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権子さんに名前は無い  作者: Arpad
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エピローグ 末崎紗季の献身

 末崎紗季は、今日も変わらず、生徒会室で書類仕事を片付けていた。

「あぁ・・・もうじき、この仕事ともお別れか・・・最高かよ」

 紗季はあくまで臨時の生徒会役員であり、一学期の終了と共にその責務から解放される。それが彼女にとって、何よりも待ち遠しい瞬間であった。

「早く来ないかなぁ・・・夏休み」

 入学してから頑張ってきたから夏休みは遊びまくるんだ、と盛大にフラグも建ててみる。そうでもしないと、最後の追い込みとばかりに山積する書類仕事に心が折れてしまいそうだからだ。

「遊びまくる、か・・・」

 夏休みに一番遊びたかった人は、ある日忽然と姿を消してしまった。名無しの権子さんこと櫓坂千景先輩、彼女と初めて言葉を交わしたのは、入学から1か月経ったくらいだっただろうか。視界の端でやりたい放題され、一時期は霊感に目覚めたのではないかと悩まされた怒りが爆発し、紗季は放課後の彼女の居場所である屋上へと乗り込んだ、という経緯である。

「貴女、いったい何なんですか!」

 それが、櫓坂千景への第一声である。ある男子生徒の下校する背中を寂しそうに見つめていた千景は、心底驚いていた。

「まさか・・・見えてるの?」

 あの真っ青に血の気が引いた後、一気に頬と耳を紅潮させた表情を思い出すと、紗季は今でも笑えてくる。誰にも見られていないと思い、ずっと恥ずかしい事をしていたのだから当然だろう。

 紗季はそれだけでもストレス発散になったのだが、質問の答えにも興味があった。

「答えて、貴女は何者なの!」

「あぁ・・・初めまして、櫓坂千景です」

「え? あっ、初めまして・・・末崎紗季です」

 二人はぎこちない挨拶を交わし、気が付けば交互に自己紹介を始めていた。

 不慮の事故に遭い、幽体離脱を起こしてしまった変な口調の先輩はクラスメイトに恋をしていた。その事実に、紗季は思わず笑ってしまう。

「B級映画か!」

「あはは・・・一応、自覚はしてるよ」

 寂しそうに校外へ視線を送る千景を目の前にして、紗季は思わず胸を打たれてしまう。本物の恋する乙女が困ってる、何だか無性に首を突っ込みたくなったのだ。

「あの・・・あたしで良ければ、何か手伝いましょうか?」

 紗季は思わず、協力を申し出てしまっていた。その好奇心が、彼女をさらなる面倒事に引きずり込むとも知らずに。

 それから二人は、1か月近く費やして意中の男子を千景に振り向かせる計画を練り、遂には実行した。今回、蜘蛛の巣にまんまと誘導されてきたのは、クラスメイトの佐原佑助。特に目立つ人間ではないが地味に影響力を持つ、同学年になってしまった年上の兄みたいな印象を抱かせる不思議な男子だ。彼の周りに集まるのは、誰も彼もが甘えん坊ばかりである。

 千景がベッタリで気にはしていたが、実際は話した事が無いので計画が成功するか紗季は危惧していた。だが彼は、計画以上の積極性で行動し、紗季が導く間もなく答えに行き着いてしまう。的外れのようでありながら、確実に答えへ詰め寄っていく姿はとてもスリリングで、見世物としては最高だった。千景が惹かれた理解が、少し垣間見おたように紗季は感じている。

 計画が成功し、千景の大願が成就したかに見えたのに、神様というのはとんだイジメっ子に違いない。蘇った千景は体調が急変した後に病院から姿を消し、紗季も佐原も失意のまま、時が過ぎてしまった。

 特に佐原の落ち込み様は、紗季とって見ていられないレベルだった。それはもう、何も知らずに彼の周りに集まり、彼が哀しみに暮れている事に気付かない自称友だち連中が腹立たしくて仕方なくなるくらいに。

 紗季は、仕掛人側の自分が励ましてやるべきなのは理解していたが、どうしてもそれが出来ずにいた。それもこれも、告白から最後の別れまで紗季の身体を介して行なわれたのが悪いのである。告白は何とか乗り越えたものの、あの切ない手の繋ぎ方は反則だ。嫌でも佐原の事を意識してしまい、考え無しに近付いたらどうなってしまうか判らない。励ましていたらなし崩し的にくっついていた、なんて悪女になるのだけは願い下げたった。

 少し頭を冷やさねばならない、そう判断した紗季は心を鬼にして佐原から距離を置くと決意する。そして、彼女の頭が冷える頃には、佐原も無事に立ち直っていた。生徒会のゴタゴタに巻き込んだのも、功を奏したのかもしれない。

 千景とも遊びたかったが、彼女と佐原が手に手を取り合っている姿も見てみたかった。それが一番、綺麗な終わり方なのだから。だが、もう千景は居ないのだ。

「どうしようかな・・・これから」

 何をしても、心に重石がのし掛かる結果にしかならない。何か、スカッと爽快に解決する方法とか無いだろうか。紗季が書類を片付けながら思案していると、生徒会室に副会長の森岡が戻ってきた。

「お疲れ様、末崎さん」

 かつて、鉄火面の様に真面目一辺倒だった森岡は、今やめちゃくちゃ快活になっていた。彼女こそまさに、心のデトックスで重石を落とした成功者である。キッカケは、佐原に泣かされてからというわけで、お邪魔虫にならないか紗季は一抹の不安を抱いていた。

「お疲れ様です、副会長・・・うちの生徒会って、私たちしか居ないんですか? 他の人、あんまり見ないんですけど・・・」

「えっ、ちゃんと居るわよ? 会長は公務と受験対策で生徒会室に無縁なだけで、会計さんも予算計上が終わればお役御免なだけ」

「えぇ、人員をフル活用しましょうよ・・・書記なんてあたし含めて二人しかいないんですよ? しかも、夏風邪で休みだし・・・やってられませんよ」

「何だかんだ言って、書類を半分以上終わらせているのだから、貴女も真面目よね・・・でも確かに、負担は大きいわね。よし、佐原君を使いましょう」

「副会長・・・あんまり使い倒すのも可哀想ですよ。それに、アウトソーシングばかりだと生徒会の存在意義も揺らぎませんか?」

「それは、大丈夫・・・私が生徒会長になったら、庶務という前時代の遺物を復活させ、佐原君を推薦しておくから・・・うふふ」

「うわぁ・・・女の恨みって怖いわぁ」

「貴女も女でしょうに・・・それより、貴女に任せたいお客様がいらっしゃるの」

「は? 書類仕事の上に接待までしろと? 流石のあたしもヤサグレちゃいますよ?」

「安心して、書類は私がやっておくから・・・さあ、どうぞ入って」

 森岡が廊下に向かって呼び掛けると、ノックも無しに扉が開かれた。

「末崎さん、久しぶり~♪」

 何の前触れもなく、一年の制服に身を包んだ櫓坂千景が生徒会室に現れた。

「え・・・ごっ、櫓坂さん? 生きてたの!?」

「そんな、あたしがこの手でころしたのに!? みたいなリアクションしなくても・・・まあ、これで判るかな?」

 千景は紗季の傍らまで歩み寄ると、その頬に手を触れさせた。

「温かい・・・こいつ、生きてやがる!?」

「あはは、驚かせ過ぎたみたいだね・・・本当に久しぶり」

「も、もう・・・生きてるなら教えてくださいよ、どれだけ心配していたか・・・あっ、佐原君には会いましたか?」

「実は、未だなんだよ・・・今日は復学の手続きに来ただけだから。彼に逢いたいのは山々なんだけれど、最後の別れが最悪で・・・顔が出し辛くてね」

「何て悠長な事を言っているんですか! 今すぐ会いに・・・って、もうとっくに下校してるか」

「いや、靴はあったから、まだ校内に居るはずだよ。こんな時間に校内に居るとすれば、おそらく屋上じゃないかな?」

「そうですか? 最近は寄り付いて無かったですけど・・・先に確かめてきますから、櫓坂さんは後からゆっくり来てくださいね!」

「ふふっ、ありがとう・・・そうだ末崎さん、ワタシも同じ学年になるのだから、もう気を使わなくて良いよ?」

「え? あっ、はい・・・とりあえず、先に確かめてきますね!」

 そう言い残し、紗季は全力疾走で屋上へと駆けていった。


「間が悪いですよね、佐原君も・・・」

「仕方ないよ・・・こればかりは巡り合わせだからね」

 紗季と千景は、熱中症で倒れた佐原を保健室にて介抱していた。介抱と言っても、目を覚ますまでベットを挟んで監視しているだけである。

「・・・佐原君から聴きましたけど、何で櫓坂さんは病院から居なくなっちゃったんですか?」

「あぁ・・・ちょっとややこしい事になってしまってね。体調が急変した後、峠を越えたあたりで更に施設の整った病院へ転院する事になったんだよ。・・・私が目を覚ましたのは佐原君と会っていた日から1週間も過ぎていてね、これは誤解されると思って、父に学校へ連絡して欲しいと頼んだのだけれど・・・今日来てみて判った、どうやら握り潰されていたみたいだね」

「しっかり養生して欲しかったんでしょうね・・・櫓坂さんが、男を毎日の様に連れ込むもんだから」

「その意見には、ぐうの音も出ないね・・・ともあれ、リハビリに秀でた病院で1か月集中治療を受けたワタシは、こうして復学するに至ったというわけさ。時期も時期だから、正式には9月からになるけど」

「そっか・・・でも、良かった。櫓坂さんが生きててくれたなら、佐原君も喜ぶでしょうね」

「・・・そんなに、落ち込んでたの?」

「ええ、それはもう・・・この世の終わりみたいな顔をして、期末試験で高得点取ってましたから」

「それだと、落ち込んでいるのか判らないよ・・・だけど、きっと傷付けてしまっただろうから、謝らないと」

「そうですよ、ちゃんと誠意を見せないと」

「誠意・・・・・・誠意って、何が良いのかな?」

「えっ? えっと・・・デートに誘う、とかじゃないですか? もうすぐ夏休みだし・・・」

「で、デートか・・・経験がないから、また計画を練らないとね」

「またって・・・あたしも考えるんですか!?」

「お願いだよ、末崎さん・・・計画を練る為に、ワタシとデートして欲しいんだ」

「お~い・・・誘う相手間違ってますよ? そんな悠長だと、誰かに佐原君を取られちゃいますよ?」

「えっ、誰かに取られそうなの!?」

「いや、それは・・・物の例えですって! ほら、1匹いるなら他にも居るかもって、あれですよ」

「人の恋路を害虫扱いしないで貰いたい! ・・・と言いたいところだけれど、言い得て妙なんだよね」

「ほら、あんまり隙だらけだと持っていきたくなると言いますか・・・ね?」

「確かに、つまみ食いの法則というわけだね・・・こうしては居られない。早急にデートしないとね、末崎さん!」

「いや、だから・・・何であたしと? ここで寝ているメンを叩き起こして、おいデート行こうぜ? 言うだけですよ?」

「そ、そうだね・・・でも、いざとなると面映ゆくて仕方がないよ。末崎さんも、一緒にどうかな?」

「奥ゆかしいな・・・ん? ちょっと待ってください、それだとあたしも佐原君とデートする事になんじゃ?」

「いや、いっそのこと両サイドを固めておけば、邪魔が入らないかと思って・・・」

「止めてください、呼び水になりますよ? ・・・あたしは、そういう複雑なの嫌いなんで・・・でももし、佐原君が櫓坂さんと対面しても、煮え切らない態度を取ったその時は、いっちょ痛い目見せてやりたいとは思います」

「ありがとう、末崎さん・・・やっぱり、ワタシたちもデートしようか?」

「普通に遊びましょうよ・・・ていうか、そのラフさで誘えば良いんですよ」

「はっ!? なるほどね・・・勉強になったよ」

「はぁ・・・まったく、世話の焼ける人だなぁ」

 話が一段落したところで、紗季は佐原が唸っていた事に気が付く。調子が悪いのか、額の汗を拭おうとしたその時、佐原は弾かれたように上半身を起こした。

「うわっ、ビックリした・・・大丈夫、佐原君?」

「ま、末崎さん・・・あれ、俺はどうしたの?」

「熱中症になってたんだよ、佐原君は・・・どれだけ屋上にいたわけ?」

「う~ん・・・結構居たような? とにかく、助けてくれてありがとう・・・そういえば、何か伝えに来てくれてなかった?」

「そうだけど・・・ちょっと反対側向いてみて?」

「・・・え?」

 佐原が言われた通りに振り返ると、満面の笑みを浮かべる千景とバッチリ目が合った。

「久しぶりだね、佑助君♪」

「・・・・・・櫓坂さアッ!?」

 佐原は短い悲鳴を上げ、今度は白目を剥いて寝込んでしまった。

「佑助君!? 大丈夫かい、今アに濁点が付いたような声を出してたけど!」

 千景が必死になって揺り起こそうとするが、佐原が目を覚ます様子は無かった。

「あぁ・・・脈はありますね。やはり、まだショックが強過ぎたか・・・南無」

 紗季は佐原の目を閉じてやり、それからそっと両手を合わせた。

「ワタシが幽霊の時より驚くなんて・・・ごめんよ、佑助君!」

 佐原の胸の上で泣き出す千景と、明らかにうなされ出す佐原。こんな光景を求めていたんだと紗季はこっそりと笑むのであった。

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