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権子さんに名前は無い  作者: Arpad
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第一章 名無しの権子さん

 佐原佑助殿、図書室にて伊和辞典を開けられたし。

 そう綴られた紙片が、私の革靴に添えられていたのに気付いたのは、まさに友人らと下校しようとした時だった。

 何となく謎の指示が書かれた紙片に興味を抱いた私は、図書室へ返す本があったのを忘れていたと友人らを先に帰らせ、一人で指示された場所へと向かう。

 滅多に人が近寄らない辞典の棚、多くの古びた辞典が埃を被る中、そうそう高校生に使う機会など無いであろう伊和辞典には最近動かした形跡がちらほらと見てとれた。例えば、小さな指紋が埃の上に残っている。

 開こうとすると、本の間から紙片が滑り落ちてきた。内容を確認してみると、音楽室のバッハ肖像の裏と書かれている。最初の紙片と同じ物であり、筆跡も素人目には似ている様に見えた。指示に従うと、何処へ行き着くのか。私はすぐに音楽室へ移動を開始していた。

 そんな具合に指示に従って学校中を駆け回っていくと、最終的には屋上で待つという結論へと行き着いた。この手の込んだイタズラの仕掛人は、屋上で待っているそうだ。答えを求め、私が屋上に出る重たい扉を押し開けた先には、人が一人待っていた。

 全く知らない人物ではない、同じクラスの女子だ。失礼だが、名前が思い出せない。今までに、接点が無かったからだ。

 彼女の方は、扉を開く音で私が屋上へ来た事を悟り、ゆっくりと振り返った。少し照れ臭そうで、バツの悪そうな表情をしている。

「あっ・・・来たんだ、佐原君」

「一応、学校中を回ってきたからね。呼び出したのは・・・君が?」

 私は名前が出てこないのを、必死に誤魔化した。

「それを書いたのはあたしだけど・・・用があるのはあたしじゃないから」

「え? じゃあ・・・誰が?」

 明後日の方向に目を向けてしまったクラスメイトに、私は聞き返した。

「えっと、それは何と言うべきか・・・・・・とにかく、貴方に告白したいって子がいるの」

「告白・・・え?」

「今代わるから・・・ちゃんと聴いてあげて」

「ちょっと待って・・・どういう事?」

 突然のカミングアウトに、私は困惑せざるを得なかった。私に告白したいという話も驚きだが、押し黙ってしまった彼女の他に人影は見当たらない。代わると言ったから、相手は電話なのだろうか。

 とりあえず、携帯が差し出されるのを待っていると、やがて彼女が口を開いた。

「・・・初めまして、だね。佐原佑助君?」

 先程までとは雰囲気がどこか異なり、柔和な笑みを浮かべ、淑やかな口調に変化している。

「・・・・・・同じクラスでは?」

「あはは・・・確かに君とこの末崎さんは同じクラスだね。だけど、残念ながらワタシは違う」

「・・・・・・頓知かな?」

「まあ、そう考えるよね・・・これからワタシが言う事は、末崎さんとは無関係だと宣言しておくよ? 変な勘違いをされたら、彼女が可哀想だから」

「それじゃあ・・・・・・君は、誰?」

「生憎、ワタシは自分の名前が思い出せなくてね・・・名無しの権子と呼んでくれて構わないよ? ちなみに、君より先輩だから宜しく」

「あっ、先輩でしたかスミマセ・・・ん?」

「本題へ移ろうか・・・ワタシ、名無しの権子は幽霊みたいなものだけれど・・・君が好きになってしまったんだよ!」

「・・・・・・ん?」

「あはは、遂に言ってしまったよ・・・ありがとう、末崎さん。急がせて悪いのだけれど、答えを聞かせてもらえないかな?」

「・・・答え?」

「ワタシは告白したんだよ? その答えが聞きたいのさ」

「あぁ・・・えっと・・・時間をもらえませんか?」

「時間か・・・確かに、急な話だものね。でも余り待っていられなくてね、明日でも良いかな?」

「あっ、ハイ・・・それでお願いします」

「うん・・・こちらも流石に気恥ずかしいから、今日はこれで失礼するよ。また明日、また此処で・・・」

 彼女は一礼し、再び顔をあげると、最初のバツの悪そうな表情に戻っていた。

「・・・じゃあ、そういう事だから」

 何事も無かったかの如く立ち去ろうとする彼女の腕を、私は擦れ違い様に掴んでいた。

「・・・それ、セクハラだから」

「ああ、ゴメン・・・だけど、お願いだから説明して欲しいんだ・・・俺は今、何に巻き込まれたの?」

「はぁ・・・まあ、そうなるよね。分かった、帰りながら話してあげる」

 末崎さんは、面倒臭そうにため息をついた。


 学校から最寄り駅の間、末崎さんは屋上での出来事に繋がる前日譚を語ってくれた。

「あたしは・・・別に霊感とか無いんだけど、何故か権子さんだけは見えちゃって。佐原君、かなり憑かれてたけど・・・気付いてなかった?」

「全然・・・これっぽっちも」

「そっか・・・あたしも最初は驚いたけど、いつの間にか馴れちゃって、日常の一部になってた。でも一昨日、権子さんから初めて話し掛けられて・・・今に至るわけ」

「へぇ・・・そうなんだ」

「はぁ・・・分かってる。どう見ても、素直に告白出来ないあたしがアホみたいな演技をした様にしか見えないって」

「まあ・・・ね?」

「アホみたいだから嫌だったんだけど・・・そうも言ってられないから」

「それは・・・どういう事?」

「よく分からないけど・・・権子さん、完全に死んだわけじゃないみたい。どこかの病院で昏睡状態になってて、もうすぐ延命措置が切られるかもしれないって聴いた・・・だから、協力しただけ」

「そっか、そうなんだ・・・」

 私は、ようやく思考が働く様になっていた。告白が恥ずかしいからって、ここまでの作り話を用意するだろうか。可能性が無いとまでは言わないが、限りなく低いはずだ。

 だがそうなると、名無しの権子という存在が実在し、私は好意を抱かれている事が事実になってしまう。有り得ないと笑うのは簡単だが、有り得てしまったら実に笑えない状況だ。どこかで死に向かっている人からのメッセージなのだから。

「とにかく・・・あたし自身は佐原君に興味は無いから、勘違いしないでよ? それから友達に勘違いされたくないから、教室で話し掛けないで」

「え? ああ、もちろん・・・今まで通り、不干渉で行こう」

「・・・ありがとう。それじゃあ、あたしは次の電車で変えるから・・・あの人の気持ち、ちゃんと考えてあげてよね」

 そう言って、電車に乗り込む末崎さん。私もそっと、その後に続いた。

「ちょっと待って・・・どこまで付いてくるつもり?」

「あぁ、いや・・・まさに別れのタイミングだったのは判っているんだけど・・・悲しい事に家がこっち方面なんだよ。待つの面倒臭いし、早く帰りたいしで・・・ゴメンね?」

「はぁ・・・どうぞお好きに。でも、もう赤の他人だから」

 それから末崎さんとは、一言も話さなかった。私自身、権子さんへの返事をどうするのか思案していたので、特に気にしてはいない。


 幽霊と恋仲になる話は、創作の世界ではよくある題材だ。

 だがその多くは都合の良い設定であり、互いが認識し合える事が大前提なのである。見えない、聴こえない、触れられない相手の事を好きになれる訳がないからだ。

 というわけで、私は霊体と交信する為の方法をネットで洗い出してみた。方法は大きく分けて2つ、コックリさんやウィジャ盤といった直接交信する方法と霊能力者を介した間接的交信である。

 前者の方は理想的だが、霊的な危険性が高いと言えるだろう。幽霊が存在している前提で行動するのだから、悪霊を警戒するのは当然の事である。後者は信用性と霊能力の有無の判断が難しいのがネックだろう。詐欺師にカモられては目も当てられない。

 結果、オカルト方面に造詣が深くない私ではいかんともし難いと言わざるを得ない。そうなると頼みの綱は末崎さんという事になるが、あの様子では無理だろう。それに、末崎さんを介さない方法でなくては意味がない。

 残された手は一つ、友人らの人脈に頼る。

「いやぁ~、心霊系の動画観ちゃってさ。あんなのが本当に起こったら、どうする?」

 そんな質問を手当たり次第に訊いて回ると、一部から興味深い話を引き出す事に成功した。なんでも、放課後の理科準備室には、その手の知識に秀でた変人たちが集って居るのだそうだ。というわけで、お邪魔するとしよう。

「失礼します」

 理科準備室の扉を勢いよく開放すると、室内は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

「だぁっーー精霊召喚の儀式がぁ!? 誰だ、陽射しを入れたのは!」

 室内では五人の生徒がブレザーをほっかぶり、テーブルを囲んで角突き合わせていた。纏め役らしき男子生徒が、肩を怒らせて近付いて来る。

「何だお前は? 何か用か?」

「お取り込み中、すみません。ここにはオカルト関係に詳しい人が集まっていると聞いたもので・・・」

「ん? お前一年生か? まさか、我らが結社に参加しに来たのか?」

「いえ、違います」

「むっ・・・じゃあ、何だ?」

「魂だけの存在・・・平たく言えば幽霊と交信したいのですが、何か手軽な方法を知りませんか?」

「手軽って、お前・・・本気か? 手抜き料理のレシピを聞くみたいなノリで、聞くことじゃあないぞ?」

「もちろん、本気ですよ!」

「ちょっと待て・・・皆、儀式再開の準備をしておいてくれ。俺は少し、話をしてくる」

 そう言うと、纏め役の先輩は私を廊下まで押し出し、準備室の扉をそっと閉めた。

「何故、幽霊と交信なんてしたがっているんだ?」

「理由は説明し難いのですが・・・ちょっと話をつけないといけない幽霊さんが居まして」

「話をつけるねぇ・・・話せるタイプなのか?」

「はい、おそらくは・・・交信する方法は個人的に調べましたが、素人考えでは危険だと思い、相談に来たというわけです」

「ふむ・・・正しい判断だな。どうせ見つかったのは、ウィジャ盤とかだろう?」

「はい、その通りです」

「ああいうのはデマが多いから危険なんだ、手を出さなくて正解だよ。それから・・・お前の期待通り、もっと手軽で確実な方法がある」

「それは、朗報ですね」

「本当は部外秘なんだが・・・まあ、無知な迷える後輩を導くのも一興か」

 先輩は携帯を取り出すと、画面を指し示した。

「先ずは、このラジオアプリをダウンロードしろ。最大手の信用出来る無料のやつだ。アプリを起動させたら、幽霊の近くでチューニングをする。声が聴こえる周波数があるはずだから、それを見つけるんだ」

「おお、確かにお手軽ですね・・・あれ、ダウンロード済みという事は、試した事があるんですか?」

「まあ、少しだけ・・・その時も事件は起きたが大事にはならなかったし、大丈夫なはずだ。番組と番組のちょうど中間くらいが、狙い目だぞ?」

「分かりました、さっそく試してみます」

「・・・単なるおふざけじゃあないのは、雰囲気で判る。何かあったら、また来ると良いさ。お前がどんな体験をしたか、こちらとしても興味がある」

「はい、ありがとうございます。自分は、1年の佐原です」

「3年の大牧だ。次は儀式の邪魔をしてくれるなよ?」

「それはその、すみません。ちなみに、精霊召喚と仰ってましたが・・・仮に精霊呼び出せたとして、どうするんです?」

「え? 明日の天気を聞くんだよ」

「それは・・・その携帯で調べた方が早いのでは?」

「佐原お前、少し前まで中坊だったくせにロマンが足りないな・・・それに、機械なんかよりも、正確なんだぜ?」

 大牧先輩は呆れ顔で肩を竦めたまま、理科準備室へと戻っていった。中々ユニークな活動をしている人だが、そういう人ほど知り合うと面白いものだ。近付き過ぎないというのが、大前提だが。

 私は早速、教えてもらったアプリをダウンロードしながら屋上へと移動を開始した。そこで名無しの権子が、私の返事を待っているはずだからだ。


 背の高い金網フェンスで囲われた屋上に、人影は無かった。交信のテストをするなら、好都合と言えるだろう。

「えっと、権子さん? いらっしゃるなら、何かしゃべり続けていてください。これから、声を拾えるか試してみますので」

 返事を待つ様に数秒の間を置いてから、私は携帯にイヤホンを接続し、ラジオアプリを起動させた。これで放課後の雑音の中、例え蚊の鳴くような声であろうと聞き取れる事だろう。

「さて、チューニングは・・・こうかな?」

 人差し指で画面のメーターを操作していく。情報番組や音楽、トークショー等をゆっくりと何度も巡っているうちに、私は商業用とは考え難い音声が紛れ込んでいる事に気が付いた。

「・・・コロッケパン・・・コロッケパン・・・コロッケパン」

「・・・・・・コロッケパン?」

 意味が解らず、ついつい呟いてしまったところ、謎の声はコロッケパンの連呼を止め、私に語り掛けてきた。

「・・・どうやら、あの先輩が教えた方法が効を奏したようだね」

「もしかして・・・・・・貴女は、権子さん?」

「そうだよ、昨日君に愛の告白をした名無しの権子・・・ワタシと話す為に奔走してくれたね、ありがとう佐原君?」

「いえ、そんな事は・・・・・・」

 名無しの権子は、末崎さんの詭弁ではなかった。それが実証され、私は二の句を継げずになってしまう。やっと自分が巻き込まれた状況に実感を得て、頭が真っ白になってしまったのだ。

「ふむ・・・酷い顔色だね、真っ白だ。ワタシを・・・怖れているのかな?」

「いえ、違います・・・幽霊という非科学的とされる存在が科学的に実証された驚きと異性から告白されたという気恥ずかしさが・・・大混乱してます」

 私は正直な気持ちを権子さんに打ち明けた。

「あはは、ワタシが末崎さんの妄想ではないと実証したことで、全てに現実味が湧いてきたわけだね」

「・・・そうです」

「そうか・・・なら、まだ答えは聞けそうに無いね」

「すみません・・・現実だと判った以上、真剣に考えさせて頂きます」

「・・・まあ、こうして会話が出来るようになっただけでも、末崎さんに骨を折ってもらった甲斐は有ったかな」

「・・・あの、せっかくですから、もう少し話しませんか? 貴女の事情も詳しく聞いておきたいですし、何故俺が目を付けられたのかも気になります」

「そこは着目したと言ってもらいたいけど・・・ワタシも、話がしたい気持ちは同じだよ。昨日は遠慮してしまって、要点しか伝えられなかったから・・・さあ、遠慮は無しだ。自由に質問してきなさい♪」

「それでは、お言葉に甘えて・・・名前が思い出せないと仰ってましたが、それはつまり記憶を失っているという事ですか?」

「う~ん・・・そうだね、私は気が付くと幽霊として此処に存在していた。ちょうど一年前になるかな? 一般的な知識は残っていたものの、自分自身に関する記憶が欠落していたんだ」

「なるほど、外傷性健忘の様な状況だったと・・・自分が幽霊だと気が付いたのはいつですか?」

「すぐに、だよ。誰に話し掛けても反応されず、誰にもワタシの事が見えていないようだった。最後の賭けで適当な生徒にビンタを放ったら、見事にすり抜けたから、確信したんだ。ワタシは肉体を失っていると、ね」

「一年も・・・だから俺より先輩なんですね。あれ、そもそも権子さんは生徒なんですか?」

「期待しているところ申し訳ないけど、幽霊とはいえ服は着ているんだよ? それがこの高校の制服というわけ、リボンの色は今の2年生だね」

「そんな事、考えて無いですよ! でも、服は着ているんだ・・・興味深い。服は脱げるんですか?」

「・・・やれやれ、それはセクハラだよ? 実はワタシの姿が見えていて、言っていたりするのかな?」

「違いますって、服を脱いだら服がどうなるのか気になっただけですよ・・・とはいえ、誤解を招く聞き方でしたね、反省します」

「あはは、殊勝というのは得難い美徳だよ。ちなみに、君を魅了できるのなら、ワタシは一肌脱ぐのも吝かではない考えだ♪」

「からかわないでくださいよ・・・権子さんが此処の生徒の可能性が高いのは解りました。では次、末崎さんと知り合ったのはいつですか?」

「言葉を交わしたのは、一昨日が初めてだよ? こちらの事情で、早急にコミュニケーションを図れる人が必要になって大募集したのさ、声を張り上げてね。そうして応えてくれたのが、末崎さんというわけ」

「・・・末崎さんが言ってました、権子さんは死んでいない。病院のベッドで昏睡状態になっているって・・・それは本当なんですか?」

「本当・・・のはず。時折、夢を見るんだよ。見ると言っても、音しか判らないのだけど・・・バイタルサインモニターの電子音に混じって、話し声が聴こえてくるの。あれから一年、もう楽にしてあげるべきかもしれないって」

「・・・夢まで見るんですね」

「比喩表現だよ、白昼夢と言った方がしっくり来るかもね・・・というか、けっこう真剣に話していたつもりなんだけど? 祟るよ?」

「すみません、失言でした・・・」

「全くだよ・・・まあ、好奇心に忠実なところも嫌いではないけどね」

「えっと、ありがとう、ございます?」

「ふふっ・・・さて、ワタシから引き出せる情報はこのくらいだと思うけど、どうかな?」

「そうですね・・・もし権子さんが未だ生きていて、このままだと本当に死んでしまうのだとするなら・・・先ずは貴女を目覚めさせたいと思います。告白の返事については、その後でも良いでしょうか?」

「うん・・・正しい選択だと思うよ。恋する乙女的には、気が気じゃないけど・・・本当に死んでいたら元も子もないものね?」

「とりあえず、状況をスッキリさせたいんです。そうでないと、こんな知恵の輪状況では素直に考えられませんから・・・」

「ありがとう・・・感謝を込めて、君に惚れた理由を教えてあげたいところだけど、残念ながらもう下校時刻だ。また話そうね、佐原君」

 権子さんが言い終えるのとほぼ同時に、下校時刻を伝えるチャイムが鳴り響いた。

「そんなに時間が経っていたのか・・・権子さん、最後に一つだけ聞きたい事があるのですが、コロッケパン好きなんですか?」

「コロッケパン? ああ、最初に呟いてたやつだね? サブリミナル効果は知ってるかな・・・佐原君はよく学食で御昼を調達しているでしょう? ああやって呟き続けて、君の御昼を操作出来るか挑戦するのが日課だったのさ♪」

「えぇ・・・何て生産性の無い事しているんですか、貴女は」

「まあ、基本的に超絶暇だからね・・・それに意味が無い訳でもないよ、君の食の好みはバッチリ把握出来たからね♪」

「あはは・・・笑えないです。法で裁けないストーカーじゃないですか!」

「ふふっ、法は生きている人間が負うべきものだから、仕方ないね・・・さあ、質問は終わりだよ。生活指導に捕まりたくなければ、早く帰りなさい」

「・・・分かりました、釈然としませんけど」

「よしよし、良い子だね・・・ワタシは基本的に君の近くに居ると思うから、話したくなったらこれ見よがしにイヤホンを付けてと良い。そうすれば、こちらも気付けるからね」

「はい、そうします。では、失礼しますね」

「ああ、またね」

 私は一礼してからアプリを終了させ、イヤホンを外しつつ踵を返した。名無しの権子さん、色々と翻弄されてしまってはいるが、悪い人ではないようだ。


「・・・どう見ても不審者だったよ、佐原君」

 屋上から校内へ戻ってすぐの所で、私は不意に声を掛けられた。

「ふぁっ!?」

 驚きのあまり素頓狂な悲鳴を発しながら、声のした方向に顔を向けると、そこには普段開閉しない方の扉に背を預けている人物が居た。

「末崎さん? どうしたの、そんなところで・・・?」

「・・・どうなったのか気になるでしょう、普通。恥ずかしい想いをしてまで、協力したんだからさ」

「まあ・・・そうだよね」

「それで、どうする事にしたの? ・・・付き合うの?」

「いや、その答えは保留にしてもらったよ。先ずは権子さんを起こさないと、始め様が無いからね」

「ふ~ん・・・冷静なんだね、どうでも良いけど」

「あはは・・・そういえば、不審者みたいって言ってたけど、どういう事?」

「どういうって、権子さんと話してる時の姿の事・・・イヤホンしながら独りでブツブツ言ってるの、不審者以外の何者でもなかったから」

「あれなら電話してるように見えると思ったんだけどな・・・」

「人混みなら問題ないんじゃない? 独りだから不審に見えるんだよ、きっと」

「独りだから、か・・・だったら末崎さんが一緒に居てくれたら良いんじゃないかな?」

「・・・別に、良いけど」

「冗談だから怒らないで欲し・・・・・・あれれ、良いの?」

「教室で話し掛けてくるなとは言ったけど、協力しないとは言ってない。それに権子さんを助けるって決めたのは、あたしの方が先だし・・・良いよね、権子さん?」

 末崎さんは、私の右隣の空間に目を向けている。どうやら、権子さんも校内へ戻ってきていたようだ。もしかしたら、私の恥ずかしい悲鳴を聞き付けて来たのかもしれない。

「・・・佐原君次第、だって?」

「えっ、俺? 俺は大歓迎だよ、素で権子さんが見えて、声も聞き取れるのは末崎さんだけだからね。それに、権子さんについて調べる過程で、俺じゃあ入れない場所とかも出てきそうだし・・・寧ろ、三顧の礼を敢行してでも率いれるべき人材だよね?」

「同意を求められても困るんだけど・・・文句無しって事?」

「その通り、一緒に権子さんを叩き起こそうじゃないか」

 私が突き出した拳に、末崎さんの冷ややかな視線が刺さる。

「あぁ・・・ごめんなさい。これは男子のノリでした・・・」

 失態を悟った私は、拳を即座に引っ込めようとした。だがそれよりも早く、末崎さんの握り拳が打ち込まれてきた。手加減知らずで、そこそこ痛い。

「そういう暑苦しいの、得意じゃないけど・・・人の命が賭かっているんだから、気合い入れてかないと」

 直前のパンチの強さは、彼女の意志の固さと比例していたのだろう。拳に伝わる痛みが、未だ何処か浮き足立っていた私の決意をも引き締めてくれた。相当痛かったのか、末崎さんは涙目になっている。

「・・・分かった?」

「もちろん・・・骨身に響いてきたよ」

「なら良し・・・えっ、権子さんも? 仕方ないなぁ・・・」

 末崎さんは、もう片方の拳を何もない空間に突き出した。きっとそこに、権子さんの拳が打ち込まれていることだろう。

「・・・ほら、佐原君もだって」

 そんな末崎さんに促され、私ももう片方の拳を彼女と同じ様に突き出した。この拳にも権子さんの拳が打ち込まれているはずだが、それを知る術を私は持ち合わせていない。それが少しだけ、寂しく思えた。

「権子さんのタイムリミットまで、一週間・・・全力で行くよ」

 そんな末崎さんの檄に私は動揺を隠せなかった。

 権子さんのタイムリミットというのは生命維持装置が切られる日の事だろうが、それまでもう少し日にちがあると勝手に思っていたのだ。

「ああ・・・全力を尽くそう」

 内心、冷や汗がダラダラなのを押し隠しながら、私は努めて気丈に返答する。

 こうして私たちは、権子さんを交えつつ、彼女の再起を屋上手前の踊り場で誓い合った。

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