生を呼ぶ絆
駅長室は改札に入る直前にある。前の駅では店が無かった為、駅長室の前はだだっ広い空間があったが、この駅では店を中心に口型の通路になっている。
店の中は入り組んでいて隠れるには使うことが出来そうだが道が狭いので走るなら外側の通路の方が速そうだ。
「店の中に隠れてんのか?」
ピローン
携帯の着信音のようなものがかすかに聞こえた。
「結構遠くからだな、もしかしてあいつら外と連絡とれたんじゃなねぇか?」
そう思うと無意識のうちに早足になった、しかし。
「おわっと!」
狭い道で早足になったせいで店の商品につまずいてぬいぐるみのカゴに突っ込んでしまった。
「あーもう早く行きたいってのによぉ」
早く抜け出そうとするあまり足がもたつき上手く抜け出せない。
「よし、やっと抜けた」
既に結構経ってしまったが、早速音の鳴った方へ行ってみることにした。
「――――!?」
しばらく走り、駅長室の反対側の通路にたどり着いた海は声を失った。
そこには床や壁に飛び散った血と、黒い何か。
黒い何かは形を崩し、形のままならぬ姿になった。そしてとてつもないプレッシャーと共に海に近寄ってくる。
「こんなところで死んでたまるか!」
海は急いで振り返り走った。
「初めに使ったあの通路なら道を覚えてるし逃げきれるか」
店が集まっている所とは反対の方には入り組んだ路地があり、曲がり角を使えば黒い何かとの距離も離すことができるはずだ。
路地に入ることができればの話だが。
「ここから入ってさっき通った道に合流できれば逃げ」
バキッ
「切れ……うおぁっ!?」
路地に入った瞬間、十年放置され老朽化していたのか、床が抜け落ちた、海はそのまま地面に叩きつけられる。
どぉん
「ったあ!」
運よく足から着地できたが衝撃で前のめりに倒れこんだ、海は黒い何かが飛び込んでくるような気がしてすぐに上の穴を見上げたが、黒い何かは穴から覗き込んでいるだけで飛び込んでは来ず、そのまま姿を消した。
しかし海にとってその行動は奇妙に思えた、あの何かは普通なら飛び込んでくると思ったからだ。そして不意に頭によぎる。
怪物は心の弱った者を狙う……
時は戻り、渚は鍵が入っているという箱を開けようとしていた。
「さてと、さっさと解いて鍵を取り出しましょうか」
「私は何をしてたらいいんですか?」
「陸ちゃんはこの部屋で隠れられそうな所を探しておいて。それと年上だからって気にしないで。ため口でいいわ……最初はこう動かすのね」
「分かりました、ため口は……もう少し慣れてから……」
陸は海が肝試しに行くと聞いた時から嫌な予感はしていた。兄が危険な事をしないように手伝おうと思っていたが、流石にここまでの事が起こるとは思っていなかった、。
このままでは兄を手伝うどころかただの足手まといだ、自分のせいで兄が危険な目に会ったらと思うと胸が痛くなる。
陸がいい感じの隠れ場所を見つけると同時に渚が箱を開けることに成功した。
「すごく簡単だわこれ、急いでたりしても何度かやり直す程度じゃない」
「あ、解けましたか?」
「ええ、あとは海が白井と黒田を連れてくるだけね。あの黒いのが来るか見張っててあげるから隠れてなさい」
「いえ、見張るくらいは私がやります。少しでもお手伝いをさせてください!」
「……陸ちゃん、そんなに気にしなくても誰も足手まといなんて思わないのに」
「え、何か言いましたか?」
「何でもないわ、とにかく私に任せて。陸ちゃんが危険な目に会ったら、海が悲しんじゃうわよ?」
「……分かりました、ありがとうございます」
渚が見張りを初めて何分か経ったころ、ついに進展が起こる。
ズズズズズ
「あらら、海より先に黒い方が来ちゃったわ」
扉の外から渚の声が聞こえた、どうやら黒い何かがやってきたようだ。
「渚さん、頑張ってください……」
陸は言われた通り駅長室に隠れている、渚は陸のために囮になってくれようとしているようだ。
しかしそれが陸にとっては辛かった、ずっと海にしがみ付き足手まといになっていたが、ここで渚が死んでしまったら足手まといどころではなくなってしまう。
陸は押し寄せてくる不安や恐怖を無理やり抑え込むように、耳を塞ぎ目をつむった。
そうしていた時間は長くはなかったが、陸にとってはとても長く思えた、耳を澄ましても外から音は聞こえない、陸は様子を見るために駅長室の外へ出た。
正面には何もいなかった、続いて右を確認する、誰もいない、続いて左を確認する。
「あ……」
なぜこれまで気づかなかったのか不思議なほど近くに奴はいた。すぐに離れようとしたが足が動かない、それどころか腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
ザァァァァァ
何かは牙のような形に変化し、叫ぶ間もなく陸の頭に噛み砕―
「うぉぉぉぉぉ!」
―こうとした瞬間黒い何かは後ろに吹き飛んだ。
階段を使い地下から脱出した海はすぐに場所を把握し駅長室まで急いだ。
「ここはホームの入り口前、改札を出て左に曲がれば駅長室!」
海が左に曲がるとそこには、床に座り込む陸と形を作り今にも襲い掛かりそうな黒い異形。
考えるよりも先に体が動いた。陸を襲おうとしている異形に海は足を突き出す。こいつに攻撃は当たらないと思いだしたときにはもう遅かった。海は死を覚悟した、だが。
「うぉぉぉぉぉ!」
バァン!
海の足は成形された異形に直撃し、偉業は五メートルほど吹っ飛んだ。
海は反射的に陸を抱え上げ、全速力で走った。
黒い何かが迫ってきていないことを確認し近くの部屋に入り込み、陸を下した。
陸はあまりの恐怖に泣き叫んだ。
「あ、うっうわぁぁぁぁぁぁ!」
「ごめん……ごめんな……」