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権子さんに名前は無い  作者: Arpad
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第二章 彼女の名前

 6月13日水曜日、それが権子さんにとってのデッドラインである。

 そして今日は6月5日、光陰矢の如し、モタモタしている暇は無い。考えうる事の統べてを、とにかく試していくしかないのだ。

「・・・権子さんって、どんな顔してるんですか?」

 昼休み、私は屋上へ権子と会話をしに来ていた。

「どうしたんだい、藪から棒に・・・もしかして、面食い?」

「強く否定も出来ませんが・・・今回は、そういう意味じゃあありませんよ。権子さんの正体を突き止めるうえで、似顔絵とかあったら助かるなと思ったんですよ。そこで、こいつの出番です」

 私は、下敷きとノートの一頁、そして濃い目の鉛筆を取り出してみせた。

「まあ、解らない話ではないね・・・だけど自分の容姿を説明させようなんて、君も中々酷な事を求めてくるね。残念ながら、ワタシは鏡に映った自分すらもしばらく見ていない。教えられても、髪の長さくらいなものだよ」

「やっぱり見える人に頼む他ないですよねぇ・・・出来れば、昼休みのうちに終わらせておきたいんですけど、俺が末崎さんに話し掛けると迷惑掛けちゃいそうだし」

「学校というのは、共産国ばりの監視社会だからねぇ・・・ならここは、監視の目に引っ掛からない人物の出番という事だね?」

「権子さん、呼んできてくれるんですか?」

「構わないよ、貸し1つの大セールで承ろうじゃないか?」

「ほほぅ・・・なら、貴女の為の行動ですよクーポンは有効ですよね?」

「おっと、交渉上手だね? 貴女の為になんて言われたら、このホログラムみたいな身体にも体温が生じてしまいそうだよ・・・蜃気楼とか発生してないかな?」

「あはは、冬ならチャンスがあったかもしれませんね。それじゃあ、お願いして良いですか?」

「ああ、君はゆっくりしてると良い・・・おっと、日課の読書はしないでよ? ワタシも一緒に読んでいるからだからね!」

 権子さんの声が、少しずつ遠ざかっていく。言葉通り、末崎さんを呼びに行ってくれたのだろう。

「・・・一緒に読んでたのか」

 同じ本、というか一つの本を誰かと一緒に読んだのは、いつが最後になるだろうか。私が読む本はケレン味が無さ過ぎて、友人らにはタイトルだけで興味を失われてしまう。だがそれは仕方がない、私は読書に頭を真っ白にする事しか求めていないから、刺激の少ない物ばかりなのだ。

 今度、本の感想を聞いてみるのも良いかもしれない。権子さんなら、私が見落としてきたものを教えてくれそうな気がする。

 それにしても、どのタイミングから取り憑かれていたのだろうか。流れ行く、焼き芋みたいな雲を目で追いながら考えていると、屋上の扉が荒々しく開放された。

「あっ、来てくれて良かったよ、末崎さん」

「権子さんが急用だって言うから、来たけど・・・大した用じゃなかったら、蹴るからね?」

 友人らを誤魔化して屋上まで来るのは色々と大変だったのだろう。末崎さんは予想通り、ご機嫌斜めの様だった。

「あはは、物理攻撃は勘弁して欲しいな・・・早速だけど、末崎さんの助けが必要なんだよ。だから、権子さんも協力してくれたわけでして・・・」

「はぁ・・・前置きは良いから、内容を言って」

「はい・・・権子さんの似顔絵を描きたいんだけど、協力してくれないかな?」

「・・・似顔絵? 何で?」

「ほら、俺も権子さんの顔を知っておきたいし、情報を集める時にも有用なんじゃないかって、権子さんとさっきまで話してたんだよ」

「なるほどね・・・・・・まさか、あたしに描かせようとしてる? 言っとくけど、そっくりになんて書けないからね」

「それじゃあ・・・末崎さんから特徴を聞いて俺が描いてみるよ、モンタージュ画みたいに」

「断っておいてなんだけどさ・・・見えてても難しいのに、特徴だけで描けると思ってるの?」

「一応、美術の成績は良い方だだったから・・・たぶん? とにかく、顔の特徴を列挙してくれる?」

「はぁ・・・じゃあ、ちょっと詰めてくれる? 日向だと紫外線がキツい」

「おっと、それは気が付きませんで・・・」

 私は軽く謝罪しながら、数少ない屋上での日陰にスペースを設けた。そこに末崎さんは、ドカッと案外乱暴に腰を降ろす。まだ怒っているのだろうか。

「・・・心配しなくても、別にもう怒ってないから。ただ、暑いのが嫌いなだけ」

 そう言うと末崎さんは、襟元を手で揺らしながら恨めしそうに青空を睨んだ。

「これからの季節、太陽爆発しろと毎朝思ってる」

「何という怨念・・・いったい太陽さんが何をしたって言うの?」

「佐原君も、熱中症で倒れたら理解する・・・ほら早く始めるよ。でないと、あたしはブチギレるし、権子さんは成仏しちゃうから」

「始めよう!」

 私は末崎さんから権子さんの特徴を聞き、大急ぎで紙面に鉛筆を走らせ始めた。そうなると、手持ち無沙汰になってしまう権子さんと末崎さん、二人は必然的に談笑し始める。

「ふふっ・・・悪い子だなぁ、末崎さんは。嘘はいけないよ、ワタシは仏教徒ではないから成仏は正しくない」

 そこなんだ、と私は密かに思った。

「知りませんよ、権子さんの宗教事情なんて・・・というか幽霊って、日光に当たっても大丈夫なんですね?」

「そうみたいだね、最初はワタシもおっかなびっくりだったけど・・・ワタシも幽霊仲間と会った事がないから、一概には否定出来ないけれど」

「へぇ、会った事無いんだ・・・怪談とか聞いたことあるのに意外と平穏なんですね、この学校」

「会った事は無いけど、居るんじゃないかな・・・ワタシとは波長が違うとか、そんな理由で見えないだけだと思う」

「はぁ・・・・・・聞くんじゃなかった」

「・・・出来た!」

『速いな!』

 私が下書きの完成を宣言すると、二人が烈火の如くツッコミを入れてきた。

「びっくりしたなぁ・・・末崎さん、チェックしてみてくれる?」

「良いけど、真面目に描いてるの佐原君・・・・・・あれっ、冗談抜きで上手いやつだ、これ」

 末崎さんが眉間にシワを寄せる中、権子さんからも感想が寄せられた。

「ワタシは知っていたよ、佐原君に絵心が有ることは。授業中に描くラクガキは、いつも秀逸だったからね・・・うん、写真のワタシにそっくりだと思うよ、たぶん♪」

 本人からなのに、何と信憑性の薄い感想なのだろう。

「ありがとうございます・・・というか、授業中まで居たんですか? まさか、ずっと追跡してたりしませんよね?」

「あはは、まさか有り得ないよ。腐ってもワタシは学生だからね、授業は受けておきたいだけだよ?」

 イヤホンから、聞き苦しい口笛が流れてくる。

「悪い子ですねぇ、権子さんは・・・あたしは全てを知ってますよ?」

 下書きを食い入る様に見ていた末崎さんは顔を上げ、やや狡猾な笑みを浮かべた。

「末崎さん!? そうか、君は・・・佐原君と同じクラス!」

「イエス・・・仲良くしましょうね、権子さん?」

「くっ・・・疑う心を、忘れるべきではなかった」

「まあ、貸しにしときますね・・・佐原君、修正点見つけたんだけど、出来る?」

「聞き流してはいけない会話だった気がするけど・・・やります」

 その後、私は末崎さんから指摘された点を修正し、権子さんの似顔絵を完成させた。末崎さんが何度も見比べて合格を出したのだから、完成度は折り紙付きだろう。それを経て漸く、私は権子さんの似顔絵をちゃんと見ることが出来た。

「権子さん、端整な顔立ちしてますよね・・・何と言うか、すごく描き易かったです」

「ふふっ、ありがとう。そう明け透けに言われると、返事の期待値が上がってしまうじゃないか・・・流石だね♪」

 権子さんが明らかに上機嫌になっているのは、流れてくる声から容易に想像出来た。

「ありがとう、末崎さん。お陰で似顔絵を完成出来たよ」

「まあ、この完成度なら蹴らずにおいてあげる・・・後は、蒼白い肌と頭から垂れ流されてる血を加えれば完璧だけど」

「ええっ、権子さんってそんな大怪我してるの!?」

「からかわれているよ、佐原君・・・ワタシは、そんなゾンビみたいな姿に成っていないからね?」

「ネタバラシ早過ぎるよ、権子さん・・・それで佐原君、似顔絵は出来たけど、どこで情報を集めるつもり?」

「う~ん・・・権子さんが幽霊になってから一年って事は、ここ数年で何かしらの事件事故があった可能性が高い。そして生きているなら、たぶん休学扱いになってるだろうから・・・この似顔絵を古株の教員に見せれば、一発で身元が割れるんじゃないかな?」

「ふ~ん、ちゃんと考えてきたんだ・・・・・・でもさ、今さらだけど名前も判らないのに似顔絵が有るのって変じゃない? それに、先生が個人情報を洩らすとも思えないんだけど」

 末崎さんに虚を突かれ、私は口をあんぐりと開ける事になった。

「あれ、もしかして・・・似顔絵って使ったらアウト?」

「この人の名前知りたいんですけどって、自作の似顔絵見せながら聞いて回るって・・・相当な変質者じゃない? あたしが先生だったら、速攻で生活指導に引き渡すね」

「そう・・・・・・だね。似顔絵で情報引き出せるのは、公権力だからか・・・御手数掛けて、すみませんでした」

「ホント・・・でもまあ、クラスメイトというか権子さんの想い人が変質者として有名になるのを防げたから、無駄では無かったかも」

「面目無いです・・・」

「権子さんも同罪だからね・・・色ボケか?」

「否定は出来ないね・・・以後、気を付けます」

「そうしてください・・・とりあえず一番冷静そうなあたしが監督するから、何かする前は許可取りするように。特に、佐原君は」

「はい・・・でも、話し掛けられないのに、どうやって?」

「文明の利器があるでしょうよ、あたし達には・・・佐原君、何かSNSやってる?」

「SNS・・・一つもやってないね」

「へぇ・・・若者として終わってるけど、今は好都合かな? SNSだと、何処から周りにバレちゃうか判らないし。というわけで、メールでやりとりしよう・・・念の為、兄貴って登録しとこうかな、居ないけど」

「あっ、じゃあ俺は監督で・・・」

 すぐさまアドレスを交換し、お互いにちゃんと届く事を確認した。

「監督って・・・そっちは普通に、末崎紗季で良くない?」

「ほら、こっちで墓穴を掘るわけにもいかないから」

「そう・・・あっ、もう昼休みが終わりそう。あたしは先に行くから、佐原君はギリギリで帰ってきて」

「了解、一緒に戻るわけにはいかないもんね?」

「そういうこと・・・それじゃあ二人共、また教室で」

 末崎さんは立ち上がると、スカートに付いた汚れを叩きながら、屋上を去っていった。

「ふぅ、悪いことしちゃったなぁ・・・権子さんもすみません、巻き添えにしちゃって」

「・・・・・・ズルい」

「え? 何ですか?」

「ワタシも連絡先を交換したいよ、佐原君! アドレス教えたら、メール送ってくれるかい?」

「良いですけど・・・権子さん携帯持ってないですよね、物理的に? それに一年以上使ってないなら、電源が入って無いでしょうし、最悪ご家族に見られる可能性も・・・あれ、ご家族とコンタクトが取れれば、身元が判るのでは?」

「それは・・・アレじゃないかな? さっきと同じく、不審がられて答えてもらえないと思うよ」

「ああ、そっか・・・儘なりませんね」

「というわけで、連絡先の交換は君の名誉の為にも諦めるよ・・・今も、専用回線で繋がっている様なものだし」

「あはは、確かにそうですね」

「ふふっ、そうでしょう?」

 そんな取り留めのないことで笑いあっていると、昼休みの終了を報せるチャイムが大音量で鳴り響いた。

「おや、授業が始まってしまうね。ほらダッシュだよ、佐原君」

「分かってますよ!」

 私は大急ぎでアプリを停止し、イヤホンを巻き取りながら教室へと駆け出した。


 そして放課後もまた、私は屋上へと足を運んでいた。もちろん、権子さんと人目を気にせず話す為である。

「午後の授業中考えていたんですけど、似顔絵を生かしつつ権子さんの情報を得る方法を思い付いたかもしれません」

「なるほど、上の空だったから何かしらの考えているのだろうとは思っていたけど・・・諦めないね、君は。それで、どんな方策を思い付いたのかな?」

「それはですね・・・教員が駄目なら、先輩方に聞いてみようと思うんです」

「まあ、妥当だね・・・でも、それだと同じ轍を踏む事にならないかな?」

「なるでしょうね、普通なら・・・ですがそれを強味に変えられる人達に当たってみようと思います」

「弱味を強味に、か・・・それは興味深いけれど、末崎さんに許可取りはしたのかな?」

「はい、ホームルーム中にして承認を貰っておきました。ちなみに末崎さんは、一人で大丈夫そうだし、外せない用事があるそうなので欠席です」

「そう・・・なら止める理由は無さそうだね♪」

 それから、私が満を持して足を運んだのは理科準備室だった。

「ふふっ・・・だと思ってたよ」

 権子さんは、実に愉快そうに笑っている。

「白状すれば、ここしか上級生との伝が無いので・・・それじゃあ、行ってきます」

 私はアプリを停止し、理科準備室の扉をノックした。

「すみません、大牧先輩はいらっしゃいますか?」

 ノックから十数秒後、扉が僅かに開かれ、隙間から何者かの眼がこちらをジッと窺ってきた。

「ん? お前は・・・ちょっと待て」

 再び扉が閉ざされ、カチャカチャとチェーンロックを外す様な金属音が響いてくる。おそらく、昨日の私の行ないが原因で設置されたのだろう。その後、大牧先輩が理科準備室から姿を現した。

「お前は・・・佐藤、佐伯、佐倉じゃなくて・・・そう、佐原だ!」

「はい、1年の佐原です。思い出して頂けて何よりです、大牧先輩」

「今日も来たのは、昨日の件についてか? どうだった? 望んでた対話は出来たか?」

「はい、お陰さまで・・・話を付ける事が出来ました」

「そうか、やはり理論は間違っていなかったか・・・内容は知らないが、とにかく良かったな」

「ありがとうございます。あの今日は、それとは別の話を窺いたくて来たんです」

「ん? 何だ? ついでだし、答えてやるぞ?」

「一年前、またはそれ以前に、この学校で何か大きな事件や事故はありませんでしたか? 被害者は女子生徒です」

「事件や事故か、待てよ・・・確かに、何かあったな・・・・・・そうだ、一年くらい前に事故があった気がする。被害者は新入生だったはずだから、今の2年生の代の話だな」

「それは・・・どんな事故でしたか?」

「ちょっと待ってくれ・・・結構な騒ぎだったのは覚えているんだが・・・・・・駄目だ、具体的な事が思い出せない! さらに待っていてくれ!!」

 大牧先輩は準備室の扉を開け、大声を張り上げた。

「高倉、ちょっと来てくれ!」

 そして、誰かを召喚した。地味を強く意識しないと成り得ない地味さの女子生徒だ。

「高倉、この1年が去年の今頃に起きた事故について知りたいらしい・・・何か知らないか?」

「えっ・・・そんなこと、急に言われても・・・困ります」

「ふむ・・・すみません、これを見てください」

 言葉だけでは埒が明かないと感じた私は、権子さんの似顔絵を高倉先輩に拡げて見せた。

「それは・・・・・・櫓坂さん?」

「お知り合いですか?」

「違います・・・そのクラスは違っても、有名な人でしたから・・・生徒会に推薦されてましたし」

「なるほど・・・ちなみに、フルネームはご存知無いですか?」

「ごめんなさい、フルネームまでは・・・」

「そうですか・・・その、櫓坂という方は、何か事故に遭ったのですか?」

「はい・・・その場に私は居なかったんですけど・・・確か窓が外れて、3階から落ちたって」

「3階から・・・・・・生きてたんですか?」

「判りません・・・救急車で運ばれて行ったきり、今日まで帰ってきてませんから・・・そういえば、一部で怪談話にもなっていたような」

「怪談話・・・・・・高倉先輩、不躾な質問に答えて頂き、ありがとうございました」

「いえ、そんな・・・とても紳士的でしたよ・・・あの会長、実験に戻っても良いですか?」

「ああ、悪かったな・・・くれぐれも逃がすなよ?」

 高倉先輩は小さく会釈すると、理科準備室へそそくさと消えていった。

「実験って・・・精霊の次は、何をしてるんですか?」

「ん? 今しがたインプの捕獲に成功したから、解剖してるところだ・・・と言ったら、お前は信じるか?」

「聞かなかったことにします」

「懸命な判断だな・・・あんまり役に立てなかった様に見えたが、大丈夫か?」

「はい、収穫は十分です。御協力ありがとうございます、大牧先輩。高倉先輩にも宜しくお伝えください」

「ふん、壊滅的な人見知りの高倉から難なく情報を引き出すとは・・・さてはお前、スケコマシだな?」

「すけ・・・何です?」

「解らないなら気にするな・・・それより、お前が話をしたがってた幽霊と今聞いてた事故は関係してるんだろう?」

「あはは・・・やっぱり、バレますよね?」

「おいおい、あまり非公認な研究会の会長を舐めるなよ・・・お前は、幽霊の正体を突き止めたかったんだろう? 姿形は判明しているが、名前が判らなかった。そりゃ、普通の奴には聞けないよな。だが、俺達なら話は違う。何たって、話が不可思議なほど興味を示すからな?」

「全てお見通しみたいですね・・・どうか、しばらくは内密にしてもらえませんか? ちょっとデリケートな問題でして」

「ほう、良いだろう。だが、事と次第によっては協力も出来るが・・・どうする?」

「興味を示されてるみたいですね・・・・・・実は、幽霊といっても生き霊みたいなんです。身体は昏睡状態のまま、記憶を失った魂だけが此処に縛られているみたいで・・・どうにか助けてあげたいんです」

「そうか・・・・・・面白そうだと言うのは不謹慎かもしれんが、ワクワクが止まらない。全てが片付いたら、俺たちの前で経験談を話してくれないか? そうしてくれるなら、うちはお前の問題に深入りしない、協力も惜しまない・・・どうだ、悪くない条件だろう?」

「むっ・・・確かに、そうですね。でも、解剖しようとしたら、自分は黙っていませんからね?」

「どうやって幽霊を解剖するんだよ・・・何でも良いけど、了承って事だな?」

「はい・・・どうか、力を貸してください」

「はっ、素直な後輩は嫌いじゃない・・・・・・その事故に遭った生徒の情報だが、生徒会室になら有るかもしれない。あそこなら、教師を通さずに休学中の生徒の情報が手に入るだろう。ただ、何かしらのコネが必要になるがな」

「生徒会に、コネ・・・大牧先輩は有るんですか?」

「悪いが、生徒会と俺達は代々犬猿の仲なんだよ。準備室への不可侵条約だけで手一杯、お前に融通させる余力のは恥ずかしい限りだ」

「そうですか・・・難しいですが、何とかやってみます。情報、ありがとうございました」

「おう・・・俺達は不可思議な事が好きだが、ハッピーエンドも好きなんだ・・・そこんところ、期待しても良いか?」

「はい、頑張ります」

 私は深く頭を下げ、大牧先輩が準備室へ戻るのを見送った。そして扉が閉まるのと同時に、屋上へと踵を返す。もちろん、ラジオアプリを起動しながらだ。

「・・・権子さん、聴いてましたか?」

「もちろん、聴いてたよ・・・君の背にもたれ掛かりながら、ね?」

「冗談を言える元気はあるみたいですね・・・どうやら、3階から落ちちゃったみたいですよ。権子さん、いや櫓坂先輩かな?」

「呼び直すのはフルネームが判ってからで良いよ・・・ごめんね、あれだけ聴いたのに何も思い出せないんだ」

「まあ、突然記憶が戻るなんて期待はしてませんでしたよ、苗字と事故の件が知れただけでも収穫です・・・次のピースは、生徒会ですね」

「うん、とはいえ 一般生徒が気軽に入れる場所ではないのがネックだね。今日みたいに正攻法が効くとも考え難い」

「正攻法が難しいとなれば・・・抜け道を探すしかありません。とりあえず、事故について検索してみましょう。当時の新聞などに情報が載せられているかも」

 屋上へ戻った私は、無人であることを確認した後、携帯で事故について検索していった。

「去年の6月13日・・・有った、地域新聞ですね。本日正午、市内に在る私立大望学園にて生徒が3階から転落する事故が発生。生徒は意識不明の重症。原因は窓枠の劣化によるものとして捜査が進められている・・・記事はこれだけみたいですね。顔写真も氏名も無い・・・まあ当然か。せめて、生死の続報まで載せてくれれば良いのに」

「地域紙の仕事は旬を届ける事だからね、追跡取材なんてしないさ。不運な事故で死に、遺族が学校を訴えないかぎり・・・その様子も無いし、示談は済んでいるみたいだね。風化していても無理は無いさ」

「俺も無関係だと直ぐに忘れがちですが・・・今となっては、やりきれない想いですよ」

「ありがとう、その気持ちだけで嬉しいよ・・・当の本人は自覚もなく、君の言葉にドキドキしているからね」

「トリッキー過ぎる・・・待てよ、学校の裏サイトなら氏名が出回っていたはず・・・・・・あぁ、駄目だ。1年ごとに更新されてる、アーカイブも残っていない。履歴も残さないなんて、警察沙汰になった時の保険か?」

「まあ、痕跡を残さないというのが真のネットリテラシーだからね・・・仕方ないさ、君は良くやってるよ」

「本人に宥められたら、憤るわけにも行きませんね・・・こうなると、どうにかして生徒会と話を付けるしかないか」

「そうとなれば、末崎さんに相談しないとね?」

「確かに、そうでしたね・・・末崎監督に許可取りしないままオカルトな研究会と協定を結んでいますし、それで入手した情報も報告しておかないと」

「それも重要だけど・・・末崎さん、生徒会役員でしょう? 彼女なら、情報を持ち帰れると思わないかい?」

「・・・えっ、そうなんですか!? それは、知らなかったです・・・正直、生徒会なんて微塵も気にした事が無いので」

「まあ、大抵の生徒には無関係の世界だからね・・・でも、役職は把握しておいた方が、いざという時に役立つものだよ?」

「これからは、そうしますね・・・・・・末崎さんにメールしました。権子さんの身元についての資料が、生徒会室にあるかもしれないと」

「速いね、後は返信が来るのを待とうか」

「そうで・・・おっと、こんなときに電話が掛かってきた。誰だ・・・末崎さんからだ!」

 私は慌てて、着信に応答した。それによって、ラジオアプリが一旦停止してしまう。

「もしもし、佐原です」

「・・・知ってる。情報が生徒会にあるってどういう事?」

 イヤホンから、末崎さんの声が小さく流れてきた。

「それなんだけど・・・」

 今日、私が集めてきた情報を末崎さんに全て報告していった。

「・・・そういう事ね。生徒会には山の様に資料があるけど、休学届と櫓坂って苗字が判っているから、見つけるのはそう難しくないと思う」

「・・・お願いしても、大丈夫かな?」

「明日、放課後に生徒会の活動があるの・・・生真面目な副会長と二人きりで書類仕事する地獄の時間がね。そのままだと書記程度のあたしは、資料を探す名目が何もない。だから、副会長の気を引いてくれる囮が必要になる・・・それを、佐原君がやって」

「俺が? 気を引くって、騒動を起こせって事?」

「そう、例えば・・・理由は何でも良いから生徒会室に怒鳴り込んで、副会長を挑発して。二人が言い争いを始めたら、私は気まずそうに席を立ち、資料整理を始める。そこはちょうど、休学届のある棚だった・・・こんな感じで!あたし、ちょっと脱け出して来てるからもう切るよ!」

「ああ、うん! ありがとう・・・」

 向こうから通話が切られ、イヤホンからは再び、権子さんの声が流れ始めた。

「末崎さんは、何て?」

「明日、生徒会室で俺が騒ぎを起こしている隙に、末崎さんが資料を確認するそうです」

「それは・・・穏やかじゃないね。ワタシの為とはいえ、君や末崎さんの評判に傷が付くのは本意じゃないよ・・・」

「大事にならないよう、気を付けるつもりです。明日には、権子さんの名前や居所が判るはずですから、もう少しだけ待っていてくださいね」

「うん・・・ありがとう、佐原君。」

 権子さんの声色は、何故か少しだけ寂しそうだった。


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