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権子さんに名前は無い  作者: Arpad
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第三章 彼女の行方

 末崎さんは、臨時の生徒会役員だった。本来推薦を受けていた生徒が諸事情で前期の生徒会へ参加出来なくなり、白羽の矢が立ったのが彼女だったのだという。前期限定の派遣バイト、末崎さんは肩を落としながら、そう自称していた。

 そんな彼女が居る生徒会へ、これから私は乗り込まねばならない。加えて、生徒会副会長にプロレスリングばりの口汚い挑発を仕掛けるよう求められている。生きて帰れるかどうか、現実的には停学にされても不思議ではない異常行動だ。

 数日前なら考えもしないし、頼まれてもやらない行動を、私は率先して行おうとしている。人の命が掛かっているからか、それとも自分を好きだと言ってくれた事に酬いたいのか。正解がどちらか今は判然としないが、前者なら殊勝な事だと自分に感心し、仮に後者なら自分の事を少しだけ好きになれる気がした。

 私は深呼吸し、生徒会室の扉をノックした。

「・・・どうぞ」

 聞き慣れない声で、入室が許可される。私は未だ震える手を伸ばし、扉を開け放った。

「失礼します」

 声だけはドスが利いている。扉の先では、面識の無い上級生の女子生徒と末崎さんがデスクワークに励んでいた。私は末崎さんには努めて目を向けず、副会長の方に視線を向けた。

「何か御用ですか?」

 副会長は、こちらに目もくれずデスクワークを続行しながら問い掛けてくる。優先度の差があるのが分かっていても、その礼の欠いた行為に私はムッと苛立ちを覚えていた。お陰さまで、彼女を困らせるのに罪悪感を懐かずに済みそうだ。

「副会長、御伺いしたい案件があり、参上しました」

「・・・何でしょうか?」

「一年前の、櫓坂さんの事故についてお話を聞きたいのですが」

 私の言葉に、生徒会室の空気は一瞬にして凍り付く。末崎さんは、お前は何を計画と違う事をしとんじゃと言わんばかりに面食らった表情で顔を上げる。そこまでは予想通りで、予想外だったのは副会長の反応だ。

 副会長がこちらに向けた顔は、まさに無表情だった。思考が止まり、無意識下で私に目を向けたのだろう。ハッと思考能力を取り戻すや、額に冷や汗を浮かべながら視線を落としたのだ。

 私は何かを知っている、そう言っているのと変わりない反応である。牙城は意外と脆い、そう感じたので更なる投石を試みる事にした。

「な、何ですかいきなり・・・イタズラに生徒会の業務を阻害するなら、こちらも相応の処罰を貴方に課しますよ?」

「そう言わず教えてくださいよ、副会長・・・櫓坂さんと同じクラスだったんでしょう?」

 まるで関係者であるかの如く雰囲気を装い、犯した罪を責める様に副会長へ問い掛ける。

 昼休み、私は偶然にも大牧先輩と鉢合わせしていた。まあ、偶然なのは私だけで先輩はこちらを捜し回っていたのだそうだ。そして、高倉先輩からの追加情報を伝えてくれた。

 現生徒会副会長は当時、権子さんと同じクラスであり、生徒会入りを競っていた仲だったそうである。この情報を得た私は、無関係な騒ぎを起こすのではなく、直接問いただす方向に作戦を変更することにしたのだ。もちろん、監督の末崎さんには許可取りをしていない。ついさっき思い付いたのだから、仕方のない事だ。

 それにしても、副会長は顔面を蒼白にし、小刻みに震え出している。こうなると、無い腹を探りたくなるというものだ。

「あの事故は・・・本当に事故だったのでしょうか、副会長? 本当は何があったのか、同じクラスだった貴女なら知ってますよね?」

 必殺それっぽい事を言ってみた、効果はてきめんだったらしく、副会長は蛇に睨まれた蛙ばりに動かなくなってしまった。揺さぶりは、もう十二分に効いただろう。やり過ぎた感も否めないくらいだ。

「屋上で待ってます・・・お話し頂けるなら、来てください」

 そう言い残し、私は生徒会室を後にした。しばらく歩き、後は脱兎の如く屋上まで駆け昇っていった。

「脅迫に手を染めてしまった!」

 誰もいない屋上で、私は独り、慟哭する。

「あはは、見事な演技だったよ、佐原君。嘘とハッタリと雰囲気だけで、あそこまで堂の入った脅迫になるのだからね」

 ずっと付いて来ていた権子さんには、何故か感心されている。

「罪悪感は出てきますね、やっぱり・・・上手くいくでしょうか?」

「さあ、どうだろうね・・・まあ、結果はすぐに判るんじゃないかな?」

 権子さんの何の根拠の無い予想通り、携帯へ着信が入ってきた。

「はい、佐原です」

「だから、知ってるって! それよりも副会長たぶん屋上に向かったけど、どうするつもり!?」

「そうなの? 上手く誘い出せたみたいだし、末崎さんは予定通り資料を探して。こっちも情報を引き出せないか、やってみるから」

「いや、そうするけどさ・・・副会長、人殺しそうな顔でカッターナイフ持っていったんだけど・・・どうするつもり?」

「えぇ・・・ヤバイじゃないですか、それ。末崎さん、どうしよう?」

「あたしに聞かれても・・・物証的には正当防衛だし、とりあえず腹にパンチでも御見舞いしたら?」

「落ち着いて、末崎さん。副会長が不憫過ぎるよ、それじゃあ・・・」

 その時、屋上の扉のドアノブが回される音が耳に届いた。

「こっちは何とか穏便に済ませるから、そっちも宜しく」

 私は電話を切るなり、急いで雰囲気を装った。相討ち覚悟で宿敵を待つ、主人公の様に。

「権子さん、合図をしたら何でも良いので呼び掛けてもらえませんか?」

「ん? ・・・うん、任せてよ」

 権子さんの了承と時を同じくして、副会長が屋上に姿を現した。その手には、確かにカッターナイフが握られている。

「来て頂けましたか、副会長・・・という事は、全てを話して頂けるんですよね?」

「・・・貴方は、櫓坂さんの弟か何かなんでしょうね。あの男子なら、もう居ないわ・・・どこかでのうのうと生きているか、良心が有るとすれば自殺しているかも・・・貴方は私に、姉の復讐する為に、ここまで来たのでしょう?」

「・・・・・・へ?」

 副会長が何を言っているのか、私には本気で判らなかった。

「でも・・・あの事故で苦しんだのは、貴方のお姉さんだけじゃない。私だって、ずっと・・・ずっと苦しんできたのよ!」

 次の瞬間、カッターナイフの刃を剥き出しにし、副会長はその刃先を自身の右手首に押し当ててしまう。彼女の目尻からは、涙が止めどなく溢れ始めていた。

「私も、もう・・・・・・疲れたの。私も死ねば、貴方も満足でしょう?」

 カッターナイフをそう使うパターンだったとは、予期せぬ事態である。私は片手を上げ、高らかに宣言した。

「タ~イム!」

 あまりに場違いな宣告に、感窮まっている副会長の動きも止まる。

「違います、弟とかじゃあるません! たぶん勘違いだと思います!」

 必死に否定しながら、私は副会長との距離をジリジリと詰めていった。

「・・・どういう事?」

「何の話をしているのか、まったく心当たりが無いって事ですよ」

 カッターナイフが、副会長の手首から離れていく。

「じゃあ・・・何で?」

「俺が知りたいのは・・・・・・櫓坂さんの事ですよ!」

 十分に距離を詰めたところで、私はカッターナイフを掴んでいる左手首を掴んで捻り上げつつ、副会長自身を扉へ押し付ける様に追い詰めた。

「痛っ!?」

「・・・失礼しますよ」

 まずは御髪の間に手を入れ、耳を露にします。そして、その耳にイヤホンを差し入れた。このタイミングでしほらしくなる副会長、ちょっとそれは反則だと思う。

「・・・・・・なっ」

 約束通り、権子さんが呼び掛けてくれたらしい。ドタバタで私が付けていた方のイヤホンは外れてしまって何と言ったのかは不明だが、副会長の手からカッターナイフが滑り落ちた事から、事態が沈静化したのは確かであった。


 落ち着きを取り戻した副会長にこれまでの事情を説明しつつ、私には詫び続ける事しか出来なかった。

「そう・・・ずっと此処に居たのね、櫓坂さんは・・・」

 何か、深く安堵したらしく菩薩の様なアルカイックな笑みを副会長は浮かべ始めていた。

「すみません、追い詰めるような事になってしまって・・・俺がもう少し加減して脅迫が出来ていれば」

「そう・・・・・・そう、それよ!」

 唐突に、正気へ戻った副会長は、鬼気迫る勢いで私の両肩を鷲掴んできた。

「次期生徒会長と呼び名が高い、この私を脅迫するとは良い度胸ね、1年生! 今から積年の愚痴を溢すから、黙って聴いてなさい、良いわね!!」

「はっ、はい!?」

 気圧された私は、何度も頷く事しか出来なかった。

 副会長の受難が始まったのは奇しくも権子さんの、櫓坂千景さんの事故からであった。

 事故が起きたのは3階の家庭科室前の廊下、前に授業していたクラスが掃けるのを待っている時だった。

 他クラスの男子の肩が偶然にも櫓坂さんとぶつかり、バランスを崩した彼女は窓に寄り掛かってしまう。そして偶然にも、老朽化していた窓が衝撃で外れてしまい、櫓坂さんごと遥か下の地面まで落ちていったのである。

 全ては一瞬の出来事であり、その不幸な偶然の連鎖の一部始終を見ていたのは現副会長である森岡先輩だけだったそうだ。

 その頃の森岡先輩は、生徒会入りを賭けて何かと櫓坂さんを目の敵もとい意識しまくっており、常に目端に捉えていたせいで事故の一部始終を目撃したのである。窓から投げ出され、櫓坂さんが地面へ吸い寄せられていくまでの一部始終を。

 そして誰よりも早く、彼女の名前を叫んだのも森岡先輩だった。

「・・・落ちた先が花壇の真ん中だと気付いて、私は少し安堵したの。あそこの土はよく耕されていたから、クッションになると思って・・・私がすぐに救急車を呼んで、櫓坂さんは比較的早く搬送されていったわ。それが幸いしたのか、櫓坂さんは一命を取り留めた・・・でも、彼女は戻って来なかった」

 櫓坂さんが昏睡状態に陥る中、警察は整備不行き届きに因る事故だと断定。一連の出来事は、皆の中で終息して行こうとしていた。森岡先輩を除いて。

「私は、全てを見ていたから・・・櫓坂さんにぶつかった男子を見つけ出して、自供する様に説得しに行ったの。不幸な偶然とはいえ、事故の発端であるのは間違いない。彼女の為にも非は認めるべき、故意じゃない事は私が証言するって・・・でもその男子は、こう言い返してきた。もう一週間が経つが、向こうは何も言ってこない。私が波風立てなければ、全ては老朽化した窓を放置していた学校の責任として解決する。それとも、生徒会入りが取り消しになっても良いのかってね。私が櫓坂さんに対抗意識を持っていたのは、有名な話だったから」

 櫓坂さんが事故で入院した事により、森岡先輩の生徒会入りはほぼ内定していたのだ。ここで騒ぎを起こせば、全てが立ち消えになってしまうかもしれない。先輩はいつの間にか、説得される側になっていたのである。

「私は結局、口をつぐんでしまった・・・私以外に誰もその事実を目にしておらず、櫓坂さんが声を上げない以上、信じてもらえないのは目に見えていたから。そして私は生徒会に入り、例の男子はいつの間にか転校してしまっていた。そうなってから、自分の浅はかさに気が付いたわ・・・私は真実より、目先の利益を選んだだけの卑怯者。逃げ出したあの男子と大差ない卑怯者でしかないって」

 それから森岡先輩は、生徒会という立場を利用して櫓坂さんの入院する病院を突き止め、毎月お見舞いへ行っていたのだそうだ。生徒会からという名目で、贖罪の花束を持って。

「もうすぐ、事故から一年・・・生徒会での評価が上がる度に、罪悪感は増していくばかり。でも、真実に蓋をしてまで入った以上、辞める事は赦されない。ただただ職務を全うし、次期生徒会長とまで言われる様になった。そんな矢先、君が事故について聞いてきた・・・ツケを払う時が来たと恐怖する一方で、もう楽になりたいとも思っていた・・・まさか、盛大な勘違いだったなんて」

 急に事故を蒸し返してきた下級生、森岡先輩の背景を聴いた後だと、櫓坂さんの弟が事故の真相を知って復讐する為にやって来たと勘違いするのも解らなくはない。それだけお見舞いに行ってて、弟が居るか把握してなかったのかと言うのはナンセンスだろう。それほどまでに、思い詰めていたのだ。

「でもまさか・・・貴方が櫓坂さんの想い人で、彼女の魂を身体に戻そうとしてたなんて・・・そして櫓坂さん自身から赦してもらえる日が来るなんて」

 森岡先輩は、再び泣き出してしまった。だがそれは絶望による涙ではなく、いわゆる嬉し泣きというものである。慰めるべきか判らない私は、そっとハンカチを手渡すしかなかった。

「グスッ・・・・・・ありがとう。でも大丈夫、自分のが有るから」

 はい、一番恥ずかしいパターン。悪いことした私にも、早速ツケが回ってきたようである。

「・・・ふぅ」

 森岡先輩は、自身のハンカチで涙を拭うなり、スッと立ち上がった。その姿は、既に副会長と呼ぶべき雰囲気へと回帰している。

「当然の責任とはいえ、話を聴いてくれて有り難うございました・・・これからも利用するので、そのつもりで」

「えっ、また愚痴られるんですか、俺?」

「呪うなら、次期生徒会長に貸しを作った自分を呪いなさい・・・・・・ですが、円滑な人間関係にはムチばかりではなくアメも必要でしょう。今月は未だ、櫓坂さんへのお見舞いに行っていないのですが、今は忙しく中々暇を見つけられません。なので貴方が私に代わり、生徒会の代理として櫓坂さんのお見舞いに行きなさい。あちらの親御さんには、私から話を通しておきますので、ご安心を」

「副会長・・・その、良いんですか?」

「ハンカチの御礼です・・・それに、その方が櫓坂さんの為になるでしょうし」

「分かりました、明日にでも行こうと思います」

「それが良いでしょう・・・それでは失礼しますね佐原君、櫓坂さん・・・近いうちにお会いできるのを楽しみにしています」

 副会長は、乱れた髪や衣服を手早く直すと、凜然とした佇まいで一礼し、屋上から去っていった。

「お疲れさま、佐原君」

 イヤホンを装着し直すと、即座に権子さんの声が流れてきた。

「図らずも君は、森岡さんを過去の重荷から解放したわけだが・・・本当に、スケコマシじゃないか! ワタシが告白するまで女っ気なんて一つも無かったはずなのに・・・解せぬ」

「はぁ・・・という事は、権子さんの女っ気なんじゃないですか?」

「なんだって・・・面白い発想の転換をしてくるね、君は。とにかく、君に一番乗りで想いを伝えたワタシとしては、なんとも不満が残る。何か、特典とか付かないのかな?」

「早期予約特典って事ですか? まあ、助けてもらいましたし、可能な範囲なら構いませんよ?」

「おっと、言ったね? そうだなぁ・・・名前で呼ぶというのは、どうだろう? 私以外に君の名前を呼んであげられる人は居ないだろうし。下手すれば、今の時点で君の名前を覚えている生徒0人説まであり得るからね」

「否定は出来ませんが・・・名前で呼ばれるのって、何故か馴れないんですよね」

「それなら、馴れるまで呼べば良いのさ。というわけで宜しくね、佑助君?」

 途端に、妙な寒気が背筋を走った。他人に下の名前を呼ばれなさ過ぎて、自分の事とは思えなくなっているからだろう。悪い意味でむず痒い現象である。言葉の蕁麻疹といった感じだろうか。

「うぅ・・・そういえば、貴女はこれから何と呼ぶことにしましょうか、櫓坂千景さん?」

 ようやく判明した、権子さんのフルネーム。何となくだが、感慨深いものがある。まるで自分で名付けた様な親しみを覚えているのだ。

「もちろん、千景で構わないよ?」

「う~ん・・・呼び慣れないので、権子さん続投でいきましょうか。霊体であるうちは、権子さんということで」

「えぇ・・・仕方ないなぁ。今はそれで、我慢してあげるよ」

 権子さんとは、毎度どうでも良い事で話が盛り上がってしまっているような気がする。権子さんはもしかしたら、どんな話題でも膨らませる酵母的なテクニックを持っているのかもしれない。


 残る時間は4日となった土曜日、副会長の御厚意により、私は権子さんの肉体が眠る病院へ彼女のお見舞いに行く事になった。幸か不幸か、お目付け役として派遣された末崎書記を伴って。

「・・・つまり、あたしの方の作業は丸っと無駄になったわけだ」

 病院へと到るバスの中で揺られながら、末崎さんは窓枠に頬杖を突き、不満を漏らしている。隣に腰掛けている私は、花束を抱えたまま震えている事しか出来なかった。

「まあまあ、そう言わずにさ? 副会長に俺たちがグルだった事はバレてないから・・・ね?」

「あ? そうだ、副会長で思い出したけど・・・生徒会室に副会長が戻ってきた時、メチャクチャ明るくなってて、本気でビビったんだからね? てっきり、佐原君は殺られたんだとばかり・・・」

「ご心配お掛けしました・・・」

「ホント・・・報連相くらい、ちゃんとして欲しいわ」

「気を付けます・・・」

「まあ、それは反省してるから良いけどさ。あの副会長を泣かせた挙げ句、懐柔するとか・・・何でそんなドラマチックな事が平気で起きるわけ? 意味が判らないんだけど?」

「えぇ・・・そんなこと言われても、説得したのは権子さんだし。それにほら、現実は小説より奇なりって言うし・・・いや待てよ、最近は奇な事しか起きてない気がするな・・・うん、全て平常運転です」

「駄目だ、麻痺していやがる・・・でもまあ、佐原君だけでも普通に出来そうだもんね、副会長の懐柔くらい」

「えぇ・・・末崎さんの中で、俺の印象ってどうなってるの?」

「佐原君の印象? あぁ・・・何か、クラスで浮いてるよね」

「そう・・・なの? 俺、浮いてるの?」

「悪い意味じゃないよ? 何というか、どのグループにも深入りしない割りに、どのグループにも顔が利くみたいだからさ・・・地に足着いてないなって」

「それ、悪い意味だよね・・・」

「待って、良い例え考えるから・・・そう、野良猫みたいなんだよね。飼い猫には成らないくせに、どこ行っても可愛がられる感じで・・・保健所行く?」

「いや、行かないよ・・・野良猫かぁ、言い得て妙って感じだね」

「言い得てたか・・・・・・ちなみに、あたしの印象は?」

「末崎さんの印象・・・結構、真面目?」

「印象薄っ・・・真面目に語ったあたしが、何か馬鹿みたいじゃない?」

「改まると思い付かないもんだね、うん・・・哀しいかな、女子との親交はあまり無かったし・・・はい」

「つまり、気にも留めてなかったと? ・・・呆れた。 こっちは権子さんのせいで、嫌でも気になって仕方なかったのにさ」

「権子さんのせいって?」

「あっ・・・今は居ないし、まあ触りだけなら話しても大丈夫か。初めて今のクラスに入った時にはもう、居たんだよ権子さんは」

「えっ、そんな前から!?」

「入学式直後からカップル居るのかよって、目を疑ったけど・・・誰も、佐原君すら気にしてないし、権子さん浮いてたから。ああ、ヤバイの見えてるんだって直ぐに理解した」

「入学直後から幽霊が見えるなんて・・・大変だったんじゃ?」

「霊能力に目覚めたんじゃないかと、一人で四苦八苦していたあたしの勘違いブラックヒストリー・・・聴く?」

「いえ、泣きそうなんで止めておきます」

「良かった、出来れば忘れたいし・・・後は権子さんから直接聞いて、あれはあの人のブラックヒストリーだろうから・・・すぅ」

「・・・・・・末崎さん?」

 末崎さんが急に静かになったので、私は彼女の様子を確認した。どうやら、眠ってしまったようである。バスに乗ってから約15分、目的の病院までは1時間掛かるそうなので寝るのも一興だろう。窓ガラスにこめかみをぶつけ続けているが、それは大丈夫なのだろうか。

 ともあれ話し相手が居なくなり、私も読書で気を紛らわせようと考えた。だが権子さんの言葉を思い出し、鞄から取り出そうとしていた本をしまい直した。先を読んだとなれば、きっと機嫌を損ねてしまうはずだ。

 仕方なく、私は末崎さん越しの車窓の景色を眺めながら、ひたすらに時間が過ぎるのを待つ事にした。折角なので、思考も巡らせておこう。

 気になる事と言えば、権子さんが私を見出だしたタイミングについてだ。もちろん権子さんと面識は無いし、彼女が学校の敷地内から出られない事を鑑みると、入学式の時点で既にピックアップされていた事になる。

 そんな短い時間で、人は恋に落ちるものなのだろうか。仮に一目惚れという現象が発生していたとして、あれの判断基準の多くは単純に容姿である。

 似顔絵の話をしていた際、権子さんに面食いとからかわれていたが、彼女こそが面食いだったというオチなのか。

 だが、かく言う私は光り輝くような容姿の持ち主ではない為、どうにも権子さんが面食いという結論に納得がいかなかった。何か他に理由があるはず、とりあえず私はそう思いたいようである。

 だが、万が一もあり得るのではないか。そんな風に思考がメビウスの輪でテンテコ舞い舞いしているうちに、目的地の病院は目前に迫っていた。そろそろ、末崎さんを起こさねばならない。

「お客様、終点ですよ~」

 肩を叩いて末崎さんを起こしに掛かり、数発の肘鉄を食らいながらも覚醒させる事に成功した。

「う~ん・・・あれ、寝ちゃってた? って、もう病院だし・・・というか佐原君どうしたの、バス酔い?」

「肋骨を数本、持ってかれたかな・・・」

「よく判んないけど、ふざけてないで降りるよ?」

「うぅ・・・理不尽」

 バスから下車した我々は、眼前に聳え立つ総合病院に圧倒される事となる。何でも、この病院は櫓坂家の、権子さんの実家の持ち物なのだとか。つまり権子さんは、正真正銘の御令嬢という事になるわけだ。

「うわぁ・・・聞いていたとはいえ、実際目にすると違うわ。立派過ぎるよ、権子さんの家・・・」

「あはは・・・確かに終日入院してるから、ここはワタシの家かもねって権子さん、この場に居たら言ってそう」

「ああ、解るわ・・・権子さんって冗談で言ってるのか、それとも素なのか判らない時あるよね?」

「そうそう、真面目に答えるか悩む場面も多々あって・・・それじゃあ、リアル眠り姫の様子を見に行きますか、末崎さん?」

「ふっ・・・そうだね、王子様。副会長が先方に連絡してるはずだから、受付に行こうか」

 代役とはいえ正式な生徒会役員である末崎さんが先頭を行き、我々は受付へと向かった。私が王子様なのだとしたら、さしずめ末崎さんは優秀な白馬といった感じだろうか。もう肘鉄を食らいたくないので、口が裂けても言わないが。

「大望学園生徒会の者です、櫓坂千景さんの御見舞いに伺いました」

 末崎さんが用件を伝えると、受付のお姉さんはよく訓練された笑みを返してきた。

「かしこまりました、少々お待ちください」

 そう言うなり、お姉さんは何処かへ内線を繋ぎ、二三会話をし始めた。そして間もなく内線が終わると、再び我々へ笑顔を向けてきた。

「510号室へどうぞ、院長がお待ちです」

「分かりました、ありがとうございます」

 我々は軽く一礼してから、指定された場所へと移動を開始した。流石はこの周辺の医療の中心を担う大病院、エレベーターが6台も並んでいるので楽に階層間の移動が出来る。5階は外科系の入院病棟であり、10番台の病室は全て個室となっていた。

「ここに、権子さんが・・・」

 510号室を目の前に、私は生唾を呑んでいた。この中で権子さんが、櫓坂千景さんの肉体が眠っている。そう考えると、妙な緊張感が沸々とわいてきたのだ。

「行くよ、覚悟は良い?」

 緊張は末崎さんも同じ様だったが、既にノックの構えに入っていた為、私は無言で頷いた。それを確認し、末崎さんが病室のドアをノックする。

「・・・どうぞ」

 若くはない男性の声が、病室中から返ってきた。待っているはずの院長、おそらくは権子さんの実父だろう。

「失礼します」

 末崎さんはゆっくりと、だが躊躇なく病室の扉を開いていった。


 病院からの帰り道、私と末崎さんは二人して眉間にシワを寄せ、俯きながら押し黙っていた。原因は言わずもがな、病室での事である。

 病室で先ず私達を出迎えてくれたのは、老境に片足を入れた頃合いの男性だった。

「初めまして、生徒会書記の末崎と佐原です。多忙な森岡副会長に代わり、御嬢様に花を届けに参りました」

 流石、役員である彼女の後に紹介することで私まで生徒会の一員の様に思わせられる。感心していると末崎さんに気配で促され、私は持参してきた花束を男性に手渡した。

「いつも、ありがとうございます・・・千景の父で、院長の達哉です」

 権子さんの父は、組織の長とは思えないくらいに礼儀正しい人だった。ただの学生に過ぎない我々に頭を下げ、渡したばかりの花束を自らベッド脇に生けようとしている。事前に用意していなければ出来ない所作に、感服の念を抱かざるを得ない。

 だがそんな思考は、視界の端に捉えてしまったモノによって吹き飛んでしまう。ベッド脇に視線を向ければ、おのずと見えてしまうモノ。言わずもがな、似顔絵よりもだいぶ痩せ細った櫓坂千景の肉体である。

 急に鼓動が速くなり、怖気が全身を駆け巡っていく。あの踊り場で誓いを立てた時、覚悟は決めたはずなのに。ここ数日、自分の周りで起きていた不可思議な事全てが、現実の範疇である事が此処に確定した。それだけで私は、激しく動揺してしまっているのだ。

 正直に言えば、夢でも見ている気分だった。権子さんの告白を皮切りに、自分の想像の域を凌駕する事ばかり起きてしまい、現実感を喪失していたのである。そう、踊り場で誓い自体が現実感の喪失を助長する行為に過ぎなかった。目が覚めたのではなく、さらに深く眠っていっていたのだ。

 だから、最適解の様な行動が取れた。普段は理性が抑え込む様な大胆な行動も出来た。だが、今の私は目の前の現実に恐怖し、立ち尽くしている。冷水を掛けられ、これは夢などではないと宣告されたのだから。

 私の行動如何で、現実に人の生死が決まる。その確固たる証拠を突き付けられたから、私は押し隠せない程に激しく動揺してしまっているのだ。

 これは、権子さんの姿形が見えていない私だからこその衝撃。では、普段から見えていた末崎さんはどうなのか。私は、横目で彼女の反応を窺った。

 末崎もまた、口元を手で覆い、動揺を必死に抑え込もうとしていた。彼女の動揺は、昨日まで元気そうだった友人から不治の病を患った事を打ち明けられた時の感情に近いはずだ。見えてしまっていたからこその、現実感の喪失。状況を理解できてはいても、権子さんの元気な姿ばかり見てきてしまったせいで、現実とのギャップに苦しんでいるのだろう。私とは、衝撃のベクトルが真逆なのだ。

 そして、私たちの動揺は当然、櫓坂父に察知されてしまう。

「森岡さんも、酷な事をする・・・忙しくなろうと見舞ってくれる気持ちは有り難いのですが、関係の無い方に今の娘の姿を見せるべきではなかった」

 関係者だと言いたい衝動に駆られるが、今の状況を言葉だけで納得させられる気はしない。今の私たちはどう見ても、先輩に言われてきてみたものの真正の病人が居て面食らってしまった、赤の他人に過ぎないからである。

 せめてもっと動揺を隠せていれば、一番辛いはずの彼に気を使わせるという、致命的な失態を我々は演じてしまったのだ。

「森岡さんには、もう見舞いは必要無いと伝えました。この子はもうすぐ、ここから退院するので・・・貴殿方も、すぐに忘れてください。その方が、双方の為ですから」

 どんな色眼鏡で見ようとも、無数の管で生命維持装置と繋がっている櫓坂千景が近々覚醒する様な兆候を、発見する事は出来なかった。つまり退院とは、生命維持を切る事を暗喩しているのだ。

 問題は、もうすぐの具体的な日数が定かではないという点だろう。今日を含めて後4日で事故から1年を迎えようとしているが、その前に退院を決断してしまう可能性すらある。

 どうにか決断を先伸ばしに、最低でも1年の区切りだけは守ってもらいたい。だが残念な事に、そう促す為の言葉もそう仕向ける為の策略も持ち合わせては居なかった。そもそも、娘の最期を覚悟した父親の前では、どんな言葉も霞んでしまう。こればっかりは、人生経験の差が如実に顕れてしまった。それは、末崎さんも同様だっただろう。

「我々は・・・御嬢さんの復帰を、心よりお待ちしております!」

 私には、そんな苦し紛れの言葉を残し、末崎さんを伴って病室を逃げる様に立ち去る事しか出来なかった。そうして、無言の帰り道へと到ったのである。

 完敗だった。少しでも前進させようと足掻き、着実にピースを埋めてきたと何処かで自負していたのに、やっとスタートラインが見えてきただけに過ぎない。権子さんを肉体に戻す方法なんて、これっぽっちも思い付けずにいる。正体が判れば、おのずと答えが顔を覗かせてくると考えていたが、見通しが甘過ぎたようだ。

 だったら、修整すれば良い。後は戻すだけと考えるのだ。やはり霊的な事と言えば、あの研究会に頼るべきだろう。後は副会長に当時の権子さんの様子を聞いてみるか。まだ万策尽きたわけではない。時間が許す限り考え続けなければ、もう退けない場所まで来ているのだから。

 何とか気を持ち直してきたその時、無防備な脇腹に末崎さんの肘が襲来してきた。

「うぐっ・・・・・・何、どうしたの?」

「・・・何か、ニヤニヤしてて気持ち悪い」

「え? 本当に? それはヤバイなぁ・・・ヤバイ奴じゃないか」

「はぁ・・・落ち込んでたんじゃないの?」

「落ち込んではないよ、悩んでただけ・・・末崎さんこそ、落ち込んでたはずじゃ?」

「いやいや・・・落ち込んでないし、ビックリしただけだから・・・だから助けてあげないとね、権子さんを」

「もちろん、意見が合って良かった・・・ちょっと作戦を考え付いたんだけど、聴いてくれる?」

 今の私には、その場しのぎの希望を紡ぐ事しか出来なかった。全ては権子さんを、目覚めさせる為に。

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