞳は、幼い頃にねだって買ってもらったブレスレットについているラピスラズリのようだった。
真っ直ぐこちらを射抜くような瞳を向ける割に、浮かべる表情は柔らかでちぐはぐな感じだ。
「も、申し訳ございません! 娘はいささか人に興味を持てない質でして、頭は悪くはないのですが他人にどう思われるかとか気にしないといいますか、やはり元々お伝えしていたように王子妃にはとてもなれるような器ではございません。これ以上の失態を晒す前に早急に下がらせていただきたく……」
冷や汗をだらだら流しながら早口で退室を願い出る顔は心配になるくらい青い。
そんなお父様に陛下が呆れたように笑いながら手でそのまま座っているよう促す。
「まあ待て。顔を合わせてまだ10分も経っておらんぞ。それにそうは言うがいつも夜会では完璧な令嬢だと評されているではないか」
「陛下、それは全て周りのサポートがあってのことです。娘は本当に本っ当に王子妃が務まるような者ではないのです! 家族会議でも娘だけはありえないと即結論が出るくらいでして、いつも台本がなければ……」
「台本? そういえば先程ご令嬢も言っていたな」
「あ、いえ、その台本と言いますのは言葉の綾と申しましょうか、つまりその淑女教育に則った、その……」
「お父様、誤魔化すのは下手なのですからおやめになって。実直さぐらいしかいいところはないのですから」
「れ、レフィーリア……お前は父様の味方ではないのか……?」
「はは、なかなか辛辣なご令嬢だな。だが、これだけ強かなら王宮でもやっていけるだろう。婚約者候補として様子を見てみよう」
「え、そんな面倒なこと……」
口を抑えられ言葉を止められるが、正直ここまで言ったのなら遅い気がするが、お父様の気が済むならとそのまま大人しくしていることにする。
「いえ! 本当にこれ以上関わりを持ちますと不敬罪で投獄されかねません! 何卒、何卒辞退させて頂きたく」
「ならぬ。少々興味が湧いた。多少の不敬は目を瞑ろう。しばし交流を深めよ。ーー王命だ」
お父様は無慈悲な宣言にこの世の終わりと言わんばかりの悲壮感を漂わせて「拝命、いたします……」と声を絞り出した。
「お父様、降爵で済めば御の字ですわね」
「ああ、レフィーリア……父様を憐れんでくれるならどうか口を噤んで大人しくしてくれないだろうか……」
大きく肩を落とした背中に手を添えて、涙声のお父様に満面の笑みで返した。