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権子さんに名前は無い  作者: Arpad
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第四章 彼女を縛るモノ 前編

 残り3日となった日曜日は、学校も休みという事もあって何も出来ない歯痒き一日となるはずの日だった。そうならなかったのは、私が学校に潜入したからである。

 よくよく考えたら、権子さんに見舞いの報告をすべきだったと気付いたのだ。昨日は何だかんだ気が滅入っていたせいで直帰してしまったが、週明けから迅速に動くのであれば、動き様の無い日曜日に情報共有しておくべきである。

 潜入と言っても、別に不法なものではない。サッカー部のクラスメイトが練習試合の為、賑やかしを募集していた事を思い出したのだ。観戦しに来たという建前ならば、用の無い私でも自由に出入り出来ないという寸法である。

 応援客として学校へ入り、試合前半を観戦、ハーフタイムにそっと、私は校舎裏へと脱け出していた。

「・・・権子さん、居ますか?」

 イヤホンを装着して中空に問い掛けると、ノイズの向こう側から彼女の声が返ってきた。

「ああ、居るとも・・・こんにちは、佑助君♪」

「こんにちは・・・・・・何で居るんですか?」

「ちょっ・・・呼び出しておいてそれは無いでしょうに。前にも言ったけれど、学校から出られないワタシは非常に退屈していてね。練習試合はもはや貴重な娯楽なわけだよ。そうしたら、なんと観戦客面した佑助君を見つけてね。君が休日を返上してまで来る事なんて今まで無かったし、ワタシに逢いに来たのだと推察したわけさ・・・ワタシに逢いに、ね♪」

「御明察・・・ですけど、俺が薄情な奴みたいじゃないですか、その推察だと」

「謙遜する必要は無いさ、君は十二分に薄情な奴だよ?」

「えぇ・・・」

「だからこそ、逢いに来てくれたのが嬉しいのさ。少なくともワタシに、休日を割く程度の情は懐いてくれている・・・こんな時ばかりは幽霊で良かったと思うよ。こんなニヤけた面、君には見せられないからね?」

「はぁ・・・そうですか」

 何となく、耳が熱くなった気がする。照れているとでも言うのか、この私が。なんちゃって、名前で呼ばれるのに慣れていないだけだろう。

「さて今は、ワタシの個人的な喜びなんて置いておこうね・・・昨日、病院で何かあったのかい?」

「まあ、判りますよね・・・権子さんのお父さんと権子さんの肉体、櫓坂千景さんと会って来ましたよ、ちゃんと」

「そう・・・・・・ワタシは、どんな様子だったかな?」

「え? えっと、そうだな・・・・・・かなりのダイエットには成功してましたよ、似顔絵よりは」

「あはは、それはそうだよ一年近く寝た切りなのだから・・・・・・驚かせてしまったようだね、ごめんよ」

「・・・NOと言えば、嘘になりますね。告白してくれた人と、初めて対面したわけですから、動揺するのも当然では?」

「ふふっ、ありがとう・・・でも気の使い過ぎだよ。ワタシは大丈夫だから、ね?」

「はぁ、敵いませんね・・・権子さんの話は、全て真実だった。その裏取りが出来た事により、俺は動揺してしまいました。きっと心のどこかで、ドッキリなのではないかと疑い続けていたのでしょう・・・すみませんでした」

「まあ、出来の悪い冗談みたいな状況だもの、仕方ないね・・・とは言え、ワタシの気持ちはドッキリでも冗談でもないから、しっかりと留意しておくように。良いね?」

「はい、心得てます・・・それで明日から、権子さんを肉体に戻すべく本格的に動こうと計画しています。俺はオカルト研究会と連携して霊的な側面から、末崎さんは副会長と貴女の過去から、二手に分かれてアプローチしていくつもりです」

「なるほど、人も時間も足りないものね・・・君の計画は最善だと思うよ」

「だと良いのですが・・・権子さん、記憶の方はどうですか? 少しでも思い出した事があれば、ぜひ教えて頂きたいのですが・・・?」

「記憶か・・・申し訳ないけど、何も思い出せていないんだ。でもね、感謝はしてるんだよ? ワタシが誰で、何故こんな事になってしまったのか。君はその答えに辿り着いてくれたから・・・例え、このまま目覚める事が出来なかったとしても、ワタシは君を恨んだりなんてしないよ。だがしかし、悔いが残らないようにはして欲しいな、君が自分自信を呪ってしまわないように・・・」

「はい・・・全力で、権子さんを叩き起こします!」

「えぇ、そこは優しく扱って欲しいなぁ・・・なんて。報告すべき事は以上かな、佑助君?」

「はい、今のところは・・・そろそろハーフタイムも終わる時間ですし、俺は帰りますね」

「まあまあ、少し待って・・・実は、君に頼みたい事があるんだけど、良いかな?」

「頼み? 何ですか?」

「その、あれだ・・・一緒に、練習試合を観てもらえないかな?」

「良いですけど・・・どうしたんです?」

「どうしたも、こうしたも・・・ワタシもね、悔いは遺したくないんだ。だから君と、デートっぽい事をしておきたい・・・駄目かな?」

「それで、悔いが減るのであれば・・・ご一緒しますよ、それくらい渋るような事ではありませんし」

「ありがとう、佑助君・・・どうせ見えないし、普通にしていて良いからね? ワタシの方で勝手にデートっぽくしておくから」

「言動に一抹の不安はありますが・・・行きましょうか」

 その後、後半の観戦に赴いた私は、片耳に差したイヤホンから権子さんの無駄に詳細な情報付きの実況を聴く事になる。デートっぽかったかと問われると疑問は残るが、練習試合が終わる頃にはサッカー部に対して愛着が、不思議と湧き始めていた。


 明くる月曜日の放課後、私は理科準備室を訪ねていた。末崎と取り決めておいた様に、今日から二手に分かれて権子さんを肉体に戻す方法を探っていこうと思う。

「地縛霊を解放する方法・・・・・・それが知りたいと?」

 大牧先輩は紙コップのお茶を啜りながら、思案している。今回は儀式や偶発的なハンティングも無く、大牧先輩しか居ないので、私は室内へと招かれていた。もちろん、お茶も頂いている。

「正確には・・・学校に縛られている生き霊を、自身の肉体に戻す方法ですね。大牧先輩、何か心当たりなど有りませんか?」

「俺には地縛霊を成仏させた事も、生き霊の知り合いも居ないし、心当たりと言われても・・・・・・無いことはない」

「流石です、先輩・・・それで、その心当たりとは?」

「ふむ・・・少し前の事だ、俺たち研究会はとある技術を入手し、ある調査に乗り出したんだ」

「とある技術・・・質問に関係していると・・・それはもしかして、ラジオアプリの事ですか?」

「ああ、その通り・・・霊体と交信する術を手に入れた俺たちは、念願だったこの学校の怪談についての調査を実施したというわけだ」

「結果は・・・芳しくなかったみたいですね、語り口からして」

「むぅ・・・深夜の校舎へ忍び込み、有名なスポットを調査出来たんだが・・・期待していた結果は獲られなかった。お前みたいに交信は出来ないし、怪現象にも遭遇しなかった」

「だからか・・・アプリについて教えてくれた時、自信が無さそうだったのは、そういう事なんですね?」

「まあな・・・・・・だがしかし、諦めて撤収しようとしたその時・・・それは、不意に聴こえてきたんだ」

「ゴクリ、・・・・・・何が、聴こえてきたんですか?」

「謎の・・・放送さ」

「謎の、放送?」

「何も起きなくて苛立ちを隠せなくなっていた俺は、霊と交信したくてラジオのチューニングを滅茶苦茶にいじり回していた時に、妙な放送をたまたま拾っちまったんだよ。ノイズのせいで途切れ途切れしか聴こえなかったが、誰かが人を集めようとしていたみたいだった」

「それって・・・単なる求人募集の告知ってことは無いんですか?」

「違う・・・あの周波数に流される番組は存在しないし、明らかに文言もおかしかった・・・この放送が聴こえた○○達へ。私は、○○。終わりの見えない○○に安らぎを獲たいのなら、私立大望学園へいらっしゃい・・・ってね。それを何度も、繰り返しているみたいだったな。ちなみに、○○は聴こえなかった部分だ」

「それは確かに、謎ですね・・・謎ですが、それがどう心当たりになるんです?」

「お前、ドライだな・・・こう考えてみろ、俺たちが探っていたのは霊体と交信する為の周波数だぞ? 普通なら何も流れていないはずのポイントで、その放送はキャッチされた。しかもそれで、誰かが人を集めている・・・解るか?」

「つまり・・・誰かが、幽霊を学校に集めている?」

「そういう事だ! ・・・集めるのは、その必要があるから。必要な物は、逃がさないだろう?」

「なるほど・・・学校から出られないのは、その幽霊を集める何者かに囚われているから・・・そう言いたいんですね、先輩?」

「いや、そう言ってるんだよ・・・とにかく、そういう事だ。出られないって事は、出れない様にしてる奴が居るって事だろう?」

「仰る通りですね・・・勉強になります!」

「おう、大いに学んでいけ! ・・・まあ、その何者か、便宜上黒幕と呼ぶが、黒幕に関する情報は何も持っていないんだけどな。調査も中止に追い込まれたし・・・」

「追い込まれたって・・・誰かに妨害でもされたんですか?」

「ああ・・・べらぼうに強い人体模型に襲撃されてな。うちの研究員が二人ほどノックダウンされ、学校から死に物狂いで逃げる羽目になったんだ」

「人体模型・・・有ったんですね、うちの学校に」

「ああ・・・理科室にも、この準備室にも無いから、どっかの倉庫に眠ってるんだろうな。謎の放送って事で放送室を調べに行こうとしたら、襲われた。動くだけでも驚きなのに、テンプシーロールを繰り出してくる人体模型なんて初めて見たぜ・・・」

「よく判りませんが・・・ボクシングとかでしたっけ?」

「そうだ、知らないのか? 無駄に球体関節仕様だったから、流れるような動きで距離を詰めて来るんだ・・・今もたまに夢に出てくる、揺れ動くあの半分の顔がな」

「夜の学校における、真の警備員といったところですか・・・潜入の際は、気を付けないといけませんね」

「潜入って、お前・・・この話を聴いても、忍び込むつもりなのか?」

「はい、少しでも可能性があるのなら・・・べらぼうに強い人体模型が居ようと、関係ありません。押し通り、真実を明らかにします」

「本気みたいだな、仕方ない・・・手引きはするが、バレても責任は取らないぞ? 全ては自己責任、うちの関与を話したら、承知しないからな」

「はい、迷惑は極力掛けたくありませんからね」

「ふん、良い覚悟だ・・・侵入するにあたって、お前には2つの事を覚えてもらう。夜間の学校警備についてと、心霊スポットについてだ」

「はい、御教授お願いします!」

「うむ・・・まずは警備についてだが、この学校に警備員が入るのは20時まで、戸締まりをした以降は正門の詰所から出てこない。つまり、校舎内は好きに動き回れるわけだ。だが、校舎の出入り口は警備システムでガチガチに固められている。反応または無力化したら、すぐさま民警がやって来るタイプだから突破は不可能だろう・・・普通ならな」

「内側で生活している生徒なら、抜け道を作れる・・・そうですか?」

「解ってるじゃあないか・・・俺たちが侵入する日は、たまたま理科準備室の窓が施錠されていなくて、難なく忍び込めたわけさ」

「明らかに故意なのに、たまたまと言って退ける胆力・・・流石です!」

「止せ止せ、アホみたいだろうが・・・後はバレそうな行動をしなければ、問題ない。まさか、それも説明が必要じゃあないよな?」

「もちろん、任せてください・・・ちなみに、正門以外では何処から塀を越えられるんですか?」

「ん? そんなに高くないし、適当なところで乗り越えろ。人数が居れば、結構楽だぞ」

「いきなり犯罪臭いですね・・・まあ、立派な犯罪なんですけど」

「・・・それでも、やるんだな?」

「・・・やりますよ、もう知らんぷりは出来ませんから」

「そうか・・・なら次は、心霊スポットについて話そう。大まかに音楽室と図書室、そして理科準備室だ!」

「あぁ・・・最後のって、もしかして・・・?」

「十中八九、研究会の事だろうな・・・だから、気にしなくて良し。後の2ヶ所は度々噂を聴くから、何か黒幕に関する情報があるのかもしれない」

「もしくは、放送室へ直行ですかね?」

「そうなると、奴とのバトルになりそうだな・・・とりあえず、フックはもらうな。皆、あれに沈められた・・・反撃するなら気を付けろ、ことごとくをウィービングで回避し、フックに繋げてきやがる」

「はい、気を付けます」

「よし・・・なら、侵入は今夜で良いな。窓は開けておくから、上手くやれよ?」  

 大牧先輩はゆっくりと、私に向かって握りこぶしを突き出してきた。

「了解、やってやりますよ」

 私は応える為に、自身の握りこぶしを先輩の握りこぶしへと押し当てた。これが正しい、ノリの返し方である。それだけに、あの踊り場での誓いはノリなんかでは無かったのだと再認識させられた。

 これから、夜の学校に忍び込む。そう、末崎さんに報告メールですると、彼女は同行したいと申し出てきた。一人で十分だから、と断ると今度は抗議の電話が掛かって来てしまう。

「ちょっと待って、何でついて行ったら駄目なの! あたしだと足手まといになるってこと?」

「そうじゃないよ・・・これは校則違反どころか、不法侵入を問われても文句が言えない行為だから、仮にも生徒会役員の末崎さんが関わるべき事じゃない。それに、夜に出掛けるなんて、そちらの親御さんも心配するでしょう?」

「別に、そんなの大丈夫だし・・・」

「何より・・・これが正解とは限らないんだよ。そんな万が一のリスクがある作戦に、戦力を集中させるわけにはいかない。これは俺がやるべき事だから、末崎さんにもあるでしょう? 自分のやるべき事が・・・最悪の万が一に備えて、それに注力していて欲しいんだ」

「・・・・・・分かった。あたしも頑張ってみるから、しくじらないでよ?」

「大丈夫、任せといてよ」

 こうして私は、夜の学校へ単独で潜入する事になった。


 時刻は20時19分、私は人目の無い場所から学校を囲う塀を乗り越え、茂みの影で待機していた。校舎への潜入に先立ち、権子さんに無人かどうかの偵察を頼んだのである。

「お待たせ、佑助君」

「いえ、わざわざすみません・・・それで、どうでした?」

「うん、確かに人影は無くなっていたよ。警備員の方も、詰所に引っ込んでいたからね」

「ありがとうございます・・・それでは、行きましょうか?」

 私が茂みから姿を現すと、今回の為にチョイスしたワイヤレスイヤホンから権子さんの笑い声が流れてきた。

「ふふっ・・・流石にそれは、不審者過ぎないかい?」

「そうですか? 夜間の潜入には、持ってこいかと思いまして・・・」

 私は今、音の鳴らない上下黒のランニングウェアと竹炭マスクを身に纏っている。

「な、なるほどね・・・学校まで通報されずに来れたという事が、証明というわけだ?」

「いえ・・・これだと電車に乗れないので、近くの公衆トイレで着替えてきました」

「う~ん・・・とりあえず、行こうか?」

「ええ・・・権子さんを解放する方法、探し出してみせます」

 一階に位置する理科準備室の窓の前まで、身を屈めながら移動していく。窓にそっと力を加えると、するも予定通り、ゆっくりとスライドしていった。靴はここで脱いでいき、私は校舎内へと侵入した。

「何と無駄の無い動き・・・その服装といい、本当に素人なのかな?」

「やましい事はしてませんからね・・・ほら、行きますよ」

 私が嘆息しながら扉のチェーンロックを開けようとしたその時、権子さんに声で制止された。

「佑助君、待って・・・何か聴こえてこない?」

「え? ・・・これは、足音?」

 カツンカツンと、ハイヒールで廊下を歩いている様な音が、段々とこちらへ近付いてきている。権子さんは無人になったと言っていた、チェーンロックは掛かってあるので他に侵入者が居るとは考え難い。となると、心当たりは一つしかなかった。

「・・・人体模型?」

 私はチェーンを解除せず、手を離した。それからドアから死角になる物陰で片膝を突き、身を低くして様子を窺う事にした。するとその直後、準備室の扉が物凄い勢いで開放される。だが、チェーンがあるせいで全開放とは行かない。ドアを開けようとした何者かは、チェーンロックがある事を知っていたらしく、二三度試して開かないことを確かめると、すぐに何処かへ歩き去っていった。

「・・・行ったみたいだよ?」

 権子さんの声に、私は胸を撫で下ろした。彼女も言ってしまえば幽霊だが、馴れというものだろうか。

「権子さん、今のって・・・」

「人体模型だったね、正面から見ていたけど」

「猛者ですか、貴女は・・・」

「向こうは見えていないみたいだったからね、余裕だよ」

「なるほど・・・奴には気を付けないといけませんね」

「そうだね・・・でも、どうやら奴は此処が閉まっているのを確認しに来ていたみたいだね。研究会の面々が此処から逃げ出していったから、警戒しているのかもしれないよ」

「つまり・・・鍵を開けて出て行ったら、次に奴が見廻りに来た場合、侵入がバレてしまうわけですか」

「彼が番人を自称しているなら、そうだろうね・・・行動するなら、見廻りしたばかりの今がチャンスというわけだね」

「・・・そうですね、行きましょう」

 私は意を決し、チェーンを外して廊下へと足を踏み出した。先ずは、一番近い図書室へ向かうとしよう。

「権子さん、ずっと学校に居るんですよね? 人体模型って、よく歩いているものなんですか?」

「さあ・・・ワタシも初めて見たよ。もしかしたら、徘徊し始めたのは最近なのかもしれないね」

「ああ、研究会のせいですか・・・」

「まあ、憶測だけどね」

 話しているうちに、私は図書室に辿り着いた。扉を開けて中へと入る。もちろん中は真っ暗で、人影なんてありはしない。

「さて、ここで何か起きるという話でしたけど・・・具体的なことを聴いておけば良かった」

「待つしか無いのかもね・・・図書室と言えば、思い出さないかな? 君を屋上へ呼び出した日の事を」

「手紙の事ですか? そういえば、図書室にも仕込まれてましたね」

 私は特に意味も無く、辞書の詰まった本棚の前に移動した。

「あの時、手紙をAmoreの項目に添える布石を打っておいたのだけれど、気付いてくれたかな?」

「え? いえ、まったく・・・何が書かれているかしか考えていませんでした、すみません」

「うん、知ってた・・・さてと、来たみたいだよ。振り返ってごらん?」

 権子さんに言われた通り振り返ってみると、何列か先の本棚の前に人影の様なものを発見した。本の隙間から、後頭部が見えている。

「嘘・・・見えちゃってますよ、権子さん!」

「ふふっ、それだとワタシがやらかしてる見たいじゃないか。どうやら、彼女が此処の迷い子のようだね?」

「ほぅ・・・本物は見えるのか。どうしましょう、権子さん?」

「話をしに来たのでしょう? なら、声を掛けないとね。ただし、相手が顔を見せるまで覗き込まないこと、良いね?」

「・・・覗き込むと、どうなるんですか?」

「死ぬ・・・」

「え?」

「ほど怒られるんじゃないかな? 相手は女の子なんだから、覗き込んだりしたら駄目だよ」

「なるほど・・・いや、しませんて」

「なら良し、行きたまえ」

「はい!」

 私は、権子さんの見えざる手に押され、本棚の前に立つ幽霊さんへ歩み寄っていった。

「・・・こんな時間に、どうしたんですか?」

 見知らぬ女の子に話し掛けるだけでもハードルが高いのに、加えて幽霊だなんて。つい最近、似たような事があった気もする。

「・・・」

 幽霊少女は俯いたまま、無言を貫いている。僅かに髪が揺れなければ、唇が動いていた事に気が付かなかっただろう。私はすぐに、ラジオアプリのチューニングの準備をした。

「すみません、もう一度良いですか?」

 幽霊少女の髪が揺れ始めたのを確認した瞬間、チューニングを開始する。大急ぎで放送間を飛び越す中、私は消え入るようなか細い声を捉える事に成功した。

「・・・が知りたいんです」

「もう一度、お願いします」

「本の・・・最後の頁・・・何て書いてあったのか・・・知りたいんです」

「・・・タイトルを教えてください」

「王冠の・・・星」

 幽霊少女が語ったタイトルの本は、彼女のすぐ目の前にあった。最後の頁に書いてある事を知りたい、少女はどのくらいの時間、その想いを抱いて立ち尽くしていたのだろうか。

 私は本を手に取り、その最後の頁を開いた。小説だったらしく、短い文章が頁の中央に綴られていた。

「旅の終点は死、だが死は終わりではない。新たな旅に想いを馳せる時であり、またすぐに出掛ける事になる・・・さらば旅人よ、その重荷は私が預かろう。私の旅が終わるその時まで」

 つい読み上げてしまうくらいに、芝居掛かった台詞である。この言葉に至るまでに、何があったのか、気に成らざるを得なかった。

「そうだ・・・そうだった・・・この言葉」

 いつの間にか、幽霊少女は私が開いた本を横から覗き込んでいた。申し訳なくなって少女に本を手渡そうとしたが、本は彼女の手をすり抜け、床に虚しくも落下してしまう。彼女は幽霊、だからこそ本に触れられずに居たのだ。

 すぐさま本を拾い上げ、私は彼女の前に最後の頁を見開いてあげた。

「ああ・・・これだ・・・これでもう、怖くない」

 少女は俯いていた顔を上げ、私に涙を浮かべた満面の笑みを見せてくれた。

「ありがとう」

 映像の照射が止まったのかと思うくらいに、少女は一瞬にして忽然と姿を消してしまった。未練が晴れ、冥土へと旅立っていったのか。つまり、この本が預かるべき彼女の重荷、私はそっと借りる事を決意する。

「・・・あっ、そうだ」

 本を元の場所へ戻してから、私はラジオの周波数を権子さんの物に合わせた。

「お疲れさま、佑助君・・・どうやら、彼女を昇天させたみたいだね?」

「えっ!? あぁ、宗教の違いか・・・・・・そうみたいですね」

「彼女は、どうして此処に?」

「本の最後の頁、そこにあった言葉を思い出したかったみたいですね・・・冥土への土産として」

「そうか・・・どうしたんだい、何だか嬉しそうじゃないか?」

「いえ、その・・・惚れちゃいそうなくらい、良い笑顔でお礼を言われたもので、あはは」

「むっ・・・ワタシも見えてさえいれば・・・ まあ、良いさ。ところで、彼女から黒幕とやらについて、何か聴けたのかい?」

「あっ・・・聞きそびれました」

「まあ、ニヤニヤしてるし、そんな事だろうと思っていたよ。それじゃあ、次へ行こうか? 見廻りがいる中、同じところに長く留まるのは宜しくない。さっき本を落とした音が、思いの外大きかったからね」

「分かりました、行きましょう・・・音楽室へ」

 こうして意を新たに図書室を出たわけだが、ある問題が発生してしまう。

「・・・足音、聴こえません?」

 前方から、あのハイヒールみたいな足音が響いてくる。権子さんの憂い通り、人体模型が間近まで迫ってきているようだ。

「どうしよう・・・一旦、図書室まで退こうか?」

「図書室だと、袋小路になってしまいますよ? 見つからずに逃げるのは不可能です」

「う~ん・・・とはいえ、逃げ込めそうな部屋も無いし、やはり退くべきだと・・・」

「・・・はっ、秘策があります!」

 私は咄嗟にフードを被り、廊下と壁の角に身体を伸ばして張り付いてみせた。

「・・・何をしているのかな、君は?」

「しっ、イヤホンから洩れるので声を出さないでください」

 それから程無くして、人体模型が図書室前の廊下に姿を現した。私が見つかるかどうか、後は賭けである。足音が近付く度、心臓の鼓動が激しくなっていく。緊張もあるだろうが、呼吸を止めているせいでもあるだろう。

 遂に、足音が後頭部付近までやって来た。しかし何故か、そこで人体模型の足音が途切れてしまう。まさか見つかったのか、振り返りたい衝動をどうにか抑え込んでいると、図書室の扉が開き、そして閉まる音が響いてきた。どうやら、気付かれずに済んだらしい。

「・・・ふぅ」

 私は立ち上がりつつ、呼吸を再開した。そして間髪いれずに、音楽室への移動を再開する。

「佑助君、驚いたよ・・・まさか、成功するなんて。その服装を選んだのは、正解だったみたいだね?」

 ステルス性が高いと思い、持参してきたランニングウェア。その色を生かし、暗闇に溶け込んだというわけである。

「ええ・・・霊的な何かではなく、視覚に頼っているみたいで助かりましたよ。どうやって見ているのか、判りませんが・・・ゼエゼエ」

「そうだね・・・人体模型に憑依しているから、その辺は制限が掛かっているのかも」

「もしくは、耳と目だけ研ぎ澄まされているのかもしれませんで」

 議論は尽きないが、足を止めている暇は無い。この夜の校舎でやらねばならない事が、未だ未だ有るのだから。

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