13 ランクアップした
薬草の採取を終え、グロウはエリカ達のいる場所まで戻った。薬草は、自然に集まった治癒の魔力を吸い上げているので、僅かだが魔力を帯びている。
探知魔法を使えば、魔力を帯びている物体くらい直ぐに見つけ出すことが出来るので、採取自体は10分もしない内に終わってしまった。
これではまだエリカの魔力が回復しない。グロウは森の中を駆け回って、薬草の中でも帯びた魔力が特に高かった薬草を集めだした。それでも30分程度しか経っていないのだが、それだけあれば魔力も回復しているだろう。
「今戻った。エリカ、魔力は回復したのか?」
「あ、グロウさん。お帰りなさい!」
ナケアはまだ書き取りを続けている。そしてその隣ではエリカがナケアに教えているが、顔色は良さそうだ。
「ナケアを見てくれてたのか。すまないな、ありがとう」
「い、いえ私が勝手にした事なので、それに私は教わっている立場ですからこのくらいは当然です!」
「そう言ってくれると助かるな」
エリカは顔を赤くしながら、慌てたように早口でまくし立てた。グロウはその様子に首を傾げながらも、これだけ元気なら大丈夫だろうと、魔法の練習を再開させる。
「それじゃあ、今から本格的に【魔剣召喚】について説明しよう」
グロウはそう言うと、黒板に見立てた岩に文字を書いて行く。
まず【魔剣召喚】は召喚魔法と呼ばれる魔法に分類される。召喚魔法なので【魔剣召喚】で召喚する魔剣は召喚体だ。魔力で作られた召喚体なので、破損をしても魔力が減るだけで魔力が続く限り何度でも召喚できる。
そして【魔剣召喚】には、生物を召喚する召喚魔法とは違って数の制限が無い。勿論使用者の魔力によって増やせる魔剣の数は変わるのだが、魔力さえあればいくらでも召喚することが出来る。
グロウは目の前に最早見慣れた大剣を五本同時に召喚して見せた。
「おおー! でもグロウさん、魔剣を何本も同時に召喚する意味ってあるんですか? 剣って、片手剣でも持てて二本ですよね?」
「確かにこの数の剣を二本の腕で振り回すことは出来ないだろうな。だが、魔法剣士には他の職業よりも優れている能力があると説明しただろう?」
「優れた能力……あっ! 魔力操作ですか?」
グロウが正解だと言った瞬間、五本の魔剣はひとりでに宙へ浮き上がり、グロウの周りを護る様に囲んだ。
魔法剣士は他の職業に比べて魔力の操作が伸びやすい職業だ。自分の魔力ならば温度から範囲、見た目なんかも操作できてしまう。それは勿論、一種の魔法である魔剣にも適応される。何本もの魔剣を操作し、魔剣の種類を変えて対応不可能の攻撃を繰り出す。それがグロウの生きていた時代の魔法剣士の戦い方だ。
魔法剣士の実力は、同時に操作できる魔剣の数で決まると言われている。大体十本の魔剣を同時に操ることが出来れば熟練だと言われていた。
「そんなことまで出来るんですか……」
「まあ今はここまで出来なくても良い。まずは一本の魔剣を一時間以上維持できる様になる事からだな。魔剣に慣れるまでは普通の剣を持っておくのも良いぞ」
「はい!」
その後は日が暮れるまでエリカは魔剣を収納、召喚を繰り返し、15分程魔剣を維持できるようになったところで三人は街に帰るのだった。
エリカの住んでいた街――セルゲンレイクは日が暮れても街の灯りで随分と明るく、街の大通りはまだ人通りも多い。
三人は大通りを通ってギルドへ戻ると、中には数名の冒険者とギルド職員の姿があった。ギルドの中は達成した依頼の打ち上げでもしているのか、上機嫌に酒を掲げている冒険者達で賑わっている。
「そう言えば、薬草採取の依頼を受けていましたね。すっかり忘れてました。いつの間に採って来たんですか?」
「エリカが休んでいる間に採ってきた」
「休んでる間って、精々30分くらいでしたよね? あの依頼って、そんな短時間で達成できましたっけ?」
「直ぐエリカにも出来るようになる」
というか多分もう出来る。無意識とは言えエリカは一度、探知魔法を発動させているのだから後は自発的に出来るまで練習すればいい。
三人は話しながら、ナタリアの姿が見えたのでナタリアの受付に向かう。ナタリアは書類の整理を行っていたが、こちらに気が付くと手を止めた。
「皆さん、今お戻りですか?」
「ああ、依頼を達成してきた」
グロウは受付に依頼書を置いて、アイテムボックスの中から採ってきた薬草を取り出す。すると、それを見ていたギルドの職員と冒険者たちがその姿のまま固まってしまった。
「おいどうした?」
「す、すみません。えっと、グロウさん。今薬草はどこから出したんですか?」
「何処って、アイテムボックスからだが? あの魔物の素材を持ってきた時も使っただろ?」
ナタリアは顔が引き攣り、眉が上下に動いている。額には僅かに汗を浮かべていた。
「あの時は魔物の衝撃が強すぎて、他の事には気が回っていませんでしたが……まさかグロウさん、ロストマジックを使えるんですか?」
「ロストマジック?」
と、ここでグロウはアイテムボックスが過去に失われた魔法だったことを思い出した。恐らくナタリアはそのことを言っているのだろう。
「何時だかエリカがそんなことを言っていたな。アイテムボックスがそのロストマジックとやらなら使えるぞ」
「そ、そうですか……まああの魔物も倒したグロウさんですもんね……ロストマジックくらい使ってもおかしくない……ですかね?」
(((いやおかしいだろ……‼)))
グロウ達の後ろで聞き耳を立てていた冒険者たちの心の声が揃ったが、勿論グロウ達に届くことは無かった。
「それで、依頼は達成できているのか?」
「はい、それは勿論。それにしてもこの薬草、全部とても質が良いですね! こんなに上質な物、集めるのに時間がかかったんじゃないですか?」
「そのくらいならそこまで時間はかからないだろう? 探知魔法を使えば直ぐに見つかるぞ?」
グロウがそう言うと、ナタリアはギギギッと効果音が聞こえそうなほどぎこちなく、エリカへ顔を向ける。そしてエリカが諦めた様に良い笑顔を浮かべると、ナタリアはエリカ同様に良い笑顔を浮かべて全ての理解を諦めた。
「では依頼を達成しましたので、こちらが報酬になります」
ナタリアは依頼書と薬草を調べてから、受付に銅貨三枚と銀貨を一枚置いた。そしてその隣に、何かがパンパンに詰まっている革袋も置かれる。
「これは?」
「こちらは街に出現した魔物の討伐報酬です。それと、その時の功績で皆さんの冒険者ランクがDランクになりました。おめでとうございます!」
何故か異常にテンションが高くなっているナタリアが、両手を上げながらそんなことを言ってきた。
その言葉にグロウ達三人は首を傾げる。グロウとナケアには当然、そしてエリカにもランクが上がる様な出来事に心当たりはない。と言うかそもそも、グロウは薬草採取しかしていない。
「どうしてランクが上がっているんだ?」
「どうしてって、ギルドとしては天災級を単独で討伐できる人を低ランクの冒険者にしておく訳にはいかないんですよ。ナケアさんは聖術士として、治癒魔法は既に宮廷でも通用するでしょう。エリカさんはこれまでのギルドの貢献で、元々ランクを上げようとしていたんですが、そんな時にエリカさんの訃報がギルドに……」
ナタリアの言葉はどんどん尻すぼみになり、最後には聞こえなくなってしまう。だが聞いても気持ちの良い話ではなさそうなので、三人が聞き返すことは無い。
暗くなった雰囲気を吹き飛ばすように、ナタリアはまた笑顔を作って話し出した。
「それにっ! これはギルド長が決定した事なんです! ギルドの規定でランクは一気に二つまでしか上げられないので皆さんはDランクですが、皆さんなら直ぐにAランクになるだろう、とギルド長が言ってました!」
ここのギルド長はグロウとナケアが人ではない事を知っている。恐らくそこも加味されているのだろう。ただまだグロウ達は依頼を一回しか達成していない。こんなことをすれば、事情を知らない他の冒険者たちが怒るのではないかとグロウは考えたが、グロウの予想とは違い、話を聞いていたであろう冒険者たちは寧ろ当然だと言った顔をしている。
まあ怒らなければ何でも良いと、グロウはナタリアにお礼を言って報酬を受け取り、宿をとる為にギルドを後にした。
ギルドを出て宿を探すために街の通りを散策する。エリカが道案内をしてくれるというのでその言葉に甘え、エリカの後を付いて行った。
「さっき貰った報酬なら、この街で一番の宿でも泊まれますよね? それなら、ここの宿屋が良いと思います」
暫くエリカに案内され、到着した宿屋はギルドよりも豪華そうで、外観からは貴族の住む屋敷の様な気品を感じさせている。グロウの前世でも、ここまでの宿屋に泊まったことは数えるほどしかない。宿の扉に施されている装飾すら、一目見て拘っている一級品だと分かるくらいだ。
「確かに良い宿だな。今の手持ちなら三人で宿泊しても数日は持ちそうだ。ナケアはこの宿で良いか?」
「おおーっ! この建物もおっき~! お兄ちゃん、ボクもここが良い!」
ナケアも喜んでいたので宿の中に入ろうとすると、何故かエリカは二人について来ようとせずに立ち止まっていた。
「エリカどうした? 入らないのか?」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「そうではなくてですね……えっと、私も良いんですか?」
三人が宿屋の前で揃って首を傾げる。
「良いも何も、俺たちは同じパーティーだろ? それなのに別々の宿にいたら、何かと都合が悪いだろ? それとももう別の宿をとっているのか? それなら俺たちもそっちに行くが?」
「いえ、宿はまだ決めていませんが……でも私、この宿に泊まれるくらいのお金は持っていませんよ?」
「そんな物、さっきの報酬で足りるだろ?」
グロウはパーティーを組んだことは無いが、報酬は山分けが基本だった筈だ。あの魔物を討伐した報酬が金貨200枚だったので、一人につき大体金貨70枚くらい分ければ良いだろう。それにナケアはまだ金の使い方を知らない。それなら二等分にしても良いし、今の所グロウ達は金を使う気が無いので、宿代以外は全てエリカに渡しても良いくらいだ。
だと言うのに、エリカは頑なに認めようとしなかった。
「私何もしていないのにそんな大金もらえないですよ! というより私は、グロウさんから魔法を教わっているんですから、お金を払わないといけないくらいです!」
「こう言う所は頑固だな……じゃあ今は貸しという事にするから、これから強くなって返せ」
これでは埒が明かないと、グロウは折衷案をエリカに提案する。特に必要のないお金を返されても困るのだが、これで納得するのなら良いだろう。余った金はパーティーの予算にでもすれば良い。
それにナケアはエリカに懐いている。今エリカに離れられては、ナケアがどうなる事か想像したくない……。
「それなら、分かりました」
何とかエリカを説得して、グロウ達は漸く宿屋の中に入って行った。




