21 オーダーメイド
今年就活する奴、一緒に頑張ろうぜ_(┐「ε:)_
グロウがどこかで見覚えのある剣が立てかけられている、武具店の中を見て回りながら店の店主を探していると、店の奥に併設されていた仕事場と思われる工房に、途中すれ違った従業員とは違い明らかに長の貫録を漂わせている老人が、赤く熱せられた鉄の塊をハンマーで叩いていた。
老人と言ってもその身体は良く鍛えられており、見た目は最近会った騎士のヴォルグに近いだろう。見た限り六十は超えているだろうが、白髪に無精ひげが良く似合う野性的な顔は現役の冒険者の様に猛々しい。
鉄を叩く音が五月蠅く、大声を出す事にも何となく抵抗があったグロウは、声をかけるタイミングが掴めずに暫くその老人の様子を見ていると、じっと見過ぎて流石に気が付いたのか、老人の方からグロウに話しかけてきた。
「どうした兄ちゃん、さっきからじっと見つめて?」
「気を悪くさせたのなら謝る。良い仕事をするなと思ってな」
「当然だ!」
褒められたことに満更でもないのか、老人はニカッと笑うとハンマーを置いて鉄塊を赤く燃え盛る窯の中に入れると、グロウの方へ近寄ってくる。
「それで、俺に何か用か?」
「ああ、剣をオーダーしたい」
グロウがかなり簡潔に要件を伝えると、今度は老人がグロウの体をじっと見つめてきた。そしてグロウの腕を触ると、うむと一度頷いて笑みを浮かべる。
「兄ちゃん、見た目に寄らずかなり鍛えられているな。良いだろう、兄ちゃんの剣打ってやるよ」
「すまないが、打って欲しいのは俺の剣と言う訳ではないんだ。エリカ、ちょっとこっちに来てくれ」
老人は打って欲しいのがグロウの剣ではない事に一瞬怪訝そうな顔を浮かべるも、エリカがナケアと共に近づいて来てから、直ぐにその顔に驚愕の感情を浮かべていた。
「エリカの嬢ちゃんじゃねえか! こりゃあ懐かしい客だ! お前さんの父親は、実に立派な奴だったな……」
「! お父さんの事を知っているんですか!?」
「知っているも何も、お前さんの父親の剣を打ったのは俺だからな。お陰でこの俺、ヴァカンの名が世に広まったんだ。お前さんの父親には感謝している」
老人――ヴァカンと言うらしいは、エリカの父親と面識がある様だ。それにしても、何処かで見た事のある剣だと思っていたが、なるほど、立てかけられている剣の作りがどれもエリカの持つ短剣と似通っている。
エリカの父親の剣を作った張本人だと聞いて、エリカの顔色が変わった。そして持っていたバックの中から短剣を取り出して頭を下げて謝る。
「剣を折ってしまってごめんなさい!」
ヴァガンはいきなり頭を下げられたことに戸惑っていたが、差し出された短剣を見て納得がいったのか、苦い顔を浮かべていた。
「これは、真ん中から綺麗に折ってるな……それも無理矢理削って短剣にしたのか、実に奴らしい」
苦い顔を浮かべながら、ヴァカンは頭を下げたままのエリカから短剣を受け取り、その短剣を見つめた。剣を作った本人なら、作った剣に思い入れもあるのだろう。ヴァカンは少し哀愁を漂わせながらも、エリカの肩に手をやり、エリカの顔を上げさせた。
「いや、折れるような剣を作った俺が悪い。嬢ちゃんのせいじゃねえさ」
それでも未だに申し訳なさそうにしているエリカを見て、ヴァカンは「父親とは大違いだな」と苦笑しながら剣を奥の工房に持っていく。
「剣を作ってほしいんだったな。良いだろう、最高の剣を作ってやる」
「え、良いんですか? 一度剣を折った私なんかに……」
「構わねえさ、まあ、次のは折らないように使ってくれや。それと、材料にはこの剣を使わせてもらう」
そう言うとヴァカンは、エリカの短剣を指さした。短剣に使われている素材は魔力との親和性が高い、魔法剣士が使うには都合の良い素材だ。
それに短剣はエリカにとって特別な物。その短剣を使うと聞いて、エリカは期待に目を輝かせていた。
剣を作る為に確認するからと言われ、三人は店の奥にある工房へ案内される。工房は表の店舗よりも広く、三人が入っても尚充分に余裕のある部屋の壁には、ズラリと素材と思われる材料が並べられていた。
「それで、どんな剣にするんだ? 見たところ、嬢ちゃんは筋力があんまり無いだろう? 軽量型の片手剣ってところか?」
ヴァカンはエリカの様子を見て、的確に最適の剣を判断して提案する。確かに今のエリカには筋力があまりない。筋力は身体強化の魔法でいくらでも補えるので、一応エリカはこの店にある大剣でも扱う事が出来るのだが、今回の剣は魔力を温存するために使う剣だ。魔力が無くても扱える剣でなければ意味が無い。
エリカは差し出された調節用の剣を振って、どれが一番手に馴染むのかをヴァカンに調べられている。
「ふむ、やはり嬢ちゃんには片手長剣があっているな。相当練習したんだろう。剣技の型が体に染みついている」
その後もヴァカンは細かい指示をエリカに出している。エリカの近くではナケアが興味深そうに様子を眺めており、グロウは少々暇になったので表の商品棚を見に行っていた。
一定の魔力を持った魔法剣士にとって、現物の剣は必ずしも必要ではない。付与魔法を施さない限りは魔剣に性能が劣り、魔法剣士の強みである魔力操作が適応されないので使い勝手が少し悪くなる為だ。
それでも良質な剣には強力な剣霊が宿りやすく、こうして出会った剣に宿る剣霊を眺めるのはグロウの癖になっていた。
500年前の剣と比べると製法が少し異なっているが、劣化している訳では無い。ただ武具に使われている金属には鋼しか使われていなかったのが気にかかる。前世で良く使われていたアダマンタイトやオリハルコン、緋緋色金や魔力白銀の使われている武具が置かれていなかったのだ。これでは武具が重くなってしまう上に、大した強度を出す事が出来ない。
「どれも質が良いだけに、勿体ないな」
「何が勿体ないんだ?」
独り言のつもりで呟いたのだが、如何やら周囲に聞こえてしまったらしい。工房の方から顔を出したヴァカンが、エリカ達を連れて店に出てきた。
確認が終わったのだろう。エリカはぐったりと疲れた様子で差し出された椅子に腰を下ろす。そんなエリカにナケアは疲労回復の魔法を掛けていた。
丁度ヴァカンが出て来てくれたので、グロウは疑問に思っていたことを口にする。
「ここの店の防具の質は素晴らしいんだが、どれも使われている金属が鋼だ。アダマンタイトやオリハルコンは使わないのか?」
「アダマンタイトに、オリハルコン? それは神話上の素材だろ? 国が保有している国宝の幾つかがそんな素材で作られてるって噂だが、謎の素材ってだけで実際のところは分からない。少なくとも俺はそんな素材があるとは思っていないな」
神話上の存在と言われてグロウは益々首を傾げる。アダマンタイトもオリハルコンも、少し上級のダンジョンで採掘すれば採取することが出来るのだ。決して神話上の素材などでは無い。
というより今アイテムボックスの中に入っている。
グロウがまだ人間だった時、ダンジョンに籠っている途中でアダマンタイトとオリハルコンの鉱脈を発見し採掘したは良い物の、その時には既に魔剣のみで充分戦えるだけの実力を持っていたので、剣も防具も作ることなく結局そのままアイテムボックスの底に眠っていたのだ。
元々無駄になっていた素材が有効活用できるのならと、グロウは店のカウンターの上にアイテムボックスに入っていたアダマンタイトとオリハルコンを取り出して置く。
するとその光景を見ていたエリカとヴァカンが、目が飛び出すんじゃないかと心配になるくらい大きく目を見開いて、グロウの取り出した素材を凝視した。
「おい兄ちゃん、この見たこと無い鉱石は……まさか!?」
「こっちの白い鉱石がアダマンタイトで、隣の銅みたいなのがオリハルコンだ。流石に緋緋色金や魔力白銀は持っていないけどな」
ヴァカンはカウンターに置かれた鉱石を手に取り、解析系の魔法を使って鉱石を解析すると、その表情がみるみる好奇に満ちて行った。
「この鉱石、どれも鋼とは比べ物にならん硬度と耐久性を持っているじゃねえか!? 兄ちゃん、この素材は何処で手に入れたんだ!?」
「それは昔ダンジョンの”海底都市”に潜った時に採掘した物だな。どうだ、その素材でエリカの剣を作ってやってくれないか?」
そう言うと、今度は近くにいたエリカが声を上げた。
「”海底都市”ってあの未攻略ダンジョンの”海底都市”ですか!?」
「未攻略? 確かあのダンジョンは結構有名な採掘場だった筈だが?」
上級ダンジョン”海底都市”は、当時アダマンタイトとオリハルコンが一緒に採れると評判のダンジョンだった。それに海底にある為景色も中々綺麗であり、冒険者の中にはそのダンジョンの最奥にある神殿では結婚式を挙げる者までいたほどだ。決して未攻略のダンジョンでは無い。
攻略難度は大体Bランクであり、そこそこの実力を持っていれば攻略できる筈だが、未攻略とはどういう事だろう。
疑問に思っていると、エリカがその続きを説明し出した。
「”海底都市”はその名の通り、海底に存在する為そもそも近づくことが出来ず、攻略どころでは無いんですよ。一度国が百人以上の冒険者を集めて攻略に挑んだことがありましたが、その時は五十人の魔術師が風魔法を使用してどうにか海底に潜ったそうですが、中の魔物に成す術なく全滅させられたそうです」
「水中呼吸と水中移動の魔法は使わなかったのか?」
「何ですか? その魔法?」
エリカは首を傾げて新しい魔法かと目を輝かせる。なるほど、恐らく空白の時代とやらに水中で活動する為の魔法も無くなってしまったのだろう。最低限、水中呼吸と水中移動の魔法を覚えていないと、あのダンジョンの攻略は不可能だ。
一応剣技は失伝していなかったとは言え、魔法は絶望的に退化してしまったらしい。グロウは遠い目をしてかつての魔法学者に黙祷を捧げると、今は全て忘れてヴァカンに向き直った。
「魔法については後で説明するとして、これでエリカの剣を作ってやってくれないか?」
「任せろ! 必ず最高の剣を仕上げてやる!」
まあ、剣を作ってくれるのなら良いか……。




