真実の愛って素晴らしい!
「俺は真実の愛を見つけたのだ!」
学園の卒業パーティ会場、壇上で宣言したのは私の婚約者である第二王子殿下です。
彼の隣では、男爵令嬢のトゥレチェリイ様が小動物のように震えています。
震えながらも勝ち誇った笑みを私に向けているのも小動物らしさを増幅しています。まあ、本当の小動物はそんな顔をしていても可愛らしいのですけれどね。
「俺は貴様との婚約を破棄して、この男爵令嬢トゥレチェリイと結婚する! チェリイに嫉妬して虐めていた貴様は……ぐはあっ!」
「王子様っ?」
第二王子殿下は話の途中で血塗れになって崩れ落ちました。
なぜなら──
「いくら殿下とはいえ看過出来ません! チェリイと結婚するのはこの私です! 真実の愛は私とチェリイの間にあるのです!」
「ふえぇ」
殿下と一緒に男爵令嬢の取り巻きをやっていた宰相閣下のご子息の剣で急所を刺されたからです。
なお、彼は宰相閣下のご子息とはいうものの家の継承権はない愛人の息子です。
正式な跡取りのご長男は王太子である第一王子殿下の側近をなさっています。
……うーん。宰相閣下のご子息(愛人の息子のほう)の剣術の成績は、下から数えたほうが早かったのですけれどね。
殿下は頭がちょっとアレだった代わりに剣術の腕だけは上々で、それが季節ごとに魔獣の大暴走に立ち向かう必要のある辺境伯家の娘の私との婚約が結ばれた理由のひとつだったのですが。
隣国から嫁いできた正妃殿下のいらっしゃる国王陛下がこの国の子爵夫人との間にお作りになった庶子である殿下は、我が家に婿として入る予定でした。男爵令嬢の取り巻きをしている彼の側近候補達も家臣として一緒に我が家へ来る予定でした。厄介者を我が家に押し付けるのはやめていただきたいものです。
それはさておき、宰相閣下のご子息のほうが真実の愛で、真実の愛が彼の能力を底上げしたのでしょうか。
真実の愛って凄いですね。
ちなみに、ふえぇ、は男爵令嬢の言葉です。こんなときでも庇護欲を煽って男心をくすぐる手腕には感心するしかありません。
「愛しています、チェリイ。ふたりの真実の愛は永え……ぐぼあっ!」
「きゃあんっ!」
宰相閣下のご子息も話の途中で血塗れになって崩れ落ちました。
ちなみに、きゃあんっ! は(以下略)。
「ふざけるな! チェリイは私のものだ! ああ、怯えないで、チェリイ。この私がどんなものからも……ぐぎゃああぁぁぁっ!」
「愛しているよ、チェリイ。どうか僕から離れないで……ぐえぇぇっ!」
「ふざけてんじゃねぇっ!」
宰相閣下のご子息を刺した大公家のご令息は男爵令嬢を依怙贔屓していた教員に刺され、男爵令嬢を依怙贔屓していた教員はこの国を陰で牛耳っていると噂される大きな商会の跡取りだった息子(無能過ぎて跡取り外されました)に刺され、この国を陰で牛耳っていると噂される大きな商会の跡取りだった息子は平民ながら男爵領における魔獣の大暴走討伐での活躍を認められて騎士爵に叙された青年に斬られ──
なんなんでしょう、これ。
喜劇? 本当は全部お芝居なのかしら。私、笑えばいいの?
「チェリイ、俺のチェリイ。お前は俺の婚約者だ。だれにも渡さない……」
「いやあぁぁっ!」
商家の無能息子の血を拭き取った後の剣で、男爵令嬢は貫かれました。
騎士爵が言った通り、彼女は彼の婚約者でした。
彼の将来に期待した男爵が、娘である彼女と婚約させて後ろ盾になったのです。
ですが、彼は優秀過ぎたのです。
学園で文武ともに優秀な成績を示した彼は第二王子殿下の側近候補に選ばれてしまいました。というか、ほかの人間がアレ過ぎたのでお目付け役が必要だったのです。
そのせいで男爵令嬢が欲を出しました。彼女は殿下とその側近候補達を誑し込み……残念ながら幸せにはなれなかったようですが。
「チェリイ、チェリイ、俺のチェリイ。お前のために頑張ったのに。男爵様にも認められて、これが真実の愛だと思ったのに。チェリイ……お前がいないなら、この世界に未練はない」
この世界に男爵令嬢がいなくなったのは騎士爵のせいのような気がするのですけれど、それは言わないお約束というヤツなのでしょうね。
彼は彼女の血に濡れた剣で、自分の喉を貫きました。
呻き声ひとつ上げなかった辺り、やはり実戦を経験したことのある人間は違います。
「はーっはっは!」
壇上に積み重なった血塗れの死体と、第二王子殿下に呼び出されて壇の近くにいた私を取り囲んでいたほかの生徒達の間から笑い声が響いてきました。
そうですよね、もう笑うしかないですよね。
ちなみに、最初に笑い出したのは男爵令嬢の実の弟でした。騎士爵を見込んだ父親の男爵によく似た聡明な彼は、婚約者のいる第二王子殿下にすり寄る姉をよく窘めていました。ひとつ年下で在校生代表です。
そして彼の努力の甲斐なくこの結果です。
そうですよね、もう笑うしかないですよね。
男爵子息の声を呼び水に、ほかの方々からも笑みがこぼれます。
「あはははは、あーっははは」
「うふふ、うふふふ、うふふふふふふ」
「……真実の愛って凄い」
「真実の愛って素晴らしい」
「真実の愛サイコー!」
こんなに血生臭くなければお芝居だと思い込むことも出来るのかもしれませんけれど、生憎とこれはどうしようもない現実です。実力を認められて入り婿となった元平民傭兵のお父様と一緒に辺境伯領を飛び回っていた私でも、呑気な学園生活の後で嗅ぐ久しぶりの血の香りにはクるものがあります。
まして魔獣蔓延る危険な領地の管理を代官に任せ、平和な王都で安穏と暮らしていた貴族の子女達がむせ返るような血の香りに酔ってしまうのは当然のことでしょう。徹夜で魔獣の大暴走に立ち向かった騎士や傭兵達を思い出させる異様な雰囲気になっています。
やたらと元気で声も大きいのですが、目は死んでいて言動がおかしいのです。
ああ、でもこれで庶子の第二王子殿下を溺愛する国王陛下の王命によって結ばれていた婚約がなくなったのです。
私は自由。好きな方と結婚することが出来ます。元からこの婚約に不満だったお父様は、私が選んだ相手ならだれだったとしても許してくださることでしょう。
たとえ年の差があると言っても、お父様が平民だったころに所属していた傭兵団の頼れるあの方のほうが真実の愛ゆえに命を失った第二王子殿下より百倍素敵なのですし!
こんな結果をもたらしてくれるだなんて、真実の愛って素晴らしいものですね!