38 契約
全員が集まったので、グロウはアイテムボックスの中からもう一度シートを出すと、全員を座らせてお茶とお菓子を置いた。
タマモが泣き続ける事で、慰めているエリカ達三人からの攻める様な目線をなるべく避けつつ、グロウは説明を始める。
「ナケアとルピナもいるから、最初から説明するか。こいつの名前はタマモ。元は神獣だったんだが、大昔に悪ふざけで過去の国を一つ滅ぼして、厄災と恐れられる様になった害獣だ」
「害獣では無いわ! 由緒正しき霊獣じゃ!」
グロウの言葉に腹を立て、タマモは頬を膨らませて抗議して来た。だが、タマモの目元にはまだ涙の痕が残っており、怒っていても迫力はない。それどころか、直前まで子供二人に頭を撫でられて慰められていた為、ただ子供が見栄を張っているとしか思えなかった。
「厄災指定された危険種の何処が由緒正しいんだ? まあそれは良い。それで、このタマモが昔、丁度俺の居た国にちょっかいをかけた事があって、俺がその討伐を引き受けた。その時にタマモが土下座して頼み込んで来たから、討伐せずに岩へ封印したんだが、知らん間に封印が解けていた様だな」
呆れた様に溜め息を吐き、グロウはタマモを睨め付ける。するとタマモは「ヒッ⁉︎」と声を上げて、耳を手で押さえるとエリカの背後に隠れてしまった。
本当に最初の威厳は何処に行ったのか、グロウはエリカの後ろに隠れて震えているタマモを見て、これがあの時、一度は自分を窮地に追いやった狐かと苦笑いを浮かべる。
「このまま放っておくのも危険だし、もう一度封印してしまうか」
「そ、それはあんまりですぅ〜! 妾だって十年前に漸く出て来れたのに! 妾の配下は全部倒されちゃうし、踏んだり蹴ったりじゃ〜‼︎」
再びタマモは泣き叫びながら、エリカの背中にしがみ付いた。意地でも封印されまいと言う構えだ。すると、エリカとタマモの前に、ナケアとルピナまで手を広げて守る様に立ち塞がった。
「お兄ちゃん、弱い者いじめはめっ、だよ!」
「黒いお姉ちゃん、悪くないの!」
完全にグロウが悪役の構図だ。エリカまでタマモを宥めている。この状況でグロウがタマモを封印してしまえば、この三人から嫌われかねない。グロウは仕方無く両手を上げ、降参のポーズをとる。
「やれやれ、分かったよ。タマモを封印するのは止めよう」
「ほ、本当か⁉︎ 一度期待させて置いて、妾を油断させた後に封印とかしないよな⁉︎」
「しない、そもそも、よく考えれば俺は今ドラゴンだからな。あの時は苦労して封印したが、今なら一瞬で殺す事が出来る。一度見逃してやったんだ、今回は俺達に被害が出ていないから見逃すが、どちらにしろ次は無い」
見逃すと言った瞬間、タマモが満面の笑みを浮かべた。グロウにとって、今までこの依頼を受けた冒険者がどうなろうと、正直興味は無い。冒険者とは、魔物相手に命懸けで戦う仕事だ。ならば、多少なりとも死を覚悟して依頼を受けている事だろう。
それに、冒険者だって魔物の命を奪うのだ。逆に魔物に命を奪われようと、文句を言う資格など無い。
自分達に被害が出ていないのなら、グロウに目の前の霊獣を、リスクを負ってまで討伐する理由が無いのだ。
勿論、被害が出ればグロウは容赦しない。グロウはタマモに殺気を向けると、絶対にもう悪さはしないと涙目で誓った。
「だが、本当にタマモが悪さをしないと言う保証もないな。それに、この場所に居座られると、俺達の依頼が失敗になる可能性もある」
「でも、妾はここ以外、住めそうな所を知らぬぞ? これでも、封印前の反省を活かして、出来るだけ人の寄り付かぬ場所を選んだのじゃ。お陰で、世間はここ以外何も知らん」
「確かに、俺達も世間を良く知っている訳では無いからな。何処かに人が寄り付かない、それでいて俺達が管理出来るくらい、近い場所があれば……」
グロウとタマモは腕を組み、目を閉じて考える。だが世間知らずの二人に、良い案が出るとは思えない。二人が何の案も思い付かずに、う〜んと悩んでいると、静かに話を聞いていたエリカがおずおずと手を上げた。
「えっと、グロウさんとナケアちゃんが住んでいたあの森なんてどうですか?」
「それだ!」
正しく灯台下暗し、世間知らずのグロウでも思い付く身近な場所に、理想的な場所があった。あの場所ならば、今グロウ達の住んでいるセルゲンレイクとも近い。それに、あの場所は未だに人類が踏み込んだ事が無いらしい。
その理由は、あの場所を囲む山脈にある。グロウ達の住処のある場所を囲む山脈、ギルドの地図にはグアルト山脈と表記されていた山脈は、五千メートルを超える山々が連なって出来ている。
そして、その山脈を形成する山々は何処も直角に近い急斜で形成されていた。その為、魔法もない現代の人が登れる様な場所では無いらしい。グロウ達の住処であった洞窟は、そんな崖に近い山肌に掘られていた。
グアルト山脈を越えて、グロウ達のいた森まで辿り着こうとするのなら、グロウ達がやった様に山に穴を開けて、トンネルを作る方法が最も簡単だろう。
今の人類の技術では、あの山脈を超える事が物理的に出来ない。グロウ達の故郷ならば、人間に見つかる事なく、それでいてグロウ達が管理出来る場所で安全に生活出来る筈だ。
「これでタマモの住処は問題無いな。ならば次は、暴れない様に抑える事か」
「妾は暴れんぞ? 殺されてはたまらんからな」
「それを証明出来ない。そうだな……タマモ、お前エリカと契約しろ」
「契約?」
いきなり名前を出されたエリカが、グロウを見て頭に疑問符を浮かべる。
「契約は【魔剣召喚】を習得する時にやった、剣霊を取り込む行為に似ている。契約をした魔物は、契約者が魔力を支払う事で、何時でも召喚する事が出来る様になるんだ。【魔剣召喚】の生物版と思えば良い」
「つまり、契約する事で【召喚魔法】を使える様になるって事ですか?」
「そう言う事だな。タマモはこう見えても、SS +ランクの強力な霊獣だ。いざと言う時、良い戦力になる」
「あの〜、妾まだ契約するなんて言って無い……」
「SS +ランクって、文明崩壊級の脅威じゃ無いですか⁉︎ このタマモさんが、そんなに強力な霊獣? なんですか⁉︎」
「ああ、この時代の文明なら、幾つか滅ぼせるだろうな。そんな事やる前に、俺がタマモを滅ぼすけど」
無視されたタマモが俯いて、ナケア達に励まされている中、グロウとエリカの会話は続く。
ギルドが設定している魔物の討伐難度を示すランクは、F〜SSSランクまである。例えばFランクは一般人でも対象可能。放っておくと子供や老人に被害が出る可能性がある程度。
上級冒険者にもなるCランクは、一体で街を滅ぼす力があるだろう。冒険者としては最上位のAランクにもなれば、国の存続に関わってくる魔物になっていく。今のエリカの実力は大体このくらいだ。
そしてSランクを超える魔物。これらは全て、例外無く化物だ。Sランクは複数の国が滅び、SSランクは文明が滅びる。
グロウ達上位龍はSSSランク。世界を何度も滅ぼせる程のエネルギーを秘めているのだ。グロウはドラゴンになってから一度も全力を出した事は無いが、その程度の事はできる様な気がしていた。
+が付くものは、そのランクの中では上位であり、上のランクには及ばない魔物につけられる。だが恐らく、戦闘が苦手なナケアはタマモには敵わないだろう。ランクはあくまで指標であり、絶対的な差でも確かにあるが、勿論そこに例外は存在して居る。
タマモはランクSS +であり、最上位に迫る正真正銘の強者。戦力としては申し分無い。出来れば仲間として、確保しておきたかった。
「それで、これは俺からのお願いだが、エリカと契約してくれないか?」
グロウは構えた拳に殺気を込めて、笑顔で優しくタマモを見つめる。
「それはお願いじゃのうて脅迫じゃろう⁉︎ どんなに言われても出来ないもんは出来んのじゃ!」
そして本日幾度目かの、タマモの絶叫が森に響き渡った。




