26 二人の騎士
「うわっ!? 何だこりゃ!?」
オーガの体から溢れ出した魔素は高速で騎士の二人に迫り、その身体にまとわりつく。クライヴは華麗な動きで見事にその魔素から脱出していたが、ヴォルグは脱出することが出来ずに藻掻いていた。
「あれはマズいですよ! グロウさん、お二人を助けないと!」
「大丈夫だ、まだ助ける必要はない」
「全然大丈夫じゃなさそうですよ!?」
ゴブリンロードとの戦闘で同じように捉えられたエリカは、あの魔素の拘束力を知っている。あの魔素は実態が無いので、幾ら力が強くても振り払う事が出来ずに身動きを封じられてしまうのだ。魔法を使えない近接系の職業であるヴォルグでは、どう足掻いても脱出は不可能。このままオーガの攻撃を受けて終わりだ。
因みに一階で出現したフロアボスの亡霊は、魔素を出す前にエリカに一刀両断された。
危機的な状況ではあるが、それでもグロウはヴォルグを助けようとはしない。と言うよりも、助ける必要が無かった。
魔素に拘束されて藻掻いているヴォルグに、オーガが棍棒を振り上げて近寄ってくる。普通の冒険者ならば諦めて絶望していそうな状況の中、だがヴォルグは不敵な笑みを浮かべたままオーガを睨んでいた。
「ヴォルグ、あまり情けない姿を晒さないで下さい」
オーガの後ろからため息と共に声が聞こえる。魔素から抜け出していたクライヴが、気付かれないようにオーガの背後へ移動していた。
「あれ? いつの間に背後へ移動していたんですか……?」
「あれは補助魔法の【転移】だな。ここまで来るのにも使った転移陣の簡易版だ。魔法陣を使わない分飛距離は出ないが、短距離を一瞬で移動できる」
転移を使ったクライヴは、オーガの隙をついて右腕に深々と剣を突き立てた。その一撃でオーガは苦悶の表情を浮かべ、棍棒を振り上げていた腕を力なく垂らす。
「そう言うな。俺はお前みたいに魔法が使えないんだ。その分キッチリ働くからよ!」
クライヴの攻撃で魔素のコントロールが緩み、隙をついて魔素の拘束から抜け出したヴォルグは持っていた大斧を振りかぶり、腕に力を込めていく。
「くらいやがれ! 【豪技:岩壊断】」
大斧がオーガに直撃し、轟音と衝撃波が部屋を駆け巡る。オーガの攻撃と同等以上の威力が乗った大斧は、オーガの胴体を叩き斬って床を割り、結界の中にいる三人にまで衝撃波を届かせていた。
「ヴォルグの性格がそのまま技になったみたいだな。何でも豪快な奴だ」
ヴォルグの一撃を受けたオーガはその姿を魔晶石へ姿を変え、部屋の床へ転がる。その魔晶石を回収した騎士の二人は、結界内で思った以上に寛いでいる三人を見て苦笑を浮かべた。
「随分お待たせしたみたいですね」
「いやそんなに待っていないぞ。寧ろ早すぎるくらいだ。もっとゆっくりしても良かったんだぞ?」
グロウは食べていた団子を呑み込んでお茶を啜る。最初から二人が負けるなどと思っていなかったグロウは、どうやって二人がオーガを倒すのか楽しんで見ていた。最初から二人はオーガを圧倒していたのだ。多少行動パターンが変わったところで、二人がオーガに負ける道理がない。
「もう、グロウさんは……お二人とも、お疲れさまでした」
「おじちゃん達すっごい強いんだね!」
ナケアの言葉にクライヴが「おじ……ッ!?」とショックを受けた顔をしていたが、ヴォルグは相変わらず豪快に笑って「ありがとよ」とナケアの頭を乱暴に撫でていた。
「ところで、クライヴの職業は何だ? お前の剣技は剣士のそれだったが、お前は魔法も使っていただろう? お前も魔法剣士なのか?」
「いえ、私は魔法剣士ではありませんよ。私は剣士です。私が魔法を使えるのは、私がエルフと人間のハーフだからですね」
そう言うとクライヴは長い髪に隠された耳をグロウ達に見せる。髪の間から覗いた耳は人間と同じ大きさだったが、その先端は尖っていた。
「エルフは魔法に特化した種族ですが、私はハーフですので適正職業が剣士になったんですよ。種族の特性上、他の剣士と違って魔力を持っていますが、使える魔法はいくつかの補助魔法くらいですがね」
魔法に特化したエルフはその種族の特性上、適性職業が魔術師や聖術士など、魔法を得意とする職業になりやすく、潜在魔力量も高くなることが多い。エルフの中でも魔法が不得意の個体は極稀に魔法剣士になることがあるが、剣士になったエルフはグロウでも聞いた事が無かった。
「魔法が使える剣士、それは魔法剣士と何が違うんだ?」
「そうですね、魔法剣士には本人の性格にもよりますが、魔法と剣技がバランス良く使えるようになります。ですが私は魔法を殆ど使えませんが、剣技は剣士と同じ様に使えます。私と魔法剣士に大きく違いは無いと思いますが、強いて言うならそこの違いでしょうか?」
種族の特性を持ったハーフは珍しい。その為まだまだ分からないことが多かったのだが、騎士団は随分優秀な人材を揃えている様だ。
ただ【魔剣召喚】は最低でも召喚魔法を扱える者じゃないと使う事が出来ない。クライヴが魔法剣士ならば魔法を教えてこの国に魔法を広めて貰おうと思ったのだが、剣士ならば仕方が無いとグロウは小さく肩を落とした。
「私としては、魔術師以上の魔法と剣士以上の剣技を使うエリカさんの職業の方が気になるのですが。このダンジョンの二階層を戦い、フロアボスを討って改めて分かりました。ドラゴンのお二人は兎も角、エリカさんは人間でしょう? どのような職業ならフロアボスを五分以内で倒せるんですか?」
クライヴは不思議そうにエリカを見つめる。今の時代では魔法剣士は不遇の職業で、それこそグロウの様に規格外の種族でなければ実用性は無いと思われていたらしい。
つまりその常識を持つ騎士の二人にとって、エリカが魔法剣士だとは思わず、固有魔法や別の種族だと疑っている事だろう。
実際はただグロウ指導の下、正しい魔法理論と剣術を習っただけの冒険者なのだが、正しい魔法理論を知っている者に出会うこと自体確率が限りなく低い。使い手がいないのだから、ある意味固有魔法だとも言える。
今の時代で失われた魔法と技術を持つエリカは、最早騎士の二人にすら理解できない程の実力を身に着けていたが、そんな自覚は無いエリカは少し恥ずかしそうに答えた。
「私はただの魔法剣士ですよ……? グロウさんに色々教えて貰いましたけど、グロウさんに出会うまではパーティーの荷物持ちでしたし」
その言葉を聞いた瞬間、笑顔のクライヴからオーガにも匹敵する殺気が発せられた。
自分達よりも強い冒険者を荷物持ちにする。それは如何やら、騎士としての誇りを持っているクライヴにとって耐えがたい屈辱だったらしい。その笑顔からは何よりも禍々しい修羅が宿っていた。
「エリカさんを荷物持ちにしたパーティーは、今すぐ見つけ出して処刑した方が良いかもしれませんね……」
「賛成だ、今は王都付近のダンジョンにいるらしい」
「貴重な情報をありがとうございます。王都にいる騎士を動員して今すぐにでも――」
「そんな物騒な話を笑顔でしないで下さい!?」
ダンジョン内に相応しい殺気が、何故挑戦者の方から発せられているのか。近くで見ていたヴォルグはため息を吐きながら奥に佇んでいた扉を眺める。
フロアボスは二体。そしてその二体目は今倒された。つまり、この扉の先に居るのは魔王だ。
ボス部屋前で何をやっているのか、呆れながらもドラゴンと一緒にいると言う絶対的な安心感は感じているので、何も言わずにヴォルグは魔王の部屋に続く扉を睨みつけた。




