19 活性化
ギルドの応接室に入った五人は、机を真ん中にして備え付けのソファーに腰かける。寝ているナケアをソファーに下ろすと、対面に座ったクライヴが最初に口を開いた。
「話し合いに応じてくれてありがとうございます。私たちはこの街に天災級の魔物が出現したと聞いて、調査のために国から派遣された騎士なのですが、その調査中、報告にあった君たちを見つけたので声を掛けさせて頂きました」
爽やかな笑顔を浮かべながら、クライヴはここに派遣された経緯を説明し出した。
話によると、この二人の騎士はここのギルドから天災級の魔物が出現したと救援要請を受けて派遣された騎士だそうだ。
だがこの街に来た時には既にその魔物は討伐されており、今度はその討伐した冒険者について調査していたらしい。
グロウ達三人は、最近はずっと依頼を受けずに森の中で特訓していたため会う事は無かったのだが、頻繁にギルドに顔を出していたクライヴとヴォルグは、グロウが今日漸くギルドに顔を出したという報告を受け、朝からギルド内で待っていたようだ。
「天災級の魔物を単独で討伐できる冒険者なんて、本当は半信半疑だったんだがな。ギルド内で寝ぼけながら無詠唱で腕一本生やしちまった嬢ちゃんたちを見て確信したんだ。お前さんらが報告にあった冒険者と、そのお弟子さんだってことをな」
豪快に笑いながらヴォルグが楽しそうに話を続ける。弟子と言われた時にエリカは照れていたが、自分よりも身分の高い騎士二人を前にして、慌てて顔を引き締めていた。
「まさか伝説上の魔法だった筈の【不死の霊焔】を、その嬢ちゃんが寝ぼけながら発動しちまった時は正直震えたね。それに坊主の実力は、この俺でも全く底が見えない。あの一瞬でこれまで積み上げてきた俺の自信が崩れ去るとは思わなかったぜ」
豪快に笑うヴォルグからは自信が崩れ去っているとは到底思えないが、本人がそう言っているのならそうなのだろうとグロウは納得して、話の続きを促す。
「こちらの報告も半信半疑だったのですが、報告によるとそちらのお二人は人ではない、それも上位のドラゴンだという事で、その確認のためにこの場を設けさせて頂いた次第です」
二人がドラゴンだという事はリックが報告したのだろう。未だに半信半疑の視線を浮かべる二人を前にして、グロウは既に知られているのなら隠すことも無いと、自分に掛けられている【龍人化】の魔法を少し解除した。
グロウの背中から片翼の羽が生えてくる。かなりの量の魔力が外に溢れ出したが、目を見開いて驚いているものの怯む様子の無い二人は、相当な実力者である様だ。
これ以上魔力が漏れ出すと部屋の外にいる冒険者達が気付きかねないので、直ぐに自分へ魔法を掛け直し、背中に生えた羽をしまった。
「これで良いか?」
未だに呆けたまま固まっている二人に視線を戻し、グロウは二人に話しかける。二人はハッと呆然としていた表情を引き締めると、姿勢を直してグロウ達に向き直った。
「本当にドラゴンが人間の姿をしているとは思いませんでした。他のドラゴンも、お二人と同じように人間の姿をしていらっしゃるのですか?」
「俺たちは100年ほど住処から出たことが無くてな、他のドラゴンの事は知らないんだ。だがこの魔法は俺が作った魔法だ。他のドラゴンも同じ様な魔法を作れば人間の姿に成れるかもしれないが、相当高度な術式になったから、少なくとも下位のドラゴンは人間の姿に成れないだろう」
そう口にすると、騎士の二人はホッと胸を撫でおろした。もし全てのドラゴンが人型に成れるとしたら、それは人の形をした大規模破壊兵器が常に国のどこかにいる可能性が出て来てしまう。
取り合えずその可能性が低くなったことは、国を警護を司る騎士の二人にとって朗報だった。
目の前に二人いることで可能性がある事は証明されているのだが、敵意はなさそうなので除外されている。
「それで、俺たちに何か要件があるんじゃないのか?」
グロウは指すような視線を二人の騎士に向けた。大体、この程度の確認ならば近くにいる兵士や貴族にでも任せてしまえば良いし、国に仕えている騎士へ虚偽の報告を入れればギルドの信用は地に落ちるので、虚偽の報告などする筈もない。
それでも二人の騎士をこちらに向かわせたのなら、何か重大な要件があったのだろう。
グロウに睨みつけられた二人は、冷や汗を垂らしながら間違ってもグロウを敵に回さない様、慎重に言葉を選んでいたが、次に続くグロウの一言で二人は口を噤んだ。
「『魔王城』が活性化した、か?」
「「っ!?」」
二人の騎士はこれまでで一番驚いた顔を浮かべ、口角の上がっているグロウの顔を凝視する。
「ど、何処でその情報を!?」
「最近、何かと狂化した魔物と遭遇していたからな。さっきも三人で一匹処理してきた」
グロウは机の上に、先程討伐してきたゴブリンロードの魔晶石を置いた。そしてゴブリンロードの居た場所に漂っていた、謎の魔力反応を思い出す。
そもそも狂化とは、本来大量の魔物となるはずだった魔素が、偶発的に一匹の魔物に取り込まれた結果陥ってしまう、一種の病気の様な現象なのだ。
そんな現象がこうも短時間に二度も起きるとは、グロウには考えられなかった。
だが最強クラスの魔物の中には、自分の魔素を別の魔物に分け与えて、無理やり狂化させることのできる魔物が居る。
その最強クラスの魔物とは、最高難度ダンジョン『鬼ヶ島』に住む鬼神、前世でグロウが息絶えた同じく最高難度ダンジョン『無限迷宮エターナル』の最奥に出現するというエターナルガーディアン、そして最高難度ダンジョン『魔王城』のボスである魔王の三体だ。
中でも、『魔王城』だけは他とは違う特性を持っている。
『無限迷宮エターナル』は少なくとも当時はクリアされていなかったので知らないのだが、最高難度ダンジョンの中で『魔王城』だけは、ボスである魔王が討伐されると次の魔王が復活するまで暫くの間、ダンジョン内に魔物が一匹も出現しなくなるという珍しいダンジョンだった。
ただそれは嵐の前の静けさと言うだけであり、『魔王城』は魔王が復活した時に今まで魔物を出現させなかった分、溜まった膨大な魔素から爆発的に魔物を生み出すと言う性質がある。それも、全ての魔物を狂化した状態で。これがかつて冒険者の間で”活性化”と呼ばれた現象だ。
更に厄介な事に、『魔王城』が”活性化”した時、狂化した魔物が度々『魔王城』の外に出てしまうと言う事があった。そしてそれは魔王自身も例外では無い。
当時にも”活性化”した時期に何度か魔王自身が外に逃げ出すと言う騒動があり、その時には魔王が決まって各地のダンジョンにいる魔物を狂化させるため、この時期にダンジョンへ入ると甚大な被害が出ることが少なくなかった。
その為『魔王城』の”活性化”は、国によって天災の一つとして数えられていたほどだ。
「この短時間でこの街の近くに二匹も狂化した魔物が出現したのは、その『魔王城』が”活性化”したからだと予想していてな、ロードを倒した後、その情報を求めてこのギルドに顔を出した」
グロウが話し終わると、二人の騎士は膨大な魔力が込められている割には小さな魔晶石を眺めて冷や汗を拭った。
魔晶石の中に込められている魔力を見ただけでも、元の魔物が天災級など優に超えることは分かる。それを事も無げに話す目の前の三人が、一体どれ程の実力を持っていると言うのか、二人は希望を見出してグロウとエリカに頭を下げた。
「予想通り、確かに現在『魔王城』の活性化が確認されております。そこで、我々は何としても魔王を捕えるべく、強力な冒険者の皆様に声を掛けておりました。どうかその力を我々にお貸しください!」
「はあ、やっぱりそう言った要件だったか……」
グロウは頭を抱えながら、今一番当たってほしくない予想が悉く的中した現状を見てため息を吐いた。というのも、グロウは前世でも良く騎士団から救援要請を受けており、その度にお堅い騎士団と共に強力な魔物が暴れる死地に放り込まれてきたからだ。
強力な魔物が出るのは良い。寧ろ実験材料として歓迎するところだが、何しろお堅い騎士様連中は自由を重んじる冒険者というのが気に入らないらしく、何かと難癖をつけてくる。
更に今回の相手は狂化したと思われる魔王だ。ロードにすら片腕を失ったというのに、魔王クラスとなると気が重い。
「でも、魔王を放っておくと街どころか国が消えるよな……」
「国が消えちゃうんですか!?」
ここで漸く事態の深刻さを理解したのか、エリカが慌てた様に会話の中に入ってきた。
「ええ、この国は勿論、この件は現在世界各国で最重要の議題になっておりますよ」
「世界……どんどん話が大きくなっていって、理解が追い付きません……」
「無理も無いかと。ですが、皆さんのお力添えがあればこの問題を解決できるかもしれないんです! どうか、我々の依頼を受けて頂けませんか?」
「勿論依頼料は弾む。どうか俺たちの依頼受けてくれ!」
騎士の二人ががこれでもかと言うくらい頭を下げて懇願する。その姿だけでも、それがどれだけ深刻な事態となっているのか理解できると言うものだ。
グロウはエリカと顔を見合わせ、その瞳の中に確かに覚悟がある事を確認すると、苦笑いを浮かべて口を開いた。
「分かった、その依頼を受けるとしよう。弟子の修行にもなるからな」
騎士たちの喜びように若干引きながら、グロウは早速魔王と戦う為の策を頭の中で考え出した。




