6 500年ぶりの街
日も暮れてきたので、今日は森の中で野宿をすることにした。森の中で木の枝を拾い集め、グロウが木の枝に火をつける。
火炎龍であるグロウの炎は、まだ乾燥していない木の枝でもお構いなしに良く燃やしていた。
「アイテムボックスの中にテントがあって良かったな。百年以上前に持っていたものだが、まだ問題なく使えそうだ。食料は、現地調達だな」
「グロウさんのアイテムボックス? と言う魔法は本当に便利なんですね……こんなに大きなテントが丸々入っているなんて……」
アイテムボックスの中から取り出した、人間ならば五人くらい余裕で入れるテントを見て、エリカは呆れる様にグロウを見つめていた。
「アイテムボックスは誰でも習得できる初級魔法の筈だが、まさかそれすらも無くなっているのか?」
「一応、魔道具の中には物を多く収納できる物もありますが、かなり高価な代物ですね。それを個人で自由に発動できる魔法なんて、空白の時代の出来事が書かれた書物でしか見たこと無いです」
こんな初歩的な魔法も広まっていないなんて……。
グロウは便利魔法を作り出した過去の偉人たちを想って、静かに黙祷を捧げた。この便利魔法の研究に生涯を掛け、元々複雑だった魔法を誰でも使える魔法にまで改良した研究者もいたというのに、その努力の結晶は500年後の未来まで続くことは無かった様だ。
「うん? 空白の時代って何だ?」
この時代の魔法技術を本気で嘆いていたため気付くのが遅れたが、エリカの話の中に何やら知らない言葉があった。少なくともグロウの生きていた時代、空白の時代と呼ばれる年代は無かった筈だ。
「空白の時代というのは、150年前に終わった大規模な戦争があった時代の事ですね。一説によるとその戦争は400年程前に、当時の大国の一つが試験的に運用した大規模魔法を暴発させたことにより世界各地で魔力災害が起き、怒った周辺諸国が協力してその大国を攻めたのが始まりと言われています」
約400年前と言うと、グロウが死んでから約100年後という事になる。ならばグロウがその戦争について何も知らないのも当然だった。
それでも多少は当時の魔法が残っていても良いと思うのだが、次に続いたエリカの言葉でグロウはその真相を知る事となる。
「現代で行われた様々な調査の結果、その戦争は全世界の国を巻き込んで熾烈を極め、戦火はただの民間人にまで甚大な被害をもたらしていた事が分かったそうです。戦争の末期頃には戦争に関わったほぼ全ての知識、人材が失われ、戦争を続行することが不可能になった為、全世界で不戦条約が結ばれる事になり戦争は終わったらしいですね。戦争に関する物はその時に結ばれた不戦条約を記す書類以外は存在せず、その為戦争をしていた事実以外の歴史が何も分からない250年間を、空白の時代と呼んでいるんです」
「なるほどな、その文明と一緒に魔法技術まで滅びたと……何やってんだ人類……!?」
グロウは当時の人類の愚かさに頭痛を覚えた。その戦争から150年経った今でも、初級の便利魔法すら広まっていない現状を見るに、その時の技術は完膚なきまでに滅びたらしい。
それでもまだ生き残っている人類の生命力は素直に称賛するが、先人たちの知恵くらい継いでやらなければ魔法に命を懸けた者達は浮かばれないだろう……。
(しょうがない、何か機会があれば簡単な魔法くらい広めておこう)
静かに決意したグロウは、三人分の食料を探しに夜の森へと入って行った。
次の日の朝――
ドラゴンは人間の時とは違い、頻繁に睡眠を必要としないため不寝番を買って出たグロウは、差し込んできた朝日に顔を顰めた。
因みにドラゴンと言ってもナケアはまだまだ子供なので、毎日夜更かしせず寝る様に言い聞かせている。
朝日が山の頂上から顔を出した頃に、小鳥の鳴き声に耳を傾けながらグロウはテントの中で寝ている二人を起こしに向かった。テントの中では幸せそうに寝息を立てているエリカと、そのエリカに抱き着いて眠っているナケアがいた。
一瞬もう少し寝かしておこうかとグロウは考えたが、この500年間に起きた出来事について情報収集をしておきたかったので、出来るだけ早く街へ向かいたい。
「二人とも、朝だぞ」
私事で憚られるものの、グロウはテントの中で寝息を立てている二人に声をかけた。朝日が顔に当たり眩しそうに顔をずらしながら、やがてエリカが起き上がった。
「ふわぁ~……グロウさん……おはようございます……」
まだ眠そうに欠伸を漏らし目を擦りながらも、エリカはナケアを起こさない様にそっとナケアを横にずらすと、大きく伸びをして体の凝りを解していった。
「おはよう、取り合えず顔でも洗ってくると良い。その間に朝食の準備は済ましておこう」
「それは私も手伝いますよ。不寝番までやってもらったんですから、そのくらいはやらせて下さい」
そう言ってエリカは近くを流れている小川へ向かった。この辺りは湖も多く、そこから流れている川も多いので水には困らない。
エリカも手伝ってくれると言うので、グロウは消えかけている焚火の中に薪を追加して火を強めながら、エリカが戻ってくるのを待つことにした。
エリカが戻り、二人で朝食の準備を終わらせた後、再びまだ眠っているナケアを起こしに向かう。
「ふわぁ~……お兄ちゃん、おはよう……ございました……」
「無理矢理過去形にした挙句また寝るな……朝食が冷めるぞ」
まだ半分以上眠っているナケアの体を起こし、背中に背負って近くの小川まで連れて行く。小川で顔を洗わせて漸く、ナケアはいつもの元気な笑顔を浮かべた。
「お姉ちゃんおはよー!」
「ナケアちゃん、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「うんっ! でもご飯作るならボクも手伝ったのに……」
「ナケアちゃんはしっかり者ですね」
ナケアが揃ったところで、三人は朝食を食べ始める。朝食は昨日狩ってきた獲物の肉を入れた野菜スープだ。ナケアとエリカが、まるで本物の姉妹の様に交わす何気ない会話が新鮮で、いつもより食事が美味しく感じた。
朝食を済ませた後、グロウはテントをアイテムボックスの中に戻し、出発の準備を始める。準備が終わる頃には、街が活気づく良い時間となっていた。
荷物を纏め、三人は和気藹々として森の中を進む。昨日見えた街までは大した距離はなく、昼になる前には街に到着することが出来た。
「うわぁ~! これが人間の街か~! お兄ちゃん、見たこと無い物が沢山あるね!」
「ああ、そうだな」
街に到着するや否や、ナケアは見える全てを興味深く見つめては、目を見開いて楽しそうに驚いていた。そのはしゃぐ姿を見て、エリカや道を通る人々が優しい微笑みを浮かべている。
そしてグロウはと言うと、表情にこそ出していなかったが街の様子を見て困惑していた。
(街に魔動人形が見当たらない? それに街道を走るのが魔動車では無く馬車だなんて、時代遅れにも程があるぞ……まさか戦争の被害はこんな所にまで及んでいるとはな……)
この街にはグロウが生きていた時代には当たり前にあった魔動具が、殆ど存在していなかった。精々街の街灯に、昼間は光を魔力に変換して貯蔵し、夜になると変換した魔力で光を灯す魔灯石が使われているくらいだ。
技術の衰退は予想していたが、まさか500年後の世界でグロウが生きていた時代から100年以上前の光景を見るとは思わなかった。
「グロウさん、どうですか人間の住む街は? ここは観光地としても有名で、王都程じゃないですけどとても賑やかな街なんですよ?」
はしゃぐナケアの後を付いて行きながら、エリカは街の施設や特産品などを事細かに説明してくれる。その横顔はとても楽しそうで、エリカがこの街を大切に想っている事が分かった。
技術は衰退しているが街はグロウの前世以上に賑わっており、道行く人からは笑顔が絶えない。前世では、技術の進歩は同時に人間の心を貧しくさせると言った者がいたが、過去程の技術が無い人の街がこれ程活気づいているのだから、その言葉は嘘では無かった様だ。
「ふむ、中々興味深いな。少なくとも、俺の知っていた街よりも活気に満ちている。良い街だ」
「喜んでもらえて良かったです! この街は本当に良い人ばかりで、私はこの街が大好きなんです!」
「……!? ……そうか」
エリカが満面の笑みを浮かべる。その笑顔をみて、グロウは顔が熱くなるのを感じ、思わず顔を逸らした。今まで意識していなかった訳では無いが、普段ナケアと一緒にいると妹に振り回されている姉にしか見えず、微笑ましさが勝っている。
だがナケアが初めてみる街の景色に夢中になっている今、一人の少女としてエリカを見るとその可愛らしさも相まって、グロウを落とすには充分過ぎる破壊力を持っていた様だ。
「そっ、そうだ! この魔晶石を売りたいんだが、何処で売れば良いのか知らないか?」
その笑顔を直視できずに、グロウは思わず話題を変える。多少不自然ではあったものの、エリカは疑うことなく口に人差し指を添えて考えだした。
「えーと、魔晶石は宝石としても売れるので宝石商でも売れますが、グロウさん達には身分証が無いので物を売れませんから、冒険者ギルドで売れば良いと思います。冒険者ギルドなら魔物の素材も売ることが出来ますし、冒険者になれば身分証も発行してもらえますから、一石二鳥です」
冒険者ギルドはグロウの生きていた時代にも当然あった。確かに冒険者になればギルドに身分を保証してもらえるので、何かと都合が良い。
目的地を冒険者ギルドへ決めたグロウ達は、随分と様変わりした街を眺めながらギルドがある方角へ歩いて行った。