11 青空教室
森に入って数分、薬草を採取するため依頼を受けた三人は、森の中でノートと鉛筆を広げていた。
「えーと、グロウさん、これは一体……?」
「これはノートと鉛筆だ」
「それは知っています! そうではなくてですね、どうして薬草採取の依頼でノートと鉛筆を広げているんですか?」
「これから授業を始めるからだ」
「授業?」
グロウは近くの岩を削って黒板に見立てると、そこに文字を書いて行った。因みにノートと鉛筆はギルドで貰った物だ。魔物が出現したせいで結局魔晶石を売ることが出来ず、ノートを買うお金が無かったのでありがたい。
「まずは魔法剣士の基礎から教えよう」
「この状況に違和感を覚えるのは私だけなんですね……」
エリカの隣ではナケアが、エリカの書いた見本を見てせっせと文字の書き取りをしている。ナケアは勉強熱心で、一度スイッチが入ると夢中になっていつまでも続けるタイプだ。魔法を教えた時は、一ヶ月以上不眠不休で付き合わされたこともある。
お陰で治癒魔法の腕は、ナケアの種族が『聖龍』という事もありグロウですら全く敵わない程だ。魔法の基礎も全て教えてあるので、今は文字の読み書きを出来る様になるまで自習してもらっている。
「エリカ、魔法剣士の一番の強みと言えば何だ?」
「強みですか? えっと、魔法と剣技が両方とも使える事でしょうか? 魔法剣士は魔法で牽制し、剣で止めを刺すのが一般的な戦い方だった筈です」
「正解だが、それではまだ十分とは言えない。それでは、魔法は魔術師の劣化、剣技は剣士の劣化になってしまうだろ?」
「それ以外に強みがあるんですか?」
「見ていろ」
そう言うとグロウは、近くに落ちていた木の枝を拾い上げると、木の枝に魔力を通した。魔力を通された木の枝は周囲に風を纏っており、ゴウゴウと低い風音を立てている。
そしてグロウはその枝を近くに生えていた大木を斬りつけた。木の枝が通った軌跡に残像を残し、そしてゆっくりと消えて行く。切り付けられた大木は真っ二つになって斜めに倒れて行った。
「魔法剣士は魔法と剣技を両方とも、同時に使用することが出来るんだ。今のは風の魔法を木の枝に纏わせ切れ味を上げる【風刃】と、剣技である【一閃】を同時に使用した」
エリカは斬れた大木の断面と、グロウの持っている木の枝を交互に見つめて唖然としてる。
「エリカから聞いた話だと、今の魔法剣士は魔法と剣技を別々に使っているのだろう? それでは威力が出ないのは当然だ。魔法と剣技、両方を同時に使いこなす事こそ、魔法剣士の神髄だからな」
「でも、詠唱も無しに今の魔法を使う事なんて不可能じゃ……?」
「何を言ってる? 詠唱が必要なのは上位魔法だけだろう?」
「えっ?」
「えっ?」
どうも話が噛み合っていない。だがグロウは直ぐに、良く分からないセリフを言って魔法を使っていた、冒険者の魔術師たちを思い出した。
「エリカ、魔法を使うために必要な事は分かるか?」
「それは確か《詠唱》と《魔力》です」
それを聞いて、グロウは話が噛み合わない理由が分かった。
「さっきも言ったが、詠唱が必要なのは上位の魔法だけ。魔法を使用するのに必要なのは《魔力》と、その魔力を効率良く変換するための《イメージ力》だ。魔物と戦っていた冒険者たちの魔法を見ていたが、あれは全く魔力の変換が出来ていなかった。恐らく、詠唱に意識を集中し過ぎて、魔法のイメージを殆どしていなかったんだろう」
詠唱は確かに、魔法の工程を言う事でイメージ力を上げる効果はある。だが詠唱に意識を割き過ぎると、逆にイメージ力を著しく損なう事がある為、グロウの時代で使う者は殆どいなかった。そもそも、目まぐるしく戦況が変わる戦場では、悠長に詠唱なんてしている暇があるわけない。
上位魔法は魔力の変換効率が相当高くないと使用できず、必要なイメージ力が桁違いに上がる為、手順を詠唱しなければ使う事ができなかったり、それが魔法の制約だったりするので大体詠唱が必要になる。
そして魔法剣士は、魔力の変換効率と内蔵魔力が魔術師よりも低いため、同じくらい鍛えた魔術師には魔法の威力で勝てない訳だ。
「まずは詠唱無しで魔法を使える様になれ」
「いきなりは無理ですよ!?」
「簡単だ。まずは一番得意な魔法をイメージしろ」
「こっ、こうですか?」
イメージをするためか、エリカが目を瞑って手を前に突き出した。
「後はそのイメージの中に魔力を流し込むんだ」
「どうやってですか!?」
イメージの中に魔力を流し込む感覚は、確かに初めてだと難しいかもしれない。普段魔法を使っているのなら多少できると思うのだが、詠唱に頼っていたらしい今の魔法では、大した魔力が流れていない筈だ。感覚の領域である魔力の操作は、一度コツを掴まないと厳しいだろう。
そこでグロウは、手を前に突き出したままのエリカに近づいて、肩に手を添える。
「ぐっ、グロウさん?」
エリカの顔は赤くなっていたのだが、グロウはそのことに気が付かず、更に顔をエリカの耳に近づけた。
「今からエリカに魔力を送る。その感覚を良く覚えておけ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
かなりテンパっているエリカの様子には気付かすに、グロウはエリカの中に少量の魔力を徐々に流し込んで行った。
人間の体にドラゴンの強力な魔力を流し過ぎると、体に魔力を伝達する組織である魔力神経が焼き切れてしまう可能性があるので、人間でも無害な範囲で魔力を流し込まなければならない。
本来なら相当高度な魔力操作の技術が求められるのだが、人間の時を含め100年以上魔法を研究していたグロウは、少しのミスもすることなくエリカに魔力を送り続けた。
「魔力が体を流れる感覚が分かったか?」
「何となくですが、分かった様な気がします」
「その魔力を自分のイメージの中に流し込め」
「はい!」
グロウがそう言った直後、エリカの返事と共に掌から冒険者達の使っていた魔法の数倍はありそうな威力で、水の弾が前方に飛んで行った。水の弾はやがて森の巨木に当たり、貫通まではいかなかったが深い弾痕を作り上げている。
「ほっ、本当に出来た……」
「今の魔法はまだ変換効率が悪かったな。だが最初にしては上出来だ。魔法はこのまま練習して行けば、コツを掴めるようになるだろう」
「は、はい!」
エリカが嬉しそうに笑顔を浮かべて、ニコニコと先程開けた弾痕を眺めている。そこにグロウがコホンッ! と咳ばらいをすると、エリカは恥ずかしそうに顔を赤くしてノートの前に座り直した。
「そして魔法剣士の強みはもう一つある。それが魔力操作だ」
「魔力操作ですか?」
「ああ。魔法剣士は魔力操作に長けているんだ。身体の魔力を操作すれば、身体能力を飛躍的に上昇させることが出来るし、こんなことも出来るぞ」
そう言うとグロウは、手元に掌サイズの火の玉を発生させ、森の中に投げつけた。
「そんな事をしたら森が燃えちゃいますよ!?」
エリカが慌てて森の中の火の玉を消そうと立ち上がるが、火の玉は瞬く間に広がり、周囲を炎で埋め尽くした。
「大変です! 大火事じゃないですか!? 何してるんですかグロウさん!?」
「落ち着け、炎をよく見て見ろ」
少々パニックになっているエリカを何とか宥めて、炎を見て見る様に言う。するとエリカは違和感に気が付いたのか、目を丸くしていた。
「この炎、全然熱くない……それによく見たらこの炎、全く木や葉っぱに触れてない!?」
周囲を炎に囲まれていると言うのに、エリカ達の周りは炎で囲まれる前と同じく涼しい風が吹き抜けている。エリカは恐る恐る炎に近づくも、見た目通りの熱を感じることは無い。そして炎をよく見ると、その炎は木や葉っぱの表面を覆うように照らしているだけで、木や葉っぱを全く燃やしていないことが分かった。
「魔力を操作すれば、炎に熱を持たさない事も出来る。勿論燃やさない事だって出来る」
グロウが炎へ手を翳すと、炎は意思を持ったかのように動き出し、グロウの手の中へ消えて行った。
「魔法剣士って凄いんですね……」
「エリカも魔法剣士だろう?」
「それはそうですけど、あれが出来るようになるとは到底思えません……」
「練習あるのみだ」
この程度の操作なら、一ヶ月も練習すれば出来る様になる。それよりも本番はここからだ。
「魔法剣士の強みは今の二つだ。だが、それだけが出来れば良いと言う訳ではない。今の強みを最大限活かすため、魔法剣士には必須と言われている魔法がある」
「そんな魔法があるんですか? あっ! あのすっごい剣の事ですか!?」
「そうだ。スキル名は【魔剣召喚】自ら魔剣を作り出し、必要に応じて召喚する魔法だ」
グロウは地面に、あの魔物の突進を受け止めた大剣を召喚して見せる。エリカはその大剣を興味深そうに見つめると、期待を込めた瞳をグロウに向けた。
「こんなことが私にも出来るんですか!?」
「出来て貰わなければ困る。魔法と剣技を同時に使えると言っても、魔法と剣技を両方学ぼうと思えば、普通の二倍以上は練習しなければならない。そんな事をしていては、いつまで経っても半人前だ。そこで編み出されたのがこの【魔剣召喚】だからな」
【魔剣召喚】は魔力を通して剣と契約し、自ら”魔剣”を作り出して召喚する魔法だ。魔剣は魔法そのものが剣となっているため、魔剣にはそれぞれ魔法の特性を付与することが出来る。そして自分の魔法なので使えば使うほど成長するので、剣技を磨くだけで勝手に魔法を鍛錬できる、まさに魔法剣士の為の魔法と言える魔法だ。
「この魔法を何としてでも今日中に覚えてもらう。まあ頑張れ」
「はい!」
エリカは元気よく返事をして、丁寧に事細かくメモしていたノートを閉じて立ち上がった。




