69 初めての授業
全員の魔力を測定できたので、グロウは早速授業を始める。全員、最初こそ不安そうにグロウの話を聞いていたのだが、自分の魔力を測定して正真正銘魔法の才能がある事が分かったので、今は全員グロウの授業を楽しみにしている様だ。
授業が始まる前に、女子生徒たちがルピナとナケアを囲んでまだ余っていた生徒用の机に強制連行していく。まあ二人はどう見ても先生には見えないので、生徒たちはナケア達を新しいクラスメイトと認識したらしい。
実はグロウのパーティーでは、グロウとエリカの適正職業は魔法剣士であり、同種族の中では魔法が得意な方ではないグロウよりもナケアの方が聖術や補助系の魔法が、そして完全に魔法特化型の魔王であるルピナはエリカでは一生かけても不可能な規模の攻撃魔法を放つことが出来るので、魔法に関しては生徒に連行された二人の方が余程レベルが高いのだが、二人とも楽しそうなので黙認することにする。
女子生徒に連れられて二人が席に座ったため、グロウはアイテムボックスの中からもう一枚の巻物を取り出した。
「最初の授業で座学と言うのもつまらないから、まずは実習で魔法を実際に体験してもらう。この巻物にはさっきの【鑑定】では無いある魔法を施してある。最初は、トニーに発動して貰おうか」
「えっ、俺?」
トニーは自分が指名されるとは思っておらず、いきなりの事で少し驚いている。しかしトニーは、見た目通り元から積極的な子だったらしく、直ぐに緊張した面持ちでグロウから巻物を受け取った。
「これって、ただ魔力を流すだけで良いの?」
「ああ、巻物に刻まれている魔法陣には、既に魔法を発動させるための魔法式が組み込まれているから、魔法の発動に足りるだけの魔力さえ流せば良い」
グロウから説明されて、トニーは緊張した面持ちのまま巻物に魔力を流し込んだ。
すると、直ぐに巻物に刻まれた魔法陣が輝き出し、巻物の中から人の顔くらいの大きさの水球が浮き出てきた。
「おおっ!」
「ふむ、やはり魔力の変換効率が悪いな。まあそれは俺が魔法剣士だから仕方ない。その巻物に刻まれていた魔法は初級水魔法の【水球】。旅の水分補給に最適の魔法だ」
浮かび上がった水球を見て、発動させたトニーや他の生徒たちが、目を輝かせていた。
いくら魔法を使える才能があっても、誰でも生まれた瞬間から魔法が使えるわけでは無い。この生徒たちも、自分で魔法を発動させたことはあまりないのだろう。
生徒たちは自分たちもやってみたそうに全員ソワソワしていた。
そんな生徒たちを見て、グロウも満足そうに頷く手を叩いて生徒たちの視線を集める。
「この巻物は特殊な付与魔法に分類される。この巻物の原理は、魔法紙に魔法陣を付与している訳だからな。取り合えず最初は、ここにいる全員に巻物を制作してもらう。巻物で一番難しい魔法紙の制作はこちらでやっておくので、まずは魔法陣を描くために基本的な魔法式を教えよう」
「えっ? 俺たちがこの巻物を作る?」
生徒たちはきょとんとした表情をグロウに向ける。
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「いや、どうしたも何も……巻物って空白の時代で技術が途切れた物ですよね? そんな物、俺たちが作れるとは思えないんですけど?」
「何を言っている? 魔法剣士の俺でも作れるんだ。お前たちに出来ない訳が無いだろう? それに、巻物は魔法紙さえあれば割と簡単に作ることが出来るぞ」
さも当然と言った様子で平然と言うグロウに生徒たちが何を思ったのか、助けを求めるように生徒たちは隣に佇むエリカを見つめた。
生徒たちの視線に気が付いたエリカは、苦笑いを浮かべる。
「えっと、私も最初は皆さんと同じように出来ないと思ったんですけど、いつの間にか作れるようになっていたので皆さんも頑張って下さい……」
「先生たちって、一体何者なんですか……?」
とても疲れた様子で肩を落とす生徒たちを放っておいて、グロウは黒板に次々と文字を書いて行く。
最初に書いたのは、『魔法式』と言われる魔法を発動させるために必要な魔力、範囲、威力などを表した公式だ。
魔法を使用するのに重要なのは、《魔力》とその魔力を効率良く変換するための《イメージ力》だが、魔法式から導き出される特殊な記号を魔法の元となる魔法陣に代入することで、魔法は更に効率よく発動させることが出来る。
現代の魔術師たちは、この魔法式を省略して感覚で魔法を使っているので、非常に効率の悪い魔法を使っていた。
スイッチ一つで火を付けられる魔道具を使うか、火打石で火をつけるか。足し算を使うか掛け算を使うか。この魔法式を理解しているかしていないかで、魔法の効果はそのくらい天と地ほどの差がつくことになる。
現代の魔法のレベルが、過去と比べて著しく落ちているのはこの魔法式がまだ解明されていないのが大きな要因だろう。
この魔法式を工夫し、いかに効率良く魔法を使うかが魔法の効果を上げるカギとなるのだ。
グロウは生徒たちに魔法陣について説明する。生徒たちもグロウはそう言う者なのだと諦めたのか、真剣にグロウの説明を聞いていた。
この魔法式についての説明が終わったころには、いつの間にか今日の授業時間が終わり、下校時刻になっていた。
「おっと、もう終わりか。少し興が乗り過ぎてしまったな」
「魔法式……こんなものがあったなんて知らなかった……」
「魔法って魔力が高ければ良いってものじゃないんだな」
「ううっ……これ全部覚えるの……?」
最初は【水球】の魔法を見てやる気を出していた子供たちも、後半になるにつれて集中力が続かなくなっていた。今日は夢中になってしまって気が付かなかったが、次からは座学の授業中に適度に休憩を入れることにする。
それでも授業が終わるまで泣き言を言わなかっただけ、このクラスの生徒は優秀だ。昔からグロウの教えを受けているナケアですら、興味の無い事となると直ぐに別の事を始めてしまうのだから。
「今日の授業はここまでだ。明日は今日教えた魔法式を、実際に魔法陣に組み込んでみよう。今日の授業で何か分からないことがあれば、俺かエリカに聞いてくれ」
今日の授業は終わりにして、グロウは明日の連絡事項を幾つか話してから教室を出ていく。エリカ達は、生徒たちに誘われてこれから街で遊んでくる様だ。グロウも誘われたのだが、正直グロウは若い子供たちの話題についていける自信が無い。
そう言う事は、歳が近い者同士で楽しんでくれれば良いだろう。ルピナは一歳未満で、ナケアは八十歳以上だが、そこは気にしてはいけない。それに、少し気になったこともある。
教室を出てからグロウが向かった先は、この街の冒険者ギルドだった。ギルドの空いていた受付嬢に話すと、直ぐにグロウはギルドの談話室に通される。
談話室で出されたお茶を飲んで寛いでいると、数分後に談話室の扉を開けてこのギルドの支部長であるリックが姿を現した。
「待たせたな。どうだ、生徒たちの様子は?」
「突然すまんな。生徒たちは全員素直で助かっている」
「そうか、それは良かったな。それで、俺に何か用か?」
リックはグロウの対面にあるソファーに腰を下ろすと、ギルドの職員が持ってきたお茶を一口飲む。
「少し確認したいことがあってな」
「確認したいこと?」
「そうだ。俺のクラスに魔導師がいた。これは偶然か?」
グロウがそう言った瞬間、リックは飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。その反応では、如何やらリックは魔導師であるシュティーについては知らなかった様だ。
「魔導師っていやぁ、勇者や聖女と同格の才能じゃねえか!? 本当に、そんな奴があの学校に居たってのか!?」
「ああ、俺の【鑑定】の魔法で調べたから間違いない。まさか本当に把握していなかったのか?」
グロウが直ぐにリックに会いに来た理由は、リックの考えを聞き出すためだった。
あの魔法学校では、魔法を使える子供しか入学することが出来ない。その為、魔法の才能があるかどうかは入学前に必ず調べられる。
当然、シュティーも適正職業を入学前に調べられたはずなのだ。その証拠に、クラスにいた生徒たちはシュティーを除き、全員が魔術師の適性を持っていた。
もしその時点でシュティーの適性職業が魔導師だと判明していたならば、確実にシュティーは王都にある国内最大の魔術学校に推薦入学していたはずだ。
だがどういう訳か、シュティーは現在グロウの担当する教室の生徒として授業を受けている。グロウはてっきりリックが何か仕込んだものだと思ったのだが、リックも把握していないとなれば何処かで不備が生じていたのだろう。
そう考えた時、グロウは一つの可能性に思い当たった。
「そう言えば、このギルドで冒険者登録をした時、見覚えの無い魔道具で適正職業を調べられたが、あの魔道具は何だ?」
「あの水晶の事か? あれは他国から取り寄せた最新式の魔道具で、適正職業を九十九パーセントの精度で解析してくれる優れ物だぞ? 確かにあの学校でも入学時の適性検査で採用しているが、解析結果が間違うなんてこと無いと思うが……」
あの水晶の魔道具、どうやら最新式の魔動具だったらしい。
しかしあの魔道具は、グロウから見れば欠陥品としか思えなかった。何せあの魔道具は、刻まれていた魔法陣を見た限り、適正職業以外何も調べることが出来なかったのだ。グロウが適当に作ってみた【鑑定】の巻物でも、魔力まで調べることが出来るのにあの魔道具は適正職業しか分からない。
そんなものが最新式の魔動具とは、この時代の魔動具制作の技術もかなり衰退しているらしい。
「恐らくだが、その魔道具では勇者や聖女、魔導師と言った特殊な上位職業は測定できないんじゃないか? そう言えばBランクの昇級試験の時に聖女のソフィアと一緒にいたが、ソフィアの適性を調べた時の道具は使えないのか?」
「聖女様は教会で祈れば自然と分かるから、そもそもあの魔道具は使わないんだ。そう言えばここ百年内で、勇者や魔導師が出たって話は聞いた事が無かったな。勇者の伝説も、今じゃ専ら子供たちのおとぎ話だ。グロウ達の生まれた百年前じゃ、勇者や魔導師が居たのかね?」
「実際に勇者や魔導師にあったこともあるぞ。あいつらは強かった」
話を聞くと、聖女は教会で祈ると教会内に膨大な量の神聖な魔力が流れるので、祈った者が聖女かどうかは一目で分かるのだと言う。
他にも、拳鬼は生まれつき力が強かったり、賢者は生後間もない内に言葉を喋り、大人でも到底及ばない戦術を平然と編み出してしまうので容易に判明するそうだ。
しかし、勇者と魔導師はそうではない。この二つの職業は、魔法と深く関りがある職業だからだ。
勇者は主に自身を強化する付与魔法を付与し、強力無比な剣技も相まって単体に対して無類の強さを誇る様になる職業だ。
そして魔導師は、膨大な魔力でもって大規模な魔法を連発することで、面制圧において絶対的な戦力となる。
二つとも最初から強いわけでは無く、ある程度魔法を使えるようになって初めて無類の強さを手にできる職業であり、現在の魔法技術では育つことの無い職業だ。
その為、魔道具の欠陥も合わさってこれまで見つかることが無く、何処かで普通の魔法剣士か魔術師として、これまでの勇者や魔導師は生涯を終えていたのかもしれない。
「なるほどな。確かにそんなレアな適正職業、判定できなくても誰も気が付かなかっただろうな。何せ世界に一人だけだ。例え勇者や魔導師でも、分からなきゃちょっと強い魔法剣士や魔術師と見られていても不思議じゃないわな」
リックも納得したように頷く。これまでに勇者や魔導師が発見されておらず、存在してることだけは分かっても発見することが出来ないかった理由が、このくらいしか思いつかなかった。
まあそんな事は今はどうでも良い。別にグロウはこの場にギルドの不備や魔道具の性能について咎めに来たわけでは無いのだから。
グロウがこの場に来たのは、これからの方針を確認するためだ。魔導師はその性質から、グロウが正しい魔法を教えれば強力な戦力となる。今の魔法技術の中に、何世紀後に到達するかも分からない魔法技術を持った魔導師が現れれば、その魔導師一人だけで国を落とすことも可能だろう。
国軍にシュティーが見つかれば、確実に国はシュティーを人間兵器として使用する。その生活は、シュティーにとって幸せな物にはならない可能性が高い。
そしてグロウも、出来れば自分の教え子には幸せな未来を生きてほしかった。しかし今のままでは、その未来が子供たちに来ることは無い。
グロウにできることは、子供たちに生きる為の術を教える事と、ドラゴンの力による庇護だけだ。どちらも平和とはいかない、血生臭い未来にしか続いていない。
人の道を決める権利はグロウには無く、血生臭い未来が良いのならグロウも止めはしないのだが、せめて子供の間くらい楽しく平和な生活を送らせてあげたいと思うのはグロウの完全なエゴだ。
「それで、シュティーについてはどうする? 俺としては、少なくとも子供の内は平和な時間を過ごさせたいんだが? もちろん、魔物の狩り方くらいは教えるつもりだけどな」
「そうだな。俺も魔導師の存在については、ギリギリまで隠しておくとする。どうせ最新式の魔道具でもバレないなら、こっちから言わない限りバレないだろ。そもそも、王都の魔法学校よりもグロウから魔法を教わった方が余程有意義だろうしな」
「そうしてくれると助かる」
取り合えず心配事が一つ減ったことで、グロウはお茶も飲み終わったので帰ろうと腰を浮かすと、リックから「まあ待て」と引き留められた。
「うん? どうかしたのか?」
「まあな。最近、この街近隣の森で狂暴な魔物が頻繁に目撃されているらしい。グロウ達なら問題ないだろうが、くれぐれも注意してくれ。それと、もし誰かが魔物に襲われている様なら助けてやって欲しいんだ。ドラゴンのお前さんらには人間の事情なんて知らんと思うが、どうか頼む」
リックは頭を下げてグロウに懇願する。しかしグロウは、少しだけ不快そうに眉を顰めた。
「そう思われていたとは心外だな。俺たちは少なくともこの街が気に入っている。幾ら俺たちがドラゴンと言えど、人間と同じような感性を持っているんだ。目の前で命の危機が迫っている人間が居るのに、見捨てるような外道では無いつもりだったんだが?」
「そう気を悪くしないでくれ。俺もグロウ達がそうでないことくらいは分かるつもりだ。だが、やはりグロウ達の正体を知っている国の上層部では、お前さんらの力を脅威と見ている者も多いんだ。言質を取っておかないと、後で面倒になる」
そう言うとリックは、ポケットから小型の魔動具を取り出す。刻まれている魔法陣を見た限り、如何やら録音の効果がある魔道具らしい。
「俺はこれでも結構国の上役に顔が利くんだ。これがあれば大分グロウ達も楽になると思うぞ?」
「そうか。それなら良い。用があればまた来る」
「いつでも歓迎するぜ」
そうして今度こそ、グロウはギルドを出て帰路につくのだった。
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