第1話 かつての日常
落ち葉を集めて作った寝床と洞窟をそのまま利用した岩だらけの家。
狩った獣の皮で作った服に身を包み、山で木の実や獣を採る生活。
多くの人間にとっては、物も娯楽も何もない貧しい生活だが
当時の俺にとっては、辛いことも悲しいこともない幸福な幼少期だった。
「おお、起きていたか!さっきコイツを捕まえてな!今日は豪勢にステーキといこうじゃないか!」
狩りから帰ってきた親父は重さ1トンほどありそうな大型の野牛を片手にぶら下げて嬉しそうにそう言った。
「オリバー、朝食が済んだら狩りの練習をするぞ!」
「わかったよ、親父」
*
いつものように朝食を早々に済ませ、獣の骨と木材で作ったお手製の槍を片手に
いつものように俺は一人で狩りに出かけた。
いつものように野山で獣を探し回り、何度もウサギや牛を見つけたが
いつものように逃げられ狩ることができなかった。
いつものように手ぶらで帰ると、親父は
いつものように俺に怒鳴り散らした。
「また何も狩れなかったのか!いいか!お前ももう一人前にならなければならない年なんだぞ!
せめて野ウサギぐらいは狩れるようになれ!いつまでも俺に面倒見てもらえると思うな!
なんでお前はこんな簡単なこともできないんだ!」
「…教え方が悪いからだよ」
「なんだと!?」
「そもそも親父は槍を作ったことも使ったこともないだろ!
なのに、槍を作れだの槍使って獣を狩れだの言って!
作り方も狩り方も教えてくれたこと一度もないじゃないか!」
「それは…」
オレが言い返すと、先ほどまで図体と同じくらい大きかった親父の声が急に小さくなった。
「親父はドラゴンだから!簡単に狩りができるんだ!
人間の俺に狩りなんて無理なんだ!」
俺はそう言うと、落ち葉の寝床に潜り込んだ。
*
暗い森の中にしばらくの間沈黙が続いた後、親父の声が聞こえた。
「…さっきは言い過ぎた。すまん。けどな、お前なら狩りだって一人でできるとも思っているんだ。」
「俺は親父みたいに火は吹けないし、空も飛べない。牛だって一撃で仕留められない。
人間の俺じゃできないことが多すぎるんだよ」
「そんなことはない。この前だってかなりうまく槍を作っただろ。
俺じゃ手がデカすぎて槍なんて作れねぇ。
それに俺は図体がデカいからすぐに獲物に気づかれちまうが、
お前なら草木に隠れて獲物に近づけるだろ。」
「…」
「お前に出来なくて俺に出来ることがあるように
お前に出来て俺に出来ねえことは必ずある。
俺と同じ方法で狩りをする必要はない。
お前に出来ることを駆使すれば俺じゃ狩れない獲物でも狩れるはずだ」
「…初めてまともなアドバイスしたな、親父」
「おいおい、いつもしてるだろ!」
「いつもは獲物見つけたら、殺せってぐらいしか言わないだろ!」
「そ それは…」
この時の俺は思いもしなかった。
この何気ない日常がもうすぐ終わることに…
投稿は不定期になります。
ご了承ください。