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5 外の世界

 洞窟の中に戻ってきたグロウたちは、エリカを送り届ける為に準備をしていた。勿論服は着ている。


 アイテムボックスの中に入っていた、冒険者時代に着ていたローブを着込み、グロウは換金できそうな魔物の素材を探す。


 これまでこの周辺で狩った魔物の多くは、魔晶石と言われる魔力を多く含んだ結晶を体内に宿している。あまりに弱い魔物の中には魔晶石は生成されないが、その分希少価値もあり、その中にある魔力は様々な利用方法もあった。冒険者時代には良く換金して、家計の足しにしていたものだ。


 その時の癖で、魔物を狩った時は魔晶石をしっかりと取り出して集めていた。100年分の魔晶石は奥の部屋で積み上げられており、小さな山の様になっている。


 この魔晶石を換金すれば暫くは金に困らないだろう。折角久しぶりに人間の社会に出るのだから、暫くは世界の変わり様を見てみたい。


 他にも装備の素材となりそうな毛皮や骨、牙も大量にある。アイテムボックスの中に入れておけば嵩張ることも無いので、グロウはそこにあった魔物の素材を全てアイテムボックスに入れた。


「これは、持っていくか」


 魔物の素材を詰めている途中、グロウは部屋の隅にある欠片を手に取り、懐かしそうに眺める。その欠片はグロウが入っていた卵の欠片だ。欠片の表面にはまるで炎の様な赤い模様が浮かんでいる。100年経っても全く朽ちる様子の無い卵の殻は、魔力に対する親和性も高い。御守りとしては心強い物になるだろう。


 その隣にはナケアの出てきた卵の殻もあった。その殻は白銀の光を常に放ち続け、魔力を通せば多少の傷なら治せる程度の治癒効果を発揮する。


 上位ドラゴンの卵の殻はグロウの生きていた時代、貴族の装飾品として良く出回っていたものだ。売る気は無いが、何かの役には立つだろう。

 グロウは二つの殻を大切にアイテムボックスの中へ入れた。


 この部屋にはこれ以上素材は無い様なので、グロウはナケアとエリカのいる部屋に向かう。洞窟の奥にある部屋に入ると、中には白いワンピースを着て姿見の前で上機嫌にクルクル回っているナケアと、一仕事やり切った感を出して惜しみないドヤ顔を決めているエリカが居た。


「あっ、お兄ちゃん! 見て見て! これ全部お姉ちゃんがやってくれたんだよ!」


 そう言ってナケアがグロウの元に駆け寄ってくる。そのナケアの髪は頭の片側で纏められており、青い髪飾りを付けていた。


「どうですかグロウさん! ナケアちゃんの可愛さを完全に表現することはまだ人類には出来ませんが、取り合えず今出来る最高のコーディネートが出来たと思います!」


「あっ、ああ、可愛いと思うぞ……」


 何時になくテンションの高いエリカが詰め寄ってきて、興奮気味にどこをどう頑張ったのか語り出す。男のグロウには正直何を言っているのか分からない用語が多々あったが、今のナケアは確かに可愛かったので話を合わせておいた。


 草原から帰りグロウが換金できそうな素材を探している間、流石に少女用の服は持っていなかったのでエリカにはナケアの服をどうにかして貰っていたのだが、どうもエリカは最後までやらないと気が済まないタイプらしい。


 元から天使だったナケアを、大天使まで昇格させたエリカの仕事ぶりは大いに称賛するが、それに釣り合う対価はどれだけ支払えば良いのだろうか?


「ナケアを任せてしまって済まなかったな。お礼をしたいのだが、今はこの魔晶石くらいしか用意できないんだ。差し当たりこの一番大きかった魔晶石を前金として受け取ってもらえるか? 魔晶石を換金したら追加で足りない分を払おう」


 そう言ってグロウは、握りこぶしより少し大きい程度の魔晶石を取り出す。これはBランク程度の魔物が落とす大きさの魔晶石だ。


「何言ってるんですかグロウさん!? その大きさの魔晶石って売ったら一財産築けちゃいますよ! このワンピースは私の持っていたただの着替えですから、お礼なんて要りません!」


 エリカがグロウの取り出した魔晶石を見て、必死で首を横に振っている。グロウが生きていた時代では、この程度の魔晶石は市場で毎日売られていたのだが、そんなに驚くほどの値段では無かったはずだ。


 だがエリカは頑なに魔晶石を受け取ろうとしない。これ以上は迷惑になってしまうだろうし、このお礼は何処かで必ず返すとしよう。


 エリカの荷物は着替えを入れていた小さい革袋のみだった様なので、二人の準備は既に完了している。後は出発するだけだ。


「それじゃあ行くか」


「「はい(おおー)!」」


 そしてグロウ達は洞窟を飛び立ち、エリカの案内で外の世界へ向けて出発した。



 ◇



 山脈に近づいてきた辺りで、グロウたちは龍の姿から人間の姿になる。山脈の向こう側はまだどうなっているのか分からない。


 だがエリカが川に流されてここまで来たことを考えると、近くにエリカの入ったダンジョンや、それを管理している街がある筈だ。


 龍の姿で山脈を超えればその街の人間に気付かれてしまい、パニックになってしまう恐れがある。だから山脈を超える前に人間の姿となり、山脈を自分達の足で越えなければならなかった。


「と言っても、流石にこの山を越えるのは骨が折れるな……」


 グロウは目の前に聳え立つ、5000メートルを超える山々を見上げ、早々にまともな手段で山を越える事を諦めた。


【魔剣召喚:火精霊の刺突剣】


 魔法を発動させると、グロウの手にはいつの間にか赤い柄をした片手剣が握られていた。その剣は斬ると言うよりも突く事に特化しており、剣身は細く少し頼りないが、この剣からは強力な魔力が溢れ出している。


【魔剣召喚】は、魔法剣士として必須のスキルだ。魔法剣士は魔力が切れた時などに通常の剣も使うが、基本は自分の魔力で作り出した魔剣や契約した聖剣、霊剣などを使う。


 このスキルを習得していなければ、このスキルから派生する魔法剣士の上級スキル全てを習得できないので、魔法剣士としてまさに通過儀礼とも呼べる魔法だ。


「あの、グロウさん? その突然出てきた剣は一体……? 何か、物凄い魔力を感じるんですが?」


「何を言っているんだ? これはただの【魔剣召喚】だぞ? エリカも魔法剣士なら使えるだろう?」


「魔剣召喚なんて魔法、()()()()()()()ですよ! 人間の魔法剣士は普通の剣を使って、補助に下級の魔法を使うのが精一杯です!」


 エリカの言葉を聞いて、グロウはここ一週間で何度目かの衝撃を受けた。魔法を開発するために待ってもらった一週間で、グロウは今の魔法剣士の状況をエリカに聞いていたのだが、どうも悪い予想の方が当たっていた様だ。


 今の魔法剣士は魔術師や剣士の劣化で、冒険者になっても必要とされずに一生を底辺冒険者で過ごす者も多いらしい。


 他の仕事をしようにも、身分の要らない冒険者には表の世界では生きられない者も多く仕事をしている。そう言う者が魔法剣士の職業適性しか持っていなかった場合、その者はパーティーの荷物持ちや斥候、囮になるしか道はないそうだ。


 それは魔術師や剣士の実力が上がり、魔法剣士の必要性が薄れてきたからだと思っていたグロウは、まさかとは思いつつ敢えて考えない様にしていた仮定を肯定され、現代社会の冒険者たちを本気で心配した。


 ダンジョンに入るのなら必須と言われていた【帰還(リターン)】の魔法を習得せずにダンジョンに入ったというエリカの元パーティー然り、ドラゴンを討伐できない軍隊然り、エリカから聞いた話だと外の世界の人間は随分と戦力が落ちているらしい……。


 そのことを含め確認に行こうと目的を一つ追加したグロウは、召喚した刺突剣の切っ先を正面の山に向けて構え、その剣に魔力を込めた。


【魔剣技:精炎の貫突】


 グロウが持っていた魔剣を目の前の山へ向けて突き出す。その瞬間、魔剣の先に魔法陣が出現し、赤く燃え上がる炎が渦を巻いて山肌へ衝突した。


 炎の刺突は放たれてから肌に衝突しても速度を変えることなく、その山肌を溶かして進み続ける。そして数秒後には、中で馬車がすれ違っても問題なく通れる程の道幅をしたトンネルを作り出した。


「久しぶりにスキルを使ったが、問題はなさそうだな。魔力が強過ぎて制御が難しくなっているのが欠点か」


「お兄ちゃんこんな事も出来たんだ! やっぱりお兄ちゃん凄い!」


 いつもみたいに目を輝かせて、ナケアは興味深そうにトンネルを覗くと、振り返ってグロウに抱き着いてくる。


 グロウは魔剣を消してナケアを抱きかかえると、トンネルの強度を確認した。トンネルの表面は高温に熱せられガラス化しており、多少の衝撃で崩落する心配はなさそうだ。


「これでわざわざ山を越える必要は無くなったな。さて、それじゃあ出発するとしようか」


 抱き着いたままのナケアを優しく地面に下ろし、その手を握ったグロウがトンネルに向けて歩き出す。その光景を見ていたエリカは、何度か目を擦っても景色が変わらない事を確認すると、まあドラゴンだから……と自分に言い聞かせて、急いでグロウ達を追うのだった。


 トンネルの先は見通せないが、ナケアの放つ光とグロウの魔法によって生み出された火の玉が光源となり、トンネル内を明るく照らしている。


 途中エリカを休ませるために休憩を取りながら、三人はトンネル内を順調に進み続けていた。そして体感で半日程歩き続けると、トンネルの先に日の光が見えてきた。


「あっ、お兄ちゃん、お姉ちゃん! 出口が見えたよ!」


 ナケアがグロウの手を放してトンネルの出口へ駆け寄る。そしてナケアは初めてみる景色を目の当たりにして、大きく目を見開いていた。


「うわぁ~! ねえお姉ちゃん、あれが人間の国なの!?」


 新しいおもちゃを買って貰った子供の様に、ナケアは期待を全身で表現している。


「そうですが、あれは国の中でもほんの一部でしかない街と言う物ですよ。こんな近くにグロウさん達が住んでいたなんて、驚きです」


 トンネルを抜けた先には、森に囲まれた山々と、その周囲に点在している湖の周りで発展した、100年ぶりに見た街の姿が見える。


 トンネルの出口は少し高台に出来ており、夕日を反射した街付近の湖がキラキラと輝いて、自然の美しさと人々の営みを合わせた幻想的な景色を観る事が出来た。


 その景色とエリカの説明を受け、ナケアは期待を更に高めた顔で、日が沈むまでいつまでもその景色を見つめているのだった――

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