3 今の魔法剣士
「魔法剣士だからって、どうしてあんな所で倒れていたんだ?」
グロウは噴き出した食べ物を片付けながら、エリカに詰め寄っていた。今はこんな姿だが、前は魔法剣士だったのだ。気にならない訳がない。
エリカは若干グロウの勢いに気圧されるも、どうして倒れていたのかを語った。
「私の職業適性は、魔法剣士と言われる不遇職の一つなんです。剣の技術は剣士に劣り、魔法の威力は魔術師に劣る。駆け出し冒険者で碌に戦えない私じゃ、パーティーに入れて貰っても大して役に立ちませんでした。
それでもパーティーの荷物持ちとして、いつも通っているダンジョンに皆と入ったんです。
ですが、その日は何故かいつもは無い筈の部屋がダンジョンに現れていました。そしてパーティーのリーダーは皆の制止の声に耳を貸す事無く、真っ先にその部屋へ入ってしまったんです」
ダンジョンには、稀に新しい部屋が出現することがある。そもそも、ダンジョンは何も無かった所に何故か突然出現する為、部屋が一つ増えようと不思議ではない。
ただ、ダンジョンに新しく出来た部屋の中には、魔物を生み出す原因だと言われる魔素が多く漂っているらしく、その部屋は高確率で魔物が大量に発生するモンスターハウスになると言う。
「その部屋に入った途端、私達は大量の魔物に囲まれました。その部屋は、モンスターハウスと言われる部屋だったんです。大量の魔物に囲まれ、駆け出しの私たちでは倒すことは不可能でした。そんな時、私は突然パーティーのリーダーに食料の入った鞄を奪われ、魔物の中に突き飛ばされました。一番戦力にならない私は囮に使われたんです……他のパーティーメンバーも、私を見捨てて逃げて行きました」
リーダーはどうしても逃げられないと判断したのだろう。だが、自分のせいでそんな危機に陥ったというのに、食料を奪った挙句あっさりとエリカを囮に使ったそのリーダーと見捨てたメンバーに対し、グロウは静かに殺意を覚えた。
「私は魔物と必死で戦いました。それでも魔物を倒し切ることは到底できず、遂にダンジョンの壁に追い詰められました。もうダメだって思って、私はまだ未収得だけどやり方だけは教わっていた【帰還】の魔法を唱えたんです」
【帰還】は冒険者には必須の便利魔法で、”無限迷宮エターナル”の様に特殊なダンジョン以外なら一瞬で入り口に戻れる魔法だ。
攻略難易度がCを超える上級ダンジョンでは殆ど使えない魔法だが、初級のダンジョンなら間違いなく使える。普通ならばまずこの魔法を覚えてからダンジョンに入るのが常識のはずだが、エリカのパーティーは誰も習得していなかった様だ。
まあ消費魔力が地味に多く、習得難度もそれなりに高い為、そんな魔法を覚えるくらいなら別の魔法を――と思う気持ちは理解できなくもないが、不測の事態が起こりやすいダンジョンに入るのなら覚えておくべき魔法である。
必要な魔法を覚えずダンジョンに入り、警戒も碌にせず不用意に怪しい部屋に入ったと思えば、仲間を囮にて逃げるそのパーティーには、最早呆れるしかない。
「一応【帰還】は発動出来たんですが、まだ習得すらしていない魔法だったので途中で発動が止まり、私はダンジョンの近くに流れていた川に落ちてしまって、何日も流されている内に――」
「俺たちに拾われたって訳か。何というか……」
「そのぱーてぃー? 許せない!」
これまで怒ったことなど殆ど無かったナケアですら、怒りを露わにしていた。
「私の為に怒ってくれて、ありがとうございます。でももう過ぎた事ですし、全部私が弱いのがいけなかったんです……」
どう考えても不用意にモンスターハウスに飛び込んだリーダーが悪いと思うが、このエリカと言う少女は心優しい性格らしい。ただ自己評価が低いだけかもしれないが、魔法剣士でお腹を空かせて倒れていたこの少女が所々自分自身と重なり、グロウはエリカへ親近感にも似た特別な感情を抱いていた。
「だが、どうして魔法剣士が不遇職になっているんだ? 魔法剣士は結構人気があったはずだが?」
そこでふと、グロウは話の中で疑問に思ったことをエリカに聞いてみた。
それもグロウがまだ人間だった時代、最低でも百年以上前、魔法剣士は結構な人気職であったからだ。魔法剣士はその名の通り、魔法も剣も使えるオールラウンダー的な職業で、パーティーに一人は必須と言われていたくらいだった。
前衛と後衛を状況に応じて使い分け、パーティーの補助もメイン火力としても運用できる。魔法も剣技も習得可能である為、一人でも様々な高ランクの魔物を相手に出来る適応力は、全戦闘系職業の中でも随一だ。
もしグロウが魔法剣士で無かったのなら、ソロで活動していたグロウはどこかの中級ダンジョンでも攻略できなかったかもしれない。最難関ダンジョンなど、挑戦することすら考えなかっただろう。
あれ、そっちの方が長生き出来たのでは――?
とっ、とにかく、グロウの知っている魔法剣士はそんな不遇職では無かったはずなのだ。
「……? さっきも言いましたが、魔法剣士は魔法も剣も中途半端の威力しか出せません。パーティーの前衛を任せるのなら剣士の方が優秀ですし、後衛なら魔術師の方が良いです。なので魔法剣士は特に必要ないと言う考えが一般的ですね。一応上位の冒険者に魔法剣士の方は一人だけいますが、その人は剣術を極めて魔法は殆ど使わないらしいです。それでも同じ上位の剣士には勝てておらず、上位の中でも下の実力と言われています……」
それは何とも微妙な評価だな……。
確かに、魔法剣士はどんなに剣を極めても剣士の技には劣り、どんなに魔法を鍛えても魔術師の放つ魔法の威力には届かない。
だが適正職業が剣士の者は魔法があまり使えず、魔術師の者は剣を握っても大して実力は伸びないが、魔法剣士は数ある職業の中で唯一、剣と魔法を両方とも使う事が出来る職業である。
因みに適正職業とは要するに才能の事だ。筋力や体力が特に伸びやすく、逆に魔力は殆ど伸びない者が剣士に。魔力やMPが特に伸びやすく、筋力が伸びにくい者は魔術師になりやすい。
他にも拳闘士や狩人、東洋に浮かぶ小さな島国には侍や忍びなどの固有職業まで、数えればきりがない程職業はあるが、職業には必ずそれぞれ特性がある。
そして魔法剣士は剣と魔法を両方使える以外に、全ステータスがバランス良く伸びやすいとという特性を持つ。
同じ時間で同じ訓練をしていれば、剣士に剣技では勝てないし、魔術師に魔法の威力は劣る。
だが剣技も魔法もバランス良く鍛えれば、剣技を魔法で強化することで、戦闘において魔法剣士はどの職業にも勝る力を秘めているのだ。
そんな魔法剣士が百年見ない内に必要無いとされているとは、時代の流れは何とも悲しいものだな……。
「つまり、今の剣士や魔術師は魔法剣士が要らないくらい強いって事か? それじゃあ俺たちドラゴンも、人間に見つかったら直ぐ狩られてしまうな……」
「いえいえ! 人間がドラゴンさんに勝てる訳ないじゃないですか! 例え軍隊が束になっても、お二人の様な上位のドラゴンさんには傷一つつける事は出来ません!」
今の剣士や魔術師が、当時の魔法剣士以上の火力が出せるから魔法剣士は要らない。そう思っていたグロウは、いやいやと全力で首を振るエリカの様子を見て首を傾げる。
「いや、軍隊がドラゴンを倒せなかったら、ドラゴンが国に攻めて来た時どうするんだ?」
「そんな記録はここ100年は無い筈ですよ? それに全てのドラゴンさんは、100年以上も前に世界を巻き込んだ大規模な戦争で使用された、とある極大魔法の巻き添えになって絶滅したと言われていますが……お二人は目の前にいますし、どういう事でしょう?」
思い返せばこの100年間、ドラゴンに出会ったことは無かった。過去に一度、この山脈に囲まれた広大な森の中をくまなく探索した事があったが、ナケア以外のドラゴンは一匹たりとも見ていない。
この100年間は一度も人間と関わらなかったので、色々と情報に齟齬があるようだ。特に100年以上前、つまりはまだ人間だったはずの頃にそんな大規模な戦争があった記憶は無い。それだけ大規模な戦争なら印象に残りそうなものだが、心当たりは全くなかった。
「すまないが、俺たちは生まれてから100年はこの場所を出たことが無い。外の世界では戦争があったのか? それはいつの事だ?」
グロウの生きていた、というより死んだ時代は、大陸の共通暦で5682年での事だ。そこから最低でも100年は経っているのだから、今は大体5800年以降だろうと予想する。
だが、その予想は大きく外れることとなった。
「えっと、確か今から丁度150年前の事でしたから、共通暦6038年1月25日の事ですね」
「何!? 6038年だと!?」
グロウはエリカに飛び掛からんばかりの勢いで接近した。エリカの丸く見開かれた青い瞳がパチパチと瞬く。その表情は健全な男子ならば思わず照れてしまうほど可愛いらしい顔だったのだが、本気で驚いているグロウはそれどころでは無かった。
150年前で6038年という事は、今は6188年。グロウが死んでから500年以上も歳月が経っていたと言うのだ。
100年間はこの場所から出なかったとはいえ、予想よりも400年過ぎていれば驚くのも無理は無いだろう。400年と言う時間は、元人間であるグロウにとっては途方もない時間だ。情報の齟齬も当然である。
食事を食べ終え、即席で作ったエリカの食器を片付けながらもグロウの質問は止まらず、エリカは夜遅くまでグロウの質問に答え続ける羽目になったのだった。