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権子さんに名前は無い  作者: Arpad
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第五章 彼女を縛るモノ 後編

 人体模型を撒きつつ、我々はどうにか音楽室まで辿り着く事が出来た。

 ここには、どんな存在が待ち受けているのだろう。私は警戒しながら、音楽室内部へと足を踏み入れていく。

「無人・・・ですね」

「そうみたいだね・・・また出てくるまで、待つしか無いのかな?」

 そうなると、話題は自然と手紙の件になってしまう。私は手紙が隠されていた肖像画の前に歩を進め無駄に鑑賞し始めていた。

「本当に色んな場所へたらい回しにされましたけど・・・あれ全部、末崎さんに仕込ませたんですか?」

「そうだね・・・厳密に言えば、彼女の身体を借りてワタシが隠したのだけれど」

「なるほど・・・・・・ちなみに、末崎さん以外にも憑依出来たりするんですか?」

「いや、末崎さんくらいじゃないかな?」

「末崎さん・・・彼女は何故、権子さんが見え、憑依もさせられるのでしょうか?」

「う~ん・・・それは、ワタシにも判らない。けれど、もしかしたら彼女とワタシが、似た者同士だったからかもしれないね」

「似た者同士・・・似ても似つかないと思いますけどね?」

「咲く花の色は違えど、根っこは同じ・・・十人十色と言うけれど、人間にそこまでのバリエーションは無いという事さ。きっと、どこかが誰かと似通っている」

「互換性があると? それはまた、面白い話ですね。もっと聴きた・・・ん?」

 私が話の続きを催促しようとしたその時、物音がしたのに気付き、そちらに顔を向けた。容疑者は、音楽室で圧倒的な存在感を放つ、グランドピアノである。

「今、物音がしませんでしたか?」

「うん、何か聴こえたね・・・ふむ、どうやら鍵盤の蓋が開いたみたいだね」

 すると、誰も居ないはずなのに、ドレミの順で鍵盤が一つずつ、ゆっくりと押し込まれていった。

「これは・・・もしかしたら、演奏会が始まろうとしているのかもしれないね。佑助君、マナーを守って着席しようじゃないか♪」

「え? あぁ・・・・・・そうですね」

 私は、大体1クラス分置かれている椅子の最前列の真ん中に腰を降ろした。

「さて、何が始まるのか?」

 心なしか、権子さんの声が弾んでいるように聴こえる。こういう演奏会の様なものが、好きなのかもしれない。まもなく演奏が始まり、それを質問する暇は無くなってしまう。

 ピアノから発せられた音楽は、幽霊が演奏するにしては、とても安らかな曲だった。このままだと、こちらが成仏してしまいそうなくらいに。もう、瞼が重くなり始めている。そういえば、物質に干渉出来る幽霊と出来ない幽霊の差とは何なのだろうか。経験値とかなのだろうか。

「ふむ・・・ブラームスのワルツ作品39の15番・・・通称、愛のワルツか」

 権子さんが曲のタイトルらしきものを呟いた。ピンッと来なかったのは、不徳の致すところである。何より私は、寝落ちしない事に必死だったのだ。

 幸いにも、演奏は数分のうちに終了した。どうにか立ち上がり、万雷とはいかないものの、精一杯の拍手を贈る。

 すると次の瞬間、グランドピアノの陰から小さな女の子が飛び出してきた。図書室の幽霊が同い年くらいだったとするなら、こちらは小学生と言ったところか。女の子は深く一礼すると、私に何かを語り始めていた。

「ちょっと待ってね・・・」

 私は即座に、適した周波数を探し当てた。

「最後まで聴いてくれて、ありがとうございます・・・私の演奏、どうでしたか?」

「上手だったよ、とても・・・とても眠くなった」

「ありがとうございます・・・人を眠らせるくらいリラックスさせられる様になると一人前だって教わりましたから・・・みんな、演奏を始めると逃げてしまって・・・やっと先生以外の、生きてる人から感想が聴けて嬉しいです」

「・・・先生?」

「私たちを受け入れてくれた人・・・その人の事を、私たちは先生と呼んでます」

「・・・その人は、どこに?」

「校長室に・・・ごめんなさい、今度は私が眠くなって来ました・・・あれから一度も、眠くなんてならなかったのに、な」

 女の子が大きな欠伸をした途端、先程の少女と同様に、忽然と姿を消してしまった。

「お疲れさま・・・おやすみなさい」

 私は周波数を戻し、権子さんに手に入れた情報について報告した。

「なるほど、先生ねぇ・・・ワタシ達が探す答えを持っているとすれば、その人なんだろうね」

「行くしかありませんね、校長室へ」

「いよいよ、大詰めってところかな? でも、未だあの人体模型が彷徨いているはずだから、気を抜かないようにね」

「はい、もちろんです・・・あの、権子さんは音楽鑑賞が好きなんですか?」

「え? 嫌いではないけど、特別に好きというわけでもないかな・・・急にどうしたの?」

「いえ・・・あの子の演奏が始まる時、権子さんが嬉しそうにしていたので」

「ああ、なるほどね・・・単純な理由だよ、君と一緒に聴けるからさ」

「な、なるほど・・・・・・それじゃあ、行きましょうか?」

「うん、行こうか」

 斯くして私は、音楽室を後にし、校長室への移動を開始した。


 校長室を目の前にしたところで事件は発生した。人体模型と廊下の角で鉢合わせてしまったのである。歩いてくれば察知出来たが、角待ちされては手の打ち様が無かったのだ。

「うおぉぉっ!?」

 急に組み付かれた私は、思わず悲鳴を上げながら、咄嗟に人体模型を巴投げで投げ飛ばしていた。

「びっくりしたぁ・・・佑助君、容赦無いね」

「し、仕方ないですよ・・・いきなり掴まれたんですから」

「まあ、そうだね・・・それに、向こうは未だ未だヤル気みたいだよ?」

 確かに、人体模型はゆっくりと立ち上がり、堂の入ったファイティングポーズを取っている。ヤル気満々、殺意増々のようだった。

「どうやら・・・闘わずして、先には進めないみたいですね」

 私は意を決し、同じく不馴れなファイティングポーズを取った。

「いやいや、相手は手練れなボクサーの人体模型だよ? 流石に君でも・・・」

「行きます!」

 私は拳を握って、人体模型へと駆け寄り、渾身のパンチを繰り出した。だがしかし、その一撃を人体模型は上半身の上下運動だけで回避し、なおかつ凶悪な勢いのボディーブローを返礼として放ってくる。これが注意喚起されていたフックだと悟ったのは、私が無意識に後方への海老反りジャンプをし、回避を為した後の事だった。

「くっ・・・本当に凄い動きだ!?」

「だから言ったんだよ、佑助君・・・闘い慣れていない人は、ついつい相手に戦闘スタイルを合わせてしまう。その時点で相手に一日の長があり、さらに不利になるものさ」

「今しがたの俺の事ですね・・・では、どうすれば?」

「要は、相手のスタイルに無い動きをすれば良い。構えを解いて、真っ直ぐ歩いていくんだ。合図をしたらしゃがむようにね?」

「はぁ・・・了解です。駄目だったら、責任取ってくださいよ?」

「もちろん、老後まで面倒見るよ♪」

「そういうのは、結構です」

 私は握っていた拳を開き、ただ単に人体模型へと歩み寄っていった。この行動は人体模型も予想していなかったらしく、明らかに様子見してきている。もしくは、一貫してカウンター狙いなのかだ。

 とはいえ、間合いに入ってきたのに攻撃しないという選択肢は多くの場合あり得ない。人体模型も、様子見のワンツーパンチを繰り出してきた。

「今だ、しゃがんで!」

 耳をつんざく指示に従い、私はその場にしゃがみ込んだ。人体模型のパンチが、頭上をかすめていくのが感じられる。

「そのままタックルして、押し倒すんだ!」

 足のバネを利用して、私は蛙の如く跳び出した。人体模型のどうにしがみつき、それから勢いのままに押し倒していく。

「大勢は決した、後は人体模型の首を獲るだけだよ!」

 人体模型を抑え込みつつ、奴の顔面に手を伸ばしていった。そして、指先が奴の顔面に届こうとした、まさにその時である。校長室から、人影が飛び出してきたのは。

「いったい、何の騒ぎだ!」

 飛び出してきたのは、和装を身に纏い、豊かなカイゼル髭を有する禿頭の老人だった。見たことが無いくらい、和テイストな人物である。

「双方、矛を収めよ! その決闘、儂が一旦預かる事とする」

 貴族然とした、悪く言えばやたらと偉そうな口調で勝負に水を差してきた老人。私はいきなり現れた老人の言うことなど聞くつもりは無かったが、何故か人体模型から急に力が抜けてしまった為、仕方なく間合いを取る事にした。

「うむ、大義である・・・二人とも、校長室へ来なさい! 事の仔細はそこでハッキリさせようぞ」

 そう言い残し、老人は校長室の中へと消えていった。それに続く様に、いつの間にか現れた毬栗頭の中学生くらいの男子も校長室へと消えていく。今の子が、人体模型の中身という事だろうか。

「・・・どうします、権子さん?」

 盛大に乱れた服装を直しつつ、私は権子さんに判断を委ねた。

「ふむ、罠の可能性も高いけれど・・・時には虎穴に入らないと、手に入らないものもあるよね?」

「ですよね・・・行きましょう」

 私も彼らの後に続く事にしたのだが、この後すぐに扉へ額をぶつけて痛い想いをしてしまう。これで、彼らが幽霊である事が確定した。扉を開けずに、すり抜けて行ったのである。

「っ・・・・・・失礼します!」

 私は額を摩りながら、校長室への扉を押し開けた。

「おお、来たか・・・新入りかと思えば、先刻から忍び込んでおった生者の子であったか。こんな時間に来るのは、校則違反であろう?」

 校長室では、椅子にふんぞり返る老人と、その傍らに控える中坊が私を待ち構えていた。

「ええ、分かっています・・・自分は此処へ、幽霊を放送で集めている幽霊を捜しに来ました。それは、貴方ですね?」

「然り、放送を流しているのは此の儂よ・・・しかし、あれは死者にしか届かぬはずのものだが、生者の子が何用か?」

「・・・ある人が生きながらにして、この学校に閉じ込められています。もし、その人の魂を縛り付けているのが貴方なら、断固たる処置を取りに来ました」

 幽霊を相手に出来るような手立ては持ち合わせていないが、一応のハッタリを効かせておく。私が意気往々と宣言したことで中坊が臨戦体勢を取ったが、老人はそれを片手で制した。

「止めよ、竜次・・・ほう、生きながらにして儂が捕らえられていると? 悪いが、そんな人物とは出会った事も無い。儂らが死者の子を集めておるのは、彼らには冥土へ行く手助けが必要だからよ・・・もう半世紀以上も続けておるが、誰も学校に閉じ込めた事は無い。事実、優香里も千枝も、お前さんが旅立たせてくれたではないか?」

「図書室と音楽室に居た・・・あの子たちの事ですか?」

「然り・・・最近の子は、未練無く死んでいく。それが良い事か悪い事は儂にも判らんが・・・その中でも残ってしまう子には、手を焼かされておってな。もはや、儂のやり方では救えずに難儀していたところよ。だから、お前さんには感謝している。竜次の、ハラハラする本気のバトルがしたいという願いも叶えてくれた・・・まだ遊び足らぬようだがな」

「・・・つまり貴方は、誰の魂も捕らえてはいないと?」

「ああ、もちろん・・・この学舎を創設して以来、ここを学舎以外に使った事など無いわ!」

 威風堂々と宣言する姿は、校長室の壁に飾られた初代校長、六地蔵正時氏の肖像画と酷似していた。先生という呼び名は、そこから来ていたのだろう。

「・・・それは、失礼しました」

「うむ・・・とはいえ、意図しないところで、起こってしまっているやもしれん。この学校に残っている死者、儂と竜次も今夜中には旅路へ向かう。お互いに、もう未練は無いからな・・・とにかく、そうすれば事の真偽がハッキリするはず・・・それでも駄目なら、お前さんの知人の方に問題があるという算段よ」

「なるほど・・・ちなみに、六地蔵さんが居なくなった後、この学校が悪霊の溜まり場とかに成ったりしませんよね?」

「ふむ・・・完全に否定は出来んが、ほぼ無いだろう。先も言ったが、今世の人間の多くは未練も残さず死んでいく。幽霊となる者の数は、年を経る事に減少している。それに、この半世紀でも追い払った手合いは片手で数える程度ゆえ、心配はいらぬだろう」

「そうですか・・・では、貴方の言葉を信じる事にします。約束を違えた場合は、本気で滅しに伺うので、御覚悟を」

「ふっ・・・救いたいのは、善き友か想い人か・・・その熱意に応え、改めて誓おう。儂らは消える、後は知らぬ。お前さんの力で成し遂げよ」

「はい・・・失礼します」

 私は二人に一礼し、校長室を後にした。今の対話に緊張していたのか、手汗が酷い事になっている。まったく、この学校にはとんだ老獪が潜んでいたものだ。

「権子さん、居ますか?」

「居るよ、佑助君」

「まったく・・・どうしたんですか、一言も喋らずに?」

「だって、入り込める隙が無かったんだもの・・・ワタシが話に加わっても、結論は変わらなかったと思うよ?」

「そうかもしれませんが、話の信憑性というものがですね・・・」

 権子さんの行動に苦言を呈そうとしていると、不意に足元がライトアップされてしまう。

「おい、そこに誰か居るのか?」

 今夜は何をとち狂ったのか、警備員が校内まで見廻りに来てしまったらしい。ライトを持っていては影に潜む事も出来ない、一思いに走って逃げるか。私が逡巡していたその時、私と警備員の間に立ち上がる人影があった。

「じ、人体模型・・・えぇ?」

 警備員の声が、恐怖に震えている。声色からして、そう若くもない。もしかすると、人体模型が恐怖の代名詞である世代なのかもしれない。

 人体模型は、ゆっくりと警備員に歩み寄り始める。その両手は、獲物を求めて前方へ突き出されていた。

「キャーーッ!?」

 警備員は、警備員にあるまじき悲鳴を上げながら、脱兎の如く逃げ去っていった。人体模型は、こちらを振り返るも、今のうちに帰れとばかりに手を振ってきた。それはもう、鬱陶しそうに。

「ありがとう・・・竜次君!」

 私は礼を述べると、理科準備室へと駆け出した。彼が何故助けてくれたのは判らないが、少しだけ胸が熱くなっている。昨日の敵は今日の友、彼はそんな言葉が息づいていた時代に生きていたのかもしれない。

「すみません・・・権子さんを救う事が出来ませんでした」

 学校の塀を飛び越える直前、私は権子さんに謝罪を述べていた。

「君は一生懸命、最善を尽くしてくれたじゃないか・・・それに未だ、明日もあるよ?」

「ありがとうございます、権子さん・・・おやすみなさい」

 権子さんなら、そう言ってくれると思っていた。私はただ、何も結果が出せずに居る自分の罪悪感を軽減したくて、謝罪を述べていたのだ。 そんな自分が情けなくて仕方ない、私は唇を噛み締めたまま塀を飛び越え、近くの公衆トイレへと一目散に走り去った。

 もちろん、着替える為である。


 翌日、権子さんのタイムリミットまで残された時間が後1日となった火曜日の放課後、私と末崎さん、そして権子さんで報告会を開いていた。

「だから・・・何で、あたしが目を離すと、そんな映画みたいな展開になってるわけ?」

 末崎さんは、不可解そうに小首を傾げている。

「まあ、そうかもね・・・でも、結果が出せないなら意味ないよ」

 夜明けになっても、権子さんは学校の敷地内から出られなかったらしい。初代校長たちの成仏は権子さん自身が目撃したそうなので、彼らは本当に関わっていなかった事になる。私の努力は、水泡に帰したのだ。 

「だから・・・頼みの綱は末崎さんだけなんだ」

「期待してもらってるところ、申し訳ないんだけど・・・あたしの方も、あんまり有益な情報とか無いんだよね・・・」

 末崎さんはバツの悪そうな顔で、自分が集めてきた情報を報告し始める。彼女が調べてきたのは、櫓坂千景という人間のさらに詳しい人物像だった。

 櫓坂千景、現17歳。実家が病院を経営し、大望高校には最高得点で入学、学力才覚共に優秀と判断され、入学当時から生徒会に推薦される。

「・・・何か、聴いてると腹が立ってくる経歴だね、末崎さん?」

「解る・・・出来過ぎというか、これで可愛いとか・・・生まれた時からの成功者は居るんだなって、やりきれなくなる感じ」

「ちょっと、二人とも!? 流石のワタシでも、傷付く事もあるのだけれど・・・」

「でも・・・困っていたら助けてあげたくなる不思議な魅力があるのも確かだよね、末崎さん?」

「解る・・・可愛いんだよね、結局は。可愛いって正義だよ、ほんと」

「ちょっと二人とも!? ワタシだって、照れたりするんだからね・・・モジモジ」

 話を戻そう、櫓坂千景が学校で過ごした時間は2ヶ月強程度であり、一年も経つとその足跡を追うのは非常に困難であった。

 彼女には、特に親交の深い友人などはおらず、良い意味で周囲から距離を置かれていたらしい。高嶺の花、誰もが口を揃えて引用していたそうだ。故に、誰も高嶺の花が抱える悩みなど知らず、この学校に執着する理由など見えてくるはずもなかった。

「副会長経由で、元クラスメイトとかに話を聞いても収穫無し。SNSもしてなかったみたいだから、学校外の情報もゼロ・・・もはやスパイの隠れ蓑だったんじゃないかと疑いたくなる程で・・・完敗ですわ」

 末崎さんは、本気の土下座で謝罪の意を表してきた。

「末崎さん、顔を上げて・・・貴女が頑張ってくれたのは、十分に伝わっているから、ね?」

「権子さん・・・」

 権子さんからの慰めの言葉を受け、末崎さんは目を潤ませながら顔を上げた。今その辺に権子さんが居るのか、私はそんなつまらない事を考えてしまっている。

「つまり・・・櫓坂千景さんは、何も悩みを抱えていなかったか、悩みを周囲に一切漏らしていなかったかのどちらかって事になるのか。権子さん的には、どちらだと思います?」

「そうだなぁ・・・今この時も傍らに居てくれる君たちみたいな仲良しの友達が居なかったとするなら、ワタシは悩んでいたかもしれないね。高嶺の花からすれば、腫れ物扱いとあまり変わりが無いものだよ」

「なるほど・・・でも、悩みが判らない以上、打てる手は少ないですよね・・・・・・よし、学校からどうにかして出られないか試してみませんか?」

「試すって・・・これからかい?」

「もちろん、もう時間はありませんから・・・末崎さんにも力を貸して欲しいんだけど、どうかな?」

「目立つのは、嫌だけど・・・このまま権子さんが死んじゃう方がもっと嫌だから、我が儘言ってられないよね・・・具体的には、何をするの?」

「そうだな・・・・・・権子さん、末崎さんに憑依した状態で学校外へ出てみようとした事はありますか?」

「無いけど・・・まさか?」

「ええ、何でも試してみましょう・・・末崎さん、憑依って危険だったりする?」

「たぶん、無いかな・・・身体の自由が効かないだけで、意識はあるし。後遺症みたいなのも無かったよ?」

「良かった・・・それなら、試してもらっても良いかな?」

 その後、私たちは権子さんをどうにか学校外へ出せないかと試行錯誤を繰り返す事となる。

 憑依状態の権子さんと末崎さんがどこまで行けるのか、やはり正門の時点で分離させられてしまうそうだ。見えない壁に阻まれて、自分だけ置いていかれてしまうのだと、権子さんは語る。何度繰り返しても、それは変わらなかった。

 残念な事に、権子さんには憑依以外の物理干渉が出来ない為、打つ手無しという結果に終わってしまう。あまりに正門を行ったり来たりしており、そろそろ警備員に見咎められそうなので、もう退散するしかないだろう。末崎さんが帰宅していく中、私は校舎内へと戻っていた。

 彼女には忘れ物をしたと説明していたが、実は違う。ある人物と話を付ける為、屋上へと戻ってきたのである。

「万策尽きました・・・すみません、権子さん」

 私が遺憾の念を言葉にすると、ラジオから返答が流れてきた。

「佑助君は、全力を尽くしてくれたよ・・・残念ではあるけど、それがワタシはこの上なく嬉しいんだ」

 いつもの様に、追い詰められているのは自分だというのに、私を優しく気遣ってくれる権子さん。いつの間にか私は、そんな優しさにも馴れてしまい、時にすがってすらいた。だからこそ、これまで一度も彼女に疑いの目を向ける事は無かったのだ。

「権子さん・・・・・・貴女は、記憶を失ってなんかいなかったんですね?」

 昨日の、初代校長の言葉がずっと脳裏に引っ掛かっていた。彼らが消えても駄目なら、権子さん自身に問題がある。いったい、権子さんが抱える問題とは何なのだろうかと昨晩は寝ずに考え、既に答えを導き出していた。

 彼女は不幸な事故で魂と肉体が分離し、さらには記憶まで失ってしまった悲劇のヒロイン。その前提条件を覆せば、まだ方法は残っているのだ。では、彼女が嘘をついているのはどの部分か。不幸な事故と魂と肉体の分離は調査の結果、証拠が残る事実であると判明した。

 残るは記憶、その有無を証明出来るのは権子さんしか居なかった。疑うなら、この部分しかない。

「どうしたんだい、佑助君? 君らしくない暴論だね・・・」

「しらばっくれないでくださいよ、名無しの権子さん。他の可能性が潰えたことで、真実が露になったんですよ・・・貴女は記憶を失ってはおらず、自分の意思で学校に留まっているという真実がね」

「・・・そっか」

 気が付くと私の隣には、権子さんの似顔絵とそっくりな女子生徒が、肩を竦めて立っていた。

「疑われてしまっているなら、もう隠す必要もないね・・・君の言う通り、私は記憶を失ってはいない。最初から今この時まで、ただの櫓坂千景だよ」

「何故、嘘なんてついたんですか! ・・・なんて、野暮な事は言いませんよ。今までのは全て、大仰な告白ゲームだったという解釈で間違いないでしょうか?」

「あはは、お見通しだと何だか恥ずかしいね・・・そう、ゲームの主人公はワタシ、全てはワタシが君を射止める為に考え出したものさ」

「一から説明、お願いします」

「う~ん・・・事の始まりと、最近の事から振り返るのと、どちらのタイプが良いかな?」

「・・・始まりからお願いします」

「任された♪ ・・・まあ、始まりはご存知の通り、あの事故からだよ。事故の影響で私は、魂と肉体が解離してしまった。残念ながら・・・ワタシにはそれが好都合だった。何の未練もないから、魂だけで昇天しようとしたけど、あの初代校長が現れてね・・・ギリギリまで生きる理由を探せと言われたんだ」

「なるほど・・・彼らとは顔見知りだったわけですか」

「いや、あの御老体だけだよ

・・・御老体はもはや妖怪みたいなものだったから、本来は感知し合えない生き霊のワタシとも話が出来たのさ。肉体が死なない限り、天国の門は開かないそうだから・・・ワタシは、その時が来るまで学校をさ迷うことにしたんだよ」

「何故・・・肉体に戻ろうとは思わなかったんですか?」

「言ったでしょう、未練が無かったって・・・例え、人が羨む環境に産まれても、理由が無ければ生きられないから・・・」

「理由・・・ですか?」

「将来的な夢や直近で起こりうる希望・・・そんな生きる理由がワタシには無かったの。とはいえ、勘違いしないで欲しいのだけれど、死にたかったわけではないからね? ただ、転けたら起き上がれないだろうなって予期していただけ・・・そしてそれが現実になっただけ」

「権子さん・・・黙ってますから、全部話してくださいね?」

「ありがとう・・・こういう事を漏らすと、大抵の人は過敏に反応するから助かるよ。さてと・・・その後、ワタシは生きていたい理由を見つけられず、学校には新入生が入ってきた。もうすぐ一年が経つのかと、いい加減辟易していた時・・・君を、見つけたんだ」

「あっ・・・俺出てきた」

「佑助君、君は入学式の日から遅刻しただろう? 覚えているかな?」

「ええ、まあ・・・色々と立て込んでまして、ついうっかり」

「あの時、生活指導の気を引いたのはワタシだからね。忍び込もうとしてる新入生さん?」

「え? あの不自然に正門から離れていった時ですか?」

「そうそう、木立の間から少しだけ姿を見せたのさ♪ 姿を見せる小技、習得するの大変だったんだよ・・・」

「小技なんだ・・・まさか、あの後体育館が騒ぎになっていたのも?」

「もちろん、ワタシが大技ラップ音で新入生たちを恐怖のドン底に叩き落としていたのさ♪」

「その・・・おかげさまで、しれっと参加出来ました、ありがとうございます」

「一度気にかける と、その後が気になってしまってね。暇をもて余してたせいでもあるけど、学校内では君にベッタリになってしまったよ・・・物理的に」

「そんな経緯が・・・物理的!?」

「死霊と違って、ワタシは物質を透過出来ないからね、やたらとスキンシップを取っていたんだよ。見えないのを良いことに、したことない程のオーバーな挨拶をしたり、読書を覗き込んだり、寂しい時は君に背を預けていたな・・・今日もやったけど」

「な、なるほど・・・それを末崎さんが全部見ていたというわけですか?」

「そうそう、痛いところを見られてしまったよ・・・まあ、そんな事を続けていたら、君の事が好きになってしまったというわけなのさ。自覚したのは、もうすぐ生命維持装置を止めるという父の会話を聴いた時だけどね・・・生きる理由って、死にたくなる理由と同じくらい案外簡単に見つかるんだね♪」

「何してるんですか、まったく・・・・・・あれ、生きる理由が見つかったなら、すぐに戻ったら良かったのでは?」

「ああ、それ・・・最初か、ワタシの氏名を掴んだ時点で君が告白を受け入れてくれていたら、飛んで帰っていたかもね」

「えっ!? まさか・・・そんな単純な事だったんですか?」

「そうだよ? 君が幽霊からの告白を受け入れちゃう現金な奴だったら1抜け、ワタシの氏名を調べる過程で良い女だと気付いていたら2抜け・・・今の君は、煮え切らないからボツルートだよ?」

「えぇ・・・それなら、全部最初に言ってくださいよ」

「説明して判断されても強制してるみたいじゃない? 君の素直な気持ちが知りたかったから、こんな手の込んだゲームを仕掛けたんだよ。君に権子を、櫓坂千景という存在を刷り込む事で好きになってもらう為にね・・・楽しかったでしょう?」

「くっ・・・ネタバラシされた後だと、確かに楽しかったという感想しか出てこない。全ては、権子さんの思うがままだったのか・・・」

「無駄にスペックのある頭脳をフル回転させてもらったよ・・・でもワタシは大枠の筋書きを作っただけで、その過程は君の努力の賜物さ。君は煮え切らなかったけど、想像以上の行動力で魅せてくれた・・・もう、これ以上惚れさせてどうする気なのかな♪」

「そんな言い方・・・ズルいですよ」

「生存戦略だからね、ズルくもなるよ・・・さあ、時間はたっぷりあったでしょう? 答えを聴かせてほしいな」

 権子さんが真っ直ぐ、私の顔を見つめてくる。気恥ずかしさよりも、その真剣さに気圧されてしまう。

「・・・目覚めるまで待つって言ったじゃないですか。それが最善だって・・・」

「そう、君の判断は最善だった、あの状況ではね・・・だけど真実に辿り着いた今、君はどうする?」

「・・・・・・どうするって」

 緊張が臨界点を越え、全身の汗腺が開き、鼓動の速さが耳にまで届く。逃げ続け、断崖の突端に追い詰められた気分である。そう、私はこの質問から、ずっと逃げていたのかもしれない。もっともらしい問題に集中し、先送りにしてきたものが、満を持して私の喉元に切っ先を突き付けてきたのだ。私は、選ばなくてはならない。

「大事なのは、俺の素直な気持ち・・・そうでしたよね?」

「・・・そうだね」

「すぅ・・・はっきり言いますと、未だ自分の感情が判りません。でも、このまま権子さんを失いたくないのは確かです・・・だから、もう少し一緒に居る為の時間を、俺にくれませんか?」

 それが、現時点で私の出せる最良の答えだった。

「ふふっ・・・その答えは、ズルいと思うよ」

 権子さんは苦笑しながら、片方の拳を突き出してきた。私は苦笑しつつ、そこに自分の拳を押し当てた。残念ながら、何の感触も無い。

「少し前まで話す事も出来なかったのだから、その答えを貰えただけでも上々としようかな?」

「あはは・・・そうと決まれば、行きましょうか」

 私は権子さんの手首を掴み、引っ張ってみた。こちらとしては何の手応えも無いのだが、外観的には動かせているらしい。

「ええっ、行くって?」

「もちろん、学校を出るんですよ」

「ちょっと待って! 学校から出なかったのには、理由があるんだよ!」

「それって・・・ブラフだったのでは?」

「違うよ・・・学校の敷地内を出るのは、とてもリスキーな事なの。初代校長が言っていた、生き霊は幽体離脱を起こした場所か肉体の傍で無ければ直ぐに魂の劣化が始まってしまうと・・・事実、指先だけ学校の外に出してみたら、炭酸入浴剤みたいに沸々と溶け始めたから、信憑性は高いと思う」

「つまり・・・権子さんを連れ出しても、病院まで持たないという事ですか?」

「頑張っても、十数分が限界かな・・・だから肉体の所へ行くには、魂の劣化を防ぐ器が必要なんだよ」

「劣化を器・・・・・・それはまさか、末崎さん?」

「そう・・・彼女無しでは、肉体のところまで辿り着けない」

「そんな・・・先に帰しちゃいましたよ」

「うん・・・だからね、明日でも良いと思うよ。明日がタイムリミットなわけだし・・・」

「そんな悠長に構えて、間に合わなかったらどうするんですか! 今夜、0時を回ったら、止めてしまう可能性もあるんですよ?」

「あっ・・・そうだね、確かにその可能性の方が・・・あはは、どうしようか?」

「末崎さん、まだ駅に居るかもしれませんし、すぐに連絡を・・・」

 私が携帯を取り出したその時、屋上の扉が開かれ、末崎さんが顔を覗かせた。

「・・・必要ないよ、目の前に居るから」

「末崎さん!? 先に帰ったんじゃ・・・」

「佐原君が見え見えの嘘をついて戻っていったから、尾行してたの」

「という事は・・・最初から観てたの?」

「まあね・・・そんな事より、もうすぐ病院行きのバスが来ちゃうけど、乗るでしょう?」

「だよね・・・というわけだから権子さん、さっさと憑依して病院へ行くよ」

「・・・ありがとう、末崎さん」

「お礼なんて良いからさ・・・最初から、そういう約束でしょう?」

「うん・・・ありがとう」

 次の瞬間、手首を掴んでいた権子さんの姿が消え、末崎さんの表情が別人の様に変化した。

「行こう、佑助君♪」

 末崎さん、いや権子さんの決意に満ちた呼び掛けに、私は強く頷いてみせた。



第五章 そして、彼女は


 病院へ向かうバスの中、私と権子さん入り末崎さんは隣り合わせに座っている。

 別に、それだけなら特筆すべき事では無いのだが、何故か私は彼女の手を握らされている。しかしそれが、互いの指と指を絡ませて握る恋人つなぎとなればミニ審問会を起こすしかあるまい。

「権子さん権子さん、何故手を繋ぐ必要があるのですか?」

「佑助君佑助君、ワタシは言わば死地に身を晒しているんだよ? 手でも繋いでいないと、逃げ出してしまうかもしれないからさ」

「理屈はよく判りませんが、権子さんの考えはよく解りました・・・でもそれ、末崎さんの身体ですよ?」

「解っているよ当然、彼女からは許可をもらっているさ・・・手を繋ぐまでなら許す、誰かに見られたら赦さないとのお達しだよ」

「優しいのか、厳しいのか・・・そういえば、末崎さんの意識はあるの?」

「あるよ? 今も、しっかり君を警戒している」

「企てたのは権子さんなのに・・・・・・末崎さんって、どこまで知ってたんですか? 貴女を病院まで運ぶ事を最初に約束していたみたいですが・・・」

「聴き逃さないねぇ・・・怒らないで欲しいのだけれど、末崎さんは最初から全部知っていたよ。ワタシが櫓坂千景であることも、自分の意志で学校内に留まっていた事もね・・・何もかも、彼女の協力無しでは成し得なかった」

「なるほど・・・手紙に応えた時点で、まな板の上の鯉に成るだったわけですか」

「ごめんよ、逃すには大き過ぎる魚だったものだから・・・乙女の本気という事で、寛大に許して欲しいな」

「未だ落とされたつもりは無い・・・というのは負け惜しみですね、ここに貴女と居る時点で」

「そうそう、腹を括ってくれたまえよ・・・もしかしたら、これが最期かもしれないから」

「冗談にしては酷いですね・・・どうしたんですか?」

「一年ほったらかした身体に帰るわけだからね、どこまでガタが来てるか想像も出来ない・・・もしかしたら、そのままって可能性もあるって事だよ」

「縁起でも無い・・・・・・それだと、末崎さんの献身と俺の犠牲が無駄になってしまいます」

「そうだね・・・ワタシだって、ここまで来れば元気になりたいさ。死なんて恐れていなかったのに、今は途方もなく恐ろしい・・・」

「権子さん・・・・・・貴女の身体は、最善の医療で維持されているはずです。後は貴女の気力が鍵なんですから、弱気は駄目ですよ」

「佑助君・・・・・・末崎さんは、フラグを建て過ぎだと怒っているよ」

「あはは、確かに・・・末崎さんに感謝しましょう、今ので叩き折ってくれたんですから」

「ふふっ、そうだね」

 それから病院に着くまで、私と権子さんが言葉を交わす事は無かった。だが時折、確かめる様に繋いだ手が強く絞められる。その度に、胸が高鳴るどころか、激しく絞め付けられていた。不安と期待、それらがない交ぜになったものが、掌から伝わってくるからだ。気を抜くと泣き出してしまいそうになる。だから私は、車窓の景色に目を向けつつ、手を握り返す事しか出来なかった。

 バスから降り立つ時は、流石に手は離していた。もう大丈夫、権子さんがそう言ったからだ。

 総合病院を目の前にして、権子さんは末崎さんの身体を離れた。彼女には、任意の相手だけに姿を見せるという、荒業も使えるそうだ。

「面会が可能になったら、生徒会に連絡してくださいね。そうしたら、あたし達もお見舞いに来れますから!」

「そうですよ・・・よく考えたら俺、権子さんのお父さんに啖呵切っちゃったんで。必ず、元気になってくださいよ!」

「うん、任せて♪ それじゃあ・・・またね」

 権子さんは拳を小さく突き出してから、病院の中へと駆けていった。きっと、5階病棟は今年一番の騒ぎになる事だろう。それが見られる立場に居ないのは、残念としか言い様が無い。


 権子さんを病院に送り届けてから一週間後、彼女への面会が可能になった事を久方ぶりのメールで末崎さんが教えてくれた。加えて、生徒会に混ざって面会に行かないかと。私はその誘いを了承し、副会長や末崎さんと共に病院へと赴いた。

 あまり良い印象が無い病室の扉を開けると、以前は作り物の様に横たわっていた櫓坂千景さんが、上半身を起こした状態で出迎えてくれた。思ったよりも顔色は良く、何より元気そうである。

 そんな彼女に手招きされ、私は傍らまで歩み寄った。次いで、しゃがむようにジェスチャーされたので従うと、両手で頭をくしゃくしゃに撫で回されてしまう。

 勘弁して欲しいが、振りほどく事も出来ない。腕の点滴が外れてはマズイというのもあるが、櫓坂さんの力があまりにも弱々しかったからだ。

「久しぶり、佑助君♪」

 櫓坂さんは、表情筋をヒクつかせながらも満面の笑みを浮かべている。そして、少し舌足らずな口調で挨拶してきた。彼女が予期していた通り、身体のあらゆる筋肉が衰えていたのだろう。

「お久しぶりです・・・櫓坂さん」

 それでも何とか嬉しさをアピールしようとする櫓坂さんに、私も精一杯の笑顔で挨拶を返した。

 その後は、末崎さん、副会長の順で挨拶していき、それが終われば、身体に障るといけないので早めに退散する手筈である。だが帰り際、櫓坂さんはバスの回数券を私に手渡してきた。意図が掴めずにいると、彼女は意地悪な笑みを浮かべながら宣告した。

「毎日・・・来てね?」

 残酷にして無垢なる願い。それを無視できるわけもなく、それから毎日、私は彼女のお見舞いに訪れることになる。

 そうなると、必然的に院内でも噂になっていたようで、3日目には櫓坂さんの父に見咎められてしまった。そして、娘は未だ回復している最中なので気持ちはありがたいが自重してほしい、と釘を刺されてしまう。

 そんな彼女の父の妨害に対し、私は大いに賛同の意を表した。同じ事を毎回訴えているが、貴方の娘さんはまったく聞く耳を持たないから、何とか言ってやって欲しいと懇願もしておく。そうすると、櫓坂父も娘に強く言えないのか、毎日通わされている私に少しだけ同情的になってくれた。まったく、計算通りである。私はどうしても、見舞いを止めるわけにはいかなかったのだ。

 櫓坂さんの体調は、あまり芳しくなかった。どうにか流暢に話せる程度には回復したものの、身体機能は危険域を推移しているそうだ。そんな彼女は今、私の読み聞かせを楽しみにしている。

 読み聞かせるのは、王冠の星という小説。幽霊少女が巡り合わせてくれた、あの本である。まさか小説を読み聞かせる日が来るとは思わなかったが、本当に喜んでくれるので止めるわけにも行かなかったのだ。だがそれも、もうじき終わろうとしていた。

「旅の終点は死、だが死は終わりではない。新たな旅に想いを馳せる時であり、またすぐに出掛ける事になる。さらば旅人よ、その重荷は私が預かろう。私の旅が終わるその時まで・・・・・・お仕舞いです」

 私が拡げていた本を閉じると、また寝たきりになってしまった櫓坂さんから、弱々しい拍手が送られてきた。

「ありがとう・・・佑助君に読み聞かせてもらえるなんてね。新鮮味に溢れていて、とても楽しかったよ」

「喜んでもらえて何よりです・・・ハードカバーを読み聞かせるのは、大変でしたけどね」

「あはは、お赦しを・・・この調子だと本も読めなくてね。君が居ないと、退屈で仕方なくなるよ」

「早く治したいなら、大人しく寝ていてくださいよ・・・やはり、駄目なんですか?」

「そうだね・・・認めたくは無いけど、これはキッツイね」

「堪えてください、貴女なら簡単でしょう?」

「無茶を言ってくれるね・・・ねぇ、佑助君・・・ワタシは、君の重荷になるのかな?」

 櫓坂さんの視線は、真っ直ぐ私の目を射抜いてくる。慣れていないと面食らうが、最近これが不安な時の癖だというのに気が付いた。不安であればあるほど、目力は増していくのだ。

「・・・良い台詞ですよね、最期に思い出したくなるのも判る気がします。でも俺は、重荷という言葉があまり好きじゃないですね。何だか、嫌なものみたいじゃないですか? だから、宝物に脳内変換しておきますね・・・貴女からは宝物を預かりました、だから必ず取りに来てくださいね?」

 自分でも、もう何を言っているのか解らなかったが、櫓坂さんは満足そうに微笑んでくれた。

「そうだね・・・まだ答えを委ねたままだった・・・もう少しだけ頑張らないと」

 そこで、櫓坂さんの声が途切れた。寝てしまったのかと顔を覗き込んだその時、バイタルサインを監視していたモニターがけたたましい異音を発し始める。考えるより先にナースコールを押しながら、この時が来てしまったのだと眉間に皺を寄せた。

「必ず、取りに来てくださいよ・・・」

 医師と看護士らが雪崩れ込んで来ると、私は廊下へと追いやられてしまった。傍に居ても何もしてあげられないし、そんな立場に在るわけでもない。明日もまたお見舞いに来ます、私は心の中で呟いてから病室の前を立ち去った。それが、最善であると信じて。

 翌日、櫓坂さんのお見舞いに訪れると、受付で510号病室に患者はいないと告げられた。

 晴天の霹靂、と言うほど予想外でもない。おそらく、そういう事なのだろう。院長は居るかと訪ねると、関係性を知っていたのか、不在である事を教えてくれた。おそらく、そういう事なのだろう。

 私は礼を述べてから踵を返し、病院を後にした。結果的に、昨日の判断は悪手という事になる。潔く去り過ぎたのかもしれない、もっと図々しく待ち構えていれば、何が起きたのかくらいは知ることが出来たはずだ。もう、私に櫓坂さんがどうなったを知る術は無い。おそらく、そういう事なのだろう。

 病室の窓を見上げ、歯を食い縛る。前に彼女は、私を薄情な人間だと言っていた。確かにその通りなのだろう、取り乱しもせず帰ろうとしているのだから。私は目から汗が吹き出ない様に自制しつつ、帰りのバスに乗り込んだ。


 あれから、1か月の時が経った。

 期末試験も終わり、いよいよ夏休みが目前に迫っている。つまりは、終業式までの消化期間というわけだ。暫くぶりに、屋上へと足を運んだ。

 照り付ける太陽光の下で、屋上には人っ子一人居やしない。1か月前と変わり無いの光景、元々あまり人が来なかったのは、ここには女子生徒の幽霊が出るという暗黙の了解があったからなのだとか。あながち間違っていなかったのだから、面白い。

 権子さん、いや櫓坂千景さんの続報は、結局生徒会にも伝わっていないそうだ。ただ、休学扱いは、そっと解除されていたのだとか。おそらく、あの後に亡くなってしまったのだろう。

 1か月という時間を経て、ようやく言葉の暈しが必要なくなっていた。最初から、泡沫の夢みたいな出会いだったのだ。良い思い出として昇華するのは、そう難しい事ではなかった。一方で、その際に結んだ縁だが、簡単には切れそうになかった。

 あれ以来、末崎さんとは話していない。たまに学校行事や課題についてメールを交わすくらいだ。共通項である権子さんが消えたのだから、当然とも言える。もしかすると、会話すれば必然的に権子さんの事になるだろうから、互いに避けているのかもしれない。

 理科実験室の大牧先輩には約束通り、夜の学校の件と無事に生き霊を解放出来た事を報告しに行った。だがそれからというもの、あの研究会への参加を打診される様になってしまう。不思議の方から挨拶に来る私なら、良い調査員になれるそうだ。

 生徒会副会長の森岡先輩からは、何度か生徒会の雑務を手伝わされたり、周囲に漏らせない愚痴の聴き手にされたりしていた。やはり他人には気軽に貸しを作るべきではないと再認識しつつ、彼女が致命的な愚痴を漏らすのを虎視眈々と待ち続けているのが現状だ。

 とにかく、非常に面倒な事になっている。もし、こんな状況を櫓坂さんが見たら、何と言うだろうか。きっと、喜び勇んで私を振り回す第三勢力に立候補するのだろう。それはそれで、楽しそうではあるが。

 そこまで考えて、私は自分が屋上に訪れた理由に気が付いた。区切りを付けに来たのだ、前へと進む為に。櫓坂さんの事をあえて思い出し、悼むことで預かり続けた宝物を、この屋上に隠そうとしている。薄情なのかもしれないが、宝物とは持ち歩かずに隠すものなのだと強く主張しておこう。誰に主張するのか、定かではないが。

「やっぱり此処に居たか・・・って、何んでニヤニヤしてんの?」

 不意に問い掛けられ、私の心臓が口から飛び出しそうになる。痛む胸を擦りながら声のした方向に顔を上げると、そこには末崎さんが佇んでいた。

「今のはその・・・暑過ぎるな、って苦笑いしてたんだよ」

「ふ~ん・・・・・・まあ、何だって良いけど、捜す方の身にもなってよね?」

「捜してたって・・・俺を? まさか、また副会長が雑用させようとしてるの?」

「今日は違う・・・ある子が、佐原君と話したいから、取り次いでくれって」

「あらら・・・なんか、既視感のある話だね・・・もしかして、上級生?」

「違う、1年生の子・・・それで、彼女と話してくれるの?」

「まあ・・・話すだけなら」

「そう、じゃあ中へ来て。ここだと熱中症になりそうだから・・・」

 末崎さんに促され、私はフラフラと立ち上がった。万が一に期待してしまうとは、少し感傷的になり過ぎていたようである。

「仰る通り、居ましたよ・・・というか靴があっただけで、よく一発で判りましたね」

「まあ、彼の事だからね♪ それより、もう同級生なんだから畏まらないで」

「あぁ・・・ごめん。癖って急には直らないからさ」

 何やら、中が盛り上がっている。それにしても、イヤに音が遠くに聴こえるような。私が眉間を押さえながら、校舎内へと続く扉を開くと、そこには末崎さんともう一人が待っていた。

「やあ・・・待たせたね」

 頭が重くて足元しか見えないが、どうやら女子のようである。それにしても、初対面とは思えない挨拶だ。

「・・・すみません、駄目かも」

 私は、天地がひっくり返ったかの様な錯覚に襲われ、その場に倒れ込んでしまった。薄れ行く意識の中、自分が熱中症に陥っているのだ自覚する。

「ちょっ、ホントに熱中症!? しっかりして、佐原君!」

 動転した末崎さんが、私を激しく揺さぶってくる。止めてください、吐きそうです。

「う~ん・・・どうやら、熱中症みたいだね。急いで運・・・べそうに無いから、先生を呼んで来ないと。末崎さん、お願いして良いかな? ワタシは応急処置をしておくから」

「行ってくるから、待ってて!」

 誰かが、廊下を駆けていく。色々と聴こえるのに、理解が追い付かない。

「まったく、とんだ再会だね・・・佑助君?」

 私の名前を呼ぶのは、誰なのだろう。とても、聞き覚えのある声な気がする。だがそこで意識を失い、私はその答えを得る事が出来なかった。


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